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ファンタジック・アイロニー[現在停滞中]  作者: なぎコミュニティー
第三幕・一部
96/129

衝撃の真実




 打ち捨てられ、かつての賑わいなどまるで感じられなくなった酒場。薄暗く、誰も訪れないような場所。それが彼ら<救済の使徒>としては都合が良かった。各地の点在する拠点のうちの一つとして、この場所は使われている。



「呼び出しておいて待たせるのは、どうなのかしら?」



 カウンター席に足を組んで座る女、夜蝶のジュリエットがスイングドアを押して入ってきた男に言う。



「ヘマをした、お前が悪い」



 男、ケイキ・ガクトワは唸るように言う。手に持った何かを彼女に投げる。ヘマ、という単語にジュリエットは顔をしかめつつ受け取る。それは畳まれたメモであるらしい。開く。



「前、お前と一緒に連中を襲ったときに居たヤツがいただろう。アイツはネズミだったそうだ。いくらかコッチの情報が抜かれてたらしい」



 メモに書いてあるのは、裏切り者の所在、それと使用しているであろう能力、そしてそれの対処法。



「相当キレてたぞ。断末魔があのお方まで届くようにとな」



 ジュリエットは自らの手札でどうするか頭を回す。思わずこめかみに手をやったのを見て、ケイキが口の端を歪めて言う。



「どうする? 俺も行ってやろうか?」

「……いいえ。手の内は見えてる。私だけで充分やれるわ」

「そうか。ここらで適当に貸しでも作っておきたかったんだがな」



 ジュリエットの背筋に寒気が走る。ケイキが貸しなどと言い出すのは、決まって不吉なことだからだ。



「俺の用件はこれだけだ。せいぜい死ぬなよ」

「誰が!」



 ジュリエットが声を荒げると、ケイキはそれを軽薄に笑って踵を返し、出て行った。気配が完全に遠のいてから、ジュリエットは改めてメモを見、自分の記憶を探る。改信と名乗った僧のことを。



 思えば、少しばかり不思議ではあった。自分以外アタマのイカレた連中しかいない<使徒>において常識的でさえあった。人を殺したことの無いような、どうも平和な人間のようだった。いつから仲間になったのかは知らなかったが、他の連中もだいたいそうなので気にも留めていなかった。

 改信はいつも自分やケイキのような戦闘員のバックアップ、逃走経路などの確保をしてくれていて、そのおかげで戦闘のことだけに集中できた。拠点で集まったりする際には一番最初に来て、この世界にある茶葉でどうにか再現したらしい緑茶やハーブティを用意してくれていたし、おにぎりを持たせてくれることさえあった。



「それなのに……! それなのに……! アナタも、アナタも裏切るのね!?」


 床に何度もヒールが叩きつけられる。気分は晴れない。全身の血が温度を上げていく。ヒールを叩きつける。木屑が舞った。どうすればこの怒りが収まるだろうか? ――――答えは一つ。



「苦しめて、苦しめて、殺してと泣き叫ぶくらい!! ――殺す!!」



 夜蝶のジュリエットは決意する。改信にこの手で苦しみと死を与えることを。


「I wanna be(空を舞うも) a Butterf(のとならん)ly」


 ジュリエットの背には蝶を思わせる羽が現れる。その紋様は見る者を惹き付けるような美しさがあった。しかし、彼女の羽について知るものは居ない。目にしたものは漏れなく、夜蝶のジュリエットの手によって、終焉を与えられる。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「…………鍵」

「えっ?」


 シェロは困惑の声を発した。


「……ボクなんだ……ダビデの鍵って」

「ダビデの鍵ってヒマリのとこに行けるって言う!?」

「えぇ、確かオウルニムスがそんな事を言ってたわね」

「おい待て! どういうことだ!? お前が、鍵だと!?」


 シオン、ノアがアザミに詰め寄る。アザミはまさかここまでの反応が来るとは思わずに狼狽える。


「おいおい。とりあえず落ち着くべきなんじゃないか?」

「そうだぞシオン。すぐにどうにかなるもんでもないだろ?」


 シュートがノアを引かせて、トウラはシオンの頭に手をやって宥める。シオンは自分の余裕の無さに気付き、シュンとする。


「おほん。では、皆の衆。この和尚から説明させていただこうか」

「あ、チョウチョだー!」


 和尚がダビデの鍵について語ろうとした瞬間、フリージアが明後日の方向を指差す。和尚は自らに集めた注目が持っていかれて悔しいような、でも子どもにはそのように無邪気であってほしいような、複雑な気持ちになった。確かに、満点の星空の下にチョウチョとは美しかろうな、と思った。


