季節廻る国の最初の雪祭り
むかしむかし、あるところに、春・夏・秋・冬、それぞれの季節を司る女王様がおりました。 女王様たちは決められた期間、交替で塔に住むことになっています。 そうすることで、その国にその女王様の季節が訪れるのです。
ところがある時、いつまで経っても冬が終わらなくなりました。 冬の女王様が塔に入ったままなのです。女王様は塔の一番高い部屋の中に閉じこもってしまったのです。
このままでは、辺り一面雪に覆われ、このままではいずれ食べる物も尽きてしまいます。困った王様は国中にお触れを出しました。
『冬の女王を春の女王と交替させた者には好きな褒美を取らせよう。 ただし、冬の女王が次に廻って来られなくなる方法は認めない。 季節を廻らせることを妨げてはならない』
さて、王様のお触れを見て、多くの人々が塔へとやって来ました。冬の女王様を春の女王様と交替させるということがとても簡単なことのように思えたからです。そして何よりも、王様から好きな褒美が貰えるのです。
さて、塔の、冬の女王様の部屋の前に、多くの人々が集まりました。その中で、国一番の大泥棒が張り切って言いました。
「俺はどんな扉の鍵だって開けてしまうことができる大泥棒だ。冬の女王様が閉じこもっている部屋の鍵だって開けることができる。鍵さえ開けてしまえば、冬の女王様を部屋から外へ連れ出すことができるじゃないか」
国一番の大泥棒はそう言うと早速、冬の女王様が閉じこもっている部屋の鍵穴に針金を差し込み始めました。
カチャ、カチャ、カチャン
「もうすぐ開けれそうだ」と国一番の大泥棒が言うと、扉の前で待っていた王様や他の女王様、そして国中の人々は歓声を上げました。
「おぉ。これで春が来る! 土を耕す準備をしよう!」
しかし、どうしたことでしょう。冬の女王様が閉じこもっていた部屋の扉の鍵穴が凍りついてしまったのです。
「なんてことだ! 鍵穴が氷で覆われてしまった。これでは扉の鍵なんて開けることはできない」と国一番の大泥棒は叫びました。扉の鍵が開くのを今か今かと待っていた人々は、ため息を吐きます。
その様子を見ていた、この国一番の力持ちの男が今度は名乗りを上げました。
「この扉を開ければ良いのだろう? 俺はこの国一番の力持ちだ。鍵が掛かっていようが、俺の力さえあれば、扉を壊してでも開けることができる! 扉さえ開けてしまえば、冬の女王様を部屋から片手で運び出すことだってできるぜ。俺は力持ちなのさ!」
国一番の力持ちの男は、冬の女王様が閉じこもっている部屋の扉のドアノブを両手で持って、扉を引っ張り始めました。国一番の力持ちの男は呼吸を忘れたかのようにドアノブを引っ張り続けます。
ミシ、ミシ、ミシと、扉が悲鳴を上げています。
「もうすぐ開くぞ」と国一番の力持ちの男が言うと、扉の前で待っていた王様や他の女王様、そして国中の人々は歓声を上げました。扉はもうすぐ壊れてしまいそうでした。
「今度こそ開きそうだ! おぉ。これで春が来る! 種まきが出来るぞ!」
しかし、どうしたことでしょう。冬の女王様が閉じこもっていた部屋の扉全体が氷に覆われてしまいました。鍵穴だけでなく、ドアノブも、扉全体も、ぶ厚い氷に覆われてしまいました。
「冷たい! 手が凍りついてしまう。これでは扉なんて開けることはできない。それになんて硬い氷なんだ」と国一番の力持ちの男は叫びました。扉が開くのを今か今かと待っていた人々は、ため息を吐きます。
国一番の力持ちの男が、寒い寒いと手を擦り合わせているのを見て、今度は綺麗な衣装を着た女の人が扉の前に立ちました。
「さぁさぁ、今から、この国一番の踊子である私が、誰も見たことのないような踊りをご覧に入れますよ。泣いても笑っても今日一回限りの踊りです。皆様どうか、お見逃しなく」と、冬の女王様が閉じこもっている部屋に向かって叫び、そして丁寧なお辞儀をして踊り出しました。
その女性の踊りは、まるで天使が舞い降りたような、妖精が踊るような素敵な踊りでした。扉の前に集まった人々は、その踊りに心を奪われ、長い時間それに魅入ってしまいました。
自然と拍手が沸き起こります。冬の女王様が閉じこもっている部屋の前は、まるで秋の収穫のお祭りのように盛り上がります。
「今度こそ開きそうだ! きっと冬の女王様も、この踊りを見たいに違いない。きっと扉を開けてくれるさ!」
ですが、いくら国一番の踊子が踊り続けても、扉は開く気配はありません。やがて、国一番の踊子は息を絶え絶えに言いました。
「もう疲れてこれ以上は踊れません」
国一番の踊子の踊りに夢中だった人々は、自分たちが扉を開くために集まっていた事を思い出し、また、ため息を吐きます。
国一番の大泥棒も、国一番の力持ちの男も、国一番の踊子も冬の女王様の閉じこもっている部屋の扉を開けることができません。他にも扉の周りに集まった人は大勢いましたが、どうやったら冬の女王様が部屋から出てきてくれるのか、見当がつきません。
「他に、冬の女王を春の女王と交替させようとする者はいないか? 褒美は思いのままだぞ!」と王様が尋ねますが誰も名乗りを上げません。
「このままだと春に蒔く種も食べ尽くしてしまう」
「その前に、もう暖炉にくべる薪がもう無い。寒さで凍えてしまうよ」
「もうこの国は人の住める場所じゃないのかもしれない。南の国へ逃げよう。南なら温かいはずだ」
