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十一日目(二)

「さて、俺はそろそろ寝るかな」

 夕食後の談笑が盛りを迎えた頃、マヅチはそう言って自身の寝床へ向かった。

「別に気にしないで喋っていていいからな」

「うん、わかった。おやすみ」

 私と共に火の傍に残ったレンジュは、怪訝そうな表情をしていた。

「どうかしたの?」

 パチパチと火が爆ぜ、私の声をくぐもらせる。この声ならマヅチには聞こえないだろう。

「最近、マヅチはあまり眠れていないみたいだ」

 レンジュもまた声を潜めた。

 私が眉根を寄せたことに気付いた彼は、言葉を足した。

「イサナのせいじゃないよ。表には出さないだけで、きっとマヅチにもこの島で暮らすストレスは溜まっているんだ」

 普段の陽気で楽天的な態度の裏に、ストレスを溜めて悩むマヅチの姿を想像すると、何だか痛ましい気持ちになった。

 何ができるかはわからないけど、今度は私がマヅチを支えてあげないと。

 私はもう一人の親友に顔を向けた。

「レンジュは? レンジュは大丈夫なの?」

「現代的な科学技術が一切使えないのは確かに不便だけど、ど田舎で暮らしていると思えば、こんな島でも多少の親近感は湧くよ。少なくとも、イサナとマヅチほどのストレスは感じない」

 彼は安心させるような微笑を浮かべた。

「……ねえ、イサナ。喉、渇いてない?」

 私は彼の唐突すぎる問いに一瞬戸惑いを覚えた。

「うん、ちょっとだけ……」

「じゃあ、飲みに行こうか」

「こんな時間に?」と思いつつも、気付けば私は彼に倣って腰を上げていた。今の彼の言葉と行動には、形容し難い強制力があった。

 水辺に着く頃には目が慣れ、周囲の木々の形がぼんやりと闇の中に浮かび上がっていた。レンジュはすぐにヤシの木に登って実を取り、夜気に溶け込むように黙々と外皮を剥がす作業を開始した。

 頭上を覆う葉の黒い影の隙間から、砂粒のような仄かな光が垣間見えた。祖国から遠く離れた異国の地でも、夜空には等しく星が輝いている。このわずかに見える星空だけが、この島と祖国とを繋ぐ架け橋だった。

 あの星は、日本からも見えるのかな……

 こうして郷愁の思いに駆られたのは、生まれて初めての気がした。

「イサナ」

 不意に目前から声が聞こえ、私は背筋を震わせながら首を戻した。

 レンジュが大きな丸っぽいものを差し出していた。

「あ、ありがと」

「こっち側に孔が開いてる」

 私はレンジュと並んで地べたに腰を下ろし、渇いていた喉を潤した。

「レンジュも、はい」

 私は彼に実を渡した。

「うん、ありがとう。これって……間接キスだよね」

 さりげなくそう言い、レンジュは孔に口をつけて実を傾げた。

 私は束の間頭が真っ白になった。すぐに、レンジュが一体どんなつもりで言ったのか、短時間のうちに物凄いスピードで思考が巡らされた。

「そ、そんなこと気にしていられる状況じゃないでしょ……」

 思考が帰結しないことを悟って、私はようやくそれだけ言った。

「私が口をつけたのじゃ、嫌だった……?」

「そんなことないよ」

 微かに「むしろ……」と続く声が聞こえたのは気のせいだろうか。

「ねえ、イサナ」

「ん?」

「昼間、俺にならストーカーされても平気だって言ってくれた時、俺、嬉しかったよ。イサナにそこまで許してもらえているんだ、って」

「う、うん……」

 何か妙な気配が漂っている気がした。心がむず痒くなるような、変な感覚だった。

「ねえ、イサナ」

 彼は再び言った。

「ん?」

「もしもこの島で、マヅチか俺のどちらかと一生一緒に生きていくことになるとしたら、どっちがいい?」

 思わずプロポーズの言葉に聞こえてしまった自分が、恥ずかしくてたまらなかった。幸い、赤らんだ顔は夜の闇に紛れて見えはしない。

 こんな時にそんなことするわけないよね。今の流れじゃ、きっと誰だって勘違いするよ、うん。でも、もし本当にそうだったとしたら、私は何て答えていたのかな……

 マヅチかレンジュと、この島で一生過ごす。二人きりで、ずっと一緒に。二人きりで。

 二人……きり? でも、そしたらもう一人は……

 その時、私は気付いた。彼の言葉の意味に。彼の問いの真意に。

 私の中に生まれたのは、激しい憤りだった。おそらく、レンジュが私に喉の渇きを尋ねた時から、全てがこの質問のために巧妙に仕組まれていたのだろう。

 理由はわからない。でも、なぜだか確信できた。

 レンジュは言外にこう尋ねている。

『自分とマヅチ、どちらか一方しか生き残れないとしたら、どちらに生き残って欲しい?』

 と。言い換えれば、どちらの死なら受け入れられるか、そう問うていることになる。

「イサナ?」

 レンジュはこちらに顔を向けていた。でも表情は見えない。目の前に隠されている表情は、本当に私の知るレンジュのものなのだろうか。レンジュは、こんなに酷い質問を私にするような人間だったのだろうか。

「そんなの、答えられないよ‼」

「イサ――」

「それって、マヅチかレンジュのどちらなら死んでもいいかって訊いてるんでしょ!? 何で……何でそんな質問するの……」

 彼は長い間を置いた後に、「ごめん……」と非を認めるように謝った。

「やっぱり、そういう質問だったんだね」

 私はすっくと腰を上げ、レンジュを置いてその場を後にした。

 寝床で目を瞑った私は、自己嫌悪に襲われた。レンジュのことを信じられなくなった自分が、他者を悉く拒絶した過去の自分と重なっているように思えた。

 それから二日後、マヅチが風邪を引いた。


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