幻影の炎《ファントム・ファイア》
「一つみんなに聞いていいかな?」
唐突に、ヒマリが尋ねる。
「今の、リリィちゃんの浄化の力。その力もそうだけど、そういう力って、この世界の人はみんな普通に使えるの? ハート、シフォンも、魔法みたいなものを使ってたけど……」
すると、その質問にハートが答えた。
「魔法、とは少し違うわね。似て非なる存在とでも言うのかしら?」
「違うの?」
「そうね。私たちのこの力は、贈り物と言って、魔法とは少し違うのよ。
魔法というのは、基本的に、もう一つの世界……異世界で使われる力を言うのよ。“魔法”は、学習と、必要最低限の魔素があれば、誰でも使えるわ。“魔素”というのは、人間が生きていくうえで、必須の物質なのよ。生命力とでもいうのかしら?
けど、贈り物は違う。この世界において、贈り物は、その所有者のみにしか扱えないのよ。つまり、誰でも使える力ではないの。でも、この世界の住人は、まず間違いなく万人が“贈り物”を使えるわ。まぁ、魔法よりも、“贈り物”の方が上位に当たるのかもしれないわね」
「ほえ~。なんだか凄い力なんだね」
話を聞くヒマリは目を輝かせていた。
「じゃあ、今のリリィちゃんの浄化の力も、“贈り物”なの?」
すると、リリィは首を横に振った。
「いいえ。今のは魔法です。贈り物ではありません。この世界でも、魔法は使えないことはないんですが、あまり一般的ではありませんね。それと言うのも、魔法は基本的に、異世界の人間の使うものだという認識があるので、この世界の人間たちは、好まないのです。ですから、私も、浄化するところは、あまり人に見せませんね。浄化の仕事をするときは、基本的に、自宅で誰もいない時を狙って仕事しています」
そのリリィの話に、よほど異世界の人間は、この世界の住人に嫌われているのだなと、ヒマリは心中で思った。
「そうなんだ。でも、じゃあどうしてリリィちゃんは魔法が使えるの?」
「これは、おばあちゃんが教えてくれていたものです。私のおばあちゃんは、まだ、異世界とこの世界が良好な関係を気づいていた時に、覚えたと言っていました。そのおばあちゃんから、私も習ったのです」
その話に、ヒマリは首を傾げる。
「じゃあ、リリィちゃんの“贈り物”はなんなの?」
「あう……それは……」
リリィはチラリと横に座るシフォンを見やる。
「大丈夫よリリィ。この人たちは信頼していいわ」
その言葉に、リリィは安心したように頷く。
「私の“贈り物”は、これです」
そう言うと、リリィは懐から、マッチ箱を取り出すと、その一本を擦り、火を着けて見せた。
するとどうだろう。そのマッチの先端の炎から、照らされるように、一つの映像が浮かび上がった。
それは、雪がはらはらと降りしきる中、一人、街路で弱弱しい声を上げながら、マッチを売り歩くリリィが映し出されていた。
程なくして、マッチの火が消える。
すると、その映像も、ほんの数十秒で煙のように消えた。
「これが私のギフト、“幻影の炎”です」
「“幻影の炎”?」
ヒマリの問いに、リリィは答える。
「はい。私のこの能力は、マッチに火が灯っている間だけ、好きな未来を見ることができるのです」
「と言うことは……さっきのは……」
「はい、私の未来です」
その話を聞いたヒマリは。目を輝かせた。
「すごいすごい! じゃあ、私の事も見れるの?」
「はい。知っている人であれば、誰でも……」
「本当! じゃあ、私の事も見て欲し――」
しかし、歓喜するヒマリを、ハートが抑止した。
「それならば、一つお願いがあるの」
「はう! お願い……ですか?」
リリィは、前のめりになるハートに、若干怯えながらも聞き返した。
「ダイヤシティの、未来を見せて」
「ダイヤシティの……ですか?」
「そう」
その時、ヒマリは思い出した。
そうだった。私たちは、そのダイヤシティを救うために、はるばるこの国にやってきたのだ。そのハートの願いは必然だった。
今、ダイヤシティが、敵の手によって崩壊すれば、あの基本世界の者たちは、たちまちこの世界を滅ぼすだろう。端からそれが目的のはずだ。そうすれば、ハートの母国のハートアイランドも無事ではないだろう。
「今、ダイヤシティは窮地に立たされているわ。お願い。ダイヤシティの未来を見せて」
その真剣なハートに、リリィは怯えながらも、了承した。
「わ、わかりました。でも、全ては見せられないですよ?」
「かまわないわ。少しでも手がかりが欲しいのよ」
リリィは頷くと、マッチを一本擦った。
シュッ! という音とともに、マッチの先に炎が灯る。
そして、それに照らされるように、映像が現れた。
その映像には、一人の少女が映し出されていた。だが、その顔は靄のようにけむり、うかがい知ることはできない。