冬の女王様の扉の前で人々は冬が終わらないことを嘆いています。
そんなときです。村の小さな子供が扉の前に立ちました。冬だというのにボロボロの服を着ています。それに、その子供は靴も履いていません。雪の中を裸足で歩いてきたのでしょうか。
そんな村の子供を見て、王様が言います。
「少年よ、君も挑戦するのかい? 冬の女王を春の女王と交替させた者には好きな褒美を取らせよう。お腹いっぱいのご飯でも、温かい服でも良い。どんな願いでも思いのままだ」
しかし、春の、夏の、秋の女王様も、国一番の大泥棒も、国一番の力持ちの男も、この国一番の踊子も、村の小さな子供を見て口々に言いました。
「あんな子供では扉を開けることはできないよ」
村の小さな子供は、ゆっくりと扉へと歩いていき、言いました。
「冬の女王様。もういいのです。春が来ないとみんな困ってしまいます」
村の子供は泣きそうな声で言いました。扉の前に集まっていた他の人たちは、なんのことだか分かりません。お互いに首を傾げ合っていました。
そして、しばらくして、冬の女王様のいる部屋から小さな声が聞こえて来ました。
「本当に良いのですか?」
王様も、他の女王様も、大泥棒も、力持ちの男も、踊子も驚きました。今まで、王様が呼びかけても、他の女王様が話しかけても、扉の外がどんなに騒がしくても、冬の女王様は返事をしませんでした。久しぶりに聞いた冬の女王様の声でした。
「はい」と村の少年は言いました。
「本当に、本当に良いのですか? 私がこの部屋から出て、春の女王様がこの部屋に入ったら、春が来ますよ。本当に良いのですか?」
扉の向こうから冬の女王様の声が再び聞こえました。冬の女王様の声は、泣いているような声でした。
「はい」と再び村の少年は答えます。
「本当に良いのですか? このまま春が来たら、あなたがお母さんと一緒に作った雪だるまは溶けて消えてしまいますよ? また、季節が廻って冬が来ても、あなたはお母さんと、二度と一緒に雪だるまを作ることは出来ないのですよ? あなたの大切な思い出が消えてしまうのですよ?」
村の子供の母親は一ヶ月前に亡くなっていたのです。最後に、その子供と一緒に作ったのが、雪だるまでした。その子供は、少しずつ春が近づき、雪だるまが徐々に小さくなっていくのを毎日眺めて泣いていました。
そして、冬の女王様は塔の窓からその景色を眺めて知っていたのです。そして、冬の女王様は、その子供の事を可哀想に思い、部屋から出ないようにしていたのでした。
「はい。冬の女王様。今までありがとうございました。僕、知ってるんです。いつも冬の女王様が降らしてくださっていた雪の結晶。その雪の結晶に『泣かないで』と手紙を書いてくださっていたこと。お母さんが居なくなってしまったのは寂しいけれど、一緒に作った雪だるまが溶けてしまうのは悲しいけれど、また冬が来たらお母さんの分まで僕が雪だるまを作ります」
「分かりました」と、冬の女王様が言いました。そして、凍りついていた扉は溶け、そして扉が開きました。
冬の女王様が部屋から出てきたのです。そして冬の女王様は言いました。
「お待たせしました。春の女王様。どうぞ中へ」
「その前に少しお時間をくださいな」と春の女王様は笑顔で言います。涙を流していますが、その笑顔はまるで春の日だまりでした。
春の女王様は、扉の前に立っている村の子供を優しく抱きしめました。そして言います。
「ごめんなさい。私はあなたとあなたのお母様が一生懸命作った雪だるまを溶かしてしまうわ。でも、お母様が好きだった花を野原一面に咲かせてみせるからね。それで許してね」
「春の女王様を恨んだりなんてしません。それに、ありがとうございます」と村の子供は答えました。
やがて、春の女王様は部屋の中へと入っていきました。その後、王様が申し訳なさそうに言いました。
「すまない。村の少年よ。好きな褒美を取らせようと言ったが……いくらこの国の王様の儂でも、死んだ者を生き返らせることはできないのじゃ」
「いえ、王様。僕の方こそ、みんなに迷惑をかけてしまってすみません。どうか、冬の女王様を叱ったりしないでください。それが僕の望みです」と村の子供は言いました。
「叱ったりなぞ、出来るはずもなかろう。少年よ、さぁ、他の望みを言うのじゃ」と王様は言いました。
「また冬が来たら……僕は雪だるまを作りたいです。でも……やっぱり一人で作るのは寂しいです」と少年は俯きながら言いました。
「手伝いたいのだけれど、私はその頃は塔の中にいなければならないわ」と冬の女王様が残念そうにいいました。
「俺が手伝ってやるよ! 俺はなんたって国一番の力持ちだ。大きな雪だるまを作ろうじゃないか!」と国一番の力持ちが言いました。
「俺も手伝うぞ!」
「私も手伝うわ」
扉の前に集まっていた人々が口々に言います。
「よし分かった! それでは、毎年、雪が積もったら、国中のみんなで雪だるまを作ることにしよう!」と王様は言いました。
次の年、雪が積もると、王様も、春の、夏の、秋の女王様も、力自慢の男も、どんな鍵でも開けてしまう大泥棒も、この国一番の踊子も、国中の人々も、雪だるまを作りました。
これが、季節廻る国の雪祭りの始まりです。季節廻る国では、雪が積もると国の至る所で雪だるまが作られます。国中のみんなが、力を合わせてたくさんの雪だるまを作るのです。季節廻る国の冬には、数え切れないほどの雪だるまがあるそうです。