新たな同行者
「ついたー!」
列車から降りたヒマリは、駅のホームに立つなり背伸びをして見せた。長旅だったとは言え、ヒマリにはとても楽しい鉄道の旅だった。思わす、アフロ頭の音楽家の曲がBGMに流れてきそうな心境だった。
「疲れましたわね」
「全く同意です」
ハートとシフォンはと言えば、常時ヒマリのハイテンションにつき合わされていたため、列車に乗っている疲れだけでなく、倍疲れる要素があったのだ。
駅の出口には、真っ直ぐに街道が通っており、その先に、大きな城壁が見える。そのさらに向こうには、巨大な城がそびえ立っているのが見える。建物は皆、錆色の鉄で出来ており、建物のあちこちから伸びた煙突からは、白い煙が上っている。
王都というよりも、工場地帯。
ヒマリが最初に感じた感想はそうだった。
「さぁ、ここからが正念場ね」
ハートの言葉に、ヒマリの旅行気分が消える。
シフォンも気持ちを入れなおした様子で、後ろ髪を纏め直した。
はたして、スペードキングダムの王は、書状を受け入れるのか。
兎にも角にも、行ってみない事には話は始まらない
「ここからはあれに乗って行きます」
シフォンが指差した先には、レトロな自動車があった。二つのライトは丸く、車輪のカバーは、きれいなアーチを描いている。座席の上には屋根はなく、代わりに折り畳み式のホロが後部についていた。
ドアは、前方と後方が其々対になって開くようになっている。そのドアの外には、燕尾服を着、シルクハットを被った、男が構えていた。
「自動車だ! しかもかなり初期の!」
ヒマリは、またも自分の世界にあったものを見つけ、テンションが上がる。
「ヒマリちゃんの世界では、あれは自動車と言うのですね。あれは、“スチームライド”と言うのですよ」
「スチームライドか……」
訂正されたそれは、前衛的ではあるが、どう見ても自動車である。
シフォンがそれに近づき、横に構える紳士のような男に何かを話すと、男はドアを開けてくれた。
「さぁ、行くわよ」
シフォンが乗り込むのに乗じて、ヒマリとハートも、スチームライドに乗り込んだ。
「行先は王都の中心、スペードキャッスルで間違いありませんでしたか?」
「ええ。お願いいたします」
「そうですか。失礼ですが、観光かなにかで?」
すると、ハートが会話に割り込んできた。
「いいえ私たちは、王に会いに行くのよ」
その彼女に男は驚いた様子を見せた。
「貴方は! ハート様! ハートアイランドの女王様がどうしてここに……!」
「その呼び名はもう捨てたのよ。今の私は、ただのハートよ」
「え? それはどういう……」
「いいから。私たちはこの国の王に用があるのよ」
「王? と言うと、デュアル様に謁見で?」
その男はそれを聞くと、申し訳なさそうに首を振った。
「残念ですが、それは叶わないでしょう」
「何故?」
「それは……」
男は、一瞬躊躇った様子を見せると、重々しそうに答えた。
「それは、今のこの国から、スペード・キングダムの王、デュアル王が消えてしまったのです」
その台詞に、一同は思わず範唱した。
「なんですって? それは本当なの?」
「ええ、本当です。もう数か月前になりますか。なんの伝言もなく、突然この国の王、デュアルが忽然と姿を消したのです」
「理由は?」
「わかりません。市民には理由が公表されていないのです。ですが、王室の者ならば分かるでしょう。……ハート様でしたら、それを聞き出すことが出来るかもしませんが」
その話に、一同は顔を見合わせた。
何という、自分勝手な王なのだろう。民の事を放り出し、居なくなるとは。
いやしかし、誘拐されたという事かもしれない。何かの事件に巻き込まれたと考えても不思議ではない。そのことが、王室から民に公表されない理由なのかもしれない。
ともかく、確認する必要がある。
「今は、側近のクロム様が取り仕切り、何とか平穏を保っていますが……」
そこまで聞いて、ハートは男に頷いた。
「いいわ。私達を王城まで連れて行って」
ハートの真剣な目が、男を見る。その彼女の雰囲気に、男も緊迫した状況を察知したのか頷くと、乗り物を発進させた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
どれくらいスチームライドに乗っていただろう。車は、いくつもの街道を、悠々と走っていた。
この王都の情景を見ていてヒマリは気が付いたが、この国は、どこもどこか殺伐としている。
ダイヤモンドシティも、確かに活気と言うものは薄かったが、それはこの国も同じだった。
ちょうど、仕事の終りなのだろう。作業服姿の老若男女が、とぼとぼと、北風に吹かれながら、コートの襟に手を添え、帰路についている。空を見れば、工場の廃気で灰色の曇天模様となっていた。窓から入る北風が、どこか酸のような痛みを、喉と目に感じる。
「ねぇハート」
ヒマリは徐に隣に座るハートに口を開いた。
「どうしたのヒマリ?」
「なんだか、この国の人達、辛そうだね」
そのヒマリの台詞に、運転する燕尾服の紳士が答えた。
「この国の者たちは、女子供老人関係なく、皆仕事をしているのですよ」
「そんな……かわいそう。それじゃ自由なんてないじゃないですか」
