ある冬の日、一時間の恋模様。
短いストーリーを書いてみたくて書きました。
表現力が…ッ
白い息が吐いた傍から消えていく。見上げれば分厚い灰色の雲が空を覆い、落ちてくる雪を見上げれば何となく空に落ちている様な気になれる。
はぁぁ、と息。
雲よりも白い。
僕は今家の近くの公園にいた。
公園の時計は丁度13時を指している。
薄く積もった雪の上をウロウロと歩き回ればすぐに茶色い土に雪が汚れる。
「少し早く来すぎたなぁ」
居ても立ってもいられず、約束の時間よりも一時間早く来てしまったのだからしょうがない。こういう時はブランコがいい。ゆらゆらと漕げば少しは気休めになるからだ。僕は少し駆けてブランコまで行くと、パパっと雪を払って座ってみた。
一度体が"くの字"になるまで後ろに下がってから足を地面から離せば、振り子の原理でブランコが前に進む。
すっかり大きくなってしまった僕は、足をしっかり前に出すか、ギューっと膝を曲げていないとすぐに足が付いてしまう。
「ブランコってこんなに疲れるんだっけな」
こんな雪の日にブランコを漕いでいる人間が果たして日本には何人いるんだろうか。そんな下らない事に思いを巡らせていると、いつの間にか時計は13時10分になっていた。
この10分が長いのか短いのか。僕の人生の中ではかなり長い10分だったのではないだろうか。
「あと50分か…」
一世一代の大勝負。そんな大層なモノでもないのかもしれないけれど、今の僕にとっては少なくとも来週貰う通知表の内容よりは重要だと思えた。
時間を意識すると胃の辺りが引き絞られるような感覚になる。
僕は少し焦り出す心を誤魔化す様に「とぅッ!」と勢いよくブランコを飛び降りた。
そして溜息を一つ。
「ああ、寒いや。コーヒーでも飲もうかな」
まだ時間はある。
僕は公園の自販機ではなく、近くのコンビニまであることにした。
公園を出ると、サクサクと微かに聞こえる小美味の良い音を聞きながら僕は雪の乗ったアスファルトの上を歩いた。
休日の雪の日ともあって人通りは皆無だ。ニュースでよく聞く閑静な住宅街という表現がしっくり来るような道を5分も歩けば緑色を基調とした外装のコンビニへと辿り着いた。
車4台ほど停めるスペースがある程度の敷地で、店の外ゴミ箱の近くではカップラーメンを啜っている若い男女がいた。
その光景に何となく騒いだ胸にそっと手を当て深呼吸。
何でもないように店の自動ドアを潜れば軽快な入店チャイムが僕を迎えた。
「っしゃせー」
チャイムの軽快さとは裏腹に店員の声はそれ程やる気のあるものではない。どちらもいつも通りだ。
いつも通りじゃないのは僕の気持ちだけ。
そんなどうでもいいことを考えながらレジ傍のホットドリンクコーナーへと歩く。
途中靴の裏に付いた雪で滑りそうになって少し恥ずかしかったが、それが逆に何となくおかしくなって少しだけ気持ちが落ち着いた。
僕はいつもは飲まないブラックコーヒーを手に取ると真っ直ぐレジに向かった。
「っしゃーせー。…100円丁度なりゃーす。袋、入れますかー?」
「いえ、いいです」
かじかんだ手で財布をポケットから出すと、少し手間取りながらチャックを開けて100円を店員に渡した。
「丁度いたぁきゃーす。ありやとぉやしたー」
ジンワリと缶コーヒーの熱が僕の手を温める。
僕が店を出ると、いまだゴミ箱の横でカップラーメンを啜っている男女。男の方は面を食べ終わったのか、スープをズズズッと啜っていた。
「あー、冬のカップラーメンって何でこんなに美味いんだろうなぁ」
「確かに、なんか美味しいよね。駅前のラーメン屋より美味いと思うわ」
いつもは全く気にしないであろう、そんなどうでもいい会話にも今の僕の心は少し揺さぶられた。何だか少しドキドキと鼓動が速くなる。
僕は何となく逃げるようにコンビニの敷地を出ると一度立ち止まり、コーヒーのプルタブを引っ張った。
小気味の良い音を立てて開いた缶の口からゆるりと立ち上る湯気。それに混ざったコーヒーの香りに頬が緩む。
「熱ッ、苦ッ」
コーヒーの仄かに甘いに誘われて口を付けると流石に良く温まっているようで、熱を感じた僕の舌がヒリヒリと痛んだ。
「コーヒーってなんでこんなに苦いのに甘そうな匂いなんだろうな」
そんなどうでもいい疑問を口にしても誰も答えてはくれない。
それはそうだろう。
僕は今一人なんだから。
雪の日のコーヒーなどすぐに冷めてしまう。公園に戻る頃には残り半分になったコーヒーもすっかりアイスコーヒーになっていた。
少しゆっくり歩いたからか、公園の時計は13時30分を少し過ぎていた。
相変わらず公園には僕意外に人影がなく、ありふれた表現だけど世界に僕一人だけみたいだと思った。
「このまま、ずっと一人なのかな」
そんなことを呟いて飲んだコーヒーは少しだけ胃に染みた。
僕はまたブランコまで歩くと、さっきと同じように雪を払ってからブランコに座った。
今度はそのままユラユラ揺れるだけ。中身の入った缶を持ちながら大きくは漕げないから。
