感じる違和感
ヒマリたちは、メイドに案内され、暖炉のある大きな客間に入った。メイドはヒマリたちに頭を下げると足早に客間から出ていった。
「ヒマリさん見てください! 大きなベッドがあります!」
一番に開口したリリィが指差す先は、シンプルながらも荘厳さを醸す広々としたベッドがあった。
「ふっかふかそう……リリィ! 一緒に飛び込もう!」
「えっ? 飛び込むなんてお行儀が――」
「そんなの気にしないの! それーーーーー!」
「ひゃあああああ――!?」
ヒマリは半ば強引にリリィの手をとっては一目散にベッドへ駆けていった。
バフッ、と音を上げて布団に包まれる二人を見てハートは微笑む。しかし、訝しげな表情でうつむき、その場を動かない者もいた。
「何かきな臭いです……」
「えっ、シフォン……どうしたの? クロムは、私にハイ・アンド・ローに負けて、要件をのんだはずだわ」
言葉を返されたシフォンは黙ったまま、客間のソファーに腰を深くかける。
「某も可笑しいと思いますぞ。スペードキングダムのリーダーに近い人物がそう簡単に武力を動かす筈がありません。如何にもグレイシア様が尊敬し、崇拝していたデュアル様でしたら、ああ簡単に人々に心を許しませんから……」
「カルマもそう思っていたのですね」
「某、グレイシア様やシフォン様、某の姉上の考えている事は理解しております。シフォン様の恩人にあたるヒマリ様やハート様の事も、理解していくつもりでございます」
そう、とカルマの言葉に答えたハートはカルマに近づき、両手を握りしめた。
「どうしたのですか、ハート様? 某、何かしましたか? 何かしたならここで腹を切るつもりです!!」
「腹を切る必要なんてないわ。素晴らしい心意気だと思っただけよ」
捲し立てたカルマに対しハートは静かに首を振った。
「カルマにも守るべきものがあるのは分かるわ。でも、何故あの日、絶妙な瞬間で私達の助けに入ったのかしら?」
ハートの問いかけにカルマはビクリと反応し、唾を飲んだ。
カルマにも思い当たる節はある。スペードキングダムは、最近不穏な動きが多く、分裂した種族や地域で小競り合いや睨み合いが元々多い国であることは分かっている。グレイシアが、どんな思いでスペアニアを作り上げてきたのかも分かっている。カルマもそれを理解した上でグレイシアを支えている。まだ、それを理解していない人が多いのも確かだった。
「まあまあ、ハートお姉様もカルマも表情筋ひきつってますよ。笑顔を忘れてはいけません」
「あらっ、いけないわね。私は、みんなの為に笑顔でいないといけないのに……ちょっと神経質になっちゃったわ。ヒマリとリリィは?」
ハートは大きなベッドを見る。ヒマリとリリィはいつの間にやら、仲良くベッドで眠っていた。夜の帳が落ちてからだいぶ時間も経っている。別に可笑しな話でもない。それをシフォンは羨ましそうに見つめた。
「シフォン、どうかしたの?」
「何でもありませんよ、ハートお姉様。ただ……私とお兄様も一緒に添い寝した記憶を思い出したのです。だいぶ昔の話ですけど……カルマもまだ私たちの屋敷に来る前でしたので……」
シフォンは、座っていたソファーから立ち、窓の近くに歩みを進める。
「シフォン様、今日は少し冷えております。今日は、フェアリスト・ライブラリの方は、雪が降っておりました。いくら部屋に暖炉があったとしても、窓際まで温める事は不可能ですので……」
「カルマの言う通り少し冷えるわね。シフォン、みんなで寝る前のホットミルク飲みましょうよ」
シフォンは窓際から離れ、また座っていたソファーに腰をかけた。
「そうですね。私は、カルマのいれてくれた蜂蜜入りのホットミルク飲みたいです」
「じゃあ、私もそれをお願いするわ」
「畏まりました。某も腕を奮って用意させていただきます!!」
夜は更ける。カルマの用意してくれたホットミルクは温かく、程よい甘さがあり、大人の乙女たちの舌まで味方につけた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
