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2017.12.09 更新:1/2


■冒険者の人間の青年×灰色の幼ハーピー


主人公はハーピー(女性の頭と上半身を持ち、両腕と下半身が鳥)という鳥の魔物。

人間に拾われ仕方なく彼らのもとで暮らすという、二番煎じというか何処かにあるだろう、ありふれたベタな設定を盛り込んだ話です。


主人公は魔物だけど、ハーピーなので人外感は薄めかもしれません。

またハーピーという魔物の生態等、作者の趣味が盛り込まれ実際のものとは違うので、あらかじご了承下さいませ。


自分が書いてみたいと思ったものを書いてる趣味の創作ですが、楽しんで頂けたら光栄です。

 お母様と姉妹たちの側を離れたらどうなるか、なんて。

 住処を離れるもっと前から、ずっと覚悟していた。




 空が暗くなり夜へ沈むと、鬱蒼とした森林はさらに影を深めた。

 行く先に道標となるものなど何処にもなく、目の前を照らしてくれるものさえ、僅かな淡い月明かりのみ。

 あまりにも頼りなく、心細さを増長するだけだった。


 静まり返る森の中に漂う、噎せ返るほどの緑の匂い。カサカサと木の葉が揺れ、夜鳥の低い鳴き声が覆い被さる。何かに追われる焦燥感が、ふらつく足を急き立て動かした。

 まともに休めたのは、いつであったか。

 小さな鉤爪は土で汚れ、身体も羽根も、もうぼろぼろ。空を飛ぶための両翼は持ち上がらず、じくじくと熱と痛みが纏わりつき、僅かな時間すら飛ぶ事は叶わない。

 空の中で生きるのに、地を這い当て所なく彷徨い、なんて無様で滑稽な事か。

 嗤う体力も、もう残っていない。それでもなお、暗い森を進む。進むしか、なかった。


(お母様、お姉様、妹たち……やっぱり一人で生きるなんて、無理だったみたい)


 遠く離れ、そして二度と戻る事が許されない、住処と家族を思い起こした。



◆◇◆



 雲を抱く恵み豊かな山脈の一角には、他の生き物たちが住めず滅多に近寄らない切り立った断崖と、その上に逞しく根を張った巨大な樹木が佇んでいる。

 そこが、私の生まれ育った場所だった。

 そこにはたくさんの――と言っても三十羽前後なのでそこそこの群れの規模だろう――仲間が居た。

 頭部と上半身は美しい女性で、たおやかな両腕と下半身は鳥と同じ羽根で包まれている。様々な色の尾羽を揺らし、大空を美しく舞うのだ。


 仲間を統率し、慈しむのは、群れの長である女王だ。鮮やかな紅色の羽根を持つ女王は、人間の言葉も操り、とても知恵があって、群れの中でもとびきり美しかった。

 そのひとが、私の母であった。

 他にも三羽の雛が居て、私を含めて四羽の雛が女王の娘として生を受けた。

 私は母から“二の娘”と呼ばれた。二番目に目を開けたからだそうだ。雛の間でも、母の言葉を真似て“一のお姉様”や“四の妹”などと互いを呼び合った。ぴいぴいとさえずって、毎日戯れて、姉妹仲はとても良かったと思う。

 群れに居た大人たちも、自らの雛と分け隔てなく可愛がってくれた。


 母が教えてくれたが、私たちは人間の間では“ハーピー”あるいは“ハルピュイア”等と呼ばれているそうだ。

 雌しか存在せず、魔物であるがゆえに魔性の美貌を持ち、生まれながらに雄を惹き付ける存在であるとも。


 女王の雛は、特別に強く成長し、いずれ新たな女王として群れを作る――そう信じられていた。私も、そうなれると信じていた。

 けれど、現実は、優しくはなかった。

 私は、女王の雛に生まれたのに、落ちこぼれであった。



 まず、生肉が受け付けない。血の滴る新鮮な肉を食べる姉妹の横で気絶するほど大の苦手で、木の実や果物しか食べられなかった。

 その次に、戦い。いずれ群れの一員として狩りに出掛けるようになるので、大人たちから教わったり、姉妹たちの間でも戦いごっこで遊んだりするが、苦手なせいで身が入らないし混ざれない。

 ハーピーとしても、女王の雛としても、それは致命的と言える欠点だった。


 成長してゆくにつれ、その欠点はより顕著になり、他の姉妹たちとの差も作り出した。


 ハーピーの雛は、幼い内は等しく、くすんだ灰色の羽根に身を包んでいる。しかし、ある程度まで成長すると、灰色の羽根を脱ぎ捨て新しい色に染まるのだ。

 それが大人の仲間入りを果たした証となる。

 姉妹たちも、それぞれで違う羽根の色、形を手に入れ、大人になった。一の姉様は、翼も身体もしなやかで凛々しく勇ましい鳶色になり。三の妹は、朝陽のように目映い豪奢な金色になり。四の妹は、ふわふわと柔らかい羽根に変わって、花が咲いたような淡い桃色になった。