そして、その少女が、大勢の人間の前に立っている。
すると、その少女は、体から黒い気を放ち始めた。
その気は、瞬く間に巨大化し、やがて一つの巨人となった。
そして、その巨人が両手を目の前に翳すと、そこから強烈な紫炎、否、闇の光線を放った。
その一撃は重く、禍々しく、たちまち敵を蹴散らした。
一撃を放った後、黒の巨人は煙のように消え、少女は、力なく倒れた。
映像はそこで終わっていた。
「今のはいったい」
「間違いなく、ダイヤシティの未来です」
リリィは申し訳なさそうに言う。
「あの女の子は?」
ヒマリの頭の中に疑問がわく。
右隣を見ると、ハートも同じようだった
「もしかして、ヒマリ?」
「ううん。ハートかもしれないでしょ?」
「あるいはクイーンかも」
疑問は尽きない。
困惑する4人は、しばし黙ったままだった。
「そうだ。ヒマリも見てもらいなさいよ」
ハートが最初に開口した。
「え」
「あなたの事、気になるの。凄く」
「そうなの?」
「そうよ。それに自分の事だもの。知っておくべきよ」
そのハートのあまりの強気な推奨に、ヒマリは圧倒さかけたが、たしかにヒマリも自分の未来については気になっていた。
「わかったよ」
そのヒマリの容認を確認すると、リリィは再び、マッチを擦った。
か細い炎が、穏やかに燃える。
そして、その炎に照らされ、映像が映る。
ヒマリはそこに映し出されていた人物を見て、仰天した。
自分より少し背の高い少年。
七三に分けられた黒い髪は、彼の利発な雰囲気を醸し出している。
そして、その端正な顔立ちには、見覚えがあった。
「お兄ちゃん!」
見間違える筈が無い。
夢にまで見た、兄の姿だ。
そして、その傍らには自分がいた。
間違いない。
ヒマリは確信した。
兄は生きている。
これは、私たちの兄弟の未来だ。
そうして、もしこれが真実ならば……
会える。
生き別れになった兄と。
それだけで、ヒマリには十分だった。
思わず、ヒマリは泣いていた。
映像の兄に向って、何度も兄の名を呼ぶ。
だが、どこか様子がおかしい。
兄弟二人は手を結んでいるものの、その表情は険しい。
それは、まるで何かと対峙しているようだった。
そして、その視線の先。
そこには、自分たちよりも二回りも幼い、少年の姿があった。
白い髪は腰ほどまで伸び、とても幻想的な雰囲気だ。
そして、その幼い顔に、不敵な笑みを浮かべている。
映像はそこまでだった。
マッチの火が消え、元の部屋に戻る。
「今のは……いったい……」
ヒマリの困惑に、ほかの3人も頷く。
「お兄ちゃんと会えるのはわかったけど……」
その場の誰もが同じ意見だった。
あの白髪の少年は、いったい。
また、新たな謎が生まれた。
すると、ハートが開口した。
「もしかすると……」
「え?」
ヒマリに、ハートは頷く。
「あの少年は……“神”」
その突拍子もない発言に、一同は目を丸くした。
「神様?」
「そうよヒマリ。あれは恐らく神だわ。前に本で見たことがあるの。たぶん間違いないと思うわ」
「じゃあ、あの場所は、天国?」
ハートは首を振った。
「それはわからないわ。現世に降りてくる事だってあるかも知れないでしょ?」
「そうだけど……」
するとシフォンもハートに便乗した。
「ともかく。ヒマリちゃんとお兄ちゃんは会える。そして、あの少年と対峙する。そういう事で間違いないのね? リリィ?」
突然声を掛けられ、リリィは肩を跳ねさせた。
「は……はい! まちがいナイでしゅ!」
その時、頭上の時計が、時刻を知らせる金を鳴らした。
同時に、時計の中から、銅造りの鳩が飛び出、羽をはばたかせる。
「あら。もうこんな時間」
時刻は既に夜を迎えていた。
「とにかく。私たちの未来は分かったわ。……ぼんやりだけど」
ダイヤシティ、そしてヒマリの未来が分かったハートの目は、使命感に燃えていた。
それはヒマリも同じだった。
「その未来を良きものにするためにも、絶対に、この国、スペードキングダムの王に書状を渡すのよ」
「そうだね、ハート」
未来に希望がある。それだけで、今の二人には十分だった。
「なるほど。二人はそんな目的があったのですね」
頷くシフォン。
シフォンにも、ようやくこの二人がなぜこの国に来たのか分かった。
改めて、結束を固めた一行。
明日には、この国の王都へ赴かなければならない。
そんな一行に、夜の帳は、静かに降りた。
こちらは 金城暁大 さんが執筆しました。
https://kakuyomu.jp/users/Ai_ren735 しばらく療養していましたが2019年から再び活動を再開するそうです! 今後の活躍にこうご期待……!