イザベラ・キャンプの長の興味
辺りが暗くなり始めた頃、ヒマリたちは、最初のキャンプ地であるイザベラ・キャンプに到着した。
人々が焚き火を囲み、食事の配給をしているのが目についた。楽しげな曲が流れており、ここまで戦争の火種は広がっていないんだ、と実感する。
「ここが、イザベラ・キャンプです。山岳地帯なので夜はとても冷えるのです。そんな彼らの主食としているのが、ジャガイモを温めたミルクで和えたスープですね」
「あたし、ミルク大好きだから嬉しい」
ヒマリは、早速ホクホクのジャガイモを口の中に頬張る。熱い……ミルクが効いていて美味しい。
「ちょっとヒマリの舌が心配になってきたわ……」
「そんなことよりマリア・イザベラ様はどこにいるのでしょうか?」
賑やかな雰囲気に落ち着きが戻ってくる。次の瞬間、歓声があがった。
ハート、ヒマリ、シフォンの目の前に現れたのは、巫女装束に身を包んだヒマリより幾つか若い感じの女の子。使用人に守られ、キャンプのある町に降りてきた。
少女の姿を前に人々が頭を下げている所を、ヒマリたちは、ただただ見つめることしか出来なかった。
「そこの無礼者!!」
責め立てるような声にはっとする。ヒマリたちはいつのまに、少女の傍にいたはずの使用人たちに囲まれていた。
「あなたたち、いったい何のようかしら?」
「お前たち、この方が誰だと思っている」
ヒマリたちには、この少女が何者かなんて分からない。今までこのデカフォニック渓谷に来たことないし、誰が住んでいるかなんて分かるわけがない。
この理不尽な仕打ちにハートは、怒りを覚え、苛立ちの表情を浮かべる。
「そんなの分かるわけないじゃない。私は旅の者である以上、ここに立ち寄るのは初めてなのよ!!」
「戯け!! この者を捕らえよ、皆の衆!!」
ここで捕まる訳にはいかない。ヒマリたちは、使用人たちから逃げようとしたが、そのときだった。
「止めなさい!!」
と声がかかった。
「あたいは旅の者を捕らえるつもりは一切ないよ!」
「しかし、イザベラ嬢――」
「あんたたちは控えなさい! ここは、あたいが話をする」
狼狽える使用人たちに目もくれず、「イザベラ嬢」と呼ばれた少女がヒマリたちに近づき、話しかける。
「あんたたち、危険な旅路お疲れさん。名前は何て言うんだ?」
少女は満面の笑みを浮かべ、短めのツインテールを揺らしながらヒマリたちに迫ってきた。ひょいとヒマリに抱きついた少女は、まるで子犬のようで、可愛いらしい。
「あたしは、ヒマリ。カガミ・ヒマリ」
「私は、ハートよ」
「私は、シフォンです。以後お見知りおきを……」
「あたいは、マリア・イザベラ。このイザベラ・キャンプの長だ」
ツインテールの少女は、『マリア・イザベラ』と名乗った。このイザベラ・キャンプの長らしい。こんなに小さな女の子がここの長をやっていることにヒマリは驚きを隠せない。
「すごーい!! イザベラちゃんは、何歳なの?」
「あたい、まだ10歳だ」
イザベラの年齢を聞いたハートとシフォンは、声を揃えて、
「「 10歳?! 」」
と声をあげた。
「てへっ。あたい、これでも腕のたつ運営者なんだ。ハートちゃんとシフォンちゃん、驚きすぎ。10歳でも出来ることは沢山あるんだ」
イザベラは、胸を張って威張った。ハートとシフォンは、声を失ってしまう。ヒマリは、年齢が近いのか意気投合していた。
「ねぇねぇ、イザベラちゃん。今夜泊まれそうな宿とか知らないかな?」
「それなら、あたいの屋敷に来たら? あたい1人だけしか住んでいないし……。この辺りのキャンプは、今日は一杯で泊まれないし……。ねっ、ヒマリちゃん・ハートちゃん・シフォンちゃん」
イザベラのあざとい笑顔にヒマリたちは反論出来なかった。
「ありがたいわ。今晩は、泊めてもらおうかしら」
「そ……そうですね。ハートさんとヒマリさんもいてくれるから大丈夫だと信じています」
イザベラは、笑顔を浮かべ、
「今夜は、あたいの話し相手なってくれないか?」
と言った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
イザベラの屋敷は、とても大きかった。大きな大木を組み合わせて建てられたログハウスが、このキャンプの高台に建てられていた。
