兄妹症候群
ほぼ同時刻。スペアニアのとある豪華な部屋。目付きが鋭い青年がベッドに腰をかけ、古い手紙を読んでいる。その近くでは召使いの少年が花瓶の花を交換している。目付きの鋭い青年は手紙を丁寧に折り直すと大きなため息をこぼした。
「どうかされましたか、グレイシア殿。某何か気に障る事でもしたのでござるか?! それならすぐにでも謝罪を……」
「いや、そうではない。それよりカルマ、俺は殿様ではないんだ。お前の雇い主ではあるが……。せめて普通に様付けで呼んでくれ」
そうして青年――グレイシアは、カルマから顔をそらした。
カルマは、何かと古い考えを持った少年だ。時々、失敗したときに目の前で、自らのシャツを破り、刀で腹を切ろうとした時は、さすがのグレイシアも度肝を抜かれたものか……。
「色々申し訳ありませぬ、グレイシア様。最近、傷の具合は如何でございますか? 良い医師に見てもらっておりますが……」
「まだあの時の傷口は癒えてないな。相当疲弊状態でここに連れて帰られたし。よく殺されずに帰ってこられた、とも思ってる」
グレイシアは、あの日戦った少女の事を忘れる事はない。勿論、妹のシフォンを殺そうとした事も。事後、思い返してしまえば、グレイシアは後悔の念を覚えていた。
「もしかして、グレイシア様はシフォン様に嫌われて落ち込んでいるのでございますか?」
「お前、図星な事ばかり言いやがって……骨の髄まで凍らせるぞ、カルマ」
「グレイシア様、言っていることと態度が可笑しいでございます……。新手のシスター・コンプレックスかツンデレでございますか?」
ニッコリと微笑んでくるカルマにグレイシアは、一瞬殺意を覚えたが、何とか心の奥に押し込める。
「それより最近、他の勢力の進捗が可笑しいではないか? 何か裏で進められているような気がする」
「例えば、どの辺りでございますか?」
「昔から好戦的だったギア・マテリアルは、最近全く動きが掴めない。そろそろこちらも戦力を整えるべきだと思う。獣人やフェアリスト・ライブラリも何を考えているかよく分からない。多分俺らは、新規新鋭の勢力だし、よく思われていないのかもしれない」
あの日からグレイシアの心の靄は晴れない。落ち込みが激しく、何も冷静に考えるのも億劫になっていた。カルマは何時も接しているが、他の家臣とは接したくなかった。
「グレイシア様、早く元気になることが、某の願いでございます。今はゆっくり休まれた方が宜よろしいかと思います」
カルマに寝るように施されたグレイシアは、不機嫌そうにベッドに横たわる。
「もうすぐ俺が殺し損ねたシフォンたちがスペードキングダムに到着するだろう。それかもう到着している頃だ」
「某、楽しみでございます」
グレイシアは、カルマに怪訝な表情を浮かべた後、目を閉じた。そして、呟いた。
「嫌な予感がする。カルマ、すぐに動ける範囲で動き始めてくれ。俺が病床についている事を悟られないように、他の勢力の動きを見てくれ」
「グレイシア様の忠義、このカルマ、承りましたでございます!!」
「あぁ、本当にお前うるさい」
「それは某にとったら誉め言葉でございますよ、グレイシア様」
グレイシアは、再びカルマにお願いをする。
「とにかく、お前はうるさいけど、有能な奴だということは分かっている。今から俺の指定するものを買い物に行ってきてほしい。そろそろランプの油が切れそうだ。後、マッチが無くて困っている。果物も久しぶりに食べたくなってきた」
「御意でございます、グレイシア様。某、町に行って参ります!!」
カルマは、グレイシアがいる豪華な部屋の扉を開け放ち、走り去っていった。扉は開けっ放しで冷たい風が入り込み、グレイシアは身体を震わせた。
「寒!! 本当にあいつに委ねて大丈夫なのか?」
グレイシアは、この先の事に心配になりつつも、怪我をしている自分が動くのは足手まといになると思い、何も出来ない自分に苛立ちを募らせた。
こちらは 鈴鹿歌音 さんが執筆を担当しました。
https://novel.daysneo.com/author/clanon213/ 共幻社小説コンテストにて佳作入賞を経験している、音楽や楽器ををこよなく愛する方です。主に楽器や音楽をテーマにしています。これを機に是非小説サイト【ノベルデイズ】に足を運んでみてください……!