チェルジーカ
むかしの事でした。
チェルジーカという少女が、森の中に住んでいました。チェルジーカは幼くして両親を亡くし、親戚からも街の人からも迫害された末、森の中に追い込まれたのでした。
小さな丸太小屋に暮らす彼女の生活は、単調で同じことを何千回も繰り返す日々。日が昇れば起きて、キノコや姿を隠して街で買ったわずかな牛肉でスープを作り食べる。昼には森を歩きまわり森に来た誰かをこっそり観察。夜は朝作ったスープを食べて寝る。
こんな生活をもう10年以上は続けていました。
チェルジーカは真夜中、窓から見える満月を見て思うのです。
「どうしてわたしは人から嫌われるのだろう。今まで、他人に迷惑をかけたことがあったかしら…?」
同じ月を親戚や街の人々は”綺麗”だと感じ、それを周りと共有している。チェルジーカにはそんな仲間がいませんでした。自分の世界に閉じこもって、ただ日々の暮らしを全うするだけです。彼女はそれで精一杯でした。
満月を見てから数日後の真昼、チェルジーカはいつものように森に来る人たちを木陰から観察していました。当時の森は盗賊や浮浪者たちの集まる危険な場所である一方、恋人たちがこっそり集まって営みをする場所でもありました。
チェルジーカは下層階級出身の割に文字の読み書きができる人間で、紙にいつも森に来る人間たちのことを書いていました。しかし最近はさまざまな登場人物が出てきても、物語にパターンがあることを知って飽き飽きしていました。
それでも彼女の娯楽は人間観察くらい。この時間が、彼女の全てを忘れられる物語でした。
「街の人々の暮らしは私にとっての物語。空想の物語」
そう心で思っていましたから、チェルジーカは街の人々を架空の人物のように考えて生活していました。
「今日はどんな物語を見せてくれるの?」
そう思いながら人が来るのを待っていると、若い男がよろよろになって地面に倒れました。チェルジーカは心配になり、その場に駆け寄りました。
ヨロヨロの服に痩せこけた頬、もう何日も食べていない様子でした。彼女は心配になり自分の家に連れて帰りました。小さな身体に男の大きな体を乗っけて、必死に引きずりながら。
男をベッドに寝かせると、チェルジーカは水を汲んできて、男の汚れた体を拭いてやりました。そしてパンに普段なら街でも手に入らない豚肉のステーキと、サラダを作って目が覚めた男に食べさせました。
最初初めて来た場所で目が覚めたことにビックリした男でしたが、チェルジーカが助けたということがわかると、安心して眠りにつきました。
翌朝、チェルジーカはイスの上で男に尋ねました。
「どうして森に追われたの?」
男ールツーキは答えました。
「オレは幼い頃のお前を知ってる。オレはお前を追い出した親戚に雇われてたんだ。工房の弟子として」
チェルジーカは親戚の職業が何か知りませんでした。ただ、大きな家で数十人単位で暮らしていたことは覚えています。一応15歳になった彼女には親戚の職業が何なのか、その言葉でわかりました。
ルツーキは続けます。
「師匠ーお前の親戚は給料どころか、食べ物すらろくにくれない。近所の人が恵んでくれたものすら奪って自分のものにしてしまう。それである日、いつの間にか親方をナタで…」
ルツーキは顔を手で覆って、鳴き始めました。きっと俺は処刑台の上に立たされるさ、そう泣いてチェルジーカを困らせたのです。
しかしチェルジーカは同じ森に追われたもの同士、彼を匿うことにしました。
街ではチェルジーカは有名でした。それは彼女がある能力を持っていたからですが、親戚はそんな彼女を嫌って追い出してしまいました。
それからというもの、チェルジーカは能力を使うことで生きてきました。それで紙を作り、ペンを作り、牛肉を作り、家も作り。
街の人々は能力を使うチェルジーカを追放することで秩序を保っていると勘違いしていました。しかし実は逆で、ときどきチェルジーカに病気を治してもらったり、他人への呪いをかけてもらったりしていたのです。
やがて2人は生活していく中で恋仲となり、チェルジーカはそこで初めて森で見た行為が愛のためだということを知るのです。
チェルジーカを覆うルツーキの身体。彼はチェルジーカの耳元でささやきました。
「こども、作ろうぜ」
チェルジーカが何を聞いているか判然としない中、ルツーキは自身を奮い立たせてチェルジーカの中で暴れ始めました。その衝撃で彼女の中からは血が流れ、痛そうでなりません。
「いっ…やめてっ…」
それでもルツーキはやめません。ますます暴れ、痛みとともに現れる快楽にやがてチェルジーカは溺れていきました。
中で熱いものが出されるとチェルジーカは果て、気絶してしまいました。残り余った欲を彼女のあどけない顔に吐き出すとルツーキは頬を撫でて、隣で眠りにつきました。
それから数ヶ月後、チェルジーカは妊娠したことが分かりました。身体が重く、ご飯も喉を通らない。
「これはなんて言う症状ですか?」
チェルジーカはルツーキに聞きました。
「お前、妊娠してるんじゃ…」
やったー!、とルツーキは大声で喜びました。チェルジーカは初めて家族ができる。そう思って、嬉しくなりました。そんな数ヶ月を過ごしているうち、彼女は破水し、ルツーキだけの出産が始まりました。結果、赤ちゃんは生まれたものの、チェルジーカはこの世を去ってしまいました。
悲しみにくれるルツーキ。すると、死ぬ直前に彼女が言った遺言がふと脳裏に浮かびました。
「わたしを月の見える池へ葬って。池に死体を捨てて。でも、私の命日の日だけは戻ってくるから」
ルツーキは生まれたばかりの子供と共に池へ行き、チェルジーカを池に葬りました。
それから1年、1歳になった娘ミシャーネのもとにチェルジーカが死んだ時の姿で戻ってきました。白いワンピースに花で作ったネックレス。ミシャーネを抱きしめるとチェルジーカは抱きしめ、泣きました。
「こんなお母さんでごめんね。でもお前の成長はちゃんと見届けるから」
それからミシャーネが成長するまでずっと、チェルジーカは年に一回だけ、家に戻ってきました。
これを街の人間が知ることになったのはルツーキが見つかって逮捕された時でした。
実際にチェルジーカの親戚がミシャーネの誕生日に池まで行って確認して、それで判明したのです。
しかしチェルジーカは怖くなってそれ以降、池から現れることはありませんでした。その一方、ミシャーネは人間と魔女のハーフという”奇跡の子”として扱われ、比較的幸せな一生を送ったとさ。