クロム・アーチス
王城の一室。
男が見つめる先には、窓の外に鉄色の街並みが並ぶ。だがその男の五感には、全く別の物が見えていた。
『クロム様』
唐突にクロムと呼ばれた男の脳内に、声が聞こえる。
『申し訳有りません。奴等を仕留め損ないました。奴等はこのまま王城に向かっております』
その言葉にクロムは微笑む。
「分かった」
それだけ言うと、クロムは通信を切った。
「どうやら、君達は本物の様だね」
クロムは満足げに口の端を上げる。
「でも、試練はここからだよ」
そう言うクロムは、何処か楽しんでいる様にも見えた。
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王城には容易に入ることが出来た。
王城の正門前まで乗り物で運ばれた4人は燕尾服の紳士に別れを告げると、正門の前に立つ傭兵に取り合った。傭兵達はハートとシフォンを見ると、彼らがハート・アイランドの女王と、組の要人である事に気づき、顔に免じてすんなりと通してくれた。
それからは、現れた一人のメイドに付いて行き、王城の中を進んでいる。
城の中は、荘厳美麗と言うに相応しかった。
赤い絨毯の敷き詰められた廊下を、赤レンガで積まれた壁が囲む。その壁の合間合間に立つ柱は、柱頭に豪華な装飾が施されている。そして、その赤い廊下を、ステンドグラスと、シャンデリアに反射する陽光が照らす。
すれ違う使用人の誰もが、自分たちに頭を下げる。
4人はその城の中を進んでいく。
やがて、一つのヒマリの背の丈より頭二つほど大きなニスの塗られた茶褐色の木製の扉の前で、メイドは立ち留まった。
「ここでございます」
メイドが頭を下げると、ハートはそのドアを勢いよく開いた。
扉の向こう。その窓際にあるデスクに、彼は座っていた。
「やあ、来たね」
その男は、ハートを見やると、立ち上がり、両手を広げて歓迎の姿勢を取って見せた。
「ようこそスペード・キングダムへ」
「貴方がクロム?」
「いかにも。私がクロム・アーチスです。デュアル王の側近を務める者です」
その男は、いかにも側近と言う肩書がお似合いな、丸渕メガネに、七三の黒髪という、理知的な雰囲気を醸し出していた。
「お初にお目にかかります。女王ハート様。ここまで良く障害を超えて来られました。お待ちしていましたよ」
「まるで私が来るのが分かっていたようね」
「もちろんですとも。ダイヤモンドシティから、ハートの女王が使者としてこの国に向っているという事は、風のうわさで聞いております」
なるほど。あれだけの騒動になっているのだ。当然の事だろうと、ヒマリは思った。
「それに、貴方方は、私の部下から話を伺っております」
「まさか……」
「ええ、そうです。貴方方を襲った彼等は私の使いです」
「なっ……」
これは意外だ。
つまり、このクロムという男は、私達の来訪を知り、それを退けようとしていたのだ。
それはつまり、彼が私達を否定している事になる。
「いえ、何も命を奪おうという訳では無かったのですよ。貴方方の実力、すなわち“運”を見ておきたかったのです」
だが、ハートはその事を特に気にもしなかった。
「戯言はいいわ。デュアルが消えたって話だけど」
「そうなのです。私も困っておりまして。今では私が代理で国政を取り仕切っております」
クロムは両手を挙げて見せた。
「じゃあ、これはあなたに渡せばいいのね」
そういって、ハートは徐に懐から、一枚の書状を取り出した。
「……なんですか、これは?」
「ダイヤモンドシティへの救援の願書です」
「ほほう……」
クロムは、その書状を見下し、目を細める。
「つまり、わが国の軍を動かせと」
クロムの言葉に、ハートは頷く。
「今、頼めるのは、軍事大国として名高い、この国しかいないの。今、ここであの群を止めないと、この国もどうなるかわからないわ。お願い。力を貸して」
「…………さて、どうしたものか……」
クロムは手を顎に充てて思考する。
双方無言のまま、無音の時間が過ぎる。
時間にして、わずか数分だったに違いない。だが、ヒマリにはその時間が数十分にも感じられた。それほどまでに無言の時間は緊迫していた。
どれほど考えていたのだろう。
やがて、クロムは何かを思い付いた様に、人差し指を立てた。
「一つ、条件が有ります」
「条件?」
「私と賭けをして頂きたいのです」
「賭け?」
「そうです」
クロムはデスクの横を指差した。その先にはカードの束が置かれていた。
「このカードで、あるゲームをして頂きたいのです。その結果により、貴方の依頼を聞き入れるか決めましょう」
「そのゲームとは?」
「ハイ・アンド・ロー」
すると、ハートは僅かに考えた仕草を見せた後、こう言った。
「良いわ」
「それは上等」
クロムは満足そうに微笑む。
「だけど条件があるわ」