「チョウチョ?」


 シェロとアザミは小首を傾げた。シオンはコケそうになった。シュートとトウラは「あの子意外とおてんば娘だったんだな」などと笑っている。ノアは眉根を寄せた。そして、何かに気付いたらしく和尚に耳打ちする。


「ここは和尚、アンタの支配する空間だったよな?」

「そのようなものだな。それが?」

「あのチョウチョに憶えはあるのか?」

「………! 皆、警戒じゃ!!」


 最初は怪訝な顔をしていた和尚の顔に緊張が走る。そう。ここにチョウチョが居るのはおかしいのだ。


「ここはワシの庭も同然。入るにはワシの許可がいる。……わかるな?」

「チョウチョは勝手に入ってるってこと?」

「十中八九、単なるチョウでは無いだろうな。襲撃者としてあり得るのは、〈使徒〉の連中だが、それはどうもおかしいよな……」


 敵の襲撃かもしれない。その事実にその場全員の表情が変わる。


「あ、みんな!チョウチョいっぱい居るよー!」


 フリージアの声。見上げた夜空には星々を覆い隠すほどの蝶の大群。そしてその大群の中心、蝶を従えるように、そこに彼女は存在していた。


「アイツは………!」

「夜蝶のジュリエット……!」

「羽生えてる……飛んでる……」


 ノア、シオン、アザミの順である。トウラは竜の力があれば存分に闘えただろうにと歯噛みする。和尚は思うよりも随分と早く来てしまった事に驚く。ジュリエットの襲撃と、自らの潜入工作の発覚が。


 ジュリエットはシオンたちを意に介さず、その眼に殺気を漲らせ、改信を睨む。変装でもしていれば、いちいち一人一人片付けねばと思っていたので、その点だけには感謝した。閉じた扇子で改信を指す。


「あの女の狙いはワシじゃ……」


 申し訳無さそうな和尚の声に、シオンたちは息を呑む。まさか和尚がそのような声を出すとは思ってもみなかったのである。


「ちょうどいいじゃないですか。修行の成果、見ててください」


 シオンの言葉に和尚は目を剥く。そして、逞ましくなられたな、と破顔する。


「これだけ戦力揃ってるなら、どうにかなるだろう。なぁ?」

「お、案外実力は買ってもらえてるんだな」

「誰と稽古したと思ってる」

「え、なんかお前ら仲良くなってない? ……いいし、俺にはタマが居るもんね。なぁ、タマ?」

「ぐるるるるる……」

「えっこわ……」


 ノアとシュートは軽口を交わして、トウラはタマからも着信拒否された気分になった。


「………A name of that(かの者の)'s person is(名は恐怖) fear. ……顕現せよ。バジリスク」


 シオンたちが陣形を組んでいる間に唱えていたらしく、彼らの前の空間が歪み、数秒。その場にバジリスクの名を持つ大蛇が出現する。


repeat.(先の文言を復唱せよ)


 バジリスクが出現するとすぐにジュリエットが何事かを唱えた。しかし、その詠唱は短く、何か意味のあるもののようには見えなかった。



「《暴食と破滅の性により》」


 しかし、詠唱が紡がれている雰囲気は止まない。


「ソイツだ! 蛇だ!」


 トウラの叫ぶ声に従ってバジリスクを見ると、その口は確かに動いていた!


「なんだと!? 召喚獣に召喚させるだと!?」

spread(散れ)


 ジュリエットが唱える。彼女の周囲の蝶が彼女から離れていく。


「あ、なんかキラキラしてる!」


 未だに状況を掴めていないのか、フリージアが場違いな事を言う。シオンたちは呆れる。しかし、シェロの頭に引っかかる。キラキラ? もしや……!