 素敵な羽根色に変わってゆく姉妹の中で――私だけは、灰色の羽根を捨てられなかった。


 姉妹たちは、変わらず慕ってくれた。二の妹、二の姉様、と身を寄せてくれたし、大丈夫よすぐに大人になれるわと励ましてくれた。だから私も、彼女たちの羽根色に憧れた事はあったけれど、けして恨んだりはしなかった。女王の雛として立派に成長した姿を見て、むしろ誇らしかったくらいだ。これが私の姉妹なのだ、と。


 しかし、育ちきれない中途半端な存在が、いつまでも住処に居られるとは――思っていなかった。



 女王である母に声を掛けられ、哀れむ眼差しで見つめられた時、ああそろそろかと理解した。


「二の娘、私達の暮らし方がお前には合わないのなら……お前は、ここに居てはならないのかもしれないな」


 心の片隅で常に覚悟していたから、悲しみはない。ただ、自らの至らなさを申し訳なく思った。


「私を超える、立派な大人におなり。私の可愛い娘――」


 そして、私は生まれ育った住処と、彼女たちのもとから去った。



◆◇◆



 かくして、住処を離れた私は、たった一羽で広大な世界へ飛び立った。

 身体はやや小さいが、幸い、空を飛び移動する術を持っている。生肉はまったく食べられないが、木の実や果物を集める方法も自分自身で学んで理解している。何とか生き延びられるかもしれないと思っていたが……。

 灰色の私が生き抜けるほど、魔物の世界は優しくなかった。

 群れを離れれば、そこにはたくさんの魔物たちが闊歩していた。地上には獣の、空には有翼の魔物が存在し、肉食の魔物から常に狙われた。

 大人に至らない小さな灰色のハーピーは、彼らにとって、恰好の獲物なのだ。



 満足のいく休息も食事も得られず、気の休まらない日々ばかりが続いた。立ち止まってはならない焦燥感に追い立てられ、今は何処とも知れない森の中に落下し、昼夜問わずに歩いている。

 気力も体力は、既に底をついている。いつ倒れても、おかしくはなかった。


 ふらふらと進み続ける私の前に、ふと、淡い月明かりが注ぎ、目の前を照らした。

 この不気味な森の出口だと、疲れきった頭でも瞬時に理解した。

 最後の力を振り絞るように、足元をもつれさせながら小走りで駆ける。振り切るように森の深い闇から抜け出すと――目の前には、満天の夜空が広がった。


 ――綺麗な、満月。


 白く目映いけれど、包み込むように柔らかな月明かりが、星の瞬く夜空から注いでいる。

 その下には、広い広い草原が青く輝くように広がっていた。険しさとはまったくの無縁な、なだらかな傾斜を果てにまで描いている。

 噎せ返る木々の匂いを清めるように、涼やかな夜風が、優しく静かに横切った。

 かつて過ごした住処とはまるで違う風景だったが、夜と緑の香りがする、美しい場所だった。


 誘われるように、ふらふらと進む。森から離れ、草原の真ん中にまで移動した時、ついに足が崩折れた。羽根が落ちるような軽さで倒れた身体を、柔らかい草と白く輝く花が受け止める。

 月光に向かって咲く、淡い純白の花弁。ほのかな甘い香りが、ぼろぼろに弱りきった身体を包み込んだ。


 ――こんなに綺麗な場所なら、死ぬのも悪くないかな。


 女王の雛の一羽として生まれながら、立派な大人になれず、住処を去った。しかし、母はもちろん、大好きな姉妹たちや仲間を恨んではいない。むしろ、感謝している。落ちこぼれの私を常に気にかけてくれたし、唯一食べられる木の実や果物を一緒に探してくれた。

 そもそも、ここまで生きていられたのは、彼女たちのおかげなのだ。

 魔物の世界の厳しさは、私も知っている。だからこの結末に、憎しみや悲しみはない。


 しかし、心残りがあるとすれば――。


(この灰色の羽根が抜けていたら、私は、どんな色を持てたのかな)


 艶やかな紅色。凛々しい鳶色。輝くような金色。可愛らしい薄桃色――夢見たところで、もう、叶わない事だが。


 灰色の私が、たった一人でこんな綺麗なところへ来られたのだ。最初で最後の冒険が出来て、誇らしい――。


 全身から力が抜け、瞼が下りてゆく。もう、爪先を動かす事すらままならない。いよいよかと覚悟した――その時。


 サクリ、サクリ。


 ゆっくりと近付いてくる足音が、ぼんやりと聞こえた。

 何かの気配が、私に向かってやって来る。この辺りに暮らす、別の魔物だろうか。そうと分かっても、逃げる気力はない。

 ただ、出来れば、一息に食べて欲しい。覚悟はしても、怖いものは怖いから。



「――魔物……なのか……?」



 しかし聞こえてきたのは、魔物の唸り声ではなく。

 人間の声であった。



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