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ファンタジック・アイロニー[現在停滞中]  作者: なぎコミュニティー
第三幕・二部
109/129

追う者去るもの止まる者




 日が落ちてから、少し経った。妖艶な女は街を往き、いつもと違う店に足を運んだ。もっとも、女は自分が日の当たる場所を歩ける人間ではない、ということは自覚していた。今回はいつもよりもさらに人目のつかない店を選んだ。随分と久しぶりにここを訪れた気がする。


「……何? つぶれてたんですの?」


 ドアを開き、誰もいない廃墟と化している店内の様子を確認するとジュリエットはやや残念そうに呟いた。


「うまくは、行ったようだね」


 ふと、突然前方の暗がりから声がした。聞き慣れすぎている声にジュリエットは大きなため息をつくと気だるそうに答え、近くの手ごろなテーブルについた。


「わざわざ報告を待たずに聞きにくるなんてエセ紳士さんは熱心ですのね」

「それだけ重要な案件だったってことさ。あのときは私もいささか気が立っててね。ついついあらぬ態度を取ってしまったのさ。許してもらいたい」


 暗がりから現れたのはケイキだ。埃のかぶった瓶から琥珀色の液体をこぎれいなガラスの容器にそそいでいる。

 ジュリエットはケイキの言葉を鼻息で軽く返すと唐突にいつものねこなで声に戻る。


「それで? わたくしが人殺しに精を出していた頃、博愛の剣士さまは一体何をしてらしたのかしら? まさか己を磨く尊い修行をしていたわけではないでしょう?」

「そうだよ……ケイキは、そのおっさんは、なぁんもしちゃいねェよ」


 三人目の声が聞こえた瞬間、突然ケイキの手元から一閃、まばゆい光が飛び出した。一瞬遅れてケイキの刀が鞘に収まり彼が抜刀したのを理解する。と、同時に暗がりから首だけになったコロブチカが転がってきた。


「ちょっと。これ直すのわたくしなんですのよ? 面倒なことはしないでもらえるかしら」

「む、すまない。どうも最近の私は感情的になりやすいようだ」

「まったく……で? その口ぶりですと行商人とそのお荷物ちゃんは一緒に何かしていたみたいですわね」

「あいつらの監視……あいつら、ピークに帰っちゃった」


 首だけのコロブチカが目だけを動かしてジュリエットを見据えながら答えた。相変わらず生気の感じられない不気味な声だった。


「首だけで喋らないでもらえます? まったく気持ち悪い」

「ケイキに言えよ」


 ジュリエットがケイキに目をやるとやれやれと首をすくめていた。


「私が代わりに話そうか。あの一件でこっちはなかなかな損害を被ってしまったからね。それからの経緯を追跡するくらいの責任はあると思ったわけだ。そこで、ちょっかいを出しつつ後を追ってたんだよね」

「あぁ。リシュリューを取り逃がしマキナに敵対され、挙げ句カサエルとピークのかけ橋を作ってしまったあの一件。立案者のケイキさんはどう責任をとるのかしらと思ってましたけど、随分立派に責任を果たしたのですわね」

「今日の君は手厳しいな。勿論ただ見ていただけじゃない。そこのお嬢さんが変な手出しをしなければリシュリューを奪えていただろうさ」

「私に……責任丸投げすんのかよ」


 コロブチカが不満そうに声をもらすがケイキはまるで聞こえなかったかのように続けた。


「一度、君抜きで奪還作戦を敢行したんだ。けどコロブチカがマキナさんとの決着にこだわってしまってね。好機を逃してしまったんだよ」

「足止めしろって……言ったのは……ケイキの方じゃねェか」


 瞬間、コロブチカの頭が踏みつけられた。


「私は足止めしろと言ったんだ。仕留めろとは言ってない」

「どうでもいいけれど結局は失敗したんでしょう? 責任の擦り付けあいはみっともないですわよ」


 そう言われコロブチカは黙り、ケイキもまたコロブチカから足を離した。


「……こっちの失敗は認めよう。まぁ、君も自分の失敗の尻拭いをしてきたんだし、おあいこってことで」

「あなたはその尻拭いを失敗したんですのよ?」

「悪かったよ。まぁだから、代わりと言ってはなんだけど今後の活動方針についてちょっとした意見を用意してきた。過去のことをウジウジ言うより未来について建設的な議論をしようじゃないの」


