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ファンタジック・アイロニー[現在停滞中]  作者: なぎコミュニティー
第三部・ヒマリside
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二律背反




 時刻は、日も落ちかけた夕刻。

 ヒマリ、ハート、シフォン、リリィの4人は、宿屋の一室にいた。


 4人が座るのは、部屋にあらかじめ置いてあった、2対の深い紺のソファ。そのソファに2人ずつ、ガラス造りのテーブルを挟んで座る。

 ヒマリの右にハート。その向かい側に、シフォン。その彼女から向かって左側にリリィがいた。


 ヒマリの世界にもあった、鉄筋コンクリート造りの建物。無機質なモルタルの壁には、何を表しているのか知らない、赤青緑色の原色で塗られた一枚の絵が飾られている。その上には、ブリキ造りの大時計が、秒毎に小さな機械音を立てながら、静かに時を刻んでいる。


「紹介するわ。彼女が以前に話した()、リリィよ」


 そのシフォンの紹介に、リリィが3人に頭を下げる。




「初めまして……、リリィと言います」


 そう名乗る彼女は、どこかおどおどとした口調で口を開いた。


「先程は助けていただきありがとうございました」

「いいのよ。困ったときはお互い様よ」


 ハートはそう言い、リリィにやさしく微笑んだ。




「私はハート。ハートアイランドの王女……だったものよ」

「はい……何かの写真で伺ったことはあります。……それで、お隣の方は……?」

「私はヒマリ。ハートの付き人よ」


 その言葉にリリィは首を傾げた。


「付き人? いつもの妹さんはどうなさったのですか?」


 すると、ハートは極まりが悪そうにはにかんだ。


「いえ、すこし諸事情があったのよ」

「そうですか……」


 何かを察したのか、それきり、リリィはハートを追求しなかった。




「それで、シフォン様。この二人とはどんな関係で?」


 リリィの質問に、シフォンは極まりが悪そうな顔をした。


「いえ。少しお兄様と兄弟げんかをしましてね。この方々とはその時に仲間になったのですよ」

「兄弟喧嘩ですか……」


 リリィは飲み込むように、しかし、どこか腑に落ちないように頷いた。




「それで。私になんの用です?」


 リリィが首を傾げる。


「あなたの事をこの二人に話したのよ。魔具(アイテム)の浄化ができるって」


 シフォンの言葉に、リリィが納得したように頷く。


「お客様でしたか」

「まあ、そんなところね」

「え! お金取るんですか!?」


 シフォンの言葉を聞いて焦るヒマリに、ハートが首を傾げる。


「お金? ヒマリ、お金って何ですの?」


 その言葉にヒマリは目を見開いた。


「えっ!? お金を知らない?」


 すると、シフォンとリリィもなんだそれはと言わんばかりにヒマリを見た。


「もしかして、この世界にはお金が無いの?」


 狼狽するヒマリに、ハートが問い詰める。


「ヒマリ、お金とは?」

「う~ん。なんて言ったらいいのかな? 物を買う時に必要なもの? あと、商売をするときに必ず必要なものかな?」

「なるほど。残念ですが、ここにはそのお金はありません。お金が無くとも、商売はできています」

「え、じゃあどうやって商売をしているの?」


 ヒマリはそれを聞いて唖然とした。

 その質問にハートは最初目を丸くした。




「あなた、そんなことも知らないの?」

「だって私、もともとここの世界の人間じゃないもの」


 その言葉に、一同驚いたようにヒマリを見やる。


「あら、あなたフォレスト・クラブの人間じゃなかったの? チェシャと一緒に来たようだから、てっきりそちらの人間かと……」

「私も、てっきりヒマリちゃんはハートアイランドの人間かと」


 シフォンも頷く。




「じゃあ、ヒマリはどこから来たのよ?」


 ハートの言葉に、ヒマリは回答に困る様子を見せた。


「うーん、なんて言ったらいいのかなぁ。現世? あ、でもここの人たちにしてみれば、ここが現世なのか。異世界っていうのかな? とにかく、こことは違う、もう一つの世界から来たの。そこでは、ここみたいに魔法が使えたり、木や猫が喋ったりすることはないの。なんていうか、“普通”な世界なのよ」


