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2018.05.03 更新:1/1

 ――今日もギルドには、冒険者たちが大勢集まり、賑やかな声を響かせている。

 ギルドの職員だというセリーナたちが先に訪れ、掃除と話し合いをした後に扉の鍵は解かれた。それほど時間は経っておらず、太陽も天辺に届いていないのに、彼らは活動が早い。


「……リアちゃん、どうしたのかしら」

「それが……朝からあのような感じで。いつもは、あんな風にギルドのホールに近付かないのですが……」


 ダーナとセリーナが肩を並べ、不思議そうに首を傾げる。彼女たちだけでなく、他の職員や冒険者たちも同様の反応だった。不思議そうに首を捻り、あるいは困惑したようにチラチラと視線を向けてくる。

 そうなるのも、仕方ない。今まで私は、中庭のダーナの樹から離れなかったし、極力、自分から近付こうともしなかった。それが突然、大勢の人が集まるギルドの中を至近距離からじっと眺めているのだから、何事かと思うところだろう。


「おはよう……ん? なんか、変な空気してないか?」

「あ、グレンさん、おはようございます」


 ギルドの扉が開き、グレンが現れた。よく知る明るい茶色の髪と瞳、それとごつごつした顔が見え、自然と口元が緩まる。


「ルッルウ!」


 駆け足でグレンの元へ向かうと、彼は驚いたように目を丸くしたが、すぐに笑みを浮かべ私の灰色の頭をポンポンと撫でた。


 ――その瞬間、ざわついていたギルドの空気が、しんと静まり返った。


「……おい、グレン」

「……てめえ、いつの間にハーピーの雛と仲良くなったんだよ!」

「羨ましい! 爆ぜろ!」


 椅子を蹴り飛ばすような勢いで立ち上がった冒険者たちは、声を荒げてグレンに群がった。そして彼らが退いた時、まだ来たばかりだったというのに、すっかりぼさぼさの有様である。


「……なあ、いつも思うけど、俺の扱いが酷くないか?!」

「気のせいですよ」

「ぐ、セリーナからも棘を感じるぜ……。って、それは良いとして。リアが飯以外でホールに来るなんて、初めてじゃないか?」


 身なりを直しながら、グレンが目の前にしゃがむ。するとセリーナも思い出したように、そうなんですよと頬に手を当てる。


「実はリアさん、今朝からいつもと様子が違うんですよ。私達がギルドを開く準備をしている時も、冒険者が集まりだした時も、ずっと中庭の出入り口から覗いていて」

「近くに居たのか? いつもはダーナさんの樹から離れないだろ。珍しいな」

「ルウッ! ルッ!」


 あのね、私、決めたの! これからは、人間たちの事をちゃんと学ぶって!


 人間の住み処へ突然連れて来られ、魔物の天敵である冒険者たちに囲まれ、係わりを持ちたいなんて思った事はなかった。しかし、今は違う。これからはもう少しだけ人間の暮らしに踏み込み、冒険者たちの事も学んでいこうと思うのだ。

 高位の精霊であるダーナも、群れの女王であるお母様も、きっとそうしてきたに違いない。だから、私の行動の良し悪しはひとまず置き、自分なりにこの場所と人間たちに向き合っていきたかった。


 ――それに、大丈夫。天敵の真ん中に居ても、絶対に大丈夫だと言える人間は、目の前に居るから。


 灰色の翼を控えめに広げ、ぱたぱたと揺らし一生懸命に伝える。グレンは私と目を合わせながら、うんうんとしきりに頷いている。ちゃんと伝わったのかな、と仄かな期待が――。


「可愛いのは分かるんだけど、何言ってるかはやっぱ分かんねえな!」


 期待が――早くも裏切られた。

 翼を下ろし、ムウウウ、と頬を真ん丸に膨らませる。しゃがんだ事により目の前に近付いたグレンの胸へ、渾身の頭突きを一発お見舞いした。


「ぐふゥッ! みぞおち……!!」

「リアさん、こんなのでも一応、この町の有力な冒険者なんです。許してあげて下さいね」

「ムゥゥ……ルッ!」


 セリーナが言うならいいよ!

