ダビデの鍵
「シオン君。お主の探している妹さんじゃが、無事じゃよ」
そのオウルニムスの言葉に、シオンは思わず椅子から立ち上がった。
「本当ですか!?」
「どれ、見せてやろう」
すると、オウルニムスは杖を中空に掲げ、詠唱文を唱え始めた。同時に、杖の先に掌程の青い魔法陣が現れた。
「The person who asks help, purchase.
It's a spirit, link the blood to him and show a guidepost.
The preson who sees is led.
The prooh that it's raw to be shown. ……」
オウルニムスが詠唱を終えるや否や、杖の先の中空に頭程の空間が現れた。
それはまるで水の様に揺らいでいる。
そして、その空間の中に、シオンは見慣れた人物を見つけた。
「ヒマリ!」
思わずシオンは叫んでいた。
「ヒマリ! 僕だ! お兄ちゃんだよ!」
空間の中の妹に向かって名前を呼ぶが、彼女は全く気付く気配はない。
「無駄じゃ。こちらの声は向こうには聞こえん」
「そんな……」
シオンはもどかしい気持ちで、空間の向こうの妹を見つめた。
見た所、どうやら妹は無事なようだ。
よく見れば、何か可愛らしい服を着せられ、どこか、豪華な部屋に座っている。
「あれが妹のヒマリちゃん?」
「可愛い妹じゃねぇか」
「やっぱ兄妹は雰囲気が似るもんだな」
シオンの後ろから、他の3人もヒマリの様子を覗き込む。
シオンは一旦は、妹の安否を確認し、安心した。
だが、浮かない表情でいる妹にふと気付き、異変を感じた。
「――あっ!」
シオンは妹の横に在るものに驚く。
「あれは、鉄格子だ……!」
荒げたシオンの声につられ、他の3人も今一度空間を凝視した。
ヒマリがいる部屋は、一見すると貴族風の部屋に見えるのだが、よく見ればその周囲には、まるで鳥籠の様に鉄格子が掛けられているのだ。
「まるで牢屋の中じゃない!」
「どうして! どうしてあんな事に!」
「残念じゃが、それは儂も分からないのじゃ」
「どうしてですか」
「儂が知り得るのは、このヒューマニーの世界の事のみじゃ。メルフェールの世界には、儂の魔眼は干渉出来ん。
せいぜいこうして、覗き見る事が出来るくらいじゃ」
「そうなんですか……」
「そして恐らくじゃが――」
オウルニムスがやや深刻そうな顔をする。
「彼女もまた、シオン君と同じ様に、神に記憶を消された可能性がある。
自分の事はおろか、お主の事も忘れているかもしれぬ」
「そんな……!」
シオンは絶句した。
「あのクソ神がっ! どこまでクズな野郎なんだ!」
シュートが拳を壁に叩き付ける。
「そんな……何とかして早く助けてあげないと!」
「でも、メルフェールに渡る方法は分からないのよ?」
行き場のない感情を噛み締める4人。そこで、オウルニムスが口を開いた。
「儂は知っておる。“方法”とやらをな」
「「「「 本当ですか!? 」」」」
4人の声が一斉に重なる。
「おおお、でかい声を出すでない。老人は騒音に弱いのでな」
「本当に、メルフェールに行く方法を知っているんですか!?」
興奮しながらシオンが問い詰める。
「知っておる。儂もそれを探して旅をしているのじゃからな」
「そうだったんですか!」
オウルニムスのその言葉に、希望を見たシオンは更に問い詰める。
するとオウルニムスは杖を掲げるのを止め、改めて4人を見据えた。
「お主達は、“ダビデの鍵”というのを聞いた事は無いかの?」
すると、シュートが反応をした。
「もしかして、聖書に記されている“鍵”の事じゃないのか?」
「聖書の鍵?」
