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ファンタジック・アイロニー[現在停滞中]  作者: なぎコミュニティー
第三幕・外伝
103/129

ジェイド ブローカス・2編




 人狼達は恐らく転移させられたのだろう、辺りを見回したり頬をつねったりと驚きの反応をそれぞれ見せている。

 そんな中族長とジェイドは数十メートル先の椅子に座る男を見据えていた。


 この部屋は世間で言う玉座の間に近い作りがされており縦長の部屋に様々な装飾が施されていて最奥の玉座には仰々しい座り方をした男がいた。

 頭には王冠は被っておらず、漆黒のローブを身に纏っておりその姿からは王様とは言いづらい雰囲気を醸し出していて……

 そんな人物が一言。


「やぁ君たちが人狼の種族かい?」


 その声は思ってたより軽く、まるで知人に話しかけるかのような口調と高さであり人狼達も目に見えて安堵していた。


「ああ、そうだよ。俺たちが人狼の種族さ」


 代表として族長が問いを返すと男はケラケラと笑い言い放った。


「そっか……ありがとね教えてくれて。

 さて! 君は代表っぽいからここらで退場かな」


 その瞬間、族長の体が傾き……倒れた。

 ドッという肉が硬質な物に当たる音が耳に入るが皆呆然とした表情で突っ立っていた。

 人狼達は理解できなかった。何故族長が急に倒れたのか? 何故そのまま動かないのか? それじゃあまるで死……


「ふむ……お手並み拝見と行こうか。

 祝福(ギフト)発動、【強制進化】」


 男の声によって現実に引き戻された人狼達は倒れた族長に寄り添い声をかける。「頼むから死ぬな、起きてくれ」と。

 その呼び掛けが功を奏したのか族長は立ち上がった。しかし人狼達も馬鹿では無い、奇妙な唸り声を上げながら体中の関節が変な方向に曲がっている姿を見ればただ事では無いと言う事に気づき族長から数歩離れる。

 目は真紅の色に変わり鋭く尖った牙からは大量の涎が流れ落ちている。毛の色は徐々に赤色に変化していき辺りに血の匂いが充満してきた。

 その姿を見るに族長は人狼では無い別に化け物に成り上がっていることが分かる。

 しかしながら族長の目には知性というものが見つからずただ壊し殺したいという残虐性が残っているかのように思えた。

 ジェイドが族長に何か呼び掛けようとした時、男の冷徹な声が辺りに響いた。


「目の前の人狼達《犬っころども》を殺せ」


 その瞬間、耳をつんざくような悍ましく大きい遠吠えがジェイド達に襲い掛かり彼らは耳を塞ぎ思わず目を瞑る。

 数瞬の時が経ち、かろうじて目を開けたジェイドの目の前は血の海が広がっていた。


 先程、見た景色と同じだが辺りには仲間の死体が転がっており何より同族の血の匂いがする。

 それはあの化け物の血の匂いと混ざり合って吐き気を催した。

 この短時間の間に数人の人狼を殺しつくした化け物はそれだけではまだ物足りないようだ。

 ジェイドの方へ舌舐めずりをしながら近づいてくる。

 余程美味そうなのだろう、滝のように涎を流しゾッとするような恐ろしい笑みを浮かべジリジリと歩み寄って来る。

 それに対しジェイドは目の前にいる強敵《化け物》を観察して分析していた。


 正直に言って人狼の種族は強い。

 圧倒的に身体能力に加え五感も鋭く、ついでに鋭い爪や歯が生えている。

 更に強度の高い毛や厚みのある皮が天然の防具になっているため様々な攻撃に耐性がある。

 これらの要素を持った生き物が辺りをうろつくのは恐怖でしか無い。当然、人狼は森の最強種族となっていた。

 更に言えば襲撃したきた人間達、あの程度の強さなら刺し違える覚悟さえすれば1人当たり5.6人の人間を殺せる。

 それをしなかったのは人間の数が圧倒的に多いのと新たに刺客を送ってくるのが分かっていたため抵抗をしなかったのである。つまり何が言いたいか。

 そんな森の最強種族がたった1体にそれもあっという間に何体も惨殺する事は言葉で形容し難い程の化け物だという事が言いたかった。


 とりあえず攻撃を受けるのは危険だと判断した彼は回避に徹する姿勢を取るため重心を低くし、目の前の敵を見逃さぬよう穴があきそうなほど見つめていた。

 そんな状態の彼をまるで嘲笑うかのように化け物は軽々しい足取りで近づいていく。

 徐々に2人の距離は近づきこれ以上はぶつかるという所になって化け物が動いた。

 目にも止まらぬ速さで血塗られた右手がジェイドの喉へと向かう。

 その速度は音速並みで躱しようもない絶対的な攻撃に思えた……


 あろうことか、ジェイドはその手を受け流したと思ったら腕を掴んで力ずくで()()()