 腹部を押さえて丸くなるグレンから離れ、セリーナの足に飛びつく。彼女は凜とした青い瞳を緩め、灰色の髪を撫でてくれた。


「でも、不思議ですね。何か心境の変化などがあったんでしょうか」

「……あら、そういえば昨日の夜、リアちゃんにお話をしたわね」


 傍らで見守っていたダーナが、ふと小さく呟いた。


「話?」

精霊(わたし)が此処にいるようになった昔話を、ちょっとだけね。もしかして、リアちゃんは人間の事を知ろうとしているのかも」

「俺たちの事を……? そうなのか、リア」


 驚いたように目を見開くグレンに、こっくりと大きく頷く。すると、彼は酷く小さな声で、そうかと呟いた。


「……知りたいと、思うのか。“お前”が」

「……ルウ?」

「いや、何でもない。ありがとな」


 グレンは笑みを浮かべ私の頭を撫でたが、何故だろう、いつもとは違う反応だったような気がする。嬉しそうな、けれど、少し困ったような、妙な表情だった。


「じゃあ、リアがギルドのホールを歩き回っても良いか、一応みんなに聞いて……」

「グレンさん」


 セリーナの手が、グレンの肩をぽんと叩く。彼女の細い指が周囲を示すので、グレンと一緒に見渡すと。

 その場に居た職員や冒険者の全員が、笑顔で頷いてた。


「――聞くまでもないみたいだな、リア」

「ルッ!」


 嬉しくて翼を揺らしながら飛び跳ねると、周りから笑い声が上がる。その賑やかさが、不思議と嫌ではなかった。



◆◇◆



 たくさんの冒険者が集まるギルドのホームは、いつもはご飯を食べる時にだけやって来る場所だった。こうして改めて見ると……本当に、細かく凝った内装をしている。

 セリーナがいつも立っているカウンターの隣には、四角いペラペラな何かを貼った、分厚くて大きな木の板が立てかけられている。冒険者たちの多くは、その周囲を入れ替わり立ち替わりで動き回っていた。また、近くには彼らが寛ぐテーブルがいくつも並び、片隅には小さな店も佇んでいる。


 広々としたその空間は、私が暮らしていた巣とは全く違う。この風景だけでも、人間たちが私達とは全く異なる、特別な力を持っている事がよく分かる。


「あれは掲示板だ。町の人たちの困りごととか、ギルドからのお願いを書いた紙を貼ってある。ああ、あっちはギルドの購買だな。前に行った果物屋とは全然違うだろ、あそこは冒険者向けのものがたくさん並んでるから」


 キョロキョロと忙しなく見渡し歩き回る私の後ろで、グレンが一つ一つ教えてくれる。

 ――だがその後ろには、さらに他の冒険者が並び、動くたび彼らもぞろぞろと着いて来る。

 正直、とても不気味だ。


「……なあ、暑苦しいんだけど! なんなんだよ、いつもその辺でだべってるくせに!」

「お前ばっかり、好感度を上げてなるものか!」

「平等に行こうぜ、平等にな」

「セリーナなんか、本当はこっちに来たくて、カウンターでそわそわしっぱなしなんだからな!」


 してません、とセリーナの叫び声が遠くから聞こえる。普段は凜としている彼女の声が、珍しくどもっていた。


 賑やかな声に呆れながら、私は構わずホールを見渡す。

 そして、不意に、目が留まった。

 初めてここにやって来てから、ずっと気になっていた彼ら(・・)。今日もギルドにその姿があり、私は意を決し、彼ら(・・)に向けて足を踏み出した。


「リア?」


 グレンの低い声に、微かな狼狽が滲んだのを感じる。気付けばギルドに漂う空気も、緊張を帯びていた。


 私が近付くと同時に、人間の傍らで寛いでいた彼らは、一斉に顔を起こす。


『雛だ』

『灰色の雛だ』


 天敵とされているはずの人間の側に居る、私と同じ、魔物たち。


 初めて見た時から、ずっと、気にはなっていたのだ。野で生きる魔物が、どうして人の中に居て、しかも冒険者の傍らについているのか。


 しかし、姿形の異なる魔物同士で、親しい交流をする事はまずない。こうして正面に向かい合う事自体、初めての事だ。しかも相手は、自分よりも大きく強そうな、年上の魔物。灰色の雛なんか、あっという間に潰されてしまうが……勇気を振り絞り、彼らに話しかける。


『こ、こんにちは! ハーピーの……リアって、ニンゲンには呼ばれてます!』

『知っている。主人がよく話しているからな、鳥の雛』

『灰色の雛に会うのは、俺も初めてだ。まあ、魔物同士、気楽にやろう』


 目の前の魔物は、四足の獣から鳥まで様々な姿をし、その誰もが初めて見る外見であった。きっと巣の周辺には暮らしていない、別の土地の魔物なのだろう。しかし、さすが人間の側にいるだけあって、堂々としているというか野に生きるものにはない柔軟さがある。