 ジュリエットは一瞬不満そうな顔をしたがこれと言った反論も、それを述べるメリットも見当たらなかったので大人しく耳を傾けることにした。


「まぁいいですわ。あなたの意見をうかがいましょう」

「感謝するよ。まずは現在の状況を整理しよう。カガミ・シオンは奴の下で修行中だった……そうだね?」

「ええ」

「次にマキナさん達だけど、残念ながら彼らは二日前にピークにたどり着いた。あの戦艦はピーク軍に接収されて乗組員達はそれぞれのルートでカサエルへの送還が始まったらしい。これからしばらくカサエルは真実の隠蔽と火消しに奔走することになるだろうね」


 ジュリエットが不機嫌そうに鼻をならす。


「だけど大事なのはこっちだ。送還を終えたあと、マキナ、カーボベル、リシュリューの三人がどうするか。コロブチカが持ってきた情報から判断すると、彼らは今後、カガミ達と合流する可能性が高いと見ていいと思う」

「……どういうことかしら?」


 ケイキが目で合図すると、コロブチカがジュリエットに後頭部を向けたまま語り始めた。


「ピーク、の裏路地で……オウルニムスが……英雄サマに話してた……カガミの物語にとってあいつは重要な登場人物なんだとさ」

「またオウルニムス……一体何人いるんですの? あの老人どもは」

「さぁね。ただすぐに合流することはないんじゃないかな。現状マキナさんにとってカガミとバルキリアは相性最悪の二人だからね」

「その間に手を打ちたいところですわね」

「そうだ。この二グループが合流するのは避けたい。現状ダビデの鍵と神聖櫃に最も近いのは彼らだ。そこが更に強くなってしまってはいよいよやっかいになってくる」

「ならどうすンだよ」


 コロブチカが会話に入ってきた。


「まるで見計らったかのようなタイミングだねコロブチカ。その‘どうする’を解決するのに君の力を使いたいんだ。裏工作は君の得意とするところだろう?」

「スパイでも潜り込ませるつもりですの? 上手く行くとは思えませんわ。潜り込ませたところで信用を得る前にバレてはいおしまい。っていうのが関の山では?」


 ジュリエットの意見にコロブチカも同意する。両者の対立を深め、最終的に両グループを瓦解させるのにスパイはいい案だが時間がかかりすぎる上に両者共に存外慎重な所がある。新たな仲間を迎え入れたところで怪しまれるのは必至だろう。

 しかしケイキは余裕そうだった。


「いやいや、わざわざそんなまわりくどいことをしなくてもいいじゃないか。せっかくあれだけ人数がいるんだよ? そろそろ裏切り者が(・・・・・・・・・)出てもいい頃(・・・・・・)じゃないかな? そうだろコロブチカ。誰ならできる?」


 それを聞いてケイキの真意に気づいたジュリエットとコロブチカはなるほどと邪悪な笑みを浮かべた。スパイを潜り込ませるよりは敵を抱き込んでしまった方が手っ取り早くローコストだ。その難易度を度外視すれば、の話ではあるが、どうやら救済の使徒にはその難易度をクリアする手段があるらしい。


