組の影
ヒマリ達一向は翌朝、リリィに別れを告げると、宿から出、王都に向って歩き出した。
三人は、シフォンの案内で、とある建物にいた。
巨大なアーチの屋根。その屋根は、一面ガラスでできており、外の陽光を屋内に取り込んでいる。その中には、無数に並んだ“それ”があった。
「ほえ~……」
ヒマリは、目の前に並んだそれに目を見張る。
黒い、重厚な車体。
“それ”は、穏やかに白い蒸気を吹き出しながら、ヒマリ達のいるホーム沿いの線路に並んでいる。その鉄の塊は、木目の浮いた、茶色の車体に、金の装飾のついた、無数の客車を引いていた。
それは、ヒマリもよく知っている物だ。
蒸気機関車。
ヒマリの世界では、そう呼ばれている物だった。
「どうしたの、ヒマリ?」
ハートが、蒸気機関車に感嘆するヒマリに声を掛けた。
「いや。蒸気機関車なんて、珍しいから……」
その通り。
ヒマリの元々いた世界では、蒸気機関車は、既に旧世代のものだという認識が主だった。
「蒸気機関車?」
そのヒマリの口から発せられた単語に、ハートとシフォンは首を傾げる。
「ヒマリちゃん。これは、スチームリードと言うものです」
「スチームリード……蒸気機関車じゃないんだ……」
「その、“じょうききかんしゃ”って何なのです?」
「いや。私の元いた世界では、そう呼ぶの」
すると、ハートが興味深げに聞いてきた。
「へぇ……ヒマリの世界にも、スチームリードはあるのね」
「うん。そうなんだよ。でも、こんなにたくさんのものは見たことが無いなぁ」
きっと鉄道オタクは、涎が出るほど喜ばしい光景に違いないと、ヒマリは思った。
聞けば、このスチームリードは、この国、スペードキングダムが発明したものなのだそうだ。
シフォンが言うには、こういう機械的な物は、この国にはたくさんあるという。 そういう意味では、このスチームリードは、この軍事大国の技術の象徴なのだろう。この国は、そういった工業技術の生産物を他国に輸出している事で栄えているという。
「さぁ、乗りましょう。私たちが乗るのはあのリードです」
シフォンが指差した先には、車体が赤く塗られたスチームリードがあった。
シフォンの話では、ここから王都までは、このリードに乗って行かなければならないらしい。
「ねぇ、シフォン。ここから王都まではどのくらい掛かるの?」
「そうね。この列車に乗って3時間と言うところですかね」
「3時間……!」
ヒマリはその時間から、ここから王都までの距離の長さを実感した。
そんなヒマリを横に、一行はリードに乗り込む。
客車は、個室の物と、そうでない開放的なものの2種類があった。
今回はハートの顔に免じて、個室の客車に乗ることができた。
客車に乗ると、ヒマリの興奮のボルテージは上がった。
赤い絨毯の廊下。金色のランプ。紅色の椅子のクッションは、綿のように柔らかい。
「すっごい! ふわふわだよ!」
「ヒマリ。少し落ち着きなさい」
ハートの咎め立てを横目に、ヒマリは椅子の上で腰を何度も浮かせる。
「だって、蒸気機関車に乗るなんて初めてだもん!」
「だから、スチームリードだってば……」
程なくして、列車の先頭から、「ピー」と言う気笛が高らかに聞こえた。
そして、列車はゆっくりと走り出す。
「動いた! ヤッホー! しゅっぱーつしんこー!」
「だから、落ち着きなさいヒマリ!」
ハートはやれやれといった様子で、ヒマリに吐息する。
ヒマリ達一行の、鉄道の旅が始まった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
北風の吹く商店街の街道を、男は一人歩いていた。
もう冬の半ばと言うのに、この商店街は活気に溢れている。
それは、何処か人の温かみにも似た空気を持っていた。
どこも、祭りのようににぎやかだ。人に溢れたそこは、心なしか、どこか落ち着く。
そう思う男の手には、買い物袋を下げている。
「ランプの油、果物……あとはマッチか」
そう手元のメモ帳を確認すると、カルマは街道を進んだ。だが、彼の意識は、もう一つ別なところにも向いていた。
「しかし、旦那様の勘は当たっていたな。やはり、うちの組の者が少ない」
カルマの主人であるグレイシアは、スペアニアという組を作っている。
そのスペアニアは、この国では商社としての側面もある。
だが、そのような組は別にもある。中でも特に強い勢力の組が、ギア・マテリアル、ビースト・ギルド、フェアリスト・ライブラリの3組だ。
この3組も、スペアニアと同様に、商社を営んでいる。
ギア・マテリアルは、工業で栄えた組だ。
軍事大国である、このスペード・キングダムでは、工業は主力産業である。そのため、ギア・マテリアルの勢力も強い。この国の殆どの工業は、このギア・マテリアルによるところが大きい。
次に、ビースト・ギルド。この組は主に、獣人によって構成された組だ。主に、仕事の派遣等の、人材派遣的なことを主としている。
軍事大国であるこの国は、兵士の確保も重要な要素だ。身体能力の高い者が多い獣人は、この国では主要な兵力として重宝されていた。その為、この組も主要な組として強い影響力を持っていた。
3つめの組が、フェアリスト・ライブラリだ。この組は、主に行政を行う組だ。主に、エルフなどの、知力が高い者が主の組で、外交や、国政、教育などの、国と直接関わる行政を主な生業としてる。その仕事の殆どが、国から委託されたものだ。
軍事を行う上で、外交は必須の条件だ。それは国防に大きく関わってくる。そういう意味で、この組も、大きな組織として、多大な影響力を持っていた。
しかし、それはあくまで表の顔。この3組は、裏では暴力や賄賂によって人々を圧制し、多額の税を設け、荒稼ぎしている組織だ。