 そう言いながら、ヒマリは、この世界の人々にとっては、この世界が“普通”なのだと、思い直した。


「とにかく、私はこの世界の人間ではないの」




 その言葉に、ハートが探るような目でヒマリに聞いてきた。


「もしかして、あなた異世界の人間なの?」


 その言葉に、ヒマリはハートの過去を思い出す。


 そうだ。彼女にとっては、異世界は憎悪の対象でしかない。

 愛する人――ジョーカーを殺した、敵として。




 ハートの言葉に、ヒマリは返答に困る。

 だが、自分の世界で、ジョーカーの悲劇の様な話は聞いた事が無い。

 ヒマリは、憶測から首を振った。


「ううん。多分私は、もっと遠い所。ハートも知らない場所から来たんだと思う」

「思う? 自分の事なのに分からないの?」

「うん。どうやって説明したらいいか……」


 その時、ヒマリの頭に疑問が浮かんだ。



 そうだ。そのジョーカーやこの世界の事は、何となくでしか知らない。



「ねぇ、ハート。ジョーカーってどんな人だったの?」

「そうね。貴方には詳しく話していなかったわね」


 そう言うと、ハートはヒマリに向き直った。


「いいこと、ヒマリ?ジョーカーの話は、世界の過去と深く関わっているわ。

 まず、私たちがいるこの世界は、メルフェールという世界。この世界はかつて一つの世界として統治されていたわ。ジョーカーという存在によってね」

「そうなんだ……」

「ある日、世界の果てに、ある門が開かれたの。異世界と呼ばれる世界に通じる門がね。

 ジョーカーは、この世界の代表として、異世界の要人達と話し合い、和平を結んだの。その象徴として、異世界とこの世界をつなぐ、架け橋が作られたの。和平の象徴としてね」

「ああ、前に一度聞いたことがあるような……」


 ヒマリは自分の記憶を探る。


「そう。けど、ある日、ジョーカーは異世界の人間によって殺された。それを発端に戦争が起きたのよ。それにより、橋は壊され、今ではこの世界と異世界は断絶しているのよ。以来、この世界の人間にとって、異世界の存在は、忌み嫌われるものになったのよ」




 ハートの説明に、ヒマリは悲愴を露わにした。


「悲しいお話だね」


 その言葉にハートも頷く。


「でも、その橋を壊したおかげで、この世界に平和が訪れた。それは間違いなく真実よ」

「人が人を避けるなんて……」


 ヒマリは俯きながら言った。


「そんなことで訪れる平和って、本当に平和っていうのかな?」


 そのヒマリの言葉に、その場の誰もが、鎮痛を顔に露わにした。


「とにかく、この世界にはそういう過去があるの」


 ハートの説明に、ヒマリは改めて、この世界の、それも非常に深い闇を見た気がした。




「でも私は、異世界の人間でも無いの。だって私のいた世界では、そんな話聞いたこともないもの」

「そう。やっぱりヒマリは面白いのね」

「え? どうして?」

「ふふふ、何でもないわ」


 頭を傾げるヒマリに、ハートは柔らかに微笑んだ。




「で、さっきの質問の答えよ。この世界では商売をするとき、物、あるいは奉仕(サービス)や、人と交換しているのですよ」




 ヒマリは仰天した。



 何だこの世界は。こんなに文明が発展しているのに、商業の基本的な部分が原始時代レベルだ。



 そういえば、ダイヤシティにいたとき、人身売買が横行していると聞いたことがある。

 なるほど。お金が無いと、この様な非道な世界になるのだろう。

 ヒマリ達は、これまで全くお金を使わずにやってきた。この宿も、ハートの面識で入れてもらえたのだ。お金は一銭もかかっていない。


 どうりでと言う訳だ。

 ヒマリは、改めてお金の偉大さを実感した。




「じゃあ、どうやってリリィちゃんに浄化を行ってもらうの?」




 その通りなのだ。

 対価となるのはお金ではない。

 なら、自分たちは何を対価にすればよいのだろう。


 すると、リリィが遠慮気味に口を開いた。




「そ、その対価ですけど」

「うん」

「無償で構いません」


 その言葉に、ヒマリとハートは目を丸くした。


「本当?」


 問うヒマリに、リリィは頷く。


「はい。シフォン様のお連れ様なら、構いません」

「ありがとうリリィちゃん!」


 ヒマリは歓喜し、リリィの手を握った。




「それで。いったい、浄化はできるのかしら?」


 ハートがリリィに投げかける。そのハートに、おずおずとリリィは答える。


「え~と、現物の汚染具合によります。浄化する魔具はどちらですか?」

「ヒマリ」

「あっはい! これです」


 ハートに促されたヒマリは懐からサファイヤのブローチをテーブルの上に置いた。

 以前はコバルトブルーだった宝石は、いつの間にか、深い藍色のようなくすんだ色になっていた。




「なるほど……これは相当汚れてしましましたね。たぶんあと数日使っていれば、完全に効力を失うでしょう」

「浄化できるんですか?」

「はい。問題ありません。確かに汚れてはいますが、これくらいならば、なんとか元に戻せます」


 そう言うと、リリィはそのブローチを両手で包むように手に取った。


 そして、その両手の中に、息を吹きかけるように、言葉を紡いだ。




Our Lord.(我が主よ。)


 Dirty,(穢れ、) tired of(疲れし) my child(我が子に)


 Before(あるべき) reviving m(力をよみがえ)y strengt(らせたまえ)h.」




 リリィがそう唱えると、彼女の両手が淡い青の光を放った。


 そして数秒後、発光が収まると、リリィはブローチをヒマリに返した。


「はいどうぞ。もう大丈夫ですよ」




 見ると、そのブローチは、先程とは違い、鮮やかなセルリアンブルーの色を取り戻していた。




「すごい! きれいになってる!」

「これで、本来の魔力は戻った筈です」


 喜ぶヒマリに、リリィは微笑みで返す。




「ありがとう。リリィちゃん!」

「あああ、いえ……べ、別に大したことでは……ないです。それに、先程助けてくれたお礼の意味も兼ねて、無償でいいです」


 二人の謝意に、リリィは顔を赤く染めた。




こちらは 金城暁大 さんが執筆しました。

https://kakuyomu.jp/users/Ai_ren735 しばらく療養していましたが2019年から再び活動を再開するそうです! 今後の活躍にこうご期待……!

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