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ファンタジック・アイロニー[現在停滞中]  作者: なぎコミュニティー
第三幕・二部
108/129

オールイン・後編



「待ちなさい」


 背後からするどい声がする。面倒くさそうにジェイドが振り返ると、そこにはシェロが銃を構え立っていた。そういえば忘れていた。ノアにばかり気がとられ、あれからルノーがどうなったかを失念していたのだった。


「何だよ」

「動かないで」

「はいよ」


 そう言ってジェイドは立ち止まった。シェロは後ろ手にシオンをかばい、こちらを睨みつけている。まるでシオンに戦わせたくないかのようだった。


「で? お前は何をしたいんだ」

「……ノアから離れなさい」

「近づいてすらねぇよ」

「うるさい! ……退きなさい。これ以上やるなら撃つわよ」


 それを聞いたジェイドの口角がつりあがった。


「撃ってみろや」


 瞬間、ジェイドの足元に魔素弾が着弾した。


「次は当てるわよ」

「やってみろって。この距離なら外れないだろうな」


 シェロの威嚇射撃にもジェイドはまるで意を介さない。


「……」

「できるんなら、な」

「!」


 シェロが目を見開く。


「シェロ……?」


 シオンが不思議そうにシェロを見上げる。そして違和感に気づいた。シェロの様子がおかしい。呼吸が乱れ、じっとりと汗をかいている。


「シェロ! 撃って!」

「ほら、坊主もああ言ってるぜ」

「う、うるさい!」


 何故か撃鉄が落ちない。見ると、やはりシェロの手が震えている。


「シェロ……?」

「お前、本当に変わってんな」


 ジェイドはにやりと笑うとふわりとシェロに跳び寄り銃口を握ると自分の左胸に合わせた。


「撃ってみろよ。もっとも魔素弾(それ)じゃあ致命傷にはならんだろうけどな」


 相変わらずジェイドはにやにやと不敵に笑う。背後で必死にシオンが叫ぶが全身の負傷で身体が動かずどうにもならない。シェロはというと銃を握った手を不恰好に突き出したまま固まっている。


「撃てないんだろ、お前」

「!?」

「お前は撃てない。俺を倒すことはお前にはできない。いや、俺どころかマキナも無理だな」

「やめろ! シェロを馬鹿にするな!」

「はぁ、健気なのはいいがここまでだと滅入るな」


 大義そうにジェイドが手をふる。


「おい坊主。お前、本当にこいつが撃てると思ってるのか?」

「!?」

「こいつは撃てねぇよ。今こうして俺とお前がおしゃべりできてるのがいい証拠だ。そもそもお前、不思議に思ったことはねぇのか? なんでこいつが非殺傷の弾を使ってるのか」

「……やめて」

「こいつが護身用に持ち歩くには魔素弾は威力不足だ。こいつだってわかってねぇわけない」

「え……」

「なのに何故魔素弾を使い続けるのか。まぁ少し考えればわかることだ」

「やめて!」


 シェロが叫ぶ。しかしジェイドが黙ることはなかった。


「こいつには覚悟がない。自分の手で誰かを傷つけるという覚悟が、な」


 ジェイドが目を細めながらそう言い放った。その表情には嘲り、というより軽蔑が感じられた。


「そ……そんなことない! シェロは……シェロは戦ってる! 今も、マキナに襲われた時も……!」

弾は、(・・・)当たったか(・・・・・)?」

「!」

「……当たらなかったんだな? そんなこったろうと思ったぜ」


 確かにそうだ──これまでシェロが銃を抜いたことは何度もあった。ルノーの機銃を敵に向けたこともあった。だが──

 一度も当たってない。ただの、一度も。


「当たって……ない」

「それはそいつがノーコンってわけじゃない。わざと外してんだよ。意識してやってんのかどうかは知らねぇけどな。そうだろ?」

「……」


 ジェイドがそう言うが目の前の背中から反論は聞こえない。


「シェロ……?」

「なのにお前、その坊主には銃を持たせたな。よく考えりゃ、機銃が撃てたのだってそりゃあ、お前じゃなくてその機体が人を撃つ、って認識だったからなのかもな。そんで、いざ自分が撃たなきゃならねぇって時に引き金が引けない。この距離なら外さないはずだ。だから撃てない。外した時の言い訳ができないからな」

「やめて……違う……」

「お前は、仲間を利用してるだけなんだよ」

「ちがあぁぁぁぁぁぁぁう!」


 シェロが絶叫し強く銃口を押し当てる。


「撃てるわよ! 撃てばいいんでしょ!?」

「おう」

「……! うっ……! ……!」


 引き金の指に力がこもる。しかし撃鉄は落ちない。まるで体が固まってしまったかのように指は微動だにしなかった。


「シェロ……!」

「……ふん、そんなことだろうと思ってはいたがな」


 ジェイドは面倒くさそうに言うと手を振り上げる。その指先には鋭い爪があった。ジェイドがしようとしていることが嫌でもわかり、緊張が高まる。


「これ以上邪魔はしてくれんな」

「……!」

「やめろおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 とっさにシオンが叫ぶ。その瞬間、シオンの体がまばゆい光につつまれ──ジェイドが爆発した。


