悪夢、そして襲撃
「あれ……ここはどこ? あたし、イザベラ・キャンプにいたはずなのに……」
ふと目を開けたヒマリは真っ白な空間にいた。どこまでも続く白の領域に、ヒマリは恐怖を覚える。
「ハート? シフォン? イザベラ? どこにいるの?」
辺りを見回してもハートやシフォン、イザベラの姿は見当たらない。
ヒマリだけが取り残された世界。
「あたし、可笑しくなったのかな? 今までの冒険は全て嘘なの? 無かった事にされたの?」
「ヒマリ――」
その時、懐かしい声と共に、目の前に1人の少年が現れた。
その面影は、ヒマリの記憶の中にある大好きなあの人にそっくりだった。
「……お兄、ちゃん?」
「ヒマリ、迎えに来たよ」
ヒマリは、懐かしい双子の兄を前にして涙を浮かべる。ここまでの武勇伝を語らいたい、とヒマリは兄に抱きつこうとした。
しかし、それが出来なかった。
ガラスが飛び散るかのように兄の姿が砕け散ったのだ。それと同時に世界は暗転し、ヒマリのみ取り残される。
「い……いや……お兄ちゃん。どうして……」
その場に座りこみ、涙を流すヒマリを嘲笑うかのように、夢は悪夢に置き換えられる。
「お兄ちゃん……。あたし、どうしたら……」
「……マリ、……て」
暗転した世界に手を差し伸べるかのように声が聞こえる。
「誰?」
「……から……きて」
聞き覚えのある声だ。この声は――。
「――ハートの声!」
「……変な事に……ってるの」
聞き取れる所と聞き取れない所がある。夢の中で発生しているノイズのせいだ。ヒマリは、耳をすませ、ハートの声を聞き取ろうとした。
「ヒマリ、起きて!! 敵襲よ!! 今、あなたは何者かの贈り物でダメージを与えられているわ。早く起きないと手遅れになるわよ!」
敵襲?
ヒマリの頭の中はぐちゃぐちゃになってしまう。早く起きないと……。でも、どうやって? 焦りと混乱が芽生える。
ヒマリは辺りを見回すと、光が射し込んでいる小さな穴を見つけた。そこから声が聞こえる。不思議とヒマリは、恐怖を感じることはなかった。
ヒマリの意識は、徐々に浮上していく。この夢は無かった事には出来ない。
……………………。
そうしてヒマリは、ハートとシフォンに見守られながら目を覚ました。
「あれ……あたし、いったいどうしたのかな?」
「ヒマリ、心配したのよ。いきなり魘され始めたから……」
「ヒマリさん、敵襲です。早くここから離れましょう。キャンプが炎上しています」
「えっ……!」
ヒマリは急いで起き上がり、2段ベッドの上から降りては、窓からイザベラ・キャンプを見る。真っ赤に燃え盛る焔が、ヒマリの目に入った。
「イザベラは?!」
「そういえばあの後見てないわね」
「もしかして、あの戦場に行った可能性があります。イザベラさんは、このイザベラ・キャンプの長と言ってましたから……」
ヒマリは、急いで手荷物をまとめ、部屋を出ようとする。
「どこに行くのヒマリ?!」
「イザベラを探さなきゃ!! まずはイザベラの部屋へ行って――」
「いけません!! この広い屋敷でどこがイザベラさんの部屋なのか分かるのですか?!」
冷静な女性と思っていたシフォンが声を荒らげる。それにヒマリとハートは言葉を続ける事が出来ない。
黙り込んだ2人を見たシフォンは力を落とした。
「すみません、みなさん。早くイザベラさんを探しましょう」
ヒマリたちは急いでイザベラを探した。しかし、イザベラは既に屋敷にはいなかった。
「この屋敷にいないとなると……」
「はい、おそらくは」
ハートとシフォンの目は、窓から遠くに見える火の海を映す。そこで勃発しているのだろう惨劇を思うと――ハートとシフォンは目を合わせ、頷いた。
「あたしたちもあそこに行こうよ! イザベラを助けなきゃ!」
その時、ヒマリから声が上がった。ハートとシフォンを見るヒマリの目は、覚悟に満ちていた。
「ええ、そうね。さすがにイザベラを放っておけないわ」
「怖いですけど……何とかなりますよね」
シフォンは、魔法石が組み込まれたロッドを握りしめ、ヒマリとハートを見つめる。
「あたしたちならイザベラを助けられるよ」
「早く中心地へ行くわよ」
ヒマリたちは、イザベラ・キャンプの中心地に向かって出発した。熱い焔がすぐそこまで迫っていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
イザベラ・キャンプの中心地はまるで地獄絵図だった。たくさんの人々が逃げ惑い、イザベラ・キャンプの出入口に人々が殺到していた。
「これは酷いわ……いったい誰がこんな野蛮な事を……」
「それよりイザベラはどこにいるの?」
「この修羅場で探すのは難しいですね。でも、イザベラさんの声は独特なのですぐに分かるかと思いますが……」
その時、聞き覚えのある声がヒマリたちの耳に入ってきた。
「イザベラにご加護を……『マリア様の祈り』!」
甲高く逞しい声が響くと、風を切る速さで、キャンプ全体に薄いベールが張られたように見えた。
「あんたも僕の邪魔をするのかい?」
「当たり前だろ!! あたいは、このイザベラ・キャンプの長だ! 甘く見ないでほしい!!」
ヒマリたちは、ようやくイザベラを見つけることが出来た。しかし、ハートはキャンプを襲撃し、イザベラと睨み合う男を見つめると驚きを隠せない表情を浮かべる。
「な……何で」
「どうしたの、ハート」
「どうして元ハートアイランドの騎士の『ロミオ』が一般人を攻撃しているの……」
ハートの声が『ロミオ』に届いてしまった。
「これはこれは、ハート様。今は、女王様の肩書きなんて無い。ただの女に成り下がった分際でこの僕と渡り合えるとでも思ったのかい。これは、仕方がない。ハート様、あんたにはここで死んでもらうよ。『幻想世界の愛』」
「イザベラにご加護を……『マリア様の祈り』!」
イザベラの神秘のベールでヒマリたちは包まれ、ロミオの異能は、無効化される。
「これは面白い。ここは、戦争ですね。何の力も持たないハート様とその一行はどのようにして僕を退けるのか見物だね」
戦争が始まる。ヒマリたちは、為す術もなく、ただただその成り行きに任せる事しか出来なかった。
この物語は 鈴鹿歌音 さんが担当しました。 https://talkmaker.com/author/clanon213/
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