彼らの戦いは、これからも続く
2018.11.30 更新1/1
番外編。
リアが初めて町をお散歩した【07~09】の後にあっただろう話。
涼やかな風が吹く草原の町に、月夜が訪れた。
沈んでいく太陽に合わせ人々は帰路につき、夜の深まった今では静寂に包まれていた。賑わっていた通りにも、人影はもうほとんど無い。今、町並みを彩るのは、足下を優しく照らす灯りに、夜鳥の鳴き声、そして空に浮かぶ欠けた月だけである。
しかし、出歩く者がめっきり少なくなるこの時刻に、見計らったように街角の酒場では続々と人が集まり始めていた――。
「お、今日はお前も居るんだな」
「ああ、こないだは来れなかったからな。一つ、よろしく頼むよ」
「ごめんなさいね。明日は依頼があるから、留守番の私だけ参加するわ」
古びた扉が、ギイ、と音を立て開閉する。
一人、また一人と扉を潜り、酒場へと踏み入れた。
ぞろぞろとやって来る彼らは、親しげに挨拶を交わしながら席へ着いた。四人掛けのテーブルを複数寄せ集めたその一角には、最終的に十人、いや二十人あまりの人々が集まった。
若い青年に若い娘、壮年の男性に女性など、年齢も性別もバラバラであったが……唯一、共通点があった。彼らは、この町に活動拠点を置く、冒険者だった。
未知を切り開き、富も栄誉もその身一つで得る、魔物討伐を主とする荒くれの職業だが、酒場に集まった冒険者たちは皆、真剣な面持ちを浮かべている。漂う空気にも、微かな緊張が走った。
「マスター、悪いな。今日も貸し切らせてもらうぜ」
「……構わねえよ、好きにしな」
酒場の主人である、無骨な男はそう言うと、テーブルに飲み物を配っていく。席についた全員の手元に行き届いたのち、冒険者の一人が静かに立ち上がった。
「……今日も会合に集まってくれて、感謝する」
集まった面々を軽く見渡し、小さく礼をする。すると、何処からともなく、冗談ぽく笑う声が上がった。
「よせよ、他人行儀な事は」
「俺らの仲だろ?」
「情報共有の場は、いつだって大事だからね」
立ち上がった男は笑い、軽く咳払いをする。そうして表情を引き締めると、厳かな声音で宣言した。
「それではこれより――“ハーピーの雛を全力で見守り隊”による、第三回定例報告会を始める!」
橙色の灯りに照らされた二十名あまりの冒険者は、至極大真面目に、大仰しく頷きを返した。
かつて、これほどの気迫を、彼らが放った事はあっただろうか。
上位種の魔物の掃討依頼を受けた時並み、いや下手したらそれ以上の顔つきだな――この会合の開催場所に毎回指定されている酒場の主人は、今夜もそう思いながら、グラスをキュッと拭いた。
「よし、じゃあまずは、各々で気付いたところや報告するところを出し合うか」
「あ、じゃあ、私から」
早速とばかりに、女性冒険者が手を挙げた。
「リアちゃん、最近はギルドの外にもよく出てるみたい。人間たちの事、知ろうとしてくれてるのかも。町の人達の目にもたくさん入るようになったから、保護してる雛だって念入りに説明してきたわ」
「商売してる人達にはけっこう前から噂されてたけど、これからは住人の人達も気にするからね。声掛け運動は、これからも継続していかなきゃ」
その通りだと、冒険者は一様に頷く。
「あ、じゃあ俺からも。ギルドの魔物調査員の連中だけど、また馬鹿みたいに絵を描いてた。あれ、ちょっと気持ち悪くないか?」
「お前が言うなよ。次」
「おい! どういう意味だよこの野郎!!」
椅子を蹴っ飛ばすと同時に、笑い声がどっと響く。
厳かだったのは最初だけで、結局この会合は賑やかに進んでいった。
依頼の確認と作戦会議を行う時と同じくらいに、熱心に言葉を交わす彼らは、この町に拠点を置く冒険者。
そして同時に、“ハーピーの雛を全力で見守り隊”に所属する有志でもある。
ハーピーの雛を全力で見守り隊――それは、この町で過ごす冒険者のほぼ全員が名乗りを上げ、彼らが主体となり発足した部隊だ。
その目的は、ただ一つ。
現在、町の冒険者ギルドにて保護している、リアと名づけたハーピーの雛の守護である。
ハーピーとは、上半身は人間で、両腕と下半身が鳥の、半人半鳥の魔物である。しかも、雌しか存在しない上に、その全てが類い稀な美貌を誇る美女ばかりという種だ。
