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一日目(二)

 小一時間ほど経った頃、レンジュが火を起こしたと言って私たちを迎えに来た。

「俺が見たところ、この周辺にはそこまで危険な植物はなかったけど、やっぱり俺の知らない種もたくさんあったよ。だからむやみに触ったりはしないように」

 そう忠告し、私たちはレンジュの後に従って密林の内部へ足を踏み入れた。

 種々の葉や蔓が伸び伸びと広がり、毒々しい色の花や葉が至る所に見られた。美しいと思いこそすれども、猛毒があるかもしれないという危険が頭をよぎり、最終的にそれらに触りたいという考えは起こらなかった。林立する数十メートル規模の高木が樹冠で葉を広げているおかげで、地上に届く日光の量は少なかった。

 少しして、薄暗い木間の向こうに煙が立ち上っているのが見えた。

 レンジュが火を焚いた場所は、私たちが待機していた水辺から歩いて数分のところだった。

「すごい……本当に火起こしまでできたんだね、レンジュ」

 私は素直に感心した。

 マッチもライターもなかったはずだが、大きめの石で囲んだ内部には薪がくべられ、確かに大きな炎が揺らめいている。

「少しだけど果物も取ってきたから、温まりながら食べよう」

 彼はそう言って、火から離れたところに置かれていた、仄赤く染まった黄色い楕円形の果実を私とマヅチに渡した。

「これ、何?」

 こぶし大の大きさの果実を観察しながら私は尋ねた。

「マンゴー。嫌いだった?」

「ううん。皮を剥く前のマンゴーは初めて見たかも」

 私たちは火の前に腰を下ろし、それぞれマンゴーの皮を剥いてその果肉を頬張った。

「うまっ!」

 マヅチが歓声を上げる。

「やっぱり採れたての食材がおいしいのって本当なんだね」

 私も同意した。今まで食べたマンゴーとは比べものにならないほど甘かった。

「まあ、ちょっと臭いのが玉に瑕だけどな」

 小腹を満たし、各々服も乾いてきたところで、マヅチが重々しく口火を切った。

「で、レンジュ。この島のことについては何かわかったか?」

 私が落ち込むと楽天的な態度で慰めてくれるマヅチだが、ちゃんと現実とも向き合っているようだった。

「まず、俺が散策して最初に気付いたのは、どうやら俺たちのいるこの場所が切り立った垂直の岩壁にぐるりと囲まれているらしいってこと。高さはざっと四十メートル前後ってところかな」

「それって、私たちは自力でここから出られないってこと?」

 誰も頷かなかったが、場には肯定の空気が流れているように思えた。

 レンジュは続けた。

「それから、辺りで一番高い木――それこそ四十メートルを超えるようなものに登ってみたら、壁の上の樹木の隙間から島の外の様子を窺えたよ」

「何か見えたのか?」

 マヅチが興奮気味に訊く。

 レンジュは自嘲気味に笑った。

「見えたよ、水平線がね」

 水平線だけがね、と彼は俯きがちに付け加えた。

「でも、この島には食べ物が大量にあるから、しばらくはそういう面で困ることはないと思うよ」

 しばらく食べ物に困らなかったとして、そのしばらくの間に助けは来るのだろうか。捜索隊が私たちを捜すとして、どれだけ遠くへ流されたか知れない私たちを見つけるまで、ずっと捜索を続けてくれるのだろうか。一生食べていけるだけのものがあったとして、助けが来なければ、生き延びたところで意味などないのではないか。

 私は、本当にあの嵐から助かったのだろうか。これは、未だ海底へ沈みゆく私の最期の夢なのではないだろうか……

「まっ!」

 突然マヅチが大声を上げ、孤独の闇に呑まれかけていた私の意識は現実へと引きずり戻された。

「助けが来るまで、この大自然でのんびり過ごそうぜ!」

「マヅチらしいな」

 レンジュが笑った。

 私の目には、レンジュもまたこの状況をそこまで苦には思っていないように見えた。

「二人とも、よくわかんない!」

 私は地面の上に横になった。

「あ、イサナがすねたぞ」

「すねちゃったね」

「すねてない!」

「イサナ、寝るならこれでも敷いて」

 レンジュが傍にあった濃緑色の大きな葉っぱを手折って差し出した。

「ありがと」

 私は葉っぱの上に横になり、マヅチたちにはしばらく背を向けた。その間もマヅチたちは私をからかい続け、私はむきになって返し続けた――ふりをした。本当は、眠るまで寂しくなりたくなかっただけだった。

 気付けば、辺りには薄闇が蔓延り始めていた。



 薄く目を開けると、木々はすっかり闇に溶けていた。月光も届かないこの鬱蒼とした夜の密林では、焚火が唯一の光源のようだった。

 炎の爆ぜる音の奥から、ささやかな声が聞こえた。

「船が転覆したのは、俺の責任でもある」

「あんまり自分を責めるな。いいことねえぞ」

「俺はガイドのサポートをするよう父さんに頼まれていた。俺はまだ船が沖まで出ていなかった頃、確かではなかったけど、嵐の予兆を感じたからガイドに引き返すよう進言した。でも、ガイドは予報では今日は晴れだって言って、見栄を張って予定通り沖合の島へ船を進めた。あの時、無理にでも引き返させるべきだった」

「そう言えば、嵐の前に口論していたみたいだったな。でも、お前はあくまでサポートを任されたんだろう。進言しているんだから、役目は全うしている」

「ガイドのサポートなんかより、この国の民として、君たち観光客を守る責任を果たす方がずっと重要だった。俺が君の両親を殺したようなものだ」

「人の親を勝手に殺すなよ、最期を見たわけでもねえんだろ? それに……お前が俺たち二人を救ってくれたのは確かだ。そのこともちゃんと念頭に置いておけ」

 マヅチもレンジュも、私といる時とは態度がだいぶ違った。

 私は、自分が常に二人から気を遣われて過ごしているのだということを理解した。

 誰もが、優しさの裏に弱さをもっている。


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