目を覚ます私。私は覚ます。目を。目を開ける。視界が広がり、眩しい光が脳裏を貫く。私は気持ちよさそうに伸びをして、楽しそうに笑みを浮かべる。どうしようもない悲しみが心の底に溜まっていく。私は何も考えていないバカのような表情で廊下を時々走りながら歩く。そんな日のことです。
ドアを開けるとクマがいました。ええ、クマです。あのクマです。ベアーです。ガオーって人を食べちゃうクマです。ガオーと鳴くかは分かりませんが……。人は食べない? ……まあ、そのクマで大丈夫です。きっと。そのクマは喋れました。そのクマは私よりも早く「ぎゃぁぁぁぁ」と叫び逃げていきました。私はそのクマについていくことにしました。だって気になるでしょう。喋れて怖がりなクマですよ? 追いかけない道理はあるわけない。
気がつくと森にいました。それが私がここに来た時の話です。森では色々なことが起こりました。森に入った瞬間クマに襲われて、ルビィに出会ってクマを操って助けてくれて。それで私もキラキラーってしたギフトが欲しくなって森に行ったんだ。うん。ごめんね。黙って森の中に入っちゃった。それでね、魔女に出会ったんだ。うん。魔女。魔女はこう言ったんだ。「お前は臭くて臭くてしょうがない。この森から出ていけ」と。私もその森で魔女から色んな嫌がらせをされたからすごく帰りたくてさ。
「私だって帰りたいよ! 帰り方教えてくれたら喜んで帰ってあげる!」
って言ったんだ。でもねその魔女は許してくれなくて、知ってるはずなのに知らないっていうお前は悪人だ。悪者だ。と言って私の口からは言えない色んなことをされて、心が折れかけた。うんん。ルビィと会った時から覚えてないからそれで記憶がなくなったわけじゃないよ。でもさちょっと思うんだ。それはルビィと会う前の話なんじゃないかって。ルビィ達と出会って私はちょっとだけ帰りたくないって思っちゃった。うん。お兄ちゃんを見つけてから帰らなければならないんだけどさ、私はルビィ達が大好きだよ? だからここから離れたくないって。うん。少しだけ。だから大丈夫。魔女はこう言ったんだ。「帰りたいと願えば帰れる」
私はどうしよう。どう考えてるんだろう。わからないんだ。ここまで色んなことがあったよね。色んな人と戦ったし、逃げたりもした。今だって色んなことが起こって。まあ、私にはあまり分からないんだけどさ、うん。大丈夫。ちゃんとするよ。お兄ちゃんを見つける。お兄ちゃんを見つけて、それから、それから……。
ねぇ、ルビィ。私はどうすればいいのかな? お兄ちゃんとあって、あってそれから。元の世界に帰る? このままこの世界に残る? どうすればいいのかな? ねぇ、ルビィ……。
まあ、さっき言った話はたぶん夢。だから気にしなくていいんだけど。その夢を思い出すといつもそう思っちゃう。全てが終わってからどうすればいいんだろう、って。
うん。これは夢の話。魔女なんて、きっといない。魔女は私のことを道化といった。私は違うと思ってる。でもどうなんだろう? 自分でも分からないよ。お兄ちゃんと会って元の世界に帰る。それは私が本当に望んでいることなんだろう? それが私の道化なのかもしれない。ルビィ……うん。そうなのかもしれないね。帰るのが一番いい選択なのかもしれない。帰るのが幸せなのかもしれない。帰るのが……。帰るのが……。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「う、うんー……」
ヒマリは目を覚ました。まだ隣でリリィが眠っている。部屋の明かりも消え、暖炉の火も消えていた。部屋の温もりも無くなりつつあった。
ハートとシフォンも珍しいことに起きていなかった。カルマは、どこかに行っているみたいだった。
「朝? 何か暗いような……」
「スペードキングダムはいつもこんな感じでございます、ヒマリさん。まだ暗いけど朝ですぞ」
「ひぇっ!?」
突然の声にヒマリの体が跳ねる。振り返った先には、きちりと身を正したカルマの姿があった。
「なんだカルマかあ。脅かさないでよ~」
「申し訳ありません、ヒマリさん」
