戦況打破・前編
(このままではいけませんね……)
クイーン、トゥエルブ両者参戦から約一時間が経過した。途中で合流したアインスも戦力に加え、騎士及びクイーンの言葉に心動かされた一部の国民たちが支援に入ってくれた。もはや総力戦状態である。しかし、それでもこの戦況を打破するに至らないのだ。国民たちを始め、騎士たちの間にもざわざわと動揺の波が広がっていた。兄弟とて一度も共に剣を握ったことのない者どもなのだ。こうなるのは、もとより時間の問題だっただろう。
クイーンは前に出て戦うトゥエルブの方を眺める。自分の身を投じてでも、この国を守ろうとした妹の方を。
(強情になっている場合ではないわ。国民の為、彼女の為にも私が行動を起こさないと……)
クイーンはこの少し前、国民に向かって飛び掛かった敵と対峙した際、守りながら戦う事の難しさからか、それとも単純な気疲れからか、単純に見えた敵の剣を受けてしまったのだ。そして、これはよく言う事だが、単純な動きから繰り出される攻撃ほど、必然的に大きなダメージとなるのだ。忌々し気に肩口の傷を眺めるクイーン。やがて彼女は、傷の治癒を切り上げ、立ち上がった。そして傍に居たエルフに言う。
「援軍要請を出します。この戦いをこちらに傾けるにはそれしかありません。そうですね……スペードキングダム辺りが良いでしょう」
「要請……ですか?」
「誰かが文を届けに行くのです」
「誰か、と言われますと?」
「それが問題ですから貴女に聴いているのです」
エルフは一瞬戸惑うように戦線を見渡す。それから、クイーンの肩口の傷に気付くと、苦々しげな顔をしながら言った。
「貴女は今怪我をしておられる。無理をしてはよくない。一度戦線から身を引き、援軍を呼んでくる、というのは如何でしょうか」
「いけません。私は長女として、この戦線からひくわけにはまいりません。皆にばかり辛い思いをさせるわけにはいかないでしょう。それに、過信するわけではありませんが、私が抜けて戦線が保たなくなってしまったら一体どうするのです」
「それだけの自信があるのならやはり適任じゃないか」
突如、背後からクイーンに声が掛けられる。驚いて振り向くと、そこには最前線で戦っていた筈のトゥエルブの姿が。
「言っておくがな、あの渓谷を抜ける事の出来るものがこの中に何人いるか。生半可な実力では逆に命を落としかねないし、到着するにしても時間がかかるだろう」
「でしたらトゥエルブ、貴女が適任です。貴女にだって、あの渓谷を抜けるだけの実力は備わっています」
しかし、そのクイーンの言葉に、トゥエルブは苦笑しつつ首を横に振った。
「悪いが、私はあの辺りの地形に関してはさっぱりだ」
次いで、その言葉を繋ぐようにエルフが言った。
「トゥエルブ様は元々外交なんて柄じゃない。それこそこの国を一歩出てしまえば迷い猫状態でしょう」
「おいエルフ、そこまで言う……いや、確かにそれが事実だ。つまりな、私には向いていない任務だ。クイーン、お前が行くべきなんだ」
トゥエルブはこんなに長話をするつもりはなかったのか、少しそわそわした様子で言う。
「ですが……」
それでもなお決めかねている様子のクイーンに、トゥエルブが言う。
「今この戦場に必要なのは、戦況を崩さないようにする者と、戦況を好転させる者だ。自分の役割くらい、自分で理解しろ。もう頭の中ではわかっている筈だ」
「……頼みましたよ」
少しの沈黙の後、クイーンが下を向いたまま小さく呟く。何を、なんて問い返す事はしない。言わなくても、その言葉の意味は痛いほどに伝わってくるから。
「任せろ、誰一人死なせないし、ここから後ろに賊を一歩も踏み入れさせはしないさ」
その言葉を聞き、クイーンは安堵の表情を浮かべる。
「そうと決まったら早く行くんだ。一分、一秒でも早く援軍をつれてきてくれ」
「えぇ」
クイーンはマントを翻す。この場はトゥエルブがまとめてくれるだろうと信じ、この戦況を変えるため、少しずつ暗くなりつつある街を駆けだす。いつの間にか、肩の傷の痛みなど、感じなくなっていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
一方、会議室でも戦況を変えようとする者が居た。
「ハート、何を書いているの?」
先程から一心不乱に便箋に向かっているハートにヒマリが心配そうに尋ねる。そんな彼女に対し、ハートは顔を上げること無く答える。
「スノウへの援軍要請よ」
「でも今のハートアイランドは……」
ヒマリが悲痛な声を上げ、ハートが一度手を止める。彼女はなだめるようにヒマリに言った。