「……シェロ」


 ケイキの質問に対し、少しの沈黙の後でコロブチカが答えた。


「バルキリアか。ふむ。いいんじゃないかな。彼女には他の連中程の自衛能力は無いし、グループの意思決定に影響力がある。カガミの移動手段も同時に縛れるね」

「さらにマキナとの相性も悪い。グループ合流の妨害にも一役買ってくれそうですわね」

「だろ? やってみる価値はある。だけど今回は万全を期したい。君達の準備に合わせたいんだが、どうだろうか」

「随分自信を無くしてますのね」

「二回も失敗すれば自分の苦手分野くらいわかる。メンツや体裁にこだわって失敗を重ねるのは馬鹿のやることさ」

「ふん。まぁいいですわ。乗りましょう。その話」

「決まりだね。やってくれるかい、コロブチカ」


 そう言ってケイキはコロブチカに目をやった。


「そのかわり……次はもっとちゃんとした体にしてくれ」

「ま、検討しましょう」




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 ──日が落ちてから大分たった。シャール村は既に眠りにつき平和な静寂が集落を包んでいた。


「……」


 その一角、教会の窓際でシェロは特に理由も無く月を見上げていた。しかし、その瞳は月を映してはいるものの見てはいなかった。



 ──お前には撃てない


「……違う」


 ──こいつには覚悟が無い


「違う……!」


 ──お前は仲間を利用してるだけなんだよ


「ちがううっ!」


 突然、シェロが叫ぶ。


「違う……違う違う違う……!」


 シェロはそのまま頭を抱えて呻き始めた。

 ジェイドが語ったシェロの‘本当の姿’。それは彼女にとってあまりにも受け入れがたく、絶対に否定しなくてはならないものだった。

 だが──果たして否定できるのか? それは自分のことではない。本当にそう言い切れるのか?



 ──お母さあああぁぁぁぁぁん! うわああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!

 ──なんで俺ばっかこんな目にあうんだよおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!


「ッ!」


 瞬間、近くにあった花瓶を掴み壁に思い切り投げつけた。花瓶は当然のように砕け、派手な音をたてた。中に入っていた赤い花が床に広がった水溜りの上でシェロを憎らしげに見上げている。


「……うぅ」


 我に返り自分の行いに激しく後悔する。



 シェロは見ていた。シェロだけでなく、あの場にいた者は皆見ていたのだ。母に助けを求め、一人天を仰いで慟哭するシオンの姿を見ていた。その姿はシェロだけでなく、見たもの全てに凄まじい衝撃を与えたはずだった。

 正直に言うとあの光景を見たときぞっとした。シオンにではない。実際にこうなるまでこうなることを予測できなかった自分自身にだった。

 考えてみれば当然であった。ただでさえシオンは幼い。それなのに、よく知らない世界に来て、記憶もない中いきなり世界を救えなどと言われ、ここまで来た。疲れていないわけが無かったのに。本当はとっくに限界なんてこえてたはずなのに。そんな当たり前のことすら、自分は気づかなかった。

 ふと、顔を上げると鏡の中の自分と目が合う。


「……薄情者」


 ぽつりと、口をついてか細い呟きが漏れた。


「……う、うう……あぁ……」


 鏡の中の自分が顔を歪めていく。シェロはそのままその場にうずくまり声を上げて泣き始めた。


「薄情者! 薄情者! 何が冒険家よ! 何が冒険記よ! 勝手にあの子に期待して! 勝手に大丈夫だって思って! それでいざって時に何もできない! 結局私は……あの子に依存してただけだったのよ!」


 もう自分はシオンとどう向き合うべきなのかわからなくなってしまった。日が昇り、目を覚ましたシオンに対してどう対応すればいいのか。いや、そもそもシオンに合わせる顔はあるのか。

 もはや彼女にとって自分は忌むべき存在に変わりつつあった。




ここまでは ラケットコワスター さんが担当しました! 大変お疲れ様でした!!

https://kakuyomu.jp/users/chinishihefuchi カクヨムでは、現代ミリタリー小説『DARKHERO』を公開している他、pixiv や ハーメルンでも活動中。 これを機に是非ご覧ください……!

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