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14.メイド達の事情

 どんな状況でもすぐに眠れると自負していたレオンハルトが、寝不足の頭を押さえながら帰城の途に就いた頃。

 皇城では、知らせを受けたエレノア付きのメイド達が揃って沸き立ち、やる気をみなぎらせていた。

 いつフェンドルに帰れるか分からない悪条件をものともせず、エレノアの力になりたいとダルシーザ行きを志願した娘ばかりだ。彼女達は使用人としての心得をしっかり仕込まれている。大貴族であるランズボトム家で働いてきたというプライドもある。何より、エレノアに忠誠を誓った者ばかりだった。


「ようやくお会いできるのね。船旅で疲れていらっしゃるでしょうから、お好きな紅茶を淹れて癒して差し上げなくては。焼き菓子は出来上がってる?」

「ええ、もちろんよ」

「爪や髪の手入れも早速させて頂かないと。グレタはそういうことに疎いから」


 小鳥たちが囀るような華やかな声が部屋に満ちる。

 彼女たちが張り切るのには理由があった。

 

「宗主様の選んだ方に陰口を叩かれては、私たちの名折れよ。お世話において手抜きは許されない。レオンハルト様にも率先してエレノア様を尊重する態度を見せて頂かなくては。――もろもろ、分かっているわね?」


 メイド長が腰に手を当てる。

 一番の年長者である彼女の視線を受け止め、全員が力強く頷いた。

 

 この城に来てメイド達が驚いたのは、レオンハルトの人気の高さだった。

 宗主という立場にあるとはいえ、人の心まで従わせることは至難の技だ。敵国の将軍をそうそう主として認めることは出来ないだろう。風当たりの強さを予想しながらやって来たのに、蓋を開けてみれば、城の人々は皆レオンハルトに傾倒していた。これはどういうことなのか。

 それとなく彼らの話を立ち聞きして回り、彼女たちが掴んだ情報は、主人であるエレノアに不利なものだった。


 ――『パトリシア皇女様が直々に後を任されたお方』

 ――『我らが皇女様と深い信頼関係にあった将軍』


 そんな言葉と共に耳に飛び込んできたのは『宗主様には、ファインツゲルトの令嬢と縁を結んで欲しかった』というもの。

 レオンハルトがフェンドルへ帰国し、自国公爵家の姫を娶ったことに落胆している者は少なくなかったのだ。


 グレアム王はファインツゲルトとの混血政策を打ち出し、融和を進めている。

 ダルシーザへ移住し、ファインツゲルト人と婚姻を結んだ者には特別報奨金が与えられるという施策は、その最たるものだ。土地取得や税においても優遇される為、戦後ダルシーザに流入するフェンドル人の数は増え続けていた。長引いた戦争のせいで圧倒的に不足している健康な働き手の数を増やしたいという目的は、徐々に達成されつつある。

 その一方、グレアム王はファインツゲルト人への差別や搾取を厳しく禁じた。

 『良き隣人としての義務を果たせ』というのが、グレアム王の掲げた方針だ。ファインツゲルト人と一つの国家を形成し、共に繁栄していこうという王の意向に反対する貴族もいないわけではなかったが、先の戦争に多大なる貢献を果たした三大公爵家がすぐにグレアム王を支持した為、大勢は決していた。

 

 アシュトン・ランズボトムが一人娘をダルシーザの宗主に嫁がせると決めた背景には、グレアム王への忠誠をより強固に示す、という意味合いもある。

 ランズボトム公爵はメイド達が出立する前、彼女らを広間に集め、直々に声をかけた。

 曰く、『陛下の意向に背く振る舞いは慎み、かつエレノアが粗略に扱われることのないよう立ち回り、かつレオンハルトがエレノアを軽んじた場合は厳重に抗議するように』

 あまりの難題にメイド達は目眩を覚えた。

 だが同時に示された多額の報酬に、身が引き締まる思いにもなった。


 そういった経緯の結果、メイド達の心は一つにまとまっていた。

 エレノアこそがレオンハルトの妻にふさわしい唯一の女性だと、何としても周囲に認めさせる。

 「いざ、開戦!」と誰も叫び出さないのが不思議な勢いだった。

 

 

