依存戦争
「アインス。今、なんと……」
「戦争です! 西の――基本世界の者どもが今、この国に……!」
肩で息をするアインスの言葉に、クイーンは拳を握りしめた。その後ろでは幼いフィフスが困ったような顔をして立ち尽くしている。
「基本世界の者どもめ……」
トゥエルブがそう呟く。それから、はっとしたように視線を泳がせ、小さくクイーンとヒマリに手招きをする。何事かとヒマリが問うと、トゥエルブはチラリと視線をハートのほうへ向ける。
「ハート……様がどうしたのですか?」
ヒマリが取り乱した様子のトゥエルブに問う。隣のクイーンも状況を察したようだ。
「ハートは愛する人を奴らの手で奪われている。彼女の傍に居てやらねぇと」
顔を見合わせる二人。おそらくはどちらかが鎮圧、どちらかがハート様の元へ居るつもりなのだろう。騎士一人お守りにつけるほどハートは取り乱しているようには見えないが、きっと今、彼女の心のなかには様々な感情が渦巻いているのだろう。ヒマリはそんな風に察する。それから、おずおずと手を挙げる。
「私がハート様、いえ、ハートの側に付きます」
「いえ、まだ幼い子には任せられないわ、一国の女王のお守りなん……」
ヒマリを制しようとしたクイーンの言葉が止まる。彼女の瞳が強い正義感に揺れていたからだ。
「愛する人……ジョーカーさん、ですよね。ハートはその人が殺されたことを、とても悔しいと言っていました。分かるんです。私も大好きな人と、離れてしまったから……」
小さく肩を落とすヒマリの脳内には今は会えない、兄の優し気な掌が映る。
「今街を、このダイヤシティを守れるのはお二人なんです!」
「そうは言っても、“大革命”によって私たちに残された力は……」
それこそこの間トゥエルブが言っていたではないか。取り締まりの際にも返り討ちになるような騎士もいるのだと。そんな力でこの国は守れない。そんなこと、ヒマリにだってわかる。
「お姉ちゃんたちならできるよ!」
いつからそこにいたのか、フィフスが小さな声を張り上げた。その姿はもう、先程までの自由奔放な少女ではない。ダイヤの騎士としての家系に生まれた強い女性のそれだ。クイーンがそんなフィフスの頭を撫でる。
「やりましょう。私たち姉妹で、この国を守るのです」
そんな言葉に感心する面々とは裏腹に、アインスが戸惑うような表情で二人の様子を見ている。狼狽えたように自分が来た道を見つめるアインスに何事かと聞こうとするクイーンは、すぐに違和感に気づいた。
「おいアインス、ハートは!?」
「すみません、気づいたら姿が無く……」
「だったら一人でも追わんか!」
トゥエルブは一度そう言ってから、心を落ち着け、アインスに命じた。
「ヒマリと、ハートの元へ行け。きっと一人で城にでも向かってるんだろう。私たちは基本世界の者どもの鎮圧に向かう。こんな所で、この街を壊されては堪らん」
アインスがその言葉を聞いて、クイーンの方を見る。本当に良いのだろうかと聞いているような目だ。
「もう『折れぬ純潔』も『微睡む睡蓮の芳香』もありません。私たち、『ダイヤの騎士』は法から解き放たれ、商人たちとも手を取ってこの国を改新するのです」
その言葉を聞いて、アインスが一瞬ホッとしたような素振りを見せた。恐らく騎士の誰もが、クイーンとトゥエルブの派閥争いに心をすり減らしてきたのだろう。
「わかりました。ではヒマリ様、行きましょうか」
「はい。でも、フィフスは……」
「私が守るよ! 小さいからって舐めないで! 私だってお姉ちゃんたちの妹なんだから!」
胸を張るフィフス。その姿に思わず場の雰囲気が綻ぶ。
「では」
ヒマリを連れたアインスが来た道を戻ってゆく。それに続くようにトゥエルブとクイーンも駆ける。一人残ったフィフスは、二人の背を見ながら小さく「頑張れ」と呟いた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ヒマリが城へ戻ると、ハートは会議室の窓の側に、独り佇んでいた。走ってきたのだろう、肩が呼吸に合わせて上下に揺れている。
ヒマリがハートの元へ行くと、ハートは安心したようにヒマリを抱きしめた。
「ハート……悔しいんで……だよね」
その言葉にハートがヒマリの胸元で頷いた。
「私に力が残っていれば、私の歌でジョーカーの仇を討てるのにッ」
ヒマリは何度もハートの頭を撫でる。
「私には何も出来ない! 何も歌えない! 何も守れない! 何も……何も…………」
絞り出すようなハートの言葉に、ヒマリは初めて彼女の「弱さ」を見た。
「何言ってるのハート、ハートは私を守ってくれた。もし貴女がなにもできなくなったなら、私やクイーンさん、トゥエルブさんも居る。だから……泣かないでよ、ハートらしくないじゃん」
アインスは戸惑うように後ろで視線を泳がせている。
「私はあなたを守ったなんて大層なことは出来てない。あなたが願い、あなたの力でここまで来た。そこに私の力なんて加わってないわ」
なおも悲観するようなことを言うハートに、ヒマリはもう一度声をかけようとする。しかしその前にハートが顔をあげた。
「でもね、もう大丈夫。ヒマリが来てくれたから……あら? アインス、どうして泣いているのかしら?」
ハートにつられてヒマリも自分の背後を見やる。その涙の意味はよく分からなかったが、涙の理由を聞かれるのはあまり気分の良いものではないだろうと、ヒマリはハートの耳元で、クイーンとフィフスの話をする。
「そう……なら戦いは、彼女たちに任せれば大丈夫ね」
目元を赤く腫らしたハートが、部屋の窓を大きく開ける。すると、会議室の中にも戦の音が聞こえてくる。時々立ち上る眩い光は魔法陣の輝きだろう。物騒でとても口には出せないが、ヒマリは綺麗だ、と思った。
(いけないいけない! 戦いの光を綺麗だ、なんて思ったら人として最低だよ!)