「チョウから粉よ!」「任せて!」


 シェロの発言にアザミが応える。シオンたちの頭上に風の渦が巻く。


「チッ……俺らは蛇だ」「了解!」


 ノアがシュートに声をかける。ノアはいつの間にか白騎士へと姿を変え、シュートの手には魔素の剣が握られていた。同時にバジリスクへと駆け出す。


 そんな様子を、ジュリエットは特に感情もなしに見ていた。


「《かの者の名は恐怖》」


 二体目のバジリスクが出現する。


「タマ、行くぞ!」「ニィヤァァァ!!」


 トウラとタマが向かう。


「どうします?」

「シオン殿、アレを」

「でもアレはまだ修行中で……」

「だからこそじゃ。ワシの力では時間稼ぎが精一杯でのう」


 和尚が困ったように、そして試すように視線を寄越すのに気付かないシオンではない。


「……わかりました。完成するまで、お願いします」


 和尚は首肯する。そしてジュリエットを見やった。


「鏡流、六。六条鏡」


 両手の指の間に合計六枚の鏡が生成される。和尚が腕を振るう。するとジュリエットの方にその鏡が次々と飛んでいく。鏡一つ一つが回転し、ジュリエットを襲う。


「………」


 ジュリエットは目を細め、扇子で鏡を迎撃する。その度に金属をぶつけ合うような硬質な音が響く。和尚は両手を指揮者のように振るい、それらを操作している。膠着状態。


 その間に、シオンは体内に意識を集中させる。自分の中にある、自分ではないナニカ。まだ完全に御しきれている訳ではない。しかし、純粋なエネルギーとしてなら、それを扱うことが出来る。


Old God Fr(古の神、)om with in(我が内) me Get out(より出で) and destro(て敵を)y the enem(滅せん。)y. He has na(しかし名)me. but(を唱え) I can't(ること) use it(能わず)There'(彼の力)s only his(のみ借り) power(受ける)


 シオンの両の掌に、蛍のような光が溢れてくる。左手で右手首を掴み、集約させる。額から汗が落ちた。留めていられる時間はあまり無い。和尚に視線で合図を送る。和尚は頷いた。


「I hope that you(這いよれ蛇毒)r die.」


 ジュリエットが何かを詠唱したが、シオンはもう止まれない。ジュリエットを撹乱していた鏡が回転を止め、シオンの為の階段となる。シオンは躊躇なく登っていく。最後の一段から跳躍。右拳を振りかぶった。


bite(突き立てよ)ッ!」


 今回の襲撃、一度も表情を浮かべなかったジュリエットの顔が、喜悦に歪んだ。次の瞬間、シオンの拳が刺さる。


「吹、き飛べェェェェェ!!!」


 饕餮のエネルギーがジュリエットに直接注ぎ込まれる。彼女の体は吹き飛んで、そしてそのまま爆発した。シオンは、何の支えもない空中から落下する。自分はやったんだな、という達成感を感じながら。


 和尚はやり遂げたシオンを見て、安心する。もう自分の力で、自分たちの力でシオンたちはやっていける。そう確信する。和尚の視界が眩む。自らが噛まれていることを知覚するより速く、毒がその身を蝕んでいる。しかし。ここで倒れてはならぬと堪えた。


 落下してきたシオンを抱きとめる。シオンはどうやら眠ってしまったらしい。バジリスクを倒したらしく、皆が戻ってくる。全身を激痛が走る。


「おい! どうした!?」


 ノアが気付いて、声をかけてくる。和尚の口の端から血が垂れる。みんなも和尚の様子に気付いて駆け寄ってくる。和尚の膝が崩れ落ちる。しかし、シオンはしっかり抱えたまま。


「頼んだ、ぞ……」


 と呟いて、和尚は瞳を閉じた。




こちらの執筆は 亀馬つむり さんが担当しました!

https://kakuyomu.jp/users/unknown1009 カクヨムにて様々なジャンルの小説を連載中! 是非ご覧ください!

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