「確かに今私の呼びかけに答える者なんて居ないのかもしれない。けど、私は信じてみたいの。今まで私を女王として掲げてくれたあの国を」
確かに反乱はもう収まったかもしれない。けど、彼女が国を出たことをよく思わない人だっているだろう。臆病者だと後ろ指を指す者もいるだろう。それでも彼女はハートアイランドの国民を信じたのだ。一つの国を救うため、自分の出来ることをするために。
と、その時突然ドアが勢いよく開け放たれた。驚いてそちらを見ると、戦場へ向かったはずのクイーンの姿が。どうしたのかという質問を察したのか、クイーンはヒマリとハートに向かって言う。
「スペードキングダムへ援軍要請を出します」
短く言って、クイーンはデスクへ向かう。
「援軍要請なら私も今ハートアイランドへ――」
クイーンに向けたハートの言葉は他でもないクイーン自身に遮られた。
「ハート、貴女は文を持って国へ戻るというのですか?」
「あっ……」
さっきまで自らに賛同してくれる者の事を案じていたのに、自身の身の危険を感じていなかったのだろうか。本当に強引なお姫様である。ヒマリは思わず苦笑する。
「騎士の誰かに頼むこともできますが、今戦線はかなり危ういのです。主力である騎士が一人でも抜ければ、戦況の瓦解は大いに在り得ます」
「私が行きます。道も大体は覚えてます。一人でだって、行ける筈です」
「駄目よヒマリ。きちんと道を覚えているのなら考えてみればわかるでしょう。あの断崖絶壁をどうやって上るというの?」
「そ、それは……」
どうも頭に血が上っていたようだ。ヒマリは口ごもりながら半歩下がる。
「となると適任は……」
クイーンが頭を巡らせたその時だ。会議室のドアが先程のようにバンっ、と開いた。
「話は聞いたわ。私が行きましょう」
その声の主の方を一斉に皆が向く。そして、思い思いに驚愕を表す言葉を吐く。
「貴女は……ッ!」
「何故あなたがここに居るのですかっ?」
腰に手を当てて立つ少女、プランサス・ドゥ・セルのユリアーナは、不満げに溜め息を吐いた。
「なによ、このダイヤシティは私たち商人にとっては大事な国。この国の危機と聞いてここに居るのが可笑しいかしら?」
「いえ、そういうわけでは……」
「ならなおのこと……と思ったけれど、そういえばそこの女王様は私たちの力を借りるのが嫌だったかしら?」
そう。会議の時点ではクイーンは改革反対派だったのだ。その上プライドの高い彼女の事だ。人に頭を下げて物を頼むことに抵抗を覚えないはずがない。少し前なら確かに、強情に突っぱねていたかもしれない。だが、今は非常時。ヒマリとハートはクイーンを見つめる。すると彼女はユリアーナにきっぱりと言った。
「当たり前でしょう。今更この国に改革など必要ないし、貴女達商人の手助けも不要です」
その言葉に、ヒマリとハートは同時に顔を見合わせる。ヒマリが言うより先にハートがクイーンに声をかけた。
「クイーン! 今はそんなことを言っていられるような時では――」
しかしその言葉は、言い終わるのを待つ前に止まった。それは、クイ―ンが突然の行動をとったからだ。
「ですが……この国の形はすぐに変わりはしませんし、無論何もしなければ何も変わらない暮らしを続けられます。政界人というのは、そう簡単に自らの考えを曲げてはいけない――わかっています。ですけど、考えられませんよッ。この国を守るべき騎士が――しかも先頭に立つものが! 自らの身をぞんざいに扱うようなこと……ッ」
クイーンは拳を握りながら頭を下げる。ユリアーナは見下げるようにその頭を眺めていたが、やがてやれやれと言うように頭を振った。
「だから何だと言う。結論を言ってくれないと分からないわ」
「……お願いします。商人として、国民としての貴女の力を貸してほしいのです……」
「国民、ね、常に移り歩く私に帰るべき国などないんだけど――いいわ。文書を貸しなさいよ」
頭を下げたままのクイーンと、それを反目で眺めるユリアーナ。それを見てヒマリはやはりユリアーナは気の強い女の人だと思う。しかし、一つだけ気がかりなことがある。ヒマリは思わずそれを口に出していた。
「ユリアーナさん、あなたはハートアイランド、それも上方部に知り合いを持っているのですか?」
その問いに、彼女は愚問だというようにヒマリを見返した。
「強いツテを持たずして、商人命は輝かないわ。当たり前でしょ」
続いて彼女が口を開く。
「因みに、そこの頭のお固い騎士様はどうやってスペードキングダムへ行くというのかしらね。遠回りをするばかりでは、援軍要請は間に合わないわよ」
それを聞いてクイーンが眉を顰める。自分が知る中で、このダイヤシティからスペードキングダムへ行くルートなど、一つしかない筈だ。
