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ファンタジック・アイロニー[現在停滞中]  作者: なぎコミュニティー
第三幕・一部
94/129

星が輝く呪の前夜



「ノアっ! あんたは一体どこで剣を覚えたんだ!」

「それはこっちのセリフだ。そんな剣にもなっていないような、ただの棒切れでこの俺を圧倒するなど」


 さすがの二人も、もう体力の限界に達していた。

 流れる汗が頬をつたって地面に落ちる。


 雲を照らす夕日は、もう地平線に隠れ始めていて、空が深い群青色になっている。

 水彩画のような空に、一番星が輝いた。


 それを合図にするみたいに周りの空気が少し涼しくなった。


「お主たち、なかなか頑張り者じゃな」

 声をかけてきたのは深海和尚だった。


「ああ、コイツには負けてられねぇからな」

 シュートが言う。


「さて、第二ラウンドと行くか?」

 ノアが再び剣を構えた。


「今日はそれまでにしておくれ。お主らの分の夕食ワシが喰ってしまうぞい。ホッホッホ」

 そういう事で、二人の戦いは和尚によって止められた。


「……もうそんな時間だったのか」

 と、ノアが構えた剣を鞘に納めた。


「時間っていう奴は、無慈悲に過ぎていくモンなんだな……ノア。いい戦いだった」

「ああ」



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 屋敷の柱時計が午後八時を指し示す。

 ロビーに取り付けられていた鳩時計が八回鳴いて、その音が食堂にまで響き渡った。


 シオン、シェロ、シュート、トウラ、ノア、アザミ、フリージア、そして深海和尚が長いテーブルの前に座る。


 鏡の中の世界とはいえ、この空間は広くて立派に出来ている。特に、建物の中は一見すると暗くて陰湿な雰囲気にも思えるが、掃除は行き届いていて壁には傷一つなかった。

 シオンたちが集まった食堂も、頭上のシャンデリアと、肘掛けのついた椅子と、銀色の燭台によって高級感が見事に演出されていた。


 そのモダンな様式の部屋に、一行は揃った。


「さて、皆の衆集まったかな?」

 わざとらしく、和尚は席に着いた人数を数え始めた。


「もう全員そろってるぜ、和尚。話があるならサッサと頼む」

 トウラは頬杖をつきながら、面倒くさそうな表情を浮かべていた。


「まあ、そう急ぐでない。その前に夕食の時間じゃ。ワシが腕を振るって作ったハンバーグじゃぞ。まずくても食べなはれぇ」


 食卓には水とワインとサラダとハンバーグと白米とスープが並べられている。

 和尚は、まずくても食べろと言ったが、正直なところそこら辺のレストランよりも深海和尚の作る手料理の方が何倍も旨かった。


 その美味しさが、今のシオンにとっては至福の楽しみとなっていた。


「やったぁ! ハンバーグだ」

 シオンがそういうと、八咫烏やたがらすが飛んできてシオンの肩に止まった。


「コノアト、ダイジナハナシ、アルカラナ。オショウカラ、ハナシアルカラナ」

 その八咫烏の言葉を聞いた和尚は、頭をポリポリ掻いた。


「カラスや。そのような事を言うでないぞ。せっかくの料理が不味くなるでのう」

 和尚がそのように困っていると、シェロが話を始める。


「この前もそうだったけど、皆が集まって、食事をして、しかもメニューがハンバーグの時って……必ずこの後に、ものすごーく重大な話になるのよね」

 シェロの言葉に、シュートやトウラがうなずいた。


「しょうがねえよ。そういうものだ。早く食おうぜ」

 トウラが言う。彼は、和尚の言う重要な話よりも、目の前のハンバーグの方がよほど大切なようだ。


「ごちそうさま!」

 すると突然、そのような声が聞こえたので一同が振り向く。

 アザミの皿の料理は、綺麗に平らげられていた。


「もう食べたのか? そんなに腹が減ってたのか?」

 シュートが尋ねる。


「えっ? 美味しかったよ。とっても」