気づいてブンブンと首を振るヒマリに、ハートが不思議そうに首を傾げる。すると、膝をついていたアインスが立ち上がった。
「私も、クイーン様と、トゥエルブ様の援護に入ってきます。お二人は、なるべくここを動かないように」
そう釘を刺して、鞘の剣に手を当てたアインスがマントを翻す。アインスの足音が聞こえなくなると、ハートが嬉しそうに目を細めた。
「ダイヤシティは新しくなる……」
彼女の脳裏には、古きを新しきへと変えた一人の英雄の背が浮かんでいた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
前線は、基本世界の者どもが使う火薬のにおいに満ちていた。報告に戻ったアインス、森に居るクイーンとトゥエルブを除くダイヤの騎士たちは派閥ごとに集まり、守って戦ってをしていた。市民はその後ろで、気楽にカメラなんかを回している。そこへ、クイーンとトゥエルブが到着した。
「騎士様が揃ったぞ! これでもう大丈夫だ!」
「騎士様! 頼んだぜ!」
二人に向かって市民の声が上がる。中には拳を振り上げる者もいた。その者どもに向かって、息を整えたクイーンが声を張り上げた。
「あなた達! 何事も私たちが居れば解決するとお思いですか! 騎士が騎士がと言いながら依存した生活を、あなた達はいつまで続けるおつもりですか!」
その言葉を向けられた市民、そしてクイーンがその考えに反対しているものとばかり思っていたダイヤの騎士たちまでもが驚きの視線を向ける。
「何かあったんですか、隊長!」
相変わらず空気を読まないエフタが己の隊長へと質問をした。
「馬鹿野郎ッ! お前らいつまで派閥なんかにこだわってやがる! 私たち二人はこれから『ダイヤの騎士』として動く。派閥なんてのはもうここにはねぇ! このダイヤシティ以上にプライドを大事にするようなやつは、今すぐ騎士をやめれば良いッ!」
トゥエルブが二手に分かれた騎士たちに向かって言う。騎士たちは揃って戸惑うように互いに顔を見合わせる。しかし、少ししてどちらからともなく近寄り、手を取り合った。
「全く、何でこんな奴等なんかと……」
ツヴァイが愚痴る。
「よ……よろしく! 一緒にがんばろ!」
まだ若干体の引けたドライが勇気を出して声を上げる。
「もーっ、隊長格好良すぎ! よーし、今夜は皆でパーティだね!」
フィーアがはしゃいだように言う。
「へッ、俺は元からこうなる事に賭けてたんだよ!」
ゼクスが何度も小さく頷く。
「よろしくなっ!」
エフタがひょうきんに手を振る。
「エフタ、わざわざ標的になるようなことするな」
エフタの手をアハトが下す。
「人が増えたから、私はもう良いかな……」
ノインがこそこそと最後列へと移動する。
「良いね、こういうの……」
テンがたばこに火をつける。
「クイーン様が言うなら……わたしはどちらにでも」
エルフが二人に向かってお辞儀をする。
リアクションはそれぞれだが、誰もこの同庁に反対する者はいない。その事にひとまず二人は安堵の息を吐く。しかし今は戦闘中、決して気を抜くことはできない。
「さあ、見せてあげましょう、私たちの力を!」
後方からレイピアを構えたクイーンが飛び出す。そのまま空中でレイピアをぐっと引き付ける。そしてその腕から、目にもとまらぬ4連閃が繰り出される。
「母なる四重突ッ!」
トゥエルブも前に出る。見事な剣裁きで敵兵の銃弾をはじき落とす。そのまま剣を斜め下に構え、縦横無尽に駆け回りながら神速の五連斬を見舞う。
「混沌連斬ッ!」
敵兵がバタバタと倒れていく。これこそが、ダイヤシティを長きにわたって支えてきた、ダイヤの騎士のツートップの力なのである。
それを見て、他の騎士たちが連携した動きを見せる。幾秒かの時間の中で防衛と戦闘に当たる騎士を手分けし、片方は市民の元へ、もう一方はクイーンとトゥエルブの元へ向かう。
「トゥエルブ」
「なんだ」
クイーンがもう一度レイピアを構えなおしながらトゥエルブに声をかける。
「ありがとう」
その言葉に、トゥエルブはいがみ合ってきた二人の間の壁が砕けた音を重ね聞いた。
この物語は、清瀬啓 さんが担当しました。
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