 さらに距離を詰め、彼らの足下にちょこんとしゃがむ。彼らは私に顔を寄せると、匂いを嗅いだり、灰色の羽毛を啄んだりしてきた。その仕草に敵意はないので、興味を持ってくれたという事だろう。無事に受け入れられ、ほっと安心する。彼らとはこれからもお話していきたいから、仲良くなれて良かった。



 ……それにしても、言葉が通じるという事は、こんなにもありがたい事だったのか……。



◆◇◆



 さては喧嘩が勃発するかと、一瞬緊張が走ったギルドであったが、もうすっかりと空気が緩んでしまっていた。

 “契約”によって人間と結ばれた魔物たちと、美貌を誇るハーピーの雛が、鳴き声でお喋りをしているからである。

 何の会話をしているのかは分からないが、ただ一つ、はっきりと言えるのは――。


「なにあれ、超和む……」

「ああ、癒されるぜ……」

「ふわふわともふもふの楽園だ……」


 ひとたび武器を持てば烈火のごとき活躍を見せる冒険者が、揃いも揃ってだらしなく笑っている。町の子どもたちに泣かれた強面の男でさえ、その周囲にはほのぼのとした花が浮かぶ始末だ。

 気持ちは、分からなくもない。子ども(ハーピーの雛だが)と動物(元は凶暴な魔物だが)の組み合わせは、この世でもっとも尊い組み合わせだと思う。グレンの心も、ほっこりと温かくなった。


「――ねえ、思ったんだけどさ」


 おもむろに、冒険者の女性が口を開いた。


「リアちゃんがこれからギルドの中も動き回るなら、少し締めていった方が良いんじゃない?」

「締めるっていうと」

「リアちゃんが危険な目に遭わないように、もっと目を光らせてさ」


 その提案に、全員が納得の表情を浮かべた。


「それがいいわね。怖い思いはさせないようにしなくちゃ」

「ついでに、外の方も気を付けようぜ。最近、裏路地の方とか妙な雰囲気だしな……こないだの事もあるし、ここいらでいっちょ大掃除しとくか!」


 冒険者たちは意気投合し、町の治安維持に取り掛かる事を即決してしまった。握り拳を高く持ち上げる姿には、清々しいほどの団結力が溢れている。

 気の良い人柄の冒険者が多いとはいえ、ハーピーという魔物のために、こうなるのか。ちょっと凄いなと、グレンは感心した。


「はあ、ギルドからの依頼にはいつも渋り顔だというのに……」


 いつの間にか、受付カウンターに居たはずのセリーナが、隣に並んでいる。きりりとした青い瞳は細く、冒険者たちの盛り上がりに呆れているようにも見えた。


「まあ、治安維持は大変嬉しい事ですし、ギルド職員の負担が減りますしね。良しと致しましょう。それにしても……ふふ、リアさんの効果は凄まじいですね」

「……ああ」

「あら、何か、気になる事でも?」


 セリーナの問いかけに、グレンは小さく笑う。どう答えたらいいのかと、あぐね果てた。

 町の治安維持は、結果として住民たちの安全にも繋がるので、概ねグレンも賛成であるが……リアは、何にも染まっていない魔物だ。何にも縛られない、必要とされてきた“契約魔法”で結ばれてすらいない、純然とした魔物なのだ。

 ギルドや他の冒険者たちと親睦を深めようとするのは嬉しいが、それが果たして、リアのためになるのかどうか。


「……そうですね。グレンさんの考えも、正しいのでしょう。それでも、リアさんが、人間と係わる事を望んでいる。離れようとしなかった中庭の樹から、踏み出してくれたその一歩を……私は、大切にしてあげたいです」

「……そう、だな」


 人間を知りたいと、本当にそう思っているのなら――。

 不意に過ぎったものを、グレンは首を振って追いやった。


(翼が治って、外の世界に帰った時、役に立つ程度に考えておかないと)


 これだけは、こればかりは、絶対に違えないようにしなければ。最初に決め、そして彼女と約束をしたのだから。


 ルウルウと無邪気に歌うリアの姿に、グレンは笑みをこぼす。

 ――心の片隅で疼いた微かな痛みは、奥深くに押し込んで。




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