Antidote─仕事の依頼─
──暑い──
ジエマの街は、東西南北に分かれてはいるものの『街』であることに変わりは無い。
『街』の規模なのだ。なのに────
「……っだーーーー!!暑い!!なんなんだ!クソが!!」
そう言って汚れてどうしようも無くなっていた調理場を掃除する少年は苛々と声を荒げる。周りには四人、男女年齢も異なる人間が、少年の作ったオムライスを食べながら少年の独り言ともなんとも取れない言葉に応える。
「しょ〜がねぇ〜だろォ〜ココどこか分かってんのか?南、『マーリニヤ地区』だぜぇ〜?」
そう言って自分も暑そうにもさもさとオムライスを貪るのは、短い銀髪に褐色の肌、いつも薄着なのに加え暑さで更に脱ごうとしているシャルフリヒターだった。
「マーリニヤ地区は夏は特に暑いもの。今日はまだマシな方よ?」
そう言ってはいるもののこの暑さに若干バテているのは、金の糸のような髪に、この夏の日差しでも白く美しい肌のスカードヴィエ。
「うーん…デウェル、髪切るとか結ぶとか、すれば…?」
そう言って少年の作ったオムライスを半分程残し飴を口に含もうとする子供はジャッジメント。
もう一人居たが──その男は昼夜問わず蒼白い顔に前の見えなさそうな長い黒髪で、少年が作る食事だけは完食するものの、少年はこの男が言葉を発する所をまだ見た事が無かった。服も、この暑いのに長袖に襟の立った服で、少年はもうその男が視界に入るだけで暑苦しかった。
少年──デウェルは、まるでバラバラのこの集団にいい加減腹が立って叫ぶ。
「──おい!いい加減にしろ!大体ここ『店』なんだろ!?なんかこう──あんだろ!?オイコラジャッジてめぇ残すな!」
デウェルの言い分ももっともだった。五人が居るのは、一見して喫茶店だが、『何でも屋』、店の名前は「解毒」を意味する『Antidote』。
デウェルが春にこの地に来て、季節がひとつ動いたが、この集団がやっている「仕事」と呼ぶものは、デウェルにとっては「ちょっとしたお手伝い」程度のものだった。それで得られる金などたかが知れている。それで五人──いや、もう一人居たのだった。デウェルをこんな訳のわからない環境に引きずり込んだ「父親」が。
その父親とは朝と夜の食事の時間しか共に居ないので大して数にも入れて居なかった。
とにかくこんなに大所帯なのにこんな仕事とも呼べない事を仕事にしているのだ。生活苦にも程がある。
デウェルは時々女を抱き、得た金は自身の煙草代や一人で外に出る時の外食代にあてていた。
その行為を「家族」は何も言わず、デウェルが何でも屋として働かない事すら責めないでいた。
「あ〜、ダメダメ。そんな金が有ったら飯だろメシ。」
シャルフリヒターは手をひらひらと振りそう言い、ジャッジメントはデウェルの小言にも馴れたようにそっと皿をデウェルに戻して飴を食べる。
「じゃあそのメシは自分で作れよ!火の側は余計暑いんだよ!!」
デウェルはこの地区に来てからほぼ毎日苛々していたが、今日は日々更新されるこの夏一番の暑さに、その苛立ちも更に募った。
「あ、でもデウェル、お皿洗いは涼しくていいんじゃないかしら?」
スカードヴィエはにこやかにそう言う。
「じゃあお前がやれよ!!」
そう言って一向に片付かない調理場を放り出して店を出ようとする──時だった。
店のドアが向こう側から開く。デウェルは危うく額を打ちそうになった。
ドアの向こうには、整った黒い髪、暑さにも負けずにスーツをきちんと着込んだ男が居た。店の中に居る人間は笑顔でその男を迎える。
「おやっさーん!お帰り〜!」
「アルさん、早かったわね。」
「お父さん、これ…食べる?」
皆が口々に「父」と呼ぶ男こそ、デウェルがこの地区に住む理由になった、アルギントだ。
アルギントは「家族」の出迎えに笑顔で応える。
「ただいま、皆。今日の昼はオムライスですか。ジャッジ、ありがとう。でも自分の分は自分で食べないといけませんよ。」
そう言ってカウンター席に腰掛け、既に冷めたオムライスに手を着ける。
ジャッジメントはむくれて残りのオムライスを食べる。
デウェルは舌打ちをして調理場に戻る。この親父が来たせいで洗い物の仕事が増えた。
アルギントはオムライスを咀嚼しながらもののついでのように言葉を口にする。
「──そうそう、"選別"が終わりました。今夜仕事になります。」
デウェルは言葉の意味を理解出来なかった。───が、どうせまた下らない事だろうと大して聞いても居なかった。
「デウェル君、君にも手伝って貰いますよ?」
男の言葉に自分の名前が上がり顔を上げる。
「あ?『仕事』ならオメーらで勝手にやっとけ。」
そう言うとアルギントはふふと笑い続ける。
「あ〜だめですね〜今夜の仕事は特別です。『家族』は全員参加ですよ。」
「?」
よく分からなかったが、周囲の空気がなんだか張り詰めたのを感じる。デウェルは釈然としなかったがこの男の言うことには逆らえなかった。
夕暮れ時になると『家族』は何やら慌ただし気に支度に追われていた。デウェルは何をそんなに──と思ったが、アルギントがデウェルの隣で煙草に火を点ける。独特な、甘い香りの煙草だった。
「デウェル君、これを。」
そう言ってアルギントがデウェルに手渡したのは、デウェルが今まで見たことの無い材質のナイフだった。
「差し上げます。──君の前のナイフは物が悪い。」
「────いいのかよ?俺にこんなもん渡して。」
そう言ってデウェルは渡されたナイフを握る。初めて持つ物なのに妙に手に馴染んだ。アルギントはにこにこ笑い
「アハハ、何をしても良いですけど、また手首落としちゃいますよ?」
と言った。デウェルはその言葉に口ごもる。
「──今日の仕事は危険です。『護身』くらいしてもらわないと困るんですよ。」
デウェルは口を開こうとしたが、それを遮るようにシャルフリヒターの声がする。
「おやっさーん!準備万端整ったぜ!行くぞ〜!」
その言葉にアルギントは持っていた煙草を灰皿に押し付ける。
「──行きましょうか。詳しくは仕事中に説明します。」
デウェルは何時もより何故か冷たく感じる夕日を背に笑うアルギントに、着いていかなければ────訳も分からず、そう思った。
──nextend──