「すごーい!! ここがイザベラちゃんの家なんだね!!」
「えっへん!! そうだ。あたいのお父さんとお母さんが建てた家なんだ」
ハートは、ログハウスの木目を触り、
「この木の触り心地……最高だわ」
と興奮し、シフォンは、
「こんなに大きなログハウス……初めて見ました」
と大きなログハウスを口をぽっかり開けた状態で見つめている。
「さあさあ、みんなをあたいのお屋敷にご案内するからな」
歌うようにイザベラがログハウスの扉を開け、ヒマリたちを屋敷に通した。
さっきの取り巻きはいない。あの人たちは何だったのか……、少し疑問に思いながらもヒマリたちはイザベラの後ろを追いかけるのであった。
屋敷に入ったヒマリたちは、イザベラに食堂へ案内された。豪華なシャンデリアに豪華な調度品が飾られている暖かい食堂で、イザベラは一人、てきぱきと食卓を整えてゆく……。
「さあさあ、みなさん。疲れただろ。沢山あるからいっぱい食べてくれ」
「わーい、いただきまーす!!」
やがて、ヒマリたちの前に、美味しそうな料理がふんだんに並べられた。挨拶をしたヒマリが笑顔で料理をほお張る姿に、周りのはりつめていた空気が一気に和やかなものに変わった。
ハートやシフォンもホッとしたようにスープ皿のスープをスプーンで掬い、口に含む。
何と言ったら良いんだろうか。優しい味がする。
「このスープ、すごく美味しいわ。レシピ、教えてくれないかしら?」
「いいよ。後で沢山教えてあげるからな、ハートちゃん」
「ありがとう、イザベラ嬢」
ハートがイザベラに『イザベラ嬢』と言ったのが気にくわなかったのか、イザベラは頬を膨らませる。
「ハートちゃん、あたいの事は『イザベラ』って呼んでほしいんだ。何か『イザベラ嬢』や『マリア様』と言われると気が重くなんだ」
「じゃあ、『イザベラ』って言わせてもらうわ」
イザベラは、「普通に名前を呼んでほしい」とヒマリたちに打ち明けた。そこからは、イザベラと楽しい食事をした。本当の仲間になれたかのようでヒマリは嬉しく感じた。
「なあなあ、ヒマリちゃん」
「どうしたの、イザベラ」
「ヒマリちゃんたちはどんな冒険をしてきたんた? あたいは、キャンプの外には出られないから聞かせてほしいんだ。ヒマリちゃんたちの武勇伝を」
ヒマリとハートは、顔を見合せ、にっこりと微笑み、イザベラに満面の笑みを見せた。
「良いわよ。私とヒマリの出会いは……」
ここからは、長い長いヒマリとハートの武勇伝だった。ハートとヒマリの話すことにイザベラは目を輝かせ、話を聞いていた。シフォンもイザベラを甘やかすような姿勢をして、ヒマリとハートの長い長い武勇伝に付き合った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
夜の帳も落ち、闇が濃くなる頃、イザベラが大きな欠伸をした。
「ヒマリちゃんとハートちゃん、面白い話聞かせてくれてありがとう。とても有意義な時間になった」
「楽しんでくれたならありがたいわ。まだ続きはあるけどまた今度にするわ」
ハートの言う『今度』には、どんな意味がこめられていたのだろうか。ヒマリとシフォンにはその意味がこの時は分からなかった。
「温泉でも浸かってゆっくりしてくれ。あたいは、明日朝早いから先に寝るからな」
「イザベラ、温泉はどこにあるのかしら?」
「温泉は、この階の左側突き当たりだ」
イザベラは、大きな欠伸をするとログハウスの階段を上っていき、最後にはドアの閉まる音がした。
「イザベラに温泉の在処を教えてもらったことだし行くわよ、ヒマリ、シフォン」
「わーい、温泉だぁ!!」
「お互いの裸を見合うなんて、破廉恥ですよ、ハートさん」
あたふたするシフォンにハートは何も言わずに、手を掴んだ。
「女の子同士なんだから、良いわよね?」
「は……はい」
シフォンは、そのままヒマリとハートによって温泉に連れていかれた。為す術もなく。
この物語は 鈴鹿歌音 さんが担当しました。 https://talkmaker.com/author/clanon213/
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