しかし、その美しさとは裏腹に、気性は激しく、非常に獰猛だと世間で言われている。冒険者の中にはハーピーの群れと戦い、その獰猛な本性を目の当たりにしている者もいる。
その美しさに惑わされ、命を落とした者も、少なくはなかった。
しかし一方で、彼女たちが巣にする場所の性質上――切り立った絶壁や、険しい峡谷、山脈の頂上など――その生態は不透明で、未だ謎を抱える魔物の一つでもあった。
そんなハーピーの、しかもこれまで人里では未確認であった雛が、ある日突然この町へやって来た。この町の冒険者ギルドに所属するグレンが、たまたま発見し、傷だらけで可哀相だったからと連れ帰ってきてしまったのだ。当然、雛とはいえ獰猛なハーピーとあって最初は騒動を引き起こしたものの、この地域一帯を古くから守護する緑の高位精霊であるダーナの後押しもあり、怪我が治り自然へ帰るまでのその間のみギルドで保護する事になった。
影でこっそりと立ち上げたこの隊は、現在ほとんどの町の冒険者が加わり、大変な大所帯となっている。最近では、何処から聞きつけたのかギルド職員までも名を連ね始めていた。もはやただの見守り隊ではなく、一つの組織と言っても過言ではない。
そして、“ハーピーの雛を全力で見守り隊”による会合は、今夜で三度目を迎えていた。
「――おし! 粗方、近況報告は出し尽くした感じだな」
「ああ。それじゃあ、そろそろ“本題”にいくとすっか」
その一言により、緩んでいた空気が再び引き締まる。
テーブルに集まる二十名あまりの冒険者が、スッと背筋を伸ばし、視線を鋭く光らせた。
「“狩猟市場”に、嫌な噂がついてる冒険者の一団が来たらしいな。聞いてるか」
「あーそれ、隣町のギルドにいる知り合いからも名前を聞いてる。あんま評判はよくないんだってよ」
「普通に稼業をこなす分には良いが……要注意だな。目を光らせておかねえと」
“狩猟市場”とは、町の住人や冒険者が名づけた大通りの呼び名である。
その通りに並ぶのは、料理屋や雑貨屋ではなく、魔物の解体所や素材売り場、武器や防具を扱う武具屋など。いわゆるそこは、冒険者や狩人などの、ご用達の場所だった。
他の区画と異なる独特の雰囲気があり、その性質上、あまり良くないものも出入りする事が間々あった。
人間の町に初めて出たハーピーの雛が、トラブルに遭遇してしまった場所が――此処だった。
ハーピーという魔物の素材、あるいは売買で攫われそうになったあの一件から、この界隈は特に入念な見回りを行うようになった。小さなものも見落とさないよう目を光らせ、つぶさに観察する技術は、前衛だとか斥候だとか関係なく、上達しつつあるほどだ。
「他に、何か変な話はあるか」
「狩猟市場も、町の路地裏も、今のとこそれ以外は聞かないかな」
「みんなで見回ってるけど、変な奴は湧いてないわ」
「リアちゃんを捕まえようとしたあいつら、全面的にボコボコに伸したのが効いたみたいね」
楽しそうに笑い合っているけれど、彼女達は荒事にも慣れた冒険者、魔物と戦い抜く猛者である。
ハーピーの雛が攫われそうになったと知った時の彼女達は、それはもう凄まじいものだった。その日のうちにギルドを飛び出すと、攫おうとした同業者をすぐに見つけ出し、躊躇無く拳を振り上げ叩きのめした。のちに男性陣が、あいつらを怒らせるのは絶対に止めようと、誓いを密かに立てたほどである。
「あと、ギルドの奴らがすぐに協力してくれたのが良かったな。素行不良の記録を録ってくれてたし、要注意扱いされて今頃困ってんだろ」
本当は等級の降格だとかしてもらえたら良かったが、誰かの契約獣ではなく保護している魔物だと、そこまでの強力な処罰は出来ない。その点は理解しているので文句はない。彼らの名前に傷がついたというだけで、十分な罰になっただろう。
冒険者にとって、評判が落ちるというのは、死活問題なのだ。
正直、胸がスッとした。
「町の治安維持にも繋がるし、見回りと掃除はこれからも定期的にしてかなきゃな」
「おう、そうしようぜ」
狩猟市場は、冒険者の誰もが出入りする場所。ゆえに、その内情は少なからず全員が知っていて、そういうものなのだと素知らぬふりをしてきた。ハーピーの雛が攫われそうになったのは、その結果だ。この界隈が実際はどれほど危ういのかと、全員が思い知らされた。