僕はふと思い出してボケットからスマホを取り出す。
トークツールのアイコンを確認すると何件か通知が来ていたようなので、かじかんだ手でアプリを開いた。
「なんだ、全部公式アカウントか…」
気にしていたアプリ内のアイコンには通知が無かったが、何となく開いてみると当然だけど最後の会話内容が表示された。
最後のメッセージは僕。既読マークはついているけど返信は無い。
「来るのかな…」
一人で舞い上がって一時間も前に到着してしまった現状を顧みると、彼女が来なかった時どんな気持ちになるんだろうか。
色々考えるけど、もしかしたら少しの落胆と…。
「安堵、かな」
僕は最後の一口を飲み干すと、「情けないなぁ」と自嘲した。
今のままの関係を変えたいと思う気持ちの中で、今のままの関係を壊すのが怖いと思っている自分がいる。一度は決意したはずなのに、あまりの緊張にもう帰ってしまおうか。と思う自分が確かにいる。
「返信、来てないしな」
それを理由に帰ったなら。
次に学校で会った時、今まで通りの関係でいられるのだろうか。
弱気な気持ちがどんどん膨らんでくる中で、それでもと思う自分が必死に抵抗してグルグル頭が回る。
そこで僕は気が付いた。
「そういえば、告白することばっかりで、全然考えてないな。彼女の事」
いつもは頭の中が彼女でいっぱいなのに。
彼女の笑顔。
彼女の仕草。
彼女の声。
彼女の匂い。
そんなことでいっぱいだった僕の頭は今や告白という行為を行うことでいっぱいだ。なんだか凄く不思議だった。
ふと目が覚めたように周りを見渡すと、時計が目に入った。
グルグルと妄想の中にいたら既に時計の針は13時45分をさしていた。周りの雪はここに来た時よりも積もっていて、僕は何だか随分時間が経ったみたいに錯覚した。
「あと15分…」
自分の呟きがどこか遠く聞こえた。
心臓の音が大きくなって、目の前が少しチカチカしたような気がした。
「駄目だ、凄い緊張してる」
僕はブランコから立ち上がると公園の自販機の横にあるゴミ箱へ空き缶を捨てに行った。
カコンと言う音を鳴らしゴミ箱の底へ落ちた缶。そんな音にも反応してしまう僕の心臓…。
「うぉぉぉ。ヤバイ、マジでヤバイ」
ゴミ箱の前で頭を抱えてグルグル回る男子と言うのは傍から見るとどうなのだろうかと、妙に冷静な自分の存在に関心しながら僕はグルグル回る。
「こういう時は一端深呼吸をしてだな」
二回ほど深呼吸をしてみたものの、全く気持ちが落ち着かない。手が震えているのは寒さのせいだけでは無さそうだ。
その時僕の後ろ、公園の外から雪を踏む音が聞こえた。
僕の心臓が跳ねて、ついでに体も跳ねた。
ピョンピョンとまるで兎みたいだ、とそんなどうでも良い事を考えながらゆっくりと後ろを向くと、女の子が白い息を吐いて立っていた。
ブレザータイプの制服に黄色いマフラーを巻いた彼女は紛れもなく僕の待ち人だった。
時計の針は13時50分。約束の時間よりも10分前だ。
彼女はサクサクと音を立てて僕の方へゆっくりと歩いてきた。
「急にどうしたの?」
そう言う彼女の鼻の頭は赤かった。
「あ、うん。寒い中ゴメン」
「んー、いいよ」
僕は「ちょっと待ってて」とポケットから財布を取り出すと雪の上に小銭をぶちまけた。ワザとではないし、ちょっと泣きそうだ。
彼女は「あー、何してんの」と一緒になって拾ってくれた。
「雪、冷たいね」
「ん、ありがとう」
彼女は少し笑いながら僕に拾った500円玉を渡してくれた。ヒンヤリとして冷たい手だった。
僕はその500円玉を自販機に入れるとあったかいコーンポタージュを二つ買って一つ彼女に手渡した。
「くれるの?」
僕は一つ頷くと、カコンと缶の口を開けた。
彼女は爪でパチンパチンと引っかけていたが、上手く開けられないようで眉根が少し寄っている。
「手がかじかんで開かないや」
「じゃあこっちあげる」
「ありがとう」
缶を交換して僕はもう一つ蓋を開けた。
「温かいね」
「うん、温かい」
はぁぁ、と吐く息の後ろに彼女の少しはにかんだような笑顔が見えて、恥ずかしくなった僕は少しだけ目をそらした。
そうして僕らは揃ってコーンポタージュを飲んだ。
二人きりの公園で。
その事実だけで少し満足しそうになった自分を叱咤すると、僕は今日一番の勇気を振り絞った。
「…好きだ」
「…コーンポタージュ?」
少し震えてしまった僕の声に、少し楽しそうな彼女の声。
はにかんだ彼女の頬は少し赤みがさしていた。目はしっかりと僕の目を見返している。
その真っ直ぐな瞳に僕の息は詰まった。だから僕はそっと静かに目を閉じたのだ。
「…そっか」
彼女は大きく息を吸うと、ゆっくり吐き出した。
真っ白い息が舞い上がり、彼女の顔が少しだけ隠れた。
彼女が少しだけ俯くと、さらりと長い髪が揺れる。
「私も好きだよ」
そして目を閉じた彼女が静かに溢した呟きは、僕の心にそっと染み渡ったのだ。
ないッッ!!!!