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2018.11.24 更新:1/3
大変、お待たせいたしました。
最終話まで一気に更新いたします!
森と草原が広がる自然豊かな土地に、ここ数十年は確認されていなかった、汚染された“魔力溜まり”が発生した。
そこから産み落とされたのは、なんと巨大な人面樹型の、災害級に相当する害獣だった。
一夜を通し、この害獣と戦い抜いたのは、町にいた冒険者たちと、“契約”に縛られていない一羽のハーピー。月夜に咲き誇る月光花のごとき清廉な美貌を持つ、純白の羽根を持つハーピーだという。
古い時代から相容れぬ天敵同士である、冒険者と純粋な魔物が、隷属ではない絆によって手を取り合い、そして見事に未曾有の危機を退けたのだ――。
あの月夜の草原の戦いは、物語のように人々の間で語られた。我が身を惜しまぬグレンたちの果敢な奮闘ぶりは、瞬く間に近隣の町村へと伝わり、さらには草原の町が属する地方全土にまで広がったという。
さて、そんな害獣討伐の熱狂が未だ冷め止まぬ、ある日の事だ。冒険者ギルドに、突然の知らせが舞い込んだ。
なんと、町の冒険者やギルドに、領主から勲章が与えられるそうなのだ。
……とはいえ、私には勲章なるものが何なのか、さっぱり分からないが――曰く、限られた人しか受け取れない最高峰の栄誉なのだという。それは人間たちにとって、一生に誇っても良いほどの価値を伴っているらしい。
そんなすごいものを、身近にいるグレンやセリーナたちが受け取るなんて。私も、自分の事のようにとても誇らしく感じた。
つい先ほど、冒険者ギルドへ厳重に届けられた、綺麗な封書。そこに綴られていた勲章に関する一文に、グレンやセリーナたちは皆、信じられないといった様子で今も驚いている。けれど、口元に浮かぶ笑みは、何処か誇らしそうに見えた。
あの戦いに参じた誰もが、自らの命を賭け、その末に勝利を掴み取ったのだ。言葉以上の喜びが、きっとそこにはあったに違いない。
――しかし、グレンたちはひとしきり喜んだ後、封書をテーブルに置いて。
「まあ、称賛されるのは嬉しいけど、勲章は要らねえな」
などと言って、断りの返事を出す事をさっさと決めてしまった。
グレンだけではない。他の冒険者たち全員がだ。私はあんぐりと口を開き、茫然とした。
「な、なんで? とってもすごい事なんでしょ?」
「まあ、すごい事ではあるんだけどさ。柄じゃないな」
グレンの言葉に賛同するように、他の冒険者たちはしきりに頷いている。
柄じゃないって、そんな。あの戦いがどれほど大変で、どんな覚悟をした末に勝ち取った勝利なのか、私にだって分かるのに。本当に、それで良いのだろうか。
すると、グレンは口元を緩め、良いんだと力強く告げた。一欠片の迷いもない、真っ直ぐとした声だ。
「栄誉を追いかけるのが悪いとは言わないけどさ。勲章なんて、俺には立派過ぎて重たいよ。災害級の害獣を退けたっていう事実と報酬があれば、それでもう十分。そっちの方が、冒険者らしいってもんだろ」
そのあっけらかんとした清々しい表情に、後悔や諦めの類の感情はまったく見えない。どうやら本当に、心の底から、まったく惜しくはないらしい。
そして、グレンたちは本当に勲章の授与を辞退し、与えられる栄誉は冒険者ギルドに全て譲った。その代わりとして願ったのは、激戦を繰り広げた草原を修復する支援金だったが、最前線で命がけで戦い抜いたグレンたちは……報酬の金一封だけを受け取り、それで終わってしまった。
一生に誇ってもいい栄誉と、世界を渡り歩く自由。
彼らにとって重いものとは、どちらなのか。人間とは、冒険者とは、つくづく不思議な生き物らしい。
――さて、話はそれで終わるのかと思いきや、封書に書かれていたのはそれだけではなかったようで。
何故なのかは分からないが、グレンたちと一緒に戦った私にまで、その報酬が与えられる事になってしまっているらしいのだ。
今度は私が驚く羽目になった。
だって、頑張ったのはグレンたちで、私はほんのちょっぴり手伝っただけなのだから。
グレンたちが貰うのは分かるけど、何で私なんだろう。
「いや、当然だと思うよ。リアが出てくるのは」
「ル? そうなの?」
「ああ。ぶっちゃけ噂になってるのは俺達じゃなくて、お前の方だし。忘れてるかもしれないけど、契約っていう縛りがないと魔物は普通、人間の世界で暮らしてないんだからな」