「そうだ。権威や権限、知恵の象徴を、“鍵”という比喩を使って聖書に書かれてある。旧約聖書のイザヤ書22章2節や、新約聖書のマタイによる福音書16章13から20節にそれが見られる。
キリスト教では天国の鍵とも言われていて、絵画なんかにも描かれているんだ。『聖ペテロへの天国の階段の授与』や『最後の審判』。それに――」
「ヴァチカンの国旗にも、だろ?」
「そうだ。協議では“聖杯”や“ロンギヌスの槍”同様、定義や所在が曖昧な故に、学者達の研究対象になっている。そういう意味においても、“鍵”は聖書を読み解くにあたって重要な単語なんだ」
そのシュートの饒舌さにシオンとシェロは驚いた。
「シュートさん、聖書に詳しいんですね。凄いです」
「昔、仕事柄、ちょっとな」
「私には初めて聞く話だわ。貴方達の世界も中々面白そうな謎があるのね」
そして、オウルニムスも感心した様に頷いていた。
「中々博学じゃのう。感心じゃ。じゃが、この世界での鍵は、お主らの世界の鍵とは物が異なる。
この世界での“ダビデの鍵”とは、ヒューマニーとメルフェールを繋ぐ橋を作る為のもの――魔法式なのじゃよ」
「魔法式、ですか?」
オウルニムスはシオンに頷く。
「そうじゃ。お主らは、あの“バベルの橋”がどうして出来たか知っておるか?」
問いかけられた4人は首を横に振った。
「あの橋は、この世界の人の、体内魔素から出来ておる。その量は膨大じゃ」
「人って、ちょっと待って。人は魔素を奪われると死んじゃうのよ? 貴方の話が本当なら、バベルの橋は……」
「そうじゃ、多くの人間の犠牲の上に作られたのじゃよ」
「なんて事……」
「しかも、その知恵を与えたのも、神なんじゃよ」
「……」
またもや神の悪意を垣間見ることになってしまった4人は、もはや言葉が見つからなかった。
「つまり、ダビデの鍵は、神が与えた知恵の事をいうのじゃ」
「じゃあ、僕達は多くの人を犠牲にしないと、メルフェールに行けないということですか?」
オウルニムスは首を横に振った。
「いや。それは違う。確かに以前はそうじゃった。じゃが、今は、お主達はその代替えとなるものを持っておる」
「代替えのもの?」
「“聖獣の魔素”じゃよ。それを、魔素として、ダビデの鍵に吹き込むのじゃ。そうすれば、かつての二世界の王がそうした様に、バベルの橋を架けることが出来る」
「つまり、僕達が鍵を使う為に“聖獣の魔素”を使わなきゃいけなくて、その魔素を使うには――」
「そうじゃ。ノア・ルクスの協力は不可欠じゃのう」
話が見えてきた。
つまり、その鍵が見つかるまでと、鍵を見つけた後も、何としてもノアの協力が必要という事だ。
「そして、もう一つ。お主達、転生者に必要な事を話すぞ」
何ですかそれは、と問うシオンを掌で止めると、サイドチェストに置いていた水筒を再び手にし、今度はその中身を一気に飲み干した。
「お主達に必要な事。それは、元の世界に帰る方法じゃよ」
その発言に、4人は再び声を上げた。
「帰る方法!?」
「本当か爺さん!!」
「マジかよ!! 教えて下さいオウルニムスさん!!」
「どんな方法なの!?」
オウルニムスはまたもや発せられた大声に両耳を塞いだ。
「じゃから、そんなに大声で騒ぐでない。若い者は落ち着いて話せんかのう」
「すいません……」
「まぁ、若さじゃのう。よく聞くのじゃ。
お主達が元の世界に帰る方法。それは――」
四人がつばを飲む。
「神を殺す事じゃよ」
この物語の執筆者は 金城暁大 さんです。
https://kakuyomu.jp/users/Ai_ren735 現在、今まで執筆してきたハイファンタジー小説を改稿中です。再開までこうご期待!