 肘の所の関節であらぬ方向に曲がったのを見た化け物はその情報が脳へとたどり着いた途端に痛覚も一緒に着いたのだろう。

 先程とは違えど耳をつんざくような恐ろしい悲鳴が辺りに響いた。

 その悲鳴にジェイドは顔を顰めながら膝蹴りを顔面に食らわせると一度態勢を整える為に退がる。

 そして溜息一つ吐くと何故か残念がる表情を浮かべたまま呟く。


「なんだぁ……生前の族長より弱体化してんじゃん」


 その言葉を聞いたローブを着た男は眉をひそめる。


「ほう……確かに君が族長とやらを圧倒しているのはわかったが、ただ天狗になっているだけではないのか? まだまだこの程度では体を地に伏せさせる事すら叶わないぞ?」


 その言葉に合わせるよう、グルルルと唸り声が聞こえその方向を見ると不思議な事に化け物の折られた右腕が元通りに戻っていた。

 しかしそれを見たジェイドの表情は変わらずただ顔を顰めるばかりだ。


「俺だって無限に痛めつけたいと思うわけじゃねぇ……だからお前、取引しねぇか?」


 ジェイドは化け物の奥にいるローブの男を見据えた。

 男の反応は意外なもので口元を手で隠して笑いを堪えている。

 一体何が可笑しいのかわからないジェイドは呆気に取られていたが男が徐々に落ち着いたのを見て冷静を取り戻したようだ。


「何が可笑しいのか知らねぇが……結局取引はするのか?」


「君は取引の意味を知っているのかい? 君達の命が僕たちの機嫌によって握られている今そんな事を口走るとは少し傲慢すぎやしないか?」


「……じゃあお願いだな」


「ふむ……それなら僕も認めよう。で何のお願いだ?」


「この赤い化け物を完膚なきまでに叩き潰した暁には俺たちをここから出して欲しい」


「……そんなんでいいのかい? なら君達を出した後にもう一度捕まえるけど?」


 ジェイドはその言葉を聞くとその事には気づいていなかったらしく口をあんぐりと開けて呆けていた。

 基本的には人狼の頭は悪く考えが浅い。だから生活レベルもそこまで高くなく文明人のような生活を送っているのだ。高すぎた身体能力の代償とも言える。

 その表情を見た男は今度は隠す気もなく大笑いする。

 流石に気まずい空気になったのを察したのか顔を顰めるジェイド。

 それに対し男は意味ありげな笑みを浮かべ言い放つ。


「まぁいいや別に……なら二度と捕まえないという条件を付けて君の希望を通すとしようかな」


 その言葉を聞いて自然と口角が上がるジェイドを見ても男の表情が崩れる事は無かった。




 ジェイドは目の前に佇む赤の化け物を見据える。

 ジェイドにとってこの敵は相性の良すぎる敵であり勝利する事には絶対の自信があった。


 その自信は自分の種族からくるものだった。

 ジェイドは人狼の最上位種族【破人狼王デストロフ】である。

 その為、下位種族の人狼とはかけ離れた実力があり下位種族の人狼を数匹殺した程度でビビる相手でもない。その為ジェイドは余裕を持って戦闘を行っていた。

 お互いが互いを睨み合い空気が歪な物へと変わりつつある今、異次元的な戦闘が行われようとしていた。

 先に動くのは赤い化け物、元族長だ。

 相変わらず流星のような速さで体当たりを繰り出そうとする者に対し、ジェイドは冷静に単調な動きを捌こうとしている。

 赤い流星が一匹の人狼に当たる刹那__流星は彼を通り過ぎ漆黒の壁に派手な音を立ててぶつかった。


「グラァァァァァァッッッ!!!!」


 身も凍るような恐ろしい咆哮をジェイドは耳障りだと感じながら溜息をつく。


「うるせえなぁ、耳障りな音出しやがって……喉つぶされてぇか?」


 ジェイドが苛立ちながら元族長に問う。

 それに対し彼は僅かに身を震わせ後ずさる。


「チッ、来ねえならこっちから行くぞ」


 そう一言呟くと一歩、また一歩と遅くは無いペースで歩き出した。

 ジェイドが近づくごとに元族長の唸り声が大きくなる。

 その姿は傍から見ても明らかに怯えているのだとわかる様子だった。


 ジェイドは元族長の距離が1メートル前後になった所で歩みを止める。


「先ずはきつい一発を食らわせてやる」


 その言葉を聞いてもただ怯える事しか出来ない元族長を見て鼻で嗤うと拳を固く握る。


狼技(ろうぎ)人狼の破拳(ウルフクラッシュ)