 アザミは首を傾げる。最後はコップに残った水を飲み干す。

 そうして、ふふふと笑った。


 それを見ていたシオンは「いただきまーす」と言ってハンバーグをがつがつと食べ始めたので、それを合図にして全員が食事を始めた。


 やはり体を動かした後に食べる美味しい料理というのは格別である。

 ハンバーグを噛みしめるたび、口に広がる肉汁が体を満たす。心も満たす。その余韻が消えないうちに白米を口いっぱいに放り込む。


 次はサラダを食べる。テーブルに一つのドレッシングは皆で奪い合う。

 スープも飲み干す。コンソメの香りが鼻に抜けた。


 そうこうしていうちに、一同は完食した。


「美味かった。和尚! ご馳走さん」

「美味いと言ってもらえて光栄じゃよ。トウラ君」

「私も美味しかった! みんなで食べるご飯って素敵ね」


 フリージアが言った。シオンは彼女の表情に少しだけヒマリを感じた。なぜだろう、フリージアを見ているといつもヒマリを思い出す。彼女とヒマリの間にはいったいどんな関係があるのだろうかとふと考えを巡らせてみた。


 でも今のフリージアには記憶がない。そもそも『フリージア』という名前すら自分たちが勝手に付けてしまった名前である。

 そんなので、本当にいいのだろうか?


 彼女の本名は? ヒマリとの関係は?

 そういう疑問がシオンの頭の中をぐるぐると巡る。


「ねえ」

 シオンが声を掛けた。けれどもフリージアは、彼に話しかけられた事に気が付いていない。


「フリージア」

 もう一度、彼女の名前を呼んだ。

 すると彼女はシオンの方を向いて「なあに?」とでもいうような表情を浮かべた。


「あっ……えっと。君って、どこかで見たことがある気がするんだよね」

「そうかなぁ? 私ぜんぶ忘れちゃっているから、もしかしたら、どこかで出会っているのかもしれないね」


 フリージア。彼女のほほ笑みの中に、微かな悲しみが浮かんでいる事に気が付いた。記憶がなくなるのは怖い。自分だって、最初にヒューマニーに来たときは、全部忘れていたじゃないか。ヒマリの事だって全然思い出せなかった。それがどれほど怖かったか。


「さて」

 和尚が声を発した。


「ご歓談中に水を差すようで申し訳ない。こうして君たちを集めたのはワシから君たちに伝えなくてはならない事があるからじゃ」


「ほう」

 ノアが興味深そうに聞く。


「和尚さん、簡潔に頼むぜ。結論から言うんだ。分かりやすく」

 トウラの声に和尚は「ご承知」と深く頷いた。


「二か月と半月後……メルフェールとの戦争が開始する。これは紛れもない真実じゃ。二十万人を超える死人が出るじゃろう」


「ちょっと待てよ。和尚さん」

 シュートが目を丸くしながら聞く。


「どうしてそんな正確な時間と死人の数が分かるんだ?」

「ウンウン。確かに伝えていなかった。皆、オウルニムスという人物をご存知かな?」


 和尚の言葉に、一同が振り向いた。


「ホッホッホ。その様子はご存知という表情……彼はワシの旧友なのじゃよ」

「まじかよ、和尚。隅に置けねぇな」

 シュートが驚く。


「なるほど。オウルニムスともあろう『覚者の魔眼』とダチという事であれば、この世の大半の出来事は手に取るように分かる、と」

「さすがノア君。理解が早いのう。彼とはよく波長が合う。オウルニムスの覚者の魔眼は時折、ワシのいる鏡の世界とつながるのじゃ。奇遇な事で、お互いすぐに打ち解けたよ」


 和尚は得意気な表情を浮かべながら、笑みをこぼしていた。


「話を戻そう……ワシが彼、オウルニムスから頼まれた事は三つだ」

「聞かせてもらおう」

 ノアは興味深そうな眼差しをする。

 その眼差しに答えるべく、深海和尚は話の続きをした。


「まず一つ目……君たちをここに連れてきて、修行の機会を与えること。次に二つ目……アザミ色の髪をした中性的な顔の子どもに掛けられた呪を解くこと。三つ目はシュート・アリベルトという賞金首に最上の剣を作ってやること。以上じゃよ」


