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灰色のハーピー  作者: 白銀トオル
番外編
24/33

おとぎ話の始まり(1)

2019.03.11 更新:1/1


おまけの番外編になります。

本編には組み込まなかった【リアの里帰り】が、いよいよ始まります。

時期的には、【21】と【22】の間の出来事です。


楽しんでいただけましたら幸いです~。

「めでたい! いやーめでたいなあ!」

「我らがギルドにも新しい花が! 俺、隣町の奴らに自慢してやるんだ!」

 

 朝早くから、冒険者ギルドのホールには、笑い声が響いた。普段から賑やかな場所ではあるが、ここ数日間は特に活気が溢れ、朝方の静けさは既に何処にも無い。

 賑やかなのは嫌いではないけれど……いつになったらこの騒がしさは落ち着くのだろうか。


「はあ……今朝も随分と賑やかですね」


 私の心を代弁するように、セリーナは溜め息と共に呆れた呟きをこぼした。


「ふふ、よっぽど嬉しいのよ。気持ちは分かるわ」

「それは、そうなんですけど……お祝いの宴をしてからもう何日も経つのに、そろそろ落ち着いていただかないと」


 セリーナは表情を凜と澄まし、鋭く言い放った。傍らに浮かぶダーナは、あら、といかにも意外そうな声をこぼし、セリーナへと微笑みを向ける。


「それを言ったら、貴女だって。リアちゃんの髪のお手入れとか、お洋服選びとか、何だか前にも増して気合いが入ってるわね~」

「うぐッ」


 セリーナは、途端に声を詰まらせた。

 そうなんだよねえ、セリーナもこないだから、毎朝の日課に力が入ってるんだもの。

 私は別に、ササッとやって、パパッと終わってくれて構わないのに、髪の毛を痛めないちょっと高いヘアブラシで念入りにしたり、サラサラになるオイルをつけてみたり、灰色の雛の時よりも明らかに工程が増えているのだ。


「私は羽繕いが出来れば満足だから、髪の毛なんてそのままで良いのに」

「いけません! こんなに透き通るような真っ白な長い髪、ほったらかしなんて!」

「ルゥウ~……」

「今のリアさんに似合うよう、綺麗に髪を整えて、お洋服も選んでいきますからね!」


 そう嬉しそうな顔をされてしまっては、私はそれ以上言えなくなる。

 彼女も、私が草原の町で暮らしてゆく事を喜んでくれているのだ。髪の毛くらい、好きなようにさせてあげよう。


「コホン……ギルド職員が浮かれているのは否定出来ませんが、冒険者の方々はそれ以上です。もう二、三日前の事なのに、まだまだ余韻は去ってませんし」


 それに。

 ちらりと、セリーナの青い瞳が冷ややかに横へと動く。


「グレンさんにいたっては、連日、二日酔いですし」

「ふ、二日酔いじゃない……ッただ腹がはちきれそうなだけだ……ッ」

「頭が痛いと昨日言っていたでしょう。宴の第二部だとか第三部だとかやるからです」


 セリーナから正論を叩き込まれ、ぐうの音も出ずにグレンはテーブルに突っ伏した。

 彼のごつごつした顔は今日も青ざめ、いつものあの底抜けの快活さは消えてしまっている。大きな身体をテーブルに預け、お腹を押さえるその不健康そうな姿に、何だか私まで溜め息をこぼしたくなった。



 灰色の雛から純白の成鳥へと大きく変身した私が、この町に残りこれからも人間の側で暮らしてゆくと決めた事を、ギルドに居る皆は大いに喜んでくれた。ギルド職員も、冒険者もだ。

 彼らはそのお祝いと歓迎の意を込め、その日の内に宴を催してくれた。冒険者ギルドのホールに、皆が集まって、私がこれからもここで暮らしてゆく事を喜んで受け入れてくれたのだ。

 もちろんそれは、私にとっても嬉しい事で、改めて仲間にしてもらえたのだと、私も彼らと共に歌い踊り明かした。


 ――だが、その熱狂は、一晩では治まらなかった。


 宴の中心で誰よりも喜び、誰よりも笑ったグレンは、他の冒険者と共に「祝い酒だー!」「料理だー!」とはしゃぎにはしゃぎ、馬鹿としか言えない量の飲み食いを朝から晩まで連日繰り返した。