 一方、メイド達が城に馴染むまでの世話を任されたモンテサント夫人は、実際に彼女たちに会うまで戦々恐々としていた。

 城では生粋のファインツゲルト人が多く働いている。コックや庭師、馬丁や掃除婦に至るまで、殆どが戦前から皇城にいる者たちだ。

 ファインツゲルト人を、戦勝国からやってきたメイド達が見下し、こき使うのではないか。それだけで済めばいいが、もし彼らが職を追われるような事態になったら。

 不安がるモンテサント夫人を宥めたのは、宗主補佐として働いているダニエル・クリストフだった。


「そんな横暴を許す宗主だと思いますか?」

「もちろん、伯爵様のことは信じています。ですが奥方様は、フェンドル王の妃候補でいらっしゃったご令嬢だとか。気位の高い方に違いありません」

「私は宗主の選択も、信じてますよ。彼がゲルト民を虐げるような女性を選ぶ筈がない。宗主は、皇女様と約束を交わした。『自身の持てる力の全てでこの土地を守っていく』とパトリシア様に誓われたのです。この話は、貴女も知っているでしょう?」

「ええ……。城を去る時、皇女様が話してくださいましたもの。レオンハルト様を信じ、これからもダルシーザ復興に力を尽くして欲しい、と」


 モンテサント夫人は目頭を押さえた。

 今は大国サリアーデで暮らしている皇女との、短いが満ち足りた日々が瞼の裏に浮かんでくる。

 常に民を案じていた皇女が、間違った人選をするとは思いたくない。

 ようやく納得し、モンテサント夫人は息をついた。


「ですが、だからこそ、伯爵様にはゲルト人の娘を娶って欲しかったとも思いますの」

「まあ、それには私も同意見ですよ」


 ダニエルは肩をすくめ、モンテサント夫人を顔を見合わせ笑った。


 

 王都からやってきたメイド一行は、洗練された美しさを誇る若い娘ばかりで形成されていた。

 彼女らを一目見ようと、城壁には若い兵士達が鈴なりになった。

 お揃いの白いコートを纏ったメイド達はゲルトの兵士たちの視線に気づくと、彼らを愛らしく見上げ、ふわりと微笑んだ。

 もちろん彼女達はそうすると決めて、やって来ていた。可憐な容姿は武器の一つだ。

 まるで一斉に咲きほころんだ純白の花束のようだった、と後に兵士の一人はうっとり語った。お高くとまったいけ好かない娘共に違いない。そんな彼らの先入観は、あっという間に突き崩された。

 メイド達は、城の雑事を取り仕切ってきた使用人頭であるモンテサント夫人にも、丁寧な物腰で挨拶した。


「分からないことが多くご迷惑をおかけすると思いますが、こちらのやり方に馴染めるよう精一杯努めます。どうかご指導をよろしくお願いいたします」


 あくまで皇城での上役はモンテサント夫人だと、メイド達は膝を折った。その上で、自分達の女主人であるエレノアに敬意を払って欲しい、とやんわり伝える。

 身構えていたモンテサント夫人は拍子抜けし、ただ頷くことしか出来なかった。

 

 そうして少しずつ準備を進め、半月経った今、ようやくエレノアをこの城に迎えることが出来るのだ。

 メイド達ははしゃぎながら、各々の身支度を確認し合った。


「跳ね橋があがったわ!」


 双眼鏡を手に城門を見張っていたメイドの一人が声をあげる。

 メイド長はエプロンドレスの裾を小気味良く捌くと姿勢を正し、総勢十二名の同志を見渡した。


「では、参りましょう」



 エレノアを隣に座らせた馬車の中、レオンハルトは不意に悪寒を感じた。

 城の城門をくぐった瞬間、嫌な寒気が背筋を這い上ったのだ。


「レオンハルト様?」


 エレノアが気づき、小首を傾げて彼を見てくる。


「何でもない。今日は冷えるな」

「そうでしょうか。日差しは暖かいわ。……風邪を召されたのでなければいいけれど」


 エレノアは眉を曇らせ、心配そうにレオンハルトの腕をさすってくれる。

 満更でもない気分になり、レオンハルトは妻の手を握って止めさせた。


「大丈夫だ。貴女が寒くないのならいい」

「私は大丈夫です。ありがとうございます」


 湯浴みを済ませ、きちんと髪を結い上げたエレノアは自信を取り戻したようだ。

 凛とした笑みを浮かべ、馬車の窓から近づいてくる城を眺め始める。


「……美しい城ですのね」

「ああ。とても綺麗だ」


 レオンハルトは妻から目を離さないまま答えた。



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