その様子を見てユリアーナは一瞬考えるような素振りを見せた後、会議室の壁に貼られた地図に歩み寄り、その一か所を指さした。その場所を見て、ヒマリ、ハート、クイーンは互いに顔を見合わせ合う。それもその筈だ。その場所は真っ黒く塗りつぶされている、つまり、何もない場所、『奈落』とさえ呼ばれる場所なのだ。
「ここには一本の細い通路があるわ。普段一般人なんかが通る事はない、まさに秘密の道って奴ね」
「そんな事聞かされていません!」
クイーンが声を荒げる。当然だろう。この国を統治する者が知らない、この国の事。そんなものが存在しては当然不味い。しかし、これまで誰にも感づかれず、事実自分にも伝わっていなかったとなると、余程の事でもない限り使われることはないのだろう。そんなハートの考えはまさに的中していた。
「それはそうでしょうね。ここを通るのは大部分が兵器、密書、機密情報。滅多に使う事は無いし、出来る事なら使うような事態は避けたいわ。」
というか、と溜息をついて彼女は続ける。
「本当はここ、ダイヤシティから他の3か国にそれぞれ繋がる通路があったのよ。でも、ハートアイランドは武器などの輸入を出来る限り制限するために通路を封鎖。フォレストクラブへの通路も同じように、反戦主義者の“K”が厳重に封印してしまったの。」
クイーンはなおも言及しようとするが、今はそんな余裕はないと悟ったのか、言葉を飲み込んだように表情をこわばらせる。
「むやみにこのルートを使う事はできない。私ならそれなりに顔は通るはずよ。それにさっきも言ったけれど向こうにもバッチリツテはあるわ。言っておきますけど、ハートアイランドで流通っている茶器や菓子なんかは、ほぼほぼ私たちから流れているのよ?」
そういえばそんなことを言っていたような気もする、とヒマリはスノウの顔を思い出す。茶器の輸入に反対で、その事となると常にスノウと気が合わなかったハートは思わず苦い顔になったが、今はそんな事を言っている暇はないと思いなおす。
「手助けはたしかにありがたいのですが、貴女は一人で行くおつもりですか?」
クイーンが重みのある声で聴く。おおかた、帰って来る答えを想定してのことだろう。
「そんなわけないじゃない。もちろん、シャプロンルージュについてもらうわ。貴女が、どう思おうとね」
対するクイーンは何も言おうとしない。会議の時にあれほど不快感を示していたのが嘘のようだ。やがてクイーンが口を開く。
「わかりました、雇賃はこちらに当ててくれて構いません。危険なことをさせて申し訳ありませんが――」
「お互い様でしょう? 貴女だって今からスペードキングダムに行こうというんだもの」
「少なくとも私は騎士です。自分の身は自分で守れます」
ハートとヒマリが不安げに彼女の肩の包帯を見やる。だが、今は彼女の言葉を信じるよりほかなかった。ハートが深く腰を折り、祈る様にして手紙をユリアーナに手渡す。
「では、健闘を」
文を受け取ったユリアーナが、クイーンの言葉を背に受けながら駆けだす。ユリアーナが立ち去る瞬間、ヒマリは窓の外で微かに赤い影が動いたように見えた。
ユリアーナの足音も消え、3人だけとなった会議室。自分も続こうとクイーンが扉へと歩み寄る。
「待って!」
しかしそれを、ハートの一声が止めた。何事かと振り向くクイーン。続くハートの言葉に、ヒマリは思わず凍り付いた。
「私たちも行くわよ。スペードキングダムに。二手から行けば、単純にたどり着ける確率も2倍になる」
「あらあら。ハート、貴女はこの私が渓谷を抜けられないと?」
「そうではないわ、ただ、単純に効率を考えただけよ」
きっぱりとそう言うハートの後ろで、ヒマリは思う。
(私“たち”って、私の意見は!? 行きたくないよ、そんな危ないとこ!?)
そんなヒマリの考えなど知る筈もなく、クイーンは溜息一つ、首を縦に振る。
「わかりました。今は大事、貴女たちの力もお借りするべきですね。細かい道順などを説明している余裕はありません。私は今すぐにユリアーナの後を追いますから。
……もうすぐ夜は明けます。もうすこし時が経ってから、貴女たちは出発すると良いでしょう――では」
そう言い残し、クイーンは慌ただしく部屋を出ていく。ハートは閉まる扉を眺めながら、ヒマリに声をかける。
「じゃあヒマリ、今は少し休みましょうか、その前に私は書状をもう一枚書き上げなくては……ヒマリ? なんでそんなに怖い目で私を睨むの? ねえヒマリ?」
この物語は、清瀬啓 さんが担当しました。
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