スペアニアは、まだできて間もない組であり、影響力も少ない。
それは、こうして商店街を歩いていると、その商店の掲げる旗の数によって、商社――すなわち組の勢力のバランスうかがい知ることができる。
ここまで、街路に連なる何十という商店を伺ってきたが、スペアニアの旗は、本当に数えるほどしかない。
「これは、本当にまずいかもしれないですな……。我が組の存続に関わる事態かもしれぬな……」
カルマの中で、焦燥感が沸き立つ。
早く、主に報告しなくては。早めに買い物を終わらせようと、カルマが街路を曲った時だった。
「マッチ~。マッチはいりませんか~」
唐突に、街路の向こうから声が聞こえてきた。
それはとてもか細く、虚弱な声だ。
カルマが行ってみると、一人の少女が、マッチを売り歩いていた。
手に下げる籠には、マッチが大量に入っている。
これはちょうどよかった。
カルマは、その少女の元に近づいた。
「お嬢ちゃん。一つくれるかい?」
声を掛けられた少女は、肩を跳ねあがらせた。
「ははは、はい! どうぞ!」
少女は驚きながらも、その小さな手でカルマにマッチを渡した。
「ありがとう」
だが、そのマッチの箱を見て、カルマはあることに気が付いた。
「ん? これは……」
マッチ箱に書かれてある、雪の結晶を象った紋章。その紋章には見覚えがあった。
「これは、スペアニアの紋章じゃないか!」
そう。その紋章は、カルマが属する、スペアニアの紋章だった。
「お嬢ちゃん。あんた、スペアニアの人間なのか?」
そのカルマの問いに、少女はおどおどと答えた。
「え……あ、はい! そうです!」
その少女に、カルマは心痛な思いを抱いた。
この真冬だというのに、着ている物は薄いワンピースだけ。手袋もせず、足はと言えば、靴はおろか、素足だった。見れば、両手両足はあかぎれ、ところどころが赤く滲んでいる。
見るも痛々しいその姿に、カルマは放ってて置く事は出来なかった。
「ついて来なさい」
カルマは、突然少女の手を引くと、商店街に連れ出した。
「え!? ……あ、あの。困ります! 今仕事中で……!」
「いいから!」
困惑する少女を後ろに、カルマはずかずかと商店街の人ごみの中に入って行った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
カルマと少女は、とある喫茶店の中にいた。
店には多くの人であふれ、皆思い思いの会話をしながら、スイーツとお茶を楽しんでいる。
その一席に、二人はお茶を前に座っていた。少女の横には、いくつかの買い物袋が置いてある。
「あの、いいんですか? こんなにしてもらって……」
おずおずと尋ねる少女に、カルマは笑顔で答えた。
「構わないよ」
「でも、このマフラーも、ミトンも、コートだって、とても普通の人には買えないものじゃないですか。それをタダでなんて……」
「だからいいんだよ。遠慮しないで。それに……」
カルマはため息を吐いた。
「某も、お嬢ちゃんと同じ、スペアニアの人間だからね」
「え!?」
その言葉に少女は驚きを隠せない様だった。しかし、直ぐにその表情には畏怖が浮かぶ。
「……ス、スペアニアの……。も、もしかして、えええ、偉い方だったりするのですか?」
その質問に、カルマは頷く。
「まぁ、そういことになるな。これでも、某はグレイシア様の側近なのだよ」
その言葉に、少女は焦りを露わにした。
「ととと、とんでもございません! こんなに高価なものを沢山買ってくれるなんて! 私は、これを払える事は、これっぽっちも出来ません!」
「だからいいんだよ。それよりも……」
カルマは、微笑みながら少女に問いた。
「どうして、うちの組のマッチ売りなんか?」
その質問に、少女は恥ずかしがるように答えた。
「そ、それは……実は、うちの父が、スペアニアに“ツケ” がありまして……。私が、そのツケを払うためにああしてマッチを売っているのです。
だから、手袋も、マフラーも、コートだって買えないのです。私の家族は、明日のパンを買うだけで精一杯なのです……」
「なるほど……」
カルマは、その少女の話に悲痛な思いを抱いた。
この手の話は、よく耳にする。
グレイシアは、こういう極貧の者を取り込んでは、多額の融資を募り、そのツケを与え、それを払わせるべく、組の仕事をさせるという、彼の常套手段だ。
カルマも、そのやり方には以前から疑問を持っていた。同じ組織の人間として、このグレイシアのやり方は、何とかしたいと思っていたのだ。
「あの……」
少女が、そろそろと手を挙げる。
「なんだい?」
「そろそろ仕事に戻らないと」
「仕事に?」
「はい。もし、夜までにマッチをすべて売らないと、父が怒るんです」
「お父さんが?」
「はい……」
そういう彼女は、どこか焦っていた。
そして、このときカルマはある事に気が付いた。
見れば、彼女の肌にあちこちに痣がある。それは、何かで殴られたような跡だった。
恐らく、その父親とやらが、少女に暴行を加えているのだろう。
「お嬢ちゃん。もしかして、その痣はお父さんに……?」
その質問に、少女は、唇を噛み絞めながら答えた。
「はい。そうです……」
この時に、カルマの腹は決まった。
「よし! いいだろう!」
「え?」
「お嬢ちゃん。名前は?」
「は、はい……。リリィと……言います」
「リリィ。某が、お嬢ちゃんを助けてあげよう!」
こちらは 金城暁大 さんが執筆しました。
https://kakuyomu.jp/users/Ai_ren735 しばらく療養していましたが2019年から再び活動を再開するそうです! 今後の活躍にこうご期待……!