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灰色のハーピー  作者: 白銀トオル
番外編
25/33

おとぎ話の始まり(2)

2019.03.12 更新:1/1

 里帰り大作戦という命名がされてから、二週間ほどが経過した。

 ギルドに出入りする冒険者や職員たちは、空いた時間や依頼のついで等で調べを進めてくれて、話し合いを重ねていた。

 そして今日、大勢集まっての作戦会議が、再びギルドのホールで開かれた。


「よし、“リアちゃんのわくわく里帰り大作戦”の作戦会議、第二回目を始めるぞ!」

「いったんここで、集めた情報をまとめておこうか」


 集まった冒険者たちは、思い思いに、北の森やその向こうの山岳について集めた情報を開示してゆく。

 すると、気になる話を耳にしたと、とある一党が手を挙げた。


「俺ら、依頼ついでに隣町とかその辺の村に聞き込みをしてたんだけどさ」

「なかなか面白い話を見つけたぞ。あの山の近くには、小さい村があるらしいんだけどな」


 北の森を越えると、大河が流れ、その向こうにはまた別の森があるのだという。その森の先には人間は暮らしておらず、自然豊かなで魔物と動植物たちの領域となっている。森と渓谷を抜けた先に、件の山岳が待ち構えているのだが、麓の一帯は不思議な呼び名を付けられているらしい。


「“凶鳥(きょうちょう)の狩り場”。そう呼ばれてるらしい」

「そんで、その狩場を越えた先にある山岳は、“凶鳥の住み処”なんだとさ」


 ホールに流れていた空気に、僅かなどよめきが走った。彼らにとっても、思ってもいない単語だったのだろう。


「ギルドでも調べてみたんだがな、そういう話は確かにあの辺りにあったらしい(・・・)んだ」

「らしい?」

「古い伝承とか、伝説とかの類じゃなくてな、近隣住人の話だ。話題に上がったのは、数年くらい前の、一度だけ」

「なんだ、じゃあただの噂話か」


 男性の冒険者が、何処かほっとしたように笑った。しかし、ギルド職員の表情に、笑みは浮かばない。


「いや、麓の村から、男性が一人居なくなり、亡骸で発見されたらしい」


 その姿を、村人が目撃していたのだろう。恐ろしい鳥の仕業だとされ、村からは討伐依頼が出された。けれど、鳥の正体は分からず、それどころかそれらしい姿すら見つけられず、結局その依頼は一年も経たずに取り下げられた。


「ギルドにも、その記録は残っているので、間違いはありません。もう二、三年も前の事ですね」


 セリーナが、少し古ぼけた羊皮紙の束を、テーブルの上に置いた。何と書かれているのか私には分からないが、それを手に取ったグレンの表情は神妙に顰められている。


「鳥、ねえ……。なんか、いかにもな話が出てきたな」


 グレンの横顔をぼんやりと見つめていると、不意に、肩をそっと抱かれた。傍らへやって来たセリーナが、気遣わしげな眼差しを私へ向けていた。


「リアさん、大丈夫ですか……?」

「うん、大丈夫。私、傷ついてたり、してないよ」


 心配そうなセリーナへ、真っ直ぐと笑みを返した。

 きょうちょう、という言葉は初めて聞いたが、そんなに良い意味の言葉ではないと察する事は出来る。けれど、魔物と人間は、今も昔も互いに嫌い合う関係なのだ。仕方がないし、それを怒ったりなんてしない。

 私だって最初は、人間はろくなものじゃないと、思っていたんだから。おあいこだ。


 それに、私が今、一番気になるのは――。


「そこに、お母様と姉妹たちが居るの?」


 期待を込め、グレンを見上げる。彼は羊皮紙の束を置くと、小さく笑みを作った。


「まだ分からない。居るかもしれない、としか言えない」

「そっかあ……」

「でも、これで目途は立ったぞ。まず調べるべき場所は、そこだってな」


 グレンは力強く告げ、集まった冒険者たちへと視線をやった。


「よっしゃ、緊急依頼を出すぞ! 依頼人は俺、内容は凶鳥と呼ばれていた鳥の魔物の情報集め! そんで余裕があったら、ハーピーの巣の捜索だ! 報酬は、俺から酒と飯のおごりと……前払いで、リアと一緒に冒険する権利だ!」


 グレンの声が、ホールに誇らしく響いた。事前に作っていたのだろう依頼書を懐から取り出すと、頭上高くに掲げ持った。

 その瞬間、冒険者たちの表情には、不敵な笑みが浮かんだ。握り拳と共に上がった歓声は、ホールを揺るがすほどに熱く響いた。



 ――しかし、それを窘めるように、小さな咳払いが間に割って入った。


「――盛り上がっているところ、大変申し訳ありませんが」


 冒険者たちのいくつもの視線が、咳払いをした人物……セリーナへ一斉に向かう。


「さすがに、この場に居る全員というのは、許可しかねます」

「ええー?! そりゃないよー!」

「そうよ、全員でリアちゃんの故郷を探す心構えなのに!」


 至るところから上がった悲嘆な叫びにも、セリーナは眉一つ動かさない。首筋を覆う程度に切りそろえた金色の髪と凛とした青い瞳が彩る涼やかな面持ちは一切崩さずに、冷静な声で冒険者を制した。


