両腕の皮肉
少しの時が経ち、フェアリスト・ライブラリ中央広場。
「シンゼンからの伝達兵です。メアリー、出立の準備を」
和服に身を包み、月と蝶の姿をあしらった柄は、長い黒髪を艶やかに映し出しており、淑やかながら色気の漂うその姿に、街行く男が目を奪われる。
そんな彼女からの伝言を、煙たがる様に髪を括った女が一人、馬上で舌打ちをしていた。
「ったく、なんでシンゼンの指示を待たなくちゃいけないんだ……」
「仕方がないでしょう?この情勢では」
「別にお前一人でどうにかなるだろ? ラルナ」
ラルナと呼ばれた和装美人は軽く微笑んで見せる。しかしそれが、心では全く笑っていないのを馬上の麗人はわかっていた。
「だいたいスペアニアなんてどうとでもなるっていう、お前の考えが甘すぎんだよ。あたしらの相手はあれだけじゃねぇんだぞ」
「まずは目の前の脅威を取り除こうと思うのが普通でしょ?それにギア・マテリアはこちらにない兵器を多用してくるわ。そのためにこれまで入念な準備を重ねてきたと言うのにこんなところで」
「あー、はいはい。とっとと行ってくりゃいいんだろうが。私は私の責任取ってくるよ」
ラルナの話を煩わしいと感じた馬上の麗人は、その真紅に長く伸びた紅い髪を兜に収め、冷たくも凛々しさの際立つ瞳で行く先を見つめた。
「まぁ、ゼナのやつも見つけたら連れ帰る。死ぬんじゃねぇぞ?」
「お互い様ね。弾切れには気をつけて」
「ちっ、格好に不相応な薙刀振り回しやがって。言われなくてもー」
愛想のない見送りの挨拶は、お互いに手を振りながら健闘を祈りあった。いつものドレス姿とは違う、機敏さを重視したミニスカートのワンピースの背を見送ることに、何故かいつもの様な安心感がない。
「……どうか気をつけて。メアリー」
不安を胸で握りしめ、ラルナは領主の帰還を待ちわびていた。