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2018.05.04 更新:1/1
ようやく物語のキーが出せて嬉しいです。
今回のテーマは"ベタ"な異種間交流ですからね!
たくさんの人間たちが出入りするギルドのホールに踏み入れるようになって、様々な話を聞く機会も増えた。
そもそも私は、ギルドと名のついたこの建物の事すらもよく理解していなかった。
ギルド――正しくは、冒険者ギルドという呼び名らしいが、どうやら人間たちの困りごとが寄せ集められる場所らしい。
遠く離れた土地に物品を届けたり、遠出する際の護衛の呼びかけであったり、魔物が悪さして困っていたら助けたりと、その内容は様々の模様。それらは、ギルドで働く人間たちが取りまとめ、報酬を用意し、依頼として掲示板へ張り出す。そしてその依頼を冒険者が引き受け、困りごとを解決してゆくようだ。
この冒険者という存在には、“等級”という強さの序列が定められているらしい。一番下っ端の最下級から始まり、下級、中級、上級、特級と上がってゆき、中でも上級と特級の強さを持つ冒険者は一握りなのだとか。
しかも、特級の冒険者にもなると、恐ろしい事に一人で竜を倒してしまうらしい……。
え、竜ってあれでしょ。私達ハーピーだって食べちゃう、空を支配してる一番強いやつでしょ。
あの影を見かけるたび、女王であるお母様もとても緊張し、私達は身を寄せ合って震えていたというのに、あれを単体で倒すなんて……。やはり冒険者は怖い存在だ。
ちなみにグレンは中級で、冒険者の多くが属する真ん中の位にいるらしい。少しだけ、ほっとした。
……しかし、意外だ。
もっと無作為に、無差別に、魔物を殺しているのかと思ったが、そうではないらしい。
私達の群れでもそうだったように、人間には人間の掟が存在している。彼らには彼らの理由があって私達を倒し、それを日々の暮らしや同族のための糧としている。
人間たちも生きているのだと、改めて感じ取った。
「――そしてギルドは、冒険者に困りごとの解決をお願いするだけではなく、魔物たちの情報を集め、研究を進めているんです」
こんな風に。セリーナは分厚い本を机の上に広げ、私にも見えるように傾けてくれる。そこに描かれているのは、魔物たちの姿。そして、まったく解読出来ないが、人間たちの文字が並んでいる。曰く、たくさんの魔物を載せた“魔物図鑑”という書物であるらしい。
人間は、面白い事をする。私達は、別種族の魔物と必要以上に争ったりしないが、同時に深く知ろうともしない。こんな事をするのは、人間くらいだろう。いや、弱いからこそ、彼らはこういう事をするのかもしれない。
「お? リアの勉強会か、セリーナ」
「ええ。魔物図鑑が気になったらしくて」
「一生懸命にルウルウ鳴かれたら、無視なんて出来ないわよ」
ふわふわと宙に浮くダーナが、悪戯っぽく微笑む。途端に肩を跳ねさせたセリーナに、グレンは両目を細めた。
「……セリーナってさ、なんだかんだでリアに甘いよなあ。最初はあんなに猛反対してたのに、今じゃ俺よりも甘いじゃん」
「妹が出来た気分なのよ、一人っ子だから。こないだなんか、リアちゃんに着せるお洋服を並べて、どれが一番似合うか熟考してたのよ?」
「わ、わー! ダ、ダ、ダーナさん!!」
激しく狼狽するセリーナの姿は楽しかったが、早く続きを教えて欲しい。ぱしぱしと翼で叩くと、セリーナはハッとなって私を見下ろし、こほんと呼吸を整えた。
「えっと、それで、主に魔物の事を調べているのは……ああ、そこでこそこそと窺っている、調査員ですね」
セリーナの細い指が、ホールの一角を指を指す。
ガリガリと羽ペンを動かす怪しげな集団が、相変わらず今日もそこに居る。
「ルウ……」
「不気味ですよね。ごめんなさい、リアさん」
「なあ、お前ら、いい加減こそこそしてないで、こっちに来たらどうだ」
呆れ果てたグレンが言葉を投げると、彼らはビクビクッと飛び跳ねた。
「そ、そうなんだけどな……なんかもう癖で……」
「いやそんなだからリアが余計に不気味がってるんだけど」
にべも無いグレンの切り返しに、彼らはしばらく呻き声を上げていたが、顔を見合わせて頷くと、意を決したように歩み寄ってきた。
ここに来てから、ほぼ毎日、こそこそと私を見ていた人間たち。悪い人だとは思わないが……セリーナとグレンの間に潜り込み、しっかりと挟まって見上げた。うん、これなら、怖くない!