「条件?」
「ゲームをするに当たって、少し時間が欲しいの」
「ああいいとも。いつでも待っている」
そうしてハート達が去ったところで、クロムはデスクの椅子に深く寄りかかり、満足そうに不敵な笑みを浮かべた。
「さぁ、どうやって勝つのかな?」
クロムには絶対の自信があった。彼はこのゲームで、一度たりとも負けた事は無かったのだ。
「面白い暇つぶしが出来て何よりだ。さぁ、早くゲームを始めようではないか」
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一方、王城を離れたヒマリは気が気でならなかった。
「ハート、どうしてあんな事を受けたの?」
恐らく、ハート以外の誰もがそう思っているに違いない。だがハートは答えない。
「私に考えがあるのよ」
「考え?」
「リリィの力を借りるのよ」
「リリィの?」
「ええ。あの子の贈り物。あれでゲームの一部始終を見せて貰うのよ」
成る程、と、ヒマリは思った。確かに、彼女の未来予知の力があれば、ゲームの先を読む事が出来る。
「リリィを探すわよ」
「お待ちくださいハート様!」
街道を進もうとするハートにカルマが待ったをかける。
「リリィ嬢のいる所なら、某が知っています」
「本当?」
「ええ。こちらから行くのが近道です」
そうしてカルマに案内され、3人はやがてある広場に出た。中央にある、銅像の建てられた噴水が美しい。その噴水の淵にリリィはいた。
「リリィ!」
ヒマリは、張った声で彼女を呼んだ。その声に彼女も振り向く。
「ヒマリさん!」
自分達に気付いたリリィは、相変わらずマッチを売っている様子だった。
彼女の腕には、大量のマッチの入った籠が下がっている。だが見れば、以前とは違い、マフラーやミトン、コートを身に付けている。以前の様なみすぼらしい姿はしていなかった。
「リリィ、新しい服を買ったんだね!」
「あぅ、違いますヒマリさん。これは……」
リリィは申し訳無さそうに、ヒマリの後ろを見やる。
「某があげたのですよ」
「カルマさんが?」
「この真冬日に、ワンピース一着とは、あまりにも痛々しかったもので……」
成る程。どうやら自分達の知らない所で、リリィは助けられていたらしい。
それにしても、このカルマという男、非常に義理人情に厚い男の様だ。
「それで、王都には、行かれたんですか?」
「それがね……」
ヒマリは、事の次第を説明した。
「という話なんだけど……」
「成る程。ハイ・アンド・ローですか。随分とリスクを求めて来ましたね……」
その時、ヒマリはハートにおもむろに訪ねた。
「ねぇ、ハート。その、ハイ・アンド・ローってどんなゲームなの?」
「そうね。とてもギャンブル性の高いゲームよ。相手の差し出す伏せカードを予測して、自分のカードを出すの。その相手と自分のカードの合計が、双方でより13に近い方が勝ち、というゲームね」
成る程。どこかで聞いた事のあるようなゲームだ。ヒマリは以前に大富豪というゲームを兄とした事があるが、それに近いだろうか。
「それで、リリィ」
考えていたところでハートがリリィに話を切り出す。
「貴方にそのゲームを予知して貰いたいのよ」
「はぇ!? わわわ、私がですか?」
「お願い……」
頭を下げたハートにリリィはさらに慌てふためいた。だが、目の前で披露されたハートの真摯な態度により、リリィはやがて静かになる。
「分かりました。私で良ければ」
「ありがとうリリィ!」
「ところであの……」
「どうしたのリリィ?」
尋ねられたハートに、リリィは申し訳無さそうに呟く。
「ハートさん達は、王都に行くんですよね?」
「そうよ」
「でしたら!」
リリィは僅かに頬を赤くして言った。
「私、王都に行ってみたいと思っていたんです! お願いします! 私も王都に連れて行って下さい!」
「ええ。もちろんいいわよ」
「ほほほ、本当ですか!?」
「リリィには助けて貰うわけだし、当然でしょ?」
「わあ……! ありがとうございます!」
満面の笑みでお礼を言ったリリィは胸元でガッツポーズをしてみせた。
「それに、万が一の事があるかも知れない。リリィには、その時のサポートをして欲しいの」
「万が一?」
「予知が分からなくなった時とかよ」
「分かりました。私が全力でハートさん達をサポートさせて頂きます!」
「なら決まりね。早速だけどリリィ、見せてくれる?」
もちろんです! と早速一本のマッチを取り出すリリィ。それに灯らせた炎から、テーブル越しに向かい合うハートとクロムの姿が見えた――。
こちらは 金城暁大 さんが執筆しました。
https://kakuyomu.jp/users/Ai_ren735 しばらく療養していましたが2019年から再び活動を再開するそうです! 今後の活躍にこうご期待……!