 過ぎた量の飲食を繰り返したらどうなるのか――考えるまでもない。グレンのあの現状が、その最たる答えである。


 あんな事を繰り返すから、お腹いっぱいな顔をして呻く羽目になるのだ。止めれば良いのに、人間とは馬鹿な生き物である。


「私、知ってるよ! こういうの、ぼーいんぼーしょくって言うんでしょ!」

「記念すべき祝いの日に覚えた新しい言葉が、暴飲暴食って……」

「まったく、情けねえぜ、グレン……」


 しかしグレンを笑う他の冒険者やギルド職員の一部も、同様に体調不良を訴えているので、全く説得力が無い。


「はあ、まったく本当に……。さ、リアさん、終わりましたよ」

「ルウ、ありがとう」


 入念な手入れを受けた白い髪は、サラサラと背中を流れた。その様子をセリーナは満足そうに見つめると、手入れ道具を片付け、ギルド職員の顔へと表情を変えた。


「食べ過ぎだろうと飲み過ぎだろうと、今日も依頼書はたくさんありますから。しっかりとこなして下さいね、冒険者の皆さん」


 ギルドで朝一番に行われる、依頼書の貼り出しが始まった。冒険者は皆、ぞろぞろと依頼書が並ぶ大きな掲示板へ向かって行った。


「グレン、依頼が取られちゃうよ~?」

「うぐゥ……分かってる……ッ」


 まだ彼は動けないらしい。呻き声が聞こえる。


「もう、喜んでくれるのは嬉しいけど、食べ過ぎは駄目だよ。いざって時に動けなくなるから」


 お母様や、群れの仲間たちは、よく言っていた。欲をかいて詰め込んだ恵みは毒になる、必要な分だけを腹に入れるようにしろ、と。


「はい、まったく、その通りだと思います……」

「ルッ!」

「ふふ、これじゃあどちらが大人か分かりませんね。グレンさん」


 セリーナに笑われ、グレンの大きな身体が小さくなった。

 ふふん。私だって、ここに来る前は群れの仲間や家族と一緒に、生きていくための勉強をしていたんだから。


「私、覚えるのは得意だよ。人間の言葉を覚えるのも一番筋が良いって、お母様にも褒められたの」

「そうか、リアはすごいなあ」


 グレンはうっすらと笑っていたが、ふと、その表情を真剣なものへと変える。


「なあ、リア……お前、家族の事は、まだ好きなんだよな」

「ル? うん」

「家族に会いたいとかさ……やっぱり、思うよな?」


 突然の問いかけに、私は少し考えこむ。既に群れを抜け、住み処を離れた身なのだ。みんなに会いたいかどうかなんて、言える立場では……。


「あのな、リア」


 突っ伏していた身体を起こし、グレンは優しく笑った。


「ここは人間の住み処であって、ハーピーの住み処じゃない。だから、ハーピーの掟は、関係ない。思ってる事、言っても良いんだ」

「ルウ……でも……」

「お前は、ここで暮らす事を選んでくれたんだ。それがどういう意味かは、俺にだって分かってる」


 魔物の世界ではなく、人間の世界を選んだ。例え“契約”という枷が無くとも、もう二度と、自然へは戻れなくなった。

 その意味の重大さは俺にだって分かるよ、とグレンは言った。


「でもさ、それを家族に伝えても良いんじゃないかって思うんだよ」

「伝える……?」

「そうだ。こんなに立派になったんだ、てさ」


 今の私を、みんなに伝える。

 それは、魔物(わたし)では思いつかない事だった。柔軟な人間だからこそ出来る、発想なのだろう。


 私も、そういう風に、しても良いのかな。

 いつまで経っても灰色の雛のままだった、落ちこぼれの私を、見捨てずに一緒に居てくれた、お母様や姉妹に――。


「――うん、伝えたい。みんなに、大きくなったって、教えたい」


 群れを統べる、偉大な女王。真紅の羽根がとても美しいお母様に、恥じる事のない、立派な女王の娘になれた、と。


 そうしたら、きっと心残りとか、全部無くなるだろう。


 そう告げると、グレンは満面の笑みを浮かべた。


「じゃあ、決まりだな。リアの家族に、会いに行こう!」

「うん!」






 ――そして気付いたら、こんな大変な事態になってしまった。


「それではこれより、“リアちゃんのわくわく里帰り大作戦”の作戦会議を始める!」


 ギルドのホールに堂々と掲げられた、この辺り一帯の地理を示す地図を叩き、男性冒険者が高らかに宣言する。

 その場に集まった大勢の冒険者と、ギルド職員は、手のひらを打ち鳴らし、あるいは腕を振り上げ、歓声を響かせた。


 なんという光景だろう。お母様や姉妹に会いに行くだけなのに、まるで害獣討伐のあの日のような大所帯だ。

 唯一違うのは、町の存続の危機が伴っていないため、彼らの表情が一様に笑顔である事か。


「おい! 協力してくれとは言ったけど、いくらなんでも集まりすぎだろ!」


 事の発端であるグレンが叫ぶと、集まった冒険者からは怒涛の反論が返ってきた。


「はァァァん! 当たり前だろ、我らがギルドの看板の里帰りだぞ?! そりゃ協力するってもんだろが!」

「俺らは冒険者、何をするのも自由だろ!」

「大体、てめえの株ばっか上げてたまるかってんだ!!」

「お前ら本音は最後のだろ!!」


 なんでこんな大所帯に、とグレンは額を覆っている。

 仕方ないよ、みんな聞き耳を立てていたもの。


「実際のところ、リアさんをご家族に会わせるとなると下準備というものがあります。人手がたくさんあって良かったじゃないですか」


 傍らに佇むセリーナは、いつもと変わらぬ静かな面持ちだ。しかし、私の記憶が間違いでなければ、我先にと名乗りを上げ書記係を買って出たのは、他ならぬセリーナであったような……。


