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Loup

紺色の制服を着た彼らは、少なくともこの町では好かれている。

警棒片手に町中を見回り、時には馬に乗り、人々の平和を守る凛々しい姿。さらに、一際若く熱意溢れる者の名前は町中の人に知られていた。

小さな古びた骨董店にも、彼らは目を光らせている。


そのうちの1人。彼は、いつも不意にやってくる。


「いらっしゃいませ。おや?」


ドアベルの音に振り返れば、紺色の制服を着た青年が1人。入り口の高さは、彼からすれば少し窮屈らしい。特徴的な帽子からわずかに見える灰色がかった髪と青い目は狼を思わせた。


「こんにちは。お巡りさん」

「それやめろ。毎回毎回言わせんな」


向けられた愛想の良い笑顔に、こんなにも嫌そうな顔をするのは彼くらいのものだ。


「そうはおっしゃいますが、やはりお仕事中でしょうし・・・」

「鬱陶しい言葉遣いもやめろ。俺は“お巡りさん”なんて名前じゃねぇ」


睨まれて店主は苦笑する。要求と言い方はどこかの誰かさんとそっくりだ。

となれば、対応も同じでなくては収まらない。


「鬱陶しい、は酷くないかい?ローラン」

「最初からそうしねぇからだろ」

「今日はどうしたの?巡回の途中?」


店主の問いに答える代わりにローランは入り口に鍵をかけた。その行動に店主はあぁ、と目を細める。

他人の介入を許さない用件を店主は一つしか知らない。


「この中に覚えのある物は無いか?」


差し出されたのは紙の束。受け取るために店主が歩み寄れば2人の身長差がよくわかる。ローランの方が頭一つ分勝っている。


紙には一枚一枚、モノクロの写真といくつかのメモが記されていた。大きな宝石のついたネックレスに純金製の燭台。名の知れた画家の絵や東洋の食器。どれもこれも高価な物だ。

そのリストをパラパラと捲りながら店主はふぅん、と声を漏らす。その様子をローランはじっと見つめているのだが店主が気づく様子はない。気づいていて意に介していないだけかもしれないが。


「高価な物ばかりだね」

「貴族の屋敷ばかりを狙っているらしい。もう5件目だ」


ローランが持ってきたのは盗品のリストだ。事件が起これば盗品のリストを持って骨董店を回るのも彼らの仕事だ。大きな店であれば人目につかない部屋まで通されるが、こんな小さな店では鍵をかけて外部を遮断するしかない。

