探し人
「ここがスペードキングダム――シフォン、貴方の故郷なのね」
「そうです、ここが私の生まれた国……さぁ行きましょう。私達にはやらなければならないことがあります」
ヒマリ達は再び歩き始める。
リリィさんに会う為に。
目的を果たす為に。
広場を抜けた先、整備された広い道路。
その道路を目前にヒマリは立ち止まる。
「ヒマリ……?」
「自動車……自動車があるのね」
ヒマリが指差す先には、タイヤのついたカラフルな物体があった。
そして、その物体は先程から目の前を走り抜けていく物と同一であると知識のないハートでも容易に想像がついた。
「どうやって動いているのかしら。すごく重そうだけれど」
そう呟いて、ハートは道路の反対側に停めてある自動車に近付こうとした――時速60キロもの高速で接近してくる黒い影に気付かずに。
「ハートお姉さま危ないです戻ってください!」
シフォンがハートの手を引いたと同時に自動車がハートの側を走り抜けていく。
間一髪で助かったハートは少し俯いてしまった。
「ハートお姉さまが仰った通り、自動車は重く、速度もかなり出ます。あんなものにぶつかったらひとたまりもありません」
シフォンはハートと目線を合わせ、誘導するように宙を指差す。
「あそこに赤く光るものが見えるでしょう? あれが赤いうちは渡ってはいけません。緑に光ったら……」
丁度その時、赤い光は消え緑に光った。
「今なら渡っても大丈夫です。自動車の仕組みは後程説明して差し上げましょう。今は、リリィさんを探すことが優先事項です。彼女は路地裏にいることが多――」
「 誰か、誰か助けて! お願い! 」
近くの細い道から、まだ幼さの残る少女の悲鳴が聞こえてきた。
あちこちで小さな喧嘩の起こる街でも耳に届く、切羽詰まった声。
「行きましょう。何か、嫌な予感がします」
シフォンの言葉にヒマリとハートは頷く。ヒマリ達は声がした方向に全速力で走り出した。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
シフォンの嫌な予感は裏切ることなく、人通りの少ない暗い細道には柄の悪い男5人に囲まれている少女がいた。
「貴方たち! 大の大人が子供を取り囲んで何してるの!」
ハートが声をかけながら近づこうとすると、彼女の後からようやくヒマリとシフォンが追い付いてきた。
「……速すぎ、少し待って!!」
「ハートお姉さま! お一人で行動されると危険です!」
ヒマリがハートの現状を見て青褪める一方。
「まさか囲まれているのは――」
シフォンは5人の男に囲まれている少女の服装と髪の色を見て青褪めた。
「あの茶色のスカートに黄色と赤色が混ざった色の頭巾。それに淡い茶髪を下の方で三つ編みをしている方……間違いありません、彼女がリリィです!!」
「えっ!? お話ししていたあのリリィさんですか?」
「はい……」
シフォンは神妙にうなずくと、ハートの少し前に出てリリィと思わしき少女に尋ねた。
「リリィ、また絡まれたのですか?」
「うぅ~、申し訳ないです~」
リリィの名で反応した小さなかごを持った少女が眉を下げた。
そんな彼女の声を聞き、シフォンは小さくため息をつくなりこちらを見ていた男に冷たい視線をむける。
「また貴方がですか。最近治安が悪くなって取り締まる方が苦労しますよ」
シフォンの今まで聞いたことない声色にハートとひまりは身を震わせた。これに怖気づくことのない男たちはシフォンに向かってガンを飛ばしている。
「ほう~、その服装からして裕福層だな!」
「ってことは兄貴!」
兄貴と呼ばれた一人のがたいの良い男から指示を待つ四人はまるで仔犬――と言うよりも大型犬――が遊んでほしくて尻尾を振っているような幻覚が見えてくる………が、ひまりとハートはそれを気のせいにした。
「さっさと立ち去りなさい」
シフォンが再びため息をつき、さっきよりも低い声で言い放った。少し気になってヒマリがちらっと見たシフォンの顔は、冷酷な眼差しだというのに笑みを浮かべている。随分久しく見ていなかったシフォンの“悪の顔”に思わず冷や汗が出る。
ヒマリは一歩下がるなり何も見なかったと己に言い聞かせながら深呼吸を繰り返した。そうして落ち着いたヒマリはハートを比較的安全だと思う場所まで連れて下がる。
「はあぁ!! そんな細い腕で俺達に勝てるとおもってるのかあぁあ?」
「人を見た目で判断しないほうがこの先を生きていくためには必要ですよ」
大型け……ゴロツキの一人が喧嘩を吹っ掛けるがシフォンはあくまでも冷静に言葉を返す。
「カッコつけてんじゃねぇよっ!」
「っ!!」
「シフォン!!」
ハートは口もとに手を当て声を押し殺し、ひまりはシフォンの名前を呼ぶ。
しかし、二人の心配とは裏腹に彼女は、危なげ無く男の拳を避け、通り過ぎたと同時に拳を掴み捻り上げた。
「だから人を見た目で判断しないほうが良いと忠告しましたのに」
シフォンは悩ましげにため息をつく。いとも簡単に押さえつけられてしまった男は唇を噛み締めていた。男達としては予想だにしていなかった結果に唖然とする中、誰かが「はぁ」と言葉を漏らした。
「ホラよ返してやる。その代わり俺のダチを返せ」
このゴロツキのトップが少女の手を離しシフォンのもとへ行くように軽く背中を押すと、少女はかごを抱えながらシフォンの後ろに隠れた。彼女が無事だったことを確認したシフォンは押さえつけていた男を解放した。解放された男は肩の調子を確認しつついそいそとトップのもとへ戻る。
「兄貴こいつただ者じゃねぇ!」
「お前、名は?」
「シフォンと申します」
穏やかに微笑んだシフォン。ゴロツキのトップは口の中でシフォンという名前を反すうする。
「その名と顔、覚えておく。お前ら行くぞ」
こうして彼らの姿が見えなくなった瞬間――ひまりとハートは知らず知らずのうちに気をはっていたのか、「ふぅ~」と息をはいた。
「全く、貴女はこうも懲りずにこんな危ない所でマッチを売るなど……この話は後にしましょう。兎に角無事でなによりです」
助かった少女は「ありがとう」と笑顔を見せてすぐ「あっ!」と声を上げた。後ろにいるヒマリとハートの姿に気づいたらしい――すたすたと少女が二人のもとへやって来る。
「えぇっと、危ないところを駆けつけてくださりありがとうございますっ!」
「いいえ、結局何もできなかったもの」
「こうしてシフォンさんを連れてきてくださっただけでも助かりました!」
そうお礼を言いながら勢いよくぺこりと頭を下げる少女。とても素直な振る舞いに、二人の顔がさらにほころんだ。
やがてヒマリは少女を指し示しながらシフォンに視線を向ける。
「シフォン。この子が私たちが探してたリリィさんで合ってるんだよね?」
「はい。私達が探していたリリィさんです。ですがここではなんですので、本日休憩する所でお話しましょう」
「えぇ、それが良いと思うわ」
ハートの賛同によりヒマリは、クエスチョンマークを浮かべている少女リリィも連れて、シフォンに休憩する場所を案内してもらうことになった。
こちらの作品は 前半は 神庭まどか さん(https://mypage.syosetu.com/934349/)
後半は 美夜さん(http://mypage.syosetu.com/698337/)が執筆したものです!
どちらの方も小説家になろうにて活動中です! 是非応援よろしくお願いいたします……!