「でも、ギルドの連中まで乗り出さなくても良いんじゃないのか? リアを家族に合わせるだけだし」

「そういうわけにもいかないですよ。真面目な話、リアさんはダーナさん……高位精霊の加護を受けて“風”と“浄化”の力を身に付けた特殊な存在ですから。彼女にまつわる事は、このギルドの業務の一つになっているんです」

「まあ、そうだよなあ」

「それに……」


 ちらりと、セリーナの眼差しが、ホールの片隅へと移動する。


「ハーピーの生態はまだ謎が多いので、解明したいと騒いでいる人たちもいますしね」


 魔物の生態調査を調べる事に心血を注ぐ、ギルド専属の魔物調査員。スケッチブックを持ち、ニヤニヤとほくそ笑む姿は相変わらず不気味だ。そこだけ異様な熱気が立ち込め、いっそう気味が悪い。


「まあ、あとは単純に楽しそうというのもあります。これはギルド長の許可も得ていますし、通常業務には差し支えないので、問題ありません」

「そうかい」

「さ、お喋りはこんぐらいにして、作戦会議をしようぜ」


 進行役らしい男性冒険者が、両手を叩くと、賑やかな空気が引き締まった。


「さて、とりあえずギルドで所持しているでっかい地図の、複写を持ってきた。まずは、リアちゃんがここに来る前に暮らしていた、ハーピーの巣の場所を探さないとならないな」

「グレン、リアちゃんを見つけた場所を、もう一度教えてくれる?」


 グレンは頷くと、色のついた筆記具を取り、地図の前に立った。


「リアを見つけた場所は、北の森の外。この辺だ」


 地図の端っこに描かれている草原の町から、右上――北東へと向かうと、広大な深い森が広がっている。そこが、地元住人もあまり近付かないという危険な森、通称“北の森”だった。

 あの巨大な大樹の姿をした害獣が産み落とされた場所というのも、そこだ。


「そういえば、リアちゃんが何処から来たとか、分からないままだったよね」

「とりあえずは北の森の向こう側って事にしていたっけ」

「リア、何処から来たとか、何処で暮らしてたとか、分かるか」


 覚えてるところって事? でも、群れを離れた後は、けっこうフラフラしていたからなあ。


 戦う力を持たない灰色の小さな雛なんて、他の魔物からすれば、格好の獲物だ。縄張りを離れた途端、色んな魔物に追いかけられ、死に物狂いで逃げ回っていた記憶しか残っていない。


「大きな森の中をね、ずっと歩いてたのは覚えてるよ」

「この辺りはもう森ばっかだからなあ……」

「うーんと、あとは……そう、私がいた巣は、お山の天辺にあったの!」

「山?」

「うんと高いところにあってね、他の魔物はあんまり来なかった。巣にしてた樹はね、すごくすごく大きいの」


 翼を広げて言えば、グレンたちの目が地図を再び見つめた。


「この辺りで山なんて……北の森の向こうの、あれしかないぞ」


 深く広大な、北の森。そのさらに奥には、帯状に展開されている、険しい山岳が聳えている。


「まじでそこか。けっこう強い魔物が生息しているって評判だけど」

「あの山に行く奴も、越える奴も少ないよな……。あんまり詳しくはねえから、まずはそれらしい話がないか調べてみようぜ」

「もう少し細かく書いた地図も欲しいわね」

「他に覚えてる事とかあったら、何でも教えてくれよ!」


 わらわらと動き出す冒険者たちの姿を、私は呆然と見上げるばかりであった。

 だって、人間には関係のない、魔物の事なのに。

 彼らは、自分の事のように、調べようとしてくれているのだ。驚きと喜びで、どういう表情をしたら良いのか、分からなくなってしまった。


 すると、肩の上に、大きな手がぽんっと乗せられる。振り返れば、グレンがあの明るい笑顔を浮かべていた。

 

「みんな好きでやってるんだ。気にしなくて良いからな」


 肩に乗った手が、頭の天辺へと移動する。白い髪をくしゃっと撫でられ、私の口元にもようやく笑みが綻んだ。


「あ、ありがとう。とっても、嬉しい!」


 集まった冒険者やギルド職員へ、等しく、その想いを告げる。

 すると、彼らは一瞬動きを止めた後、天井を仰ぎ始めた。


「あああああ眩しい! キラキラして目が潰れる!」

「このヤロー! こっちこそだよ、全部任せろやー!」


 大袈裟に騒いで照れ隠しをする彼らの事が、ますます好きになった。



たぶん進行役の冒険者は【見守り隊】の一員ですね。

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