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ファンタジック・アイロニー[現在停滞中]  作者: なぎコミュニティー
第三幕・二部
105/129

Watcing over you. ・ 前編




 転移、とは簡単に言うが。

 それは物体が移動する為の一切の法則を無視しある座標へ送るという無茶苦茶なことが起こっている。そんなことをすれば必ずどこかにしわ寄せが来ものだ。だいたいは転移する物体にいくが、今回はそれがシオンの精神にきた。


「……!」


 突然シオンの視界が開ける。そこはどこまでも広く、何も無い場所だった。無用心に建つものや、無作法に浮かぶものも。地平線すらない。


「……今度は何? まだ何かあるの?」


 シオンの声には諦めのような、苛立ちのような、妙な響きがあった。


「……誰もいないの? まぁいいけど」


 どこまで行っても霧が広がっているだけ。ただそれだけだった。


「……誰かの魔法? もういいよ、ほっといてよ……」


 その時、不意に視界に何かが映った。

 霞の向こうに誰かがいる。

 ぼんやりと、うっすらと。そのシルエットだけが見える。


「……」


 くらむ視界に朦朧とする意識。自分が充分普通ではない状況にあるのはわかるが、シオンにとっての自分の記憶が始まった時からずっと普通ではない状況だったため、もはや気にしなくなっていた。


「……」


 ぼうっとする。思考が働かなくなってきた。あいもかわらずこちらをじっと見続ける影に見入るよう に立ち尽くし始めた。

 この影は──いったい何なのか。──なんだか懐かしい香りがする。これは──


「……お母さん」


 影が揺らいだ。初めてシオンに何か反応を示した。

 この霞の向こうにいるのは恐らく母ではない。そんなことはわかっている。しかし何故かシオンの口からはそう言葉をついて出てきた。

 母のことは覚えていない。何も覚えていない。


 シオンとはどんな人なの

 僕はだれ

 ぼくはなに


 思考がまとまらない。いや、何も考えたくない。もういやだ。おかあさん、ぼくもうつかれたんだ──


 シオンの涙を頬が伝う。その瞬間、シオンから一切の理性が抜け落ちた。



「もう……もういやだああああああぁぁぁあぁぁぁあぁぁ! うあああぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁあぁぁあぁ!」



 異世界に飛ばされ、あまりにも多くのことを経験した。彼の精神は本来とっくに限界を迎えていたのだ。そこへあの青年の言葉が追い討ちをかけた。端から見ればまだ余裕があるように見えたが、壊れるのは一瞬であっけない。


「俺は! どうすれば……どうすればよかったんだよおおおぉぉぉ! なんで俺ばっかこんな目にあうんだ! なんでこんな思いしなくちゃなんないんだよぉぉおぉぉぉおぉおおお! うあああああああああああああああああ!」


 立っていられなくなる。膝をつき、地についた腕に顔をうずめて慟哭する。


「ああああああ……もう嫌だよ……お母さん……お母さぁぁん!」


 赤子のように泣きじゃくるシオン。顔も、名前も覚えていない母に助けを求める。年の割に強靭だった彼の理性が剥がれ落ちた後に残ったのは年相応な裸の精神だった。


「……」


 影は相変わらず何も言わない。先程よりも反応を示すようになったが、服のすれる音すら立てなかった。


「何か言ってよ! 何で見てるの!? 何なんだよお前!」

「……ン」

「皆俺の好きにさせてくれない! 誰も俺のことなんてわかってくれない!」

「……ぇ…シ……」

「もうほっといてくれよ! これ以上俺に何しろってんだよ!?」

「…シ……ね…オン」

「もう嫌だ! これ以上辛い思いはしたくない!」

「シオン!」


 聞きなれた声が突然シオンの頭を満たした。はっとして見ると目の前に見慣れた顔が並んでいた。その中央でシェロが心配そうな顔をしながらシオンの肩に手を置いている。あの時と──喫茶店の時と全く同じ顔をしていた。