「おっしゃる通りです」
男は頷いた。
「ですが、これも富国の為。この国の豊かさは、皆あのような労働者が影にいて成り立つのですよ」
その男の言う事が本当ならば、こんな酷い国は無い。国民はまるで奴隷だ。その、労働者達の後ろ姿に、ヒマリは胸が詰まる思いだった。
「おや?」
運転手の男が声を上げた。
「あのスチームライドはいったい……」
「え?」
「ほら、後ろのあのライドです」
運転手がバックミラーで確認すると、そこには一台のライドが、後続していた。
「あのスチームライド、私たちが出た所から、ぴったりつい来ているんです」
その時だった。
突然、そのライドはスピードを上げて、ヒマリ達の横に並んだ。そして、そこには銃を構えた男がいた。
「危ない!」
ハートは、唐突にヒマリの頭を押し込んだ。刹那、銃声と共に、自分たちのライドのフロントガラスが音を立てて割れた。
「きゃああああ!」
ヒマリが悲鳴を上げる。
「なんだなんだ!」
運転する男も、あわてふためき、ハンドルを切る。同時にライドは大きく蛇行する。
「敵襲です!」
シフォンが声を上げ、頭を下げる。運転手は、半ばパニックになっている。
「ひいいいい! たすたす助けて!」
すると、シフォンは向こうの車に向って、手をかざし叫んだ。
「氷の城!!」
頭上に暗雲が現れ、そこから冷気と雪が相手に振りそぐ。それと同時に、シフォンの眼前に氷壁が現れる。
敵からの銃弾が止まる。だが、それも一瞬だった。敵の一人が口から炎を吐きだしたのだ。その炎は、氷の雨と氷壁を一瞬で溶かす。
「不味い!」
そしてその炎は氷の壁を貫きシフォンに襲いかかる。
「きゃああああっ」
シフォンが熱に飲まれる、その瞬間だった。
ブォン!! という音がシフォンに触れる寸前の炎をかき消したのだ。
「何ですか!?」
シフォンはその何かが飛んできた、自分達の後ろを見る。
そこには、もう一台のスチームライドが、ヒマリ達の車を付けていた。
そして、その車に、彼はいた。
その彼をシフォンは良く知っていた。
「シフォン様には、指一本触れさせません!」
「カルマ!」
今のシフォンにとって、その彼の登場は、正に英雄的だった。その彼に気付いた敵は、攻撃の対象をカルマに移す。
ダンダンダンダン!
ブゴオオオオオオ!
――無数の銃弾と火球がカルマに迫る。だがカルマは怯むどころか、その場で構えの姿勢を取った。
そして彼の手に握られていた“それ”によって、敵の攻撃は容易くいなされる。
刹那、カルマはそれを抜き放ちながら一閃。
その剣風により、全ての攻撃はカルマの眼前で弾かれた。
刀。
それは恐らくそう呼ぶ方が正しいだろう。だがそれは普通の刀では無かった。ヒマリでもそれは見た目で分かった。
刀の鍔に当たる部分、そこには銃のトリガーの様な物が付いているのだ。
カルマは、抜き放った刀を横に構えると、そのトリガーに指を掛けた。
「今度はこっちから行くぞ」
そう言うな否や、カルマは刀を一閃、同時にトリガーを引く。するとその軌道が一つの形として敵に飛んで行った。
「なっ!」
敵が回避しようとするも、間に合わない。その斬撃の衝撃波に男達の車は一刀両断された。敵の車がばらけながら後部に流れる。
やがて、敵は道の彼方に、姿を消した。
「一件落着!」
そう言うとカルマは刀を鞘に収めた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「カルマ! どうしてここに!」
車から降りたシフォンは、真っ先に、後から来た謎の男――カルマの元に行った。どうやら敵では無いらしいと分かったヒマリは胸を撫で下ろした。
「実は某、お嬢様を影から守る様、旦那様に仰せつかったのですよ」
「グレイシアお兄様が?」
「左様でございます」
「どうしてそんな事……私はお兄様を、スペアニアを裏切ったのに……」
そのシフォンの疑問に、カルマはややはにかんだ。
「その辺が、“お兄様”ですなぁ」
「どう言う意味よ?」
「いえ。別に……」
はぐらかすカルマにシフォンの疑問は募る。
「ねぇ、シフォン。この人誰?」
ヒマリは我慢出来ずにシフォンに尋ねた。
「この男は、お兄様の側近なんです」
「側近!? じゃあ、かなり偉い人なんじゃ」
「まぁ、そんな所ね」
ヒマリは、その丁寧で清楚な男に、そんな極悪非道な組織の重鎮であるとは少しも連想出来なかった。
そういう立場の人は、サングラスを掛けてスキンヘッドだったり、葉巻煙草を吸っていたり、もっといかつい顔をしていたりするのではと思った。しかしそのイメージはこの男から全く湧かない。差し詰め、紳士と武士を掛け合わせた様な男だ。
「という訳でこれからは某も、動向致します」
「え?」
ヒマリの声に、ハートとシフォンは嘆息する。
「まぁ、そうなるわね」
「確かに、女だけでは、心伴いと思っていた所ですね」
こうして、スペアニアの右腕、カルマが一行に加わった。
こちらは 金城暁大 さんが執筆しました。
https://kakuyomu.jp/users/Ai_ren735 しばらく療養していましたが2019年から再び活動を再開するそうです! 今後の活躍にこうご期待……!