「うおっ!?」


 唐突な爆発に流石にジェイドも驚き、シェロから離れるしかなかった。対してシオンは限界を迎えたようでそのままその場に倒れこんだ。


「シオン!」

「く……っそ、悪あがきを」


 が、すぐに体勢を整え構える。もう容赦な無さそうだ。


「ケッ、気が変わった。女、お前もただじゃすまさん」

「!」

「行くぞ、このまま──」


 そこでジェイドが口をつぐんだ。


「このまま……なんだ?」


 トウラの怒気をはらんだ声が響く。その手は傍らに立つシュートの肩に伸ばされており、シュートはジェイドのうなじに剣をつきつけていた。


「退け」

「……チ」


 小さく舌打ちするとジェイドは飛び上がり、どこかへ飛び去っていった。


「……大丈夫か!」


 一瞬で声色を変えたトウラがシオンとシェロに走りよる。と、同時にシュートもノアに手を貸し立ち上がらせた。


「……退いたか」


 ノアはジェイドが飛び去っていったしばらく方向を見張っていたが、やがて小さく呟き変身を解いた。それを見てトウラが大きく息を吐く。


「……」


 何とか危機は退けた。しかし、その場にいる者の気持ちは沈んでいた。突如現れた人狼、それの所属する神崇部隊──、自分達は神と相対している存在として絶望的な戦いに臨んでいるのだということを改めて思い知らされた。

 とりわけ男性陣が受けた衝撃は大きかった。敵が現れた際に戦闘員として立ち向かうことが多い彼らにとって強大な敵の出現というのは極めて重大な出来ごとだ。深海和尚との修業の成果を確認することはできたがそれと引き換えというにはあんまりな話だった。


「……まだ、足りねぇな」


 沈黙を始めに破ったのはノアだった。その声にはいつもの余裕が感じられない。


「まだだ。確かに俺たちは和尚の下で頑張った。しゃかりきになってやった。だがそれは……やっと連中の(・・・・・・)水準に近づいた(・・・・・・・)ってだけだったんだ。下手するとまだまだ実力差はあるかもしれん」


 現状パーティの中でトップクラスの実力を持つノアが言うことによってその事実は重みを増した。それほどまでにジェイドは強かった。しかも恐ろしいのはジェイドを倒せば終わりではないということ。彼は‘二番隊隊長’と名乗った。つまりはまだジェイドクラスの実力者が少なくとももう一人いる。そう思うだけで気が重くなった。


「そうだよな……‘竜’を以てしても駄目だったわけだし」

「……」


 突然ノアが顔を上げる。自然と注目を集めた。


「時間が惜しい。次の行き先を決めよう。この辺りで経験を積める場所はあるか?」

「確か、南方に大気中の魔素の濃い場所があったはずだ。聖獣を探しがてらいいんじゃないか?」

「悪くないな。それならすぐに準備を……」

「……待って」


 男達の会話に突然女声が割り込んできた。力のない弱々しい様子だったがその場にいた者が即座に反応した。見ると、シェロが腕を押さえながら険しい表情でノアを見据えている。


「私は……反対」

「何?」


 ノアが眉をひそめる。


「……もう……シオンは限界よ。休ませてあげて」

「!」


 そういうシェロの傍らではシオンが寝息を立てていた。先程の一撃で力を使いきったようで気を失い、そのまま睡眠へ移行したようだ。


「う……ううん……」


 トウラが頭を抱える。ノアも一瞬考えるような表情をしたがすぐにまたいつもの厳格な表情に戻った。


「確かに的を射ている。だが……時間がないのも確かだ。休息にあまり時間を使ってもいられない」


 それを聞いた瞬間シェロが顔を上げた。


「本気で言ってるの……!?」

「何も休ませるなと言ってるわけじゃない。そこは誤解するな。だがとにかく時間がない。あいつだってまたいつ襲ってくるかわかんないんだぞ」

「そうだけど……!」

「それに、こいつは神を相手取ってるんだぞ。これくらいで根を上げてどうすんだ」


 瞬間、シェロの瞳孔が開いた。


「今何て言ったの」


 そのまま大股でノアに詰め寄る。


「もう一回言ってみなさいよ……! これくらい、ですって!?」

「今回戦ったのはあくまで神の配下なんだぞ。こいつの妹のこともある。あまり時間がないというのは間違いないはずだ」

「休む時間も無いくらい!?」

「だから誤解するなと言ってるだろ……! 休ませるなと言ってるわけじゃない!」

「お、おい落ち着けって……! 二人とも怪我してんだぞ!」


 シュートが止めに入る。シェロの肩をやさしく掴んだがシェロはそれを乱暴に振り払いノアを睨み付けた。


「何をそんな焦ってんのよ」

「別に焦っちゃいない。お前こそ何をそんなに躍起になってんだ。第一ここまであいつを引っ張ってきたのはお前の意見もあってだぞ」

「……」


 二人ともまったく引かない。今や二人はお互いを見上げ見下ろさなければ視線が合わないほど接近しており、シュート、トウラはどうすることもできずに見守っていた。


「失望したわ。白騎士さまに人の心は無いのね」

「お前こそもっと勇敢な女だと思っていたんだがな」


 そこで視線が途切れる。シェロは怒ったように振り替えるとシオンのもとまで戻り、優しく抱き上げるとちらとノアを一瞥した。


「誰が何と言おうとこんな状態でシオンを連れ出すのは許さないわ。特に白騎士さま(・・・・・)は二度とこの子に近づかないで頂戴」

「……勝手に言ってろ」


 そこで会話が終わった。なんの前触れもなくシェロは村へ向けて歩き始めた。それを見て思い出したようにトウラが後を追い始めた。


「お……おい! 待てよ!」

「……ノア」


 シュートが複雑な表情をしながらノアに話しかける。


「お前はどう思うんだ」

「俺は……いや、わかんねぇ」


 シュートの返事は歯切れが悪かった。その返答に、ノアの表情も曇るのだった。



この物語は ラケットコワスター さんが担当しました!

https://kakuyomu.jp/users/chinishihefuchi カクヨムでは、現代ミリタリー小説『DARKHERO』を公開している他、pixiv や ハーメルンでも活動中。 これを機に是非ご覧ください……!

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