「大丈夫? 何があったの?」

「え、シェロ……? 僕……え?」


 シオンの目が忙しく動き回る。次の瞬間、シェロの両手が優しく頬に添えられた。


「……ごめんね。一人にしちゃって」

「……」


 いつもの革の手袋をしていないシェロの手は柔らかくほんのりといい香りがした。どこかで嗅いだことのあるような不思議な懐かしさは除々にシオンの気持ちを落ち着けていった。


「……あの、僕」


 シオンが何か言おうとした瞬間、シェロが突然シオンを優しく抱きしめた。


「え」

「ヒューゥ」


 シェロの背後から何か聞こえたがシオンに気にする余裕はなかった。


「……いい。今は何も言わなくていいから」


 不思議といつも以上に優しいシェロに違和感を覚えたが疲れきっていたシオンは言葉に甘えることにした。


「ま、まぁなんだ。無事にシオンも見つかったし、とりあえず帰ろう。ずっとここにいるのもなんだし……な?」


 なんとなく居心地の悪そうなシュートの言葉に釣られて皆立ち上がる。最後にシオンとシェロが立ち上がったが少しふらついた。

 一行はゆっくりとシャール村への道を歩み始めた。ふと振り返り、シオンは今森の入り口にいることにやっと気づいた。

 あの青年のことを話すべきか。一瞬そう思ったが、正直倦怠感が勝って話したくなかった。大人しくシェロについて行くことにする。

 道中、皆がシオンに代わる代わる話しかけてきた。シェロだけでなく、皆不自然に優しいのに違和感を感じたがその正体を考察するだけの元気はなかったし、今は皆と一緒にいたい。皆と他愛も無い話をしていたい。そう思い深く考えるのはやめた。



「そういやさ」


 ふと、トウラが声を上げる。声の調子から次の話題は自分だけに向けられた話題ではないな、とシオンは判断した。


「結局ノアはどこ行ったんだ」

「え、ノア居ないの?」

「そうなんだよ……何か調べものがどうのこうのって誰も行き先知らねぇんだ」

「シオンを探し歩くついでに見つかると思ったんだけどなぁ」


 アザミが頭に手をまわしながら言う。


「なんなら次はノアを探知するか?」

「やめとけ、なんかピリピリしてたし、用も無く会いに行ったら怒り出しそうだったぜ」

「ひえ」


 シュートとトウラが二人で盛り上がっているのをよそにシオンはノアの名前を頭の中で反芻していた。ノアは強い男だ。更に言えば気さくに話ながら歩くシュートとトウラだって本来は自分より遥かに強い男なのだ。ふとそんなことを思って急にシオンは疎外感を感じた。


「……落ち込んでる?」


 不意に隣を歩くシェロがシオンにしか聞こえない声で話しかけてきた。


「……いや、別に……」

「帰ったら、飛ぼうか」

「え?」

「気分転換しましょ。いや、疲れてる? それだったらいいんだけど……」

「い、いや。行こう。飛ぼうよ。久しぶりにルノーに乗りたい」

「そう? ふふ。わかった」



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「どういうことだ」


 ちょうどその時、森の奥地でノアが目の前の光景に顔をしかめた。

 確かに決まったはずだ。禁呪ゲイボルグの一撃が決まり手、それでおしまいのはずだ。

 しかし気になる。ノアが記憶している限りゲイボルグは爆発なんてしない。効果が底上げされたと考えることもできるが少なくとも爆発の理由は予想がつかない。と、くれば爆発の理由はおそらくジェイド側にある。そう思うと安心などできるわけがない。


「多分、お前の予感は当たってるぜ」


 爆発が生み出した炎の海から案の定ジェイドが現れた。流石に無傷ではすまなかったようだが見る限り大きなダメージを与えられている箇所は見当たらない。


「何しやがった」

「別に難しいことじゃない。あれ(・・)が腹をぶち抜いた時に腹に力入れて腹筋で破壊した」


 そう言ってジェイドが自身の腹部を指差してみせた。するとそこにはまるで無理矢理焼き塞いだかのような傷跡が残っていた。


「なっ……!?」


 珍しくノアが戦慄した。腹部にささった禁呪の槍を締め壊す腹筋もそうだが、防御手段・・・・として瞬時にそれを選びゲイボルグの着弾点を調節する精神が何よりも恐ろしかった。そんなこと普通ならやろうとは思わない。いや、思いつきすらしない。