あ、そっか。今の状態は、実はすごく珍しい事なんだっけ。
魔物を、強制的に人へ従わせるという魔術――契約。
人間の世界で暮らす魔物は、等しくその魔術に縛られているという。このギルドに出入りする魔物の先輩たちも、元は野生で暮らしていたが、冒険者と契約の魔術で繋がれていると言っていた。
そんな中で、一切の制約がなく、自由な意思で過ごしている私は、実は他ではめったに見ない珍しい一例だったのだ。そういえば、ここにやって来た最初の頃は、契約云々と揉めていたような気がする。
「そんでさらには、この辺じゃ有名な高位精霊のダーナさんから加護を貰って、風と浄化の力を身に着けて。おまけにそれが、美人揃いの魔物と評判のハーピーときた。噂にもなるってもんだよ」
「ふうん、そういうものなの……?」
「まあ、リアはそういうの興味ないもんな。でも、頑張ったご褒美くれるって言ってるし、少し考えてみたら良いんじゃないか」
「うーん……分かった」
とりあえず頷いてみたけれど、これといって思い付く事もないんだよなあ。まあ、急いで決めろってグレンは言ってなかったし、そのうち思い付くかも。
などと、のんびりと構えていた後日――冒険者ギルドに、突然の知らせが飛び込む。
領主に仕えるという人間が、なんとこの町へやって来るそうなのだ。
◆◇◆
「突然の来訪、聞き入れて頂き感謝します」
「改めて、災害級に相当する害獣の討伐、お見事です」
ギルドのホールで一礼したその人間の男性たちは、私がこれまで見てきたものとはまた違う姿形を有していた。仕草や居住まいに粗暴さがなく、洗練されているというのだろうか、グレンやセリーナよりもずっと年上で、落ち着きと上品さが仄かに漂っている。身に着けている衣類も、上質かつ厳格な作りをし、町やギルドでは見かけない装いだ。
ここに来てから、初めて見る種類の人間の男性だ。少なくとも、快活に笑いドタドタと騒がしく走り回るグレンとは、まったく違う。
領主に仕えるとか、立場のある偉い人とか、私にはよく分からない。が、いかにも他の人間と異なる姿をする彼らは、このギルドにおいて、とても順位が高いという事は読み取れる。いつもは騒がしい冒険者はしんと静かで、ギルド職員は緊張しているように見える。
彼らがギルドにやって来た理由としては、応援が届かない中で害獣の討伐を果たした、冒険者とギルド職員の顔を改めて見るためらしいのだが……。
「俺らの顔ってのは、建前だろうな。本命はたぶん、風と浄化の魔術が使える珍しいハーピーだろうよ。上からの指示で」
「そうでしょうね……。リアさんは、世間ではとても珍しい一例ですから」
小さな声で言葉を交わすグレンとセリーナは、いつになく険しい眼差しをしていた。それを見ていたら、私まで何だか緊張してしまう。
「……さて。それで、噂で語られるハーピーは、どちらに?」
おもむろに男性たちが尋ねると、応対していたギルド長がグレンへと視線を配る。それを受けたグレンは、中庭から窺っている私を見て呼び掛けてきた。たくさんの眼差しが集まるのを感じながら、足早にホールを進み、グレンの傍らに並ぶ。
「おお……なんと……。彼女が今噂されている、冒険者と共に戦ったハーピーですか」
「これは、実に美しい。純白の羽根と、霊鳥の姿を象る、美貌のハーピー……なるほど、いやはや、恐れ入った」
彼らの好奇心で輝く瞳が、頭の天辺から爪先まで丹念に見つめてくる。悪い気配はしないけれど、何だか居心地が悪い。たまらず距離を取り、グレンの腕に縋ると、彼らは困ったように微笑んで身を引いた。
「おっと、不躾に見るなど、可愛らしいお嬢さんにすべきではなかったな。申し訳ない」
「ル……謝ってくれたから、別にいいよ」
「ッな、なんと、言葉を……?!」
「まさかハーピーが……これは、本当に珍しい……!」
彼らの瞳の中に、ある種の熱狂が宿ったところで、グレンがずいっと足を踏み込ませる。大袈裟なほどの咳払いを響かせた彼から、じわりと、威圧が滲んだ。私に詰め寄った男性たちは、ハッと意識を戻すと、居住まいを正した。
「ゴホン……申し訳ない。つい熱くなってしまった。さて、美しい純白のハーピー殿。勇士たちと共に害獣と戦い、勝利に貢献したその行いは誉れ高く、また未来でも語り継がれるべき……」
「むずかしい言葉、よく分かんない」
いくら人間の言葉をたくさん覚えたと言っても、そんな風に難解な言い回しをされてしまったら、さすがに困る。