見守り隊の任務に、余所からやって来る同業者の観察や定期的な町中の見回り活動などを加えたところ、ギルド職員からは大喜びされた。
――俺達だって手一杯だから、やってもらう分には大助かりだ。
それは、激務に負われるギルド職員の、紛う事なき本心だった。
思えば彼らとの関係は、あくまでも斡旋する者と現場に出る者、それだけだった。ここではそこそこ良好な関係を築けているものの、トラブルが全くないわけではなく、衝突する事も間々ある。他のギルドでも同様だろう。
しかし、冒険者には冒険者の苦悩があるように、ギルド職員にも明るみにはならない葛藤がある。
今更ではあるが、ギルド職員の業務を改めて知る機会も増え、彼らが抱える膨大なそれを思うと、協力出来るところはした方が良いと思うようになった。持ちつ持たれつのこの関係が、良好で損はないのだから。
また、見守り隊による清掃活動によるものなのか、ここ最近では狩猟市場も町の路地裏も雰囲気が良いと住人から噂されている。耳聡い商売人や町の奥様方は、子どもだけで通っても危険がないと驚いていた。
慈善活動をしているわけではないのだが、結果としてそうなり……見守り隊一同、悪い気はしない現在である。
「今まで、あんまり気に留めてこなかったものね」
「そうね……怠けた分、注意しないとね」
灰色の雛――リアを守るため。
それもあるが、単純に“悪い印象”を彼女に持って欲しくないのだ。
この町にも、町に暮らす住人にも、ギルド職員にも――冒険者という存在にも。
ただでさえ自分達には、傷だらけだった幼い彼女を散々怖がらせたという、負い目があるのだ。
グレンに抱えられてやって来た彼女は、全身傷だらけで、両腕の翼も使えない状態だった。そんな彼女を追い立て、取り囲み、大きな声を出して怯えさせた。魔物といえども、力のない子ども相手にだ。みっともない真似をしたと、何度も思い返しては痛感する。
冒険者ならば、もっとどっしりと構えろ。そう叱咤した、緑の高位精霊であるダーナの言葉は正しく、反論の余地などない。
だからなのか、ギルドにやって来たばかりの頃のリアは警戒心が剥き出しで、食事の時を除き、人間に近付こうとしなかった。傷の治療も含め、触れられる事をとにかく嫌がり、間に引かれた溝の深さを思い知ったものだ。
だが、怖がらせないよう徹底したおかげで、今では人間にもだいぶ慣れてくれて、自分から進んで近付いてきてくれる。もともと好奇心旺盛で、活発な性格なのだろう。近頃はギルドの中だけでなく、外にも頻繁に出掛けている。
それに、彼女はハーピーという魔物の中でも珍しい個体らしく、幼いながらに人間の言葉を理解しているようだった。最初は半信半疑だったものの、人間の口をよく見て、身振り手振りで応じている。人間の言葉はさすがに口にしないが、お喋りするようにルウルウと鳴き声を上げる姿は、可愛いの一言に尽きる。
きっと、あれが彼女の、本来の姿なのだろう。
ギルドにやって来た初日に、冒険者とギルド職員を含めて半分が陥落したが、初めて笑ってくれたその日には、残りの半分が漏れなく轟沈した。
さすが束縛のない自然界からやって来た純粋な魔物だけあって、人間の考え方や振る舞いは、リアには通じない。中庭の隅にあった水場で服を脱ぎ出した時なんか、気まずさのあまり空気が凍り付いた。
次の瞬間には何をしでかすか分からない、爆弾のような存在へと瞬く間に変貌したけれど、感情をはっきりと見せ、予想以上に早い速度で駆け回る小さな雛に――気付けば全員が、絆されてしまった。
天敵を討伐する、冒険者でありながら。
天敵の体に値段をつけて売り捌く、ギルド職員でありながら。
あの天真爛漫な雛に、すっかりと、心を解きほぐされてしまったのだ。
それは、世間で見れば変わった、あるいは正しくはない行為だと揶揄される事なのかもしれないが……誰がなんと言おうと、リアは守り切る。その情熱は、既に揺ぎないものになっていた。
「でも今のところ、リアちゃんが一番懐いてるのは、グレンかなあ」
「ああ……だろうなあ。一番遠慮がないし、トラブルのあった日から、親鳥みたいに後ろをくっついてるしな」