「化け物かよっ……」

「化け物なんだよ」


 今まで見たことのないような速さの突きが無数に繰り出される。人狼の身体能力にモノを言わせた乱暴な戦い方だがノアを追い詰めるのには充分すぎた。

 もはや避けきることは不可能と判断し、魔装の鎧の頑丈さを信じて攻撃を受ける方針にシフトする。その中から反撃の機会を伺うが文字通りの手刀の雨の中ではそんなことを考えるのですら至 難の業だった。


「焦っているな」

「ぐぅ……っはぁ……」

「ホラホラどうした白騎士」

「獣が……調子に乗るな」

「ハッ、またそれだ。本当に人間(お前ら)のおつむの残念さ加減には底がねぇな。騎士が一人で悪い狼を倒すのは絵本でだけだ。俺に言わせればお前らこそ調子に乗るんじゃねぇ。本来人間ってのは道具がなきゃ木を切ることすらままならない連中なんだぜ?」

「言ってろ」


 少しずつノアが後退する。受ける、という選択をした以上前進したいところではある。


「確かにお前は強いよ。ここに至るまでのお前の資料を見させてもらった。救世主の名前は伊達じゃないらしい」

「その名で呼ぶな!」


 ノアが激昂し大振りの拳を振りぬいた。しかしジェイドはひらりと宙返りし、その拳を軽く蹴ると優雅に着地してみせる。


「だが、それだけだ」


 またしても一瞬の加速。今度は腰を低く落として拳を開き掌打の構えをとる。しかし指は立ち、掌打を叩き込むのと同時に鋭い爪を突きたてるつもりのようだ。


「それだけ隙が大きければ俺の相手にはならねぇ」


 ゲイボルグがジェイドを一瞬で貫いたようにジェイドの爪も一瞬でノアの体を貫いた。

 紅い血がジェイドの手から溢れる。ノアの血だ。体を貫いた十本の爪は腹部へ入り筋組織を裂き、内臓を破壊する──


「む」

「ありがとうな……色々教えてくれて」


 そこで初めてジェイドがノアのしたことを理解した。腹部目掛けて突き出した一撃はノアの脚に刺さっていた。ノアは苦痛に顔を歪めながらもどこかしたり顔をしている。


「脚で受けやがったな」

「お前がさっきしたことさ。難しいことじゃない(・・・・・・・・・)。だがまぁ……ずいぶん高い授業料をぼったくってくれたな」


 ジェイドが即座に手を引くが同時にノアが脚に力をこめる。手が抜けずジェイドに一瞬の隙が生まれた。その一瞬を見逃すノアではない。

 はっとしたジェイドがノアの顔を見上げるのと、その視界にノアの拳が映りこむのは同時だった。


「ッ!」


 森の木々を揺るわす轟音が響く。白騎士の全力の一撃は的確に人狼の頭を打ち抜き地に這い蹲らせた。

 殴られたことを感覚として理解する。耳の奥でブチブチと嫌な音がした。とっさに受身を取りそのままの勢いで両腕を大振りに振りぬく。視界の隅で白い塊が跳び退くのが見えた。


「くっ……そ!」

「まずはワンダウン……ほらどうした。こんなモンじゃないんだろう?」


 そういうノアもまた息を切らしている。ジェイド相手に隙が大きい自身の魔法は使えない。ノアが扱う魔法は絶大な威力を誇るが当たらなければ意味がない。いや、おおよそ自分に不利益な意味を生んでしまう。

 と、なれば。多少分が悪くとも殴りあうしかない。はからずも相手の土俵に乗ることになってしまった。


「こいよ狼、正義の騎士さまが退治してやる」


 ジェイドの表情が初めて歪んだ。




この物語は ラケットコワスター さんが担当しました!

https://kakuyomu.jp/users/chinishihefuchi カクヨムでは、現代ミリタリー小説『DARKHERO』を公開している他、pixiv や ハーメルンでも活動中。 これを機に是非ご覧ください……!

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