すると、目の前の男性たちは、一瞬動きを止める。傍らに立つグレンや、ホールに集まる冒険者やギルド職員から、吹き出すような笑い声が微かに漏れた。
「…………ふむ、では……。冒険者と一緒に戦い、害獣を倒したその行動は、とても立派です」
「うん」
「この先の未来でもずっと、すごい事だと褒められるでしょう」
「ありがとう」
彼らの言葉を一つ一つ真剣に聞き、こっくりと頷きを返す。しかし、斜め前に立つグレンは、何故だか口元を手のひらで覆い隠し、両肩を震わせている。ギルドのホールに居る他の冒険者やギルド職員も、微笑ましそうに表情を緩ませたりし、中には顔を両手で覆って天井を仰ぐ人までいる。セリーナにいたっては……先ほどまでシュッと背を伸ばしていたのに、受付カウンターにしがみついてくず折れてしまっている。一体どうしたのだろう。
「……ゴホン。そこで、我々からも、ハーピー殿に頑張ってくれたお礼をしたいと思います」
「何か、欲しいものはないかな」
これは……グレンがこないだ言っていた事だ。この人たちが、ご褒美をくれるのか。
でも、欲しいもの……。
欲しいものかあ……。
「――ないよ」
間髪入れず、そう答える。
その瞬間、目の前の彼らは、両目を真ん丸に見開かせた。
「な、無いのですか」
「うん、ない」
「しかし、何か一つくらい」
「全然!」
そもそも、戦いの報酬など、私にこそ無用な代物だろう。人間たちが使うお金も、たくさんの道具も、物珍しさは確かに感じるが魅力的ではない。第一、腕は翼だし、足だって鳥のそれだ。それらを貰ったところで、魔物には何の意味もないのである。
「だから、私には別になくていいから、いっぱい頑張ったグレンやみんなにあげて。そっちの方が嬉しい」
「リ、リア……!」
感極まったように、グレンの両目が潤む。ごつごつした顔をくしゃりと歪ませ、お前どんだけ素直なんだよと噎び泣き始めてしまった。私だけでなく、領主の使いの人たちまでも困惑した様子を浮かべる。
「いや、しかし……ここまで来たのだから、何か一つくらいは。我々は、そういう使いでもあるのだ」
「冒険者の方々にも、報酬という形で労苦を労いました。貴女にも同様だと言われているので」
「でも、欲しいものなんてないよー」
何度も首を横に振る私に、いよいよ彼らの困惑の表情が色濃くなる。それを見かねたのか、はたまた気が緩んだのか、グレンは鼻を啜りながら私へ言った。
「何でも良いんだ、せっかくだから言ってみろよ。こんな機会ないぞ」
「ええー……うーん……」
本当に欲しいものなんてないのだが、仕方なく考えて、何度も考えて――。
「あ。じゃあ、おいしい果物が食べたい」
「おいし……美味しい果物、ですか」
男性の面持ちが、虚を突かれたような表情に変わった。
「ああ。このハーピーは、生肉が大嫌いで、果物が好物なんですよ。な、リア」
「ル! 果物、好き!」
「そ、そうなのか……」
「なるほど、ではそのように……」
その後、彼らは立派な衣装を翻し、冒険者ギルドを去って行ったけれど――不思議そうな顔は、変わらないままであった。
そして数日後、果物をたくさん詰め合わせたバスケットが、私のところに届けられた。
まさか、本当に来るなんて。
私だけではなく、グレンたちも心底驚いている。
「本当に届いたよ、果物が……」
「戦いに貢献した報酬が、果物かあ。なんだか、可愛い報酬だね」
「いや、よく見ろよ……ぎっちぎちに詰め合わせた果物は、全然可愛くねえぞ」
「……うわあ! 本当だ! これ、一個何万とする高級なやつじゃん!」
「ひえええッこれもだ!」
「こええ! こええよー!」
冒険者たちは皆、怖々としながら果物を持ち、ぶるぶると震えている。宝物か何かでも突然手渡されたように、慎重に、大切に両手で包んで……たかだか果物に何をそこまで震える必要があるのか分からない。
私はというと、キラキラした輝きを放つ見た事のない果物に、すっかり目を奪われてしまった。どれも見慣れない形をし、瑞々しく、それでいて芳醇な甘い香りを漂わせている。彩りも様々で、この町では見かけないものばかりだ。
「おいしそう……!」
「ふふ、切り分けますから、ちょっと待っていて下さいね」
セリーナは騒ぐ冒険者を一蹴すると、丁寧に果物を切り分けてくれて、大きな平皿に次々と盛っていった。