 和尚があまりにもハッキリと物事を伝えたので、トウラは聞き返した。


「えっ、その中性的な顔の子どもっていうのは、アザミちゃんの事だろう? この子に呪いが掛かっているって?」

「そういう事じゃよ」

「どんな」

「それはついて来れば分かる。うまく行けば今晩中に解くことができるかもしれん」


 その声を聞いて、シオンはこの前見たアザミの苦悶の表情を思い出した。

 アザミはこの前、何かのきっかけで顔に魔方陣が浮き上がると、いきなり苦しみ始めたのである。それは和尚の言う『呪い』が原因なのだろうか。


「さて、皆の衆。こちらへついて来なさい」

 和尚は立ち上がり、繊細な彫刻がなされた椅子を机にしまうと、そそくさと部屋を出て行った。


 七人は、深海和尚の後について行った。

 途中、長い廊下を渡り、階段を降り、ランプの光で照らされた玄関の扉を開いて外へ出た。


 連れてこられたのは、屋内から少し離れた広場である。さきほどシュートとノアが剣術を行っていた庭のちょうど反対側に位置するくらいだろうか。


 シオンはその広場の大きさと、周りの景色に息を飲んだ。

 すると横から、シェロの声が聞こえた。


「この場所すごーい! 見て! 地平線までくっきり!」


 確かにここは大きく開けている。

 周りに遮るものが無いから、地平線が近くに見えた。

 引き換えに、明かりも少なかった。ほんの些細な月明りと星明り、そして後ろの建物から発せられる部屋のライト。


 その濃淡で、お互いの顔をかろうじて確認する事が出来る。アザミはとても不安そうな表情を浮かべていた。アザミには呪いが掛けられているのだ。


 その気持ちは、シオンにも痛いほど伝わってくる。この世界にたった一人だけ取り残されてしまったみたいな、嫌な孤独感だ。


「アザミ。心配なら僕の手を握るといい」


 シオンが言うと、アザミはすぐに彼の手を握ってきた。

 ひたっと少し冷たくて、握るとすぐに崩れてしまいそうな、そんな弱々しさを感じとった。


「………もう、痛いのは嫌だよ」


 アザミがそっと呟いた。


「大丈夫だよ。僕がついている」

 シオンはそう言ってみたが、正直まったく根拠はなかった。アザミも出会ってそう日は長くない。素性も知らないし、性別だって実はあやしい。


 けれども、そんなアザミの瞳の奥からは、何か重要な事実を隠し持っているような気がする。それを一人で抱え込んで、苦しんでいるような気がする。

 だからこそ、自分は彼にとって安心できる兄のような存在でありたいと願った。アザミの心の拠り所となりたかったのだ。


 外はもう日が沈んでしまって、辺りは仄かな紺色になっている。遥か上空を見上げると、手が届きそうな位置に密集した星たちが輝いていた。


「ねえ。人って死んだら、星になるの?」


 ふとアザミが問いかけてきた。シオンはその問いかけに言葉を詰まらせた。


「さあ。僕にも分からない。よく言われる話だけどね。僕もあんなふうに輝けるようになりたいと思っているよ」


 彼は、アザミに精一杯のほほ笑みで答えた。


「僕は、死んでも星になれる気がしない」


 その悲しそうな表情に、シオンの胸は締め付けられるようだった。

 事実、人が死後、星になるなんていう話は無いけれど、彼のいう「星」とか「人間」とかそういう単語は何かもっと深い意味が込められていたのかもしれない。


「お兄ちゃんなら、きっとあんなふうに輝けるよ」

 アザミが遥か上空を見上げた。シオンはその視線の先を追った。


 暗闇に目が慣れてきたので、さっきよりも周りがよく見える。その研ぎ澄まされた目で見たものは、空一面に広がる鮮やかな満点の星々だった。


 密集する星団は、地球の天の川銀河を思わせ、うっすらと引かれた雲には月明りが可憐に映し出されていた。


「ほぉーう。今宵はいつにも増して見事な星空をしておるの」

 深海和尚が、遥か遠くの空に対して、穴でも空けるつもりなんじゃないかと思うほど深く見つめている。


「この日の為に生きていたようね!」

 シェロが感嘆の声を上げる。


「大きなキャンパスみたーい!」

 とフリージア。


「和尚。俺たちは呑気にお星さまなど鑑賞している場合ではない。早くアザミに掛けられている呪とやらを解いたらどうなんだ」

 ノアは腕を組みながら、和尚に意見する。


「ノア。俺たちは度重なる苦戦で、心が汚れちまったみたいだから、今日くらいは地面に寝そべって、あいつらと同じように星空観賞とでもしたらいい」

 シュートは、ノアを諭すかのように観賞を進めた。


 ノアは、じっと黙っていたが、すぐに腰を下ろすと地面に寝そべって大空を見上げた。

 そうして一言、声を発する。


「悪い日ではない」



この物語の執筆者は 星野リゲル さんです。

http://mypage.syosetu.com/mypage/novellist/userid/419081/ 小説家になろうにて、異世界や現代を舞台とした多数の作品を発表しています。これを機に是非ご覧くださいませ……!

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