「大勢の冒険者が一度に遠征へ出てしまわれては、いざという時、この町が危なくなってしまいますから」

「う、そ、それもそうなんだが……」

「そこを、そこをどうにか」

「許可しかねます。諦めて下さいませ」


 追い縋る声も、ばっさりと一刀両断。勇ましさすらあるその微笑みに、冒険者たちはそれ以上は何も言わなくなった。


 しかしながら、グレンと私だけでは危ないため、何人かは協力して貰わなければならないらしく――。


「そうなると……この中から、五、六人くらい選抜する事になるな」


 グレンがぽつりと呟いた瞬間――ギルドに集結した人々の目に、ギラリと鋭い光が迸った。





「最初はグー!! じゃんけんぽん!! あ゛ァァァアア゛ア゛ア゛ー!!!!」

「よっしゃァァァアアア!!」

「ふっざけんな! 代われ! 代われよォー!!」


 作戦会議が行われていたはずのギルドのホールでは、五人ほどの編成枠を獲得するための、仁義なきじゃんけん大会が急遽開催された。

 この騒ぎは冒険者ギルドから町中へ筒抜けとなり、住人たちが何事かと集まるほどの騒ぎになってしまった。


 ちなみにグレンはというと、――言い出しっぺの特権で探索隊の枠を既に持っているため、じゃんけんに負けた人達から一発ずつ叩かれていた。



◆◇◆



 じゃんけん大会から数日後――ついに、出立の日がやって来た。


 グレンを含んだ男女混合の冒険者五名、ギルド職員一名、そして私の、合計七名の探索隊が、ギルドの前に集結した。

 冒険者は、剣を使う人、弓矢を使う人、魔術を使う人と偏りなく揃っている。その全員が、荷物を詰めた鞄などを背負っていた。


「いっぱい持っていくんだね。何が入ってるの?」

「寝袋とか、野営道具とか、まあ色々だ。身一つなんて、さすがに俺らも危ないからな。準備万端にするのが、冒険者の基本だ」


 魔物(わたし)からすると、むしろ身一つじゃないところが新鮮だ。彼らはいつも、こんな風に支度して出掛けているのか。面白い。


 ――さて、そんな一行の中に、今回ギルド職員が一名混ざり、同伴する事になっているのだが……。


「セリーナ、本当に大丈夫? 出掛け前に言うのもなんだけど、無理しなくて良いんだからね?」


 心配する女性冒険者の正面に立つセリーナは、キリリと凛々しい瞳をし、大丈夫だと頷いた。


「お気遣いありがとうございます。ですが、今回の旅はハーピーの群れや巣などを知る事になるかもしれないので、ギルド職員として見届けさせていただきます。新たな魔物の見解を得るのに繋がりますからね」


 そう言ったセリーナの出で立ちは、普段見ているギルドの制服ではなく、華美な装飾のない旅人らしい衣服で整えられていた。冒険者のようにごつごつした武器や防具などは見えないが、細い腰には小ぶりなナイフが一本装着されている。


「ギルドの方で、事前講習は受けています。けっしてご迷惑はおかけしませんから」

「うん、まあ、すごいやる気に満ちてるし、恰好も問題ないからいいんだけどね」

「あいつらが来るよりも、ずっと良いしな」


 あいつら、というのは、今もギルドの入り口から恨めしさ全開で見つめてくる、魔物調査員たちである。

 「あんなのが来るのは正直、楽じゃない」グレンは本心を隠さず、容赦なく言い放った。正直、私も同じ気持ちである。


「セリーナは真面目だし、ギルド職員だから分かってると思うけど、講習と実地は違うからそこはよろしくな」

「はい、大丈夫です。現場に出ている、ベテランの皆さんに従います」

「リアも、気を付けていこうな。何があるか分からないから」

「ルッ!」


 ダーナから貰った力もあるし、灰色の雛の時のような失態は見せない。

 それに、これでもちょっと前までは、魔物たちが闊歩する自然の只中を暮らしてきたのだ。心構えは、ちゃんと出来ている。


「――よし、それじゃ、そろそろ行こうか」

「うん!」


 いよいよ、出発だ。町に残る冒険者やギルド職員などに見送られながら、真っ直ぐと外へ続く門に向かった。

 いつの間にか見慣れた人間の町の風景とも、少しの間だけ、お別れだ。

 賑やかな通りを過ぎ、大きな門を潜り抜ける。穏やかな風が吹く草原へと、足を踏み出した。


 目指す場所は、北の森の向こうにあるという、別の森。そして、険しい山岳。

 そのためにはまず、北の森を踏破しなければならない。


 その時、ふと、思い出した。そういえば、人間の町を離れて旅に出るのは、ここに来てから久しぶりの事だった。

 じゃあこれが、町で暮らしてから初めての“冒険”になるんだ。

 そう思ったら、自然と胸はわくわくと弾み、今から期待と高揚感で居ても立っても居られなくなってしまう。



 ――けれど……。


(凶鳥の住み処……)


 その言葉が、唯一、私の胸をざわつかせていた。



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