最初の頃から、わりとグレンに対してのみ感情を剥き出していたが、ここ最近は特にその傾向がはっきりと見える。彼がギルドに居る時は側を離れず、行く先々に着いていこうとしている。そのたびにグレンは、分かりやすく目元や口元を嬉しそうに緩め、ふわっふわの灰色の頭を撫でているのだ。もともと子どもに好かれやすい、兄貴分な性格であるからか。
……正直、羨ましい。爆死しろと、思わないでもない。
「セリーナなんか、最初は一番渋ってたはずなのに。今じゃあ一番のお姉さん役だものね」
裸で暮らしていたリアに、変質者が寄りつかないよう洋服を着させる役目は、ギルドの受付嬢であるセリーナが全般的に担っている。最初は女性陣が交代でその仕事を請け負っていたはずなのだが、気付けば毎日、セリーナが独占している。
「リアちゃんが着てる服って、子持ちの冒険者とか職員のお下がりなんでしょ? なんかたまに全然違うの出てこない?」
「自分の金で買ってんじゃないのか」
「あいつの情熱こそ何なんだよ……」
ギルドの受付嬢として腕を揮うセリーナは、十代後半という若さでありながら、冷静沈着という言葉の似合う凜々しい娘である。首筋の長さで切り揃えた金髪と、切れ長な青い瞳は、何処か近寄りがたい勇ましさもあり、影では謎多き受付嬢というポジションで密かな人気があった。
だが、リアが現れてからというもの、その仮面が剥がれつつある。一人っ子で、妹の存在に憧れる、可愛いぬいぐるみ好きという事実が暴露され、さらなる人気を呼び寄せていた。(本人は恥ずかしがってけして口には出さないし、もしも言おうものなら魔物図鑑を振り上げ襲い掛かってくるだろう)
リアも、セリーナによく懐いているので、姉代わりを買って出たセリーナとしては、日々充実しているに違いない。
「……まあ、しかし、不思議なもんだよな」
「何がだ」
「いや、前は冒険者たちとギルド職員は、そんな仲良くはなかっただろ」
険悪ではなかった。だが、とりたてて親密でもなかった。
あくまでもその関係は、業務を請け負う者と斡旋する者。それ以上でも、それ以下でもない。
それが今では、予期せぬ行動へ走ろうとするリアを食い止めるべく、一緒になってギルド内をかけずり回っている。近頃では、制服を脱いだギルド職員と冒険者が、肩を組んで酒場を渡り歩いているという光景が目撃されるようになった。
あのハーピーの雛の登場で、まさかこんなに日常風景が変わってしまうとは。
誰も想像していなかったはずだ。実はすごい事なのではないか、つい思ってしまう。
「……人間は、契約の魔術がなければ、魔物と対等に話せない。だけど、そもそも隷属を強いておいて、対等だなんて言えない」
古い時代から争いを続けてきた、魔物と人間。
けして変わる事のない天敵同士には、契約という縛りは必要だった。
――必要だと、されてきたはずだった。
けれど、魔物であるリアは、契約を交わさずに人間の町で過ごし。
冒険者であるグレンは、契約をせず自然に帰すと言い張り。
もしかしたら彼らは、古くから続いてきた人と魔物の在り方に、新しい可能性を見せてくれるかもしれない。
天敵にしかなれなかった二つの種族に、もっと別の、夢物語のような可能性を――。
「やべえ、ついしんみりしちまったわ。らしくねえな、“冒険者”には!」
「あれだ、俺らは冷静に、あいつらを影ながら支えてやろうぜ」
「そうだな。冷静に、影の守護者に徹しなきゃな!」
グラスを高く掲げ、集まった見守り隊の面々は笑い合う。
彼らの秘密の会合は、こうして今夜も賑やかに過ぎていくのだ――。
この数日後、ハーピーの愛情表現が食べ物を口で食べさせ合う行為だと知り、四回目の会合は熱狂の坩堝に陥った。
レビューの【会員募集】が面白かったので、ネタとして使わせて頂いた番外編です。
ポメラの中でほったらかしになっていたので、勢いのまま完成させました。
たぶんきっと、町の冒険者達も同じだったに違いない。
終盤、大人になったリアを見に集まった冒険者などに目を光らせていたのは、恐らくこの隊員達でしょう。
作中でたびたび天井を仰いで尊さに震えていた人物も、きっとここから派生したのでしょうね(笑)
本編の裏側で、彼らは人知れず活躍し続けていた……かもしれません。