「ううん、いいの。それにしても……どうして朝なのにこんなに暗いの? この時間帯は、子供たちの元気な声が聞こえて、鳥たちの囀りが聞こえてくるのに……今日は、天気悪いの?」
別に天気が悪い訳ではない。元々、スペードキングダムも活気に溢れ、各国との交流も積極的に行っていた筈なのだ。あの日までは。
「ヒマリが言っている事は、某も憧れている事でございます。でも、スペードキングダムは『弱肉強食』の国でございます。弱き者に待っているのは『死』でございます」
「ひどい……」
布団にくるまったまま、ヒマリは言葉を失う。
「ヒマリが住んでいた所が羨ましいでございます。このスペードキングダムに『平和』なんてございません。ちょっとした口論で殺戮や内戦を生むのです、このスペードキングダムは……。一つの工芸品や発明品まで戦争の兵器の材料に使われるのでございます」
ほんの小さな工芸品や発明品が、殺戮や内戦の武器の材料に使われる事にヒマリはショックを受けた。信じられない。あり得ない。この世界とヒマリのあた世界の違いを思い知らされる。
カルマの手に持っている小さな箱もそうなんだろう。
「それは何?」
「あっ、これでございますか? これは、『ミューゼボックス』という物でございます。まだスペードキングダムが平穏だった頃に各地域の材料を使って作った工芸品でございます。蓋を開けると綺麗な音色を奏でるんですよ」
ヒマリがいた世界にも、『音を奏でる箱』は存在していた。ヒマリ自身も持っていた記憶もある。
「あたしの世界にも似た物があったよ。確か『オルゴール』って呼んでいた気がする。普通にお店とかでも買えたの」
「左様でございますか。ヒマリの世界では普通に店頭に並んでいるのでございますね。しかし、このスペードキングダムでは、この『ミューゼボックス』の一つで戦争の兵器がたくさん作れるのでございます。そして、某もグレイシア様に内密で回収に努めましたが、ギア・マテリアの連中のスピードには及ばないでございます。このままでは、この世界は戦争に陥ると思うんでございます」
ヒマリの世界でも戦争は存在していた。昔は、武力を駆使した物であったが、最近はだいぶ異なってきている。それが、どんな感じだったかは忘れたが……。今回のスペードキングダムの問題は、根本的に根深いものになっている。
「ねぇ、その『ミューゼボックス』はどこにあるの?」
「どこにあるかは某には分からないでございます。でも、スペアニアに行くまでの道中にある『オートマタ』のからくり屋敷にも一つあると言われているでございます。合計で七つある『ミューゼボックス』の回収を手伝って欲しいんでございます」
ヒマリは、カルマのお願いを静かに聞くことしか出来なかった。ハートなら何でも「いいわよ」と言える強い心を持っているのに……。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ハートたちが起きてから朝食を食べ、また最初にいた客室に戻ってきた。クロムの姿もメイドの姿もない。誰もいない屋敷は、本当に静かだった。
「可笑しいわね、どうして誰もいないのかしら? 昨日まではクロムもいたし、あのメイドもいたのに」
「やっぱり裏切られたのかもしれないですね。ハートお姉さま、やっぱり私たちが動かないといけないみたいです」
シフォンの断言にハートは立ち上がった。
「行きましょうみんな!! スペードキングダムの闇を暴く為に、少しでもこの国の代表者に会って、協力を仰がなくちゃ!!」
ハートの言葉に全員が頷く。
「シフォン、カルマ、ここから近いのは『オートマタ』よね」
「ええ」
「左様でございます」
「まずはそのオートマタに向かうわよ。すぐ準備しなさい!!」
こちらの内容は 鈴鹿歌音 さんと 葉夜和馬 さんが担当しました。
鈴鹿さんは https://novel.daysneo.com/author/clanon213/
葉夜さんは http://mypage.syosetu.com/666213/ 左記のURLで活動しています。