 ジェイドの固く握られた拳が元族長の腹に深くめり込む。

 その攻撃を食らった元族長は酸素と共に血を吐き出す。それもあり得ない程の量だ。

 目の前で血溜まりを作る元族長を睨むとローブを着た男にも聞こえるよう大きな声で話す。


「俺の技によって内臓の一部を壊した。こいつはもう戦闘は出来ない……さぁ俺たちを解放してもらうぞ」


 その言葉を聞いても何も反応しない男を見て舌打ちすると視線を元族長へと戻す。

 血の量は明らかに血液不足になりそうなほど排出されており心なしか元族長の顔も蒼く染まっている気がした。

 ジェイドは顔を顰めながらも拳を振り上げ呟いた。


「これでお別れだ……親父」


 ジェイドは拳を振り下ろすと同時に顔を背ける。それは自らの肉親を自分の手で殺す事に何処か躊躇いがあったからなのだろう。

 それが致命的な行動だと彼には考えられなかった。







 振り下ろした筈の腕は真紅に染まる元族長の血によって()()()()()()


「……は?」


 本来ならあり得ない光景に思わず呆けてしまうジェイドをよそに元族長は攻撃体制に入っていた。

 本来なら当たる筈のない真紅の拳が隙だらけのジェイドの胸に叩き込まれる。

 バキベキボキと骨が砕ける音と同時に背の方にとてつもない衝撃が走る。

 殴られた反動が一瞬でジェイドを壁まで持っていったのだろう。黒の装飾された壁に僅かなヒビが入っていた。


「クッ、カッ……ハァァッハァァ!」


 呼吸をするのが必死のジェイドに対し元族長は先程の怯えた表情を見せず、知性を感じられる凛とした目をジェイドに向けていた。


「なぜっ! なぜだぁ。一体何が起こっているぅ?」


 かろうじて言葉を絞り出したジェイドの問いに元族長が淡々とした口調で答えた。


「簡単な事だ。私が進化で手に入れた力を使っただけだ」


 この答えに辺りは静まり返る。

 これは【進化】という言葉より理性を失っていた族長が答えを返したことに驚いていた。


「なっ! お前喋れたのか!?」


「否、私が喋れるようになったのは今さっきだ……とそんなことより主が取引についての話を望んでいるぞ?」


 そう言って顔をローブを男へと向ける。


「うんうん、実に良いタイミングだ。良い感じで勝てると思っただろ? 急にこんな強くなるとは思わなかっただろ? クックック、実に愉快だ。面白い!」


 男の言葉を聞き、思わず絶望の表情を浮かべるジェイド。

 最早先程与えたダメージも回復され敵も知性を持ち固有能力すら持っている。

 その上こちらは呼吸すら難しい程のダメージを貰っている。

 この絶望的な差は天地がひっくり返っても覆る事はあり得ない。

 その為普段から精神を鍛え何事にも冷静に対応できるジェイドですら絶望の表情を浮かべる他無かった。


「フハハハハッ!! 良いね! 実に良い! その絶望した表情! どうだ? 君は人狼の最上位種族でありながらもただゴミの様に蹴散らされ死んでゆくんだ? 怖いか? 怖いだろう?」


 ジェイドの顔がどんどんと青ざめてゆく。

 最上位種族のジェイドでさえ元族長のスピードは見切る事が出来なかった。

 ただ作戦も無い直線的な攻撃だけだったから感覚だけで捌く事が出来たのだ。しかし今では知能を持つが故に意思を持って攻撃してくる相手に感覚だけで捌く事は出来ない。

 ジェイドはこの時点で詰んでいたのだ。

 もう彼には男が言う残酷な運命しか待っていない。

 ジェイドはもう諦めていた。戦う事、抗う事、生きる事を……

 そんな彼に元族長は容赦なく詰め寄り言い放った。


「これでお別れだ……ジェイドよ」


 元族長の剛腕が真紅の血に包まれジェイドに襲いかかる。

 彼の手刀がジェイドの頭に直撃する刹那、ジェイドはローブの男の口が笑みで歪んだのを見た後、頭を潰されて死んだ。




こちらの執筆は number さんが担当しました!

http://ncode.syosetu.com/n4381ed/ 小説家になろう にて『俺の前世は最強勇者』を連載。多忙な中執筆いただきました……! 今後の活躍にこうご期待!

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