「ルッ!」
「~~~~ッ!」
顔を覆ったセリーナに、グレンが「しっかりしろ」と励ましの言葉を贈っているが、その彼は何故か満面の笑みだった。
やがて、私の前に人間たちがしゃがみ込む。遠くで異様な雰囲気を漂わせていた彼らも、こうして近くで見れば、普通の人間だ。緊張しながら挨拶をする彼らへ、私もルッと鳴いて挨拶を返す。
「……本当、ハーピーという魔物は、雛のうちから美人なんだな」
「ふわふわの羽毛は、鳥の雛と同じだ」
「待て、もうちょっとここ描き足しておかないとならないぞ。もっと忠実に残さないとな」
携えていた羽ペンが動き出し、一斉にガリガリと音が立てられる。
……やっぱり、ちょっと怖いかも。
グレンとセリーナの間から後ろに下がり、机の下に引っ込んだ。
「もう、怖がらせないで下さい!」
「う、す、すまない……癖で……」
「あーリア、変な奴らだけど悪い連中じゃないぞ、変な奴らだけど。こういう変人たちのおかげで、魔物を知る事が出来るわけだ」
すると、グレンが思い出したように両手を叩く。
「あ、そうそう。リアの、ハーピーの事も、こういう図鑑に載ってるんだぞ」
え、私達の事も?
ちょっとだけウキウキしてしまい、机の下から出る。グレンは分厚い図鑑の頁を送ると、ほら、と指で示した。どんな風に描かれているのかと期待して覗き込み――首を捻った。
そこに居るのは、のっぺりとした顔つきで、特徴のない翼を持つ何かだった。
他の魔物たちの絵も大概だったので、私達もそう描かれる宿命だったのだろうが……。
女王であるお母様は紅色。一の姉様は鳶色。三の妹は金色で、四の妹は桃色を宿し、家族だけでなく、群れの仲間たちも皆、とても美しいのに。
なにこれ。私達、こんなのじゃない。釈然とせず、ハーピーに似せた何かの絵をバシバシと翼で叩く。
「気に入らないのか? 絵だから許してくれよ」
「ルゥゥゥ……」
むう、しょうがないな。それで、何て書いてあるの?
翼の先端で文字を指し、グレンを見つめる。彼は意図を汲み取り、読み聞かせてくれた。
――ハーピー。
地域によっては、ハーピィ、ハルピュイア等と呼ばれる魔物。
羽の色には統一性がなく、鮮やかな赤から夜のような紺色まで確認されている。
強さとしては中の下程度であるが、単独ではなく複数の群れで行動し、空からの強襲を得意としている。見た目によらず強靱な鉤爪を持ち、獲物を鷲掴みにし巣へと持ち運ぶ。雑食だが、特に生肉――人間の肉を好む。
性格は攻撃的でそこそこの知恵を持ち、戦い慣れない初心者や中堅は苦戦を強いられる。
そして、この魔物は雌のみで構成され、その全てが類い希な美貌を誇る。
繁殖の際には他種族の雄を浚うしかなく、特に人間の男をその美貌で魅了し、連れ去る模様。
ハーピーの生息地は、主に切り立った崖の上、峡谷、山岳の頂上付近などとされ、他種族が容易に踏み入れられない場所に巣を作るとされている。連れ去られた人間の男がほぼほぼ戻ってこない点から、用が済めば無残に引き裂かれ、ハーピーたちの食料になっていると思われる――。
「ビャアアアアアア!!」
「ぶわッうるせえェ! 何だ、どうした?!」
グレンだけでなく、側に居たセリーナなども両耳を押さえたが、それを気にしている場合ではない。灰色の羽毛をぶわっと膨らませ、地団駄を踏み、不満を鳴き声に乗せる。
「ビャッ! ビャッ!」
「うう、生肉食わせようとした時以来だな、その声……。何だよ、急に怒った声出して」
怒りたくもなるもん! 何これ!
唇を尖らせ、灰色の翼で叩く。傷に障るからとすぐに取り押さえられてしまった。
「ルブゥゥゥ……」
「ぶふッすげえ声……何が急に気に入らないんだよ……。もしかして、図鑑の内容か?」
「ルッ!」
こっくりと、大きく頷く。その瞬間、後ろに居た魔物の調査員だという人間たちが、一斉に仰天し「なんだとォォォォ!!」と叫んだ。
「そんなッ! ギルドにある魔物図鑑は、調査員たちが調べ続けて、常に新しい情報を更新しているのに!」
「そりゃハーピーは巣の関係で解明されてない部分も多いけど……何処だ、何処が違うんだ?!」
あのね、私達は、人間を食べないんだよ。食べるとしたら、ご飯に困って、お腹がすごく空いた時だけなんだよ。
ハーピーは、生き物の肉から木の実や果物まで、わりと何でも食べるけれど、肉については人間を選ぶ事はまずないのだ。ともかく味が悪くて臭いし、何より身についてる肉が少ない。よほど差し迫った場合でしか食べる事はないのだ――と、お母様やお姉様たちが言っていた。
私はそもそも生肉が食べられないので、味については想像もつかないが。
そもそも、人間の雄を巣へ連れて来るのは、子どもを作る時だけ。ハーピーの外見は人間の雄に好かれるから、一番手っ取り早く済むのだそうだ。そして用が済めば、人間の雄は巣の外へ放している。まあ、巣を作られる場所が場所なだけに、生きて帰っているかどうかは、残念ながら定かでない。一応、女王であるお母様は、山の麓へ下ろすよう群れの仲間に言い聞かせているが……。その後の事は、私達も知らない。だってそこまで面倒見る必要ないもの。