この辺りで既に我慢が効かず、足と爪を綺麗に拭ってもらうや否や、勢いよく果物を掴んで、口の中に放った。その途端に、口の中いっぱいに広がる果物の風味は、かつてなく濃厚で、とびきり甘い。あんまりにも美味しくて、白い羽根がぶわっと膨らんでしまった。
「おいひい……」
とろけそうなくらいに頬が緩んでいくのが、自分でも分かった。名前とか分からないけど、この果物、すごくおいしい。
「口に合ったか、良かったな」
「うん……!」
「ふは、幸せそうな顔だなあ。高級なやつばっかりだけど……リアも、欲がないな」
もっと別のものを欲しがっても良かったのに、とグレンは笑うけれど、私には十分だ。こんなにたくさんの珍しい果物を食べられるなんて、まったく思いがけなかったのだから。おかげで今日は、特別な日になった。
「んんん~おいひい~」
「……すげえ美味そうに食べるな……。なあ、一つだけ、ちょっと分けてくれないか」
グレンが呟いた瞬間、周囲で見守っていた冒険者とギルド職員の瞳が、一斉に鋭く光った。
「あ! ずりい! 俺も!」
「ちょ、ちょっと! 私だって我慢してたのにそんな……!」
グレンを押し潰しながら詰め寄ってくる彼らを見て、私はハッとなった。
そうだよね、仲間だもの。こんなに美味しい食べ物は、私だけじゃなくて、みんなで一緒に食べないと。
平皿の果物を一つ口にくわえ、テーブルに寝そべるような格好で潰されているグレンに差し出す。
「……リア、それは」
「たえるんでひょ? どうぞ!」
「だから口で渡すのは女の人にだけしろって前にも……待て待て、顔を近付けるなって! 絵面的にやばいだろ!」
起き上がったグレンは、私の肩を掴んで止めてきた。
むう、そんな風に嫌がらなくたって良いじゃない。たまにはハーピー流のごはんに付き合ってよ。
是が非でもグレンに渡すべく、首を伸ばし、ぐぐぐっと目一杯顔を近付ける。灰色の雛の時とは違い、今は身体も大きくなったし力だって強くなったのだ。そう簡単には、阻止出来ないぞ……!
「大きくなったから余計に色々と危ないって、どう伝えたら……! ッセリーナ、交代だ、食べてやれ!」
「ええ?! ま、また私ですか?!」
「慣れたところで頼む! 俺だとただの犯罪になるけど、お前だったら大丈夫だ!」
「あ、あの、語弊が……けして慣れているわけでは……」
セリーナも食べたいの? 大丈夫、もちろんセリーナにもあげるよ!
グレンから離れ、セリーナのもとへトコトコと駆け寄る。狼狽する彼女の正面に立ち、口にくわえた果物を差し出した。
「ひえ! リ、リアさん、あの、落ち着い……むぐ!」
押しつけるような格好で渡した果物は、セリーナの口の中に入っていった。
無事に受け取ってもらえて満足する私とは裏腹に、セリーナは凜とした顔を瞬く間に真っ赤に染め上げ、ホールの床に手をつき項垂れてしまった。なんだろう、こんな光景、前にも見た気がする……。
「おいしくない?」
「う……もぐ……美味しいです……」
「良かった~」
「うう……公開処刑、再び……」
何やら呟きが聞こえた気がするけれど、きっと美味しさのあまり唸っているのだろう。
「美しい……」
「神々しい……」
「やべ、なんか泣けてきた……」
集まった冒険者やギルド職員の中に、両目を覆い天井を仰ぐ人がちらほらと混ざっていたが、猛然と立ち上がり駆け出したセリーナによって一瞬の内に散らばった。
女の子にあるまじき凄まじい顔をしていたけれど、大丈夫だろうか。
「――リア」
ぽん、とグレンの手が私の肩に乗せられる。
「それは、女の人にしかやっちゃいけないんだ。前にも言ったろ?」
「ルウ、そうだけど……何で?」
「そりゃあ、男にやったら、色々と危ないからな……」
むう、人間はよく分からない決まり事ばかりね。同じ住処で暮らす仲間同士でする事だから、危ない事なんてないのに。
不満に思ったけれど、ここに居る以上は、彼らの掟に習う必要がある。仕方なく頷き、ギルドの外ではしないと、改めて約束した。
「でも……私たちの、仲間の証なの。ここにいる人たちにしかしないから、今は、やっても良い?」
平皿の果物を一つくわえ、グレンにもう一度差し出す。彼は小さく笑うと、女の人だけだぞ、と念を押しながら、今度はちゃんと受け取ってくれた。
――ただ、口ではなく、ぽきりと指で折ってからだが。
「グレン! ちゃんと口で取ってよー!」
「無理!」
「ビャアアアアアッ!!」
いつか絶対、彼とも仲間の証をしてやる――!