――という事を、図鑑の内容を再度読み上げるグレンに対し、頷く、首を振るの手段で伝える。
グレンやセリーナが細かく質問を入れるので、上手く彼らに通じたとは思う。臭くて不味くて食べられたものじゃないと嘆いていたお母様や姉妹たちのためにも、人間の肉を食べるという部分だけは、きちんと否定しなければ。
「――なるほど、ハーピーたちは肉を食べるけれど、人間は滅多に食べたりはしない、と」
「となると、ハーピーたちが隊商や牧場を襲う理由は、荷物と家畜にあるという事か」
「冒険者を襲うのは、巣や群れを守るための防衛本能かもな。冒険者は魔物を殺すから、遠ざけようとして当然だ」
「ハーピーの羽根の色が、雛の間は灰色で、成長すると別の色になるというのも驚きだ」
一通りの質問を終えた調査員たちは慌ただしく立ち上がり、今の話をまとめるためにギルドの奥へ駆けて行った。その足取りはうきうきと弾んでいたけれど、やっぱり異様な雰囲気が滲んで不気味だった
「人間は滅多に食べない、か。初めて知ったなあ」
「知らない事は、お互いにたくさんある。そういう事なんですね」
神妙に頷くグレンとセリーナへ、私もその通りだと思う。
冒険者はみんな、無差別に魔物たちを殺すと思ってたけど、そうじゃないものね。優しい冒険者もいるもの。
「……そういえば、ハーピーはみんな、色んな羽根の色をしているよな」
不意に、ギルドに居合わせた冒険者の一人が、そう呟いた。
「そうだけど、それがどうかした?」
「この子は雛なんだろ? 羽毛もふわふわしてるし。灰色が雛の色なら……大人になったら、どんな色になるんだろうな」
「大人になったら、か……」
小さく呟いたグレンが、私を見下ろした。
「そういうのって、雛のうちから分かったりするのか?」
「いえ、残念ながら、そこまではまだ。そもそも、ハーピーの雛すら、リアさんが来てようやく確認されたくらいなんですから」
冒険者の問いかけに、セリーナは首を振る。
「魔物の成長や、突然変異は、謎の多い分野。学者たちが総力を挙げて調べていますが、未だはっきりとした解明はされておりません」
世界に存在する“魔力”という不思議な力の影響を受ける、魔物たち。彼らは大昔に、野生動物から枝分かれして生まれた生物で、その名残りなのか多くが動物たちと通じる生態を持つ。
だが、その成長過程と変異については、独自的なところがある。年月を掛けて成長し、身体を大きくより強い存在になってゆく事もあれば、ある日突然、全く別の姿へ変わる事もあるという。
学者たちの多くがそれに挑んでいるが、今も究明途中にある。しかし、一つだけ、はっきりと分かっている事があり――。
「魔物たちは、周囲の影響を受けやすい存在。身を置いた場所によって、私達が思う以上に、とても変わりやすいようですよ。夢のような話ではありますが、突然変異の進化を起こした契約獣が“そうなるべきだった”と言った、なんて事もあったそうですし」
「へえ、不思議な話だなあ」
「ええ。ちなみに、そういった突然変異の話は、実はハーピーにもあるんですよ」
巣の関係上、実はまだ解明されていない部分の多いハーピーだが、彼女たちの中にはなんと希少な霊鳥――いわゆる伝承やおとぎ話の中に出てくる鳥の神様や精霊を指す――を象ったものも存在しているのだとか。
が、発見数は極端に少ないし、それに至る条件も不明で、憶測の域を超えない。
「ハーピーの羽根の色が個体によって違うのは、理由があるのかもしれないですね。まあ、謎の解明よりも日々の生活の方が多くの人にとっては大事ですし、気にする事でもないのかもしれませんが」
ふうん……みんながしている話は、私には難しくてよく分からない。
でも、お母様も、一の姉様も、三の妹も、四の妹も、みんなとっても綺麗で、彼女たちに相応しい色だと思う。そうなるべきだったと言っても、何の不思議もない。
「じゃあ、リアも、ぱっと見て十歳かそれより下くらいだし、そのうち成長するんだろうな。どんな風になるんだろ」
グレンは私の両脇を持ち上げ、腕に抱えた。灰色の羽毛を見つめる彼の瞳は、楽しそうに輝いていた。
「今でもこんな可愛いんだから、きっと大人になったら、すげえ美人になるぞ。他のハーピーなんか、目じゃないくらいにな!」
わしわしと頭を撫でるグレンに、私は、何も言えなかった。
だって私がここに居るのは、大人になる時期を迎えていながら灰色の羽根が抜けず、巣を離れた落ちこぼれであったから。
群れを守る美しい女王の雛でありながら、私は、お母様や姉妹たちのようにはなれなかった。
彼女たちを恨んではいない。思うのは、自分の不甲斐なさだけだ。
けれど……。
(大人になって灰色の羽根を捨てたら、私は今頃、どんな色を手に入れていたのかな)
叶わないはずの夢を、私は今も心の何処かで、抱え続けているのだ。