何度か経験してきたことであり、店主はすっかり慣れていた。


「全部ではないけど、いくつか覚えがある」


探してみるから奥へどうぞ、と店主が手の平で扉の無い小部屋を指す。ローランとしてももう慣れっ子で、黙って小部屋に入った。と、途端に眉をひそめる。

そこには湯気の立つコーヒーが一杯、当たり前のように用意されていた。自分が訪れることは、もちろん告知などしていない。

だが、いつ、何時に来ようがいつでもこうなのだ。


「・・・おい、なんで」

「ごゆっくりどうぞ」


被せるように笑顔で言うと、店主はローランに背を向けた。これもいつものことで、なぜもてなしが用意されているのかを彼は答えてもらったことなどない。

帽子を取り、渋々椅子に座りつつ店主に目を向けると、リストを捲りながら右往左往している背中が見える。


「・・・俺の同僚が、」


そう話し始めると店主はチラリと視線だけ振り返って、うん?と答えた。


「この店に抜き打ちで来ようとしたらしいんだが、店に辿り着けなかったんだと」

「そうなんだ」

「間違えるわけがねぇのに、どうしても店が見つからねぇってよ。どうなってんだよ、この店」

「どうもなってないよ。君は迷ったことないんでしょう?」


そうなんだよな。とうんざりしたような声で呟き、乱暴に頭を掻き毟る。店に辿り着けずに戻ってきた同僚達に八つ当たりされたのだ。

あぁでももしかしたら、呟くような声にその手が止まる。


「店が嫌がったのかもしれないね」

「なんだそれ」


呆れたようにため息をつくローランの元へ店主が戻ってきた。お待たせしました、とテーブルに並べられたのはリストに載っていた盗品の一部であった。


「全部はなかったけれど」

「十分だ。・・・よし、間違いねぇな。どんな奴がいつ持ってきたか覚えているか?」

「3日くらい前。君より少し背が低くて、アジア系の男性だった」


間違いなく盗品であることを確認するとローランは満足げに頷く。犯人が捕まらずとも、品物が無事に戻ってくれば満足する貴族も多いのだ。


「あー、わかっていると思うが・・・」

「承知しているよ。これは盗品だから、持ち主にお返しします」

「どこの店主もお前みたいに素直だと助かるんだがな」


店で盗品が発見された場合、店主はすみやかに警察へ引き渡さなければならない。それが規則だ。

だが、それは警察が買い戻すわけではない。どんなに高値で買い取った物であっても無償で引き渡さなければならないのだ。

大概の店ではそれを渋り、リストとの照合を拒否しようとする者もいる。


「に、しても・・・どうしてお前の所には盗品が集まるかね」

「そりゃあ、大きな店に売ったりしたら足がつくからじゃないかな?」

「それにしたって多いだろ。こっちは助かるけどよ」


くすくすと笑いながら店主は店の片づけへ向かった。何せ店主さえ把握しきれないほどの品数だ。

リストの品物を探すのにどれだけの物を動かしたかわからない。

散々に散らかされた物達を片付ける背中を見つめながら、ローランはコーヒーを口にする。

なぁ、と声をかければ店主は手を止めて振り返った。


「お前、いつまでこの店を続けるつもりだ」

「来るたびにそれを聞くんだね。どうして?」

「お前のところであまりにも盗品が見つかるから、お前が盗んでるんじゃねぇかって疑われてんだよ」

「それは酷いな。こんなに協力しているのに。そんなことだから店に嫌われて、迷子になるんだよ」


片付けの片手間程度、警察に疑われていることなど何でもないような顔で笑う店主に、ローランはあからさまにムッとしている。


「それにね、この店が無くなったらどうやって生活すればいい?」

「俺のところに来い」


冗談だと思ったのか、えぇ?と店主が笑う。だが彼はにこりとも笑わなかった。


「お前一人くらいどうとでもなる」

「君は優しい人だと思うけれどね、犬や猫じゃないんだよ?」

「・・・贅沢はさせてやれねぇ。けど、惨めな思いはさせねぇから」

「ローラン、それはもうお巡りさんの仕事の域を超えているね。気にかけてくれるのは嬉しいけれど」

「それに、女一人でいつまでもやっていけるわけがねぇだろう」

「いつ、女だなんて言ったっけ?明言した覚えはないよ」

「女だろ」


その一言は店主のすぐ後ろから聞こえた。片付けの手を止めて顔を上げれば、正面の鏡に店主と、そのすぐ後ろにローランの左半身が映っている。

鏡越しに睨むような美しい狼と目が合った店主が彼の名を呼びかけながら振り返った瞬間、その小柄な体は壁に押し付けられていた。

ドンッというあまりに乱暴なその音は店を揺らし、棚に並んだ食器たちを振るわせた。

衝撃で転がり落ちた木製のカップが床を彷徨う様を横目で見ながら、店主は隣のパン屋を驚かせはしなかっただろうかなどと思う。そんな心情など知る由もないのだが、狼はどこか怒りを含んだ声で、おい、と呼びかけた。


「お前、かわしてんのか天然かどっちだ?」

「何が?」


自分よりも小さな体を閉じ込めるように右腕の肘から先を壁に這わせ、ローランが迫る。怯える様子も恥らうそぶりも見せずに店主はただ彼を見上げていた。


「かわしてるつもりならはっきり言え」

「だから、何が?」


店主の表情には彼をからかっている様子も駆け引きをしているような様子も見られない。

だがたとえ店主にそんな心づもりがあったとしても、せっかちな狼はもう退くことなどできないのだ。

あーもう、と呆れたような苛立ったような様子でため息をつく。


「・・・愛してる、って言えば伝わるか?」


その瞬間、やっと店主の表情に変化が見られた。え、と短く声を発した口をぽかんと半開きにして数秒、こんなことは青天の霹靂でしかないといった様子だ。


「ごめん。知らなかった」

「お前、本当にいい加減にしろよ」


深く深くため息をついてローランががっくりとうなだれる。

店主がとぼけているわけではないということは、付き合いが長い彼にもよくわかっている事であったため、怒りをぶつけるわけにもいかないのだ。


「ごめん。本当に、気づかなくて・・・」

「あーもういい、いいから謝るな」


何度目かの深いため息の後、店主の上からローランの影が引いた。

テーブルに置きっぱなしになっていた帽子を被りなおし、深く深呼吸している彼の表情は、店主からは見えない。


「今日はこれで帰る。仕切りなおす」


だが振り返ったその表情は引き締まって、頼もしい警官の顔に戻っていた。


「今回も協力に感謝する。助かった」

「いえいえ、市民の義務ですから」


じゃあな、とひらりと手を振って出て行こうとする彼の背中に店主は声を投げかける。


「もし、君の言うように・・・私が女性だったとして」


内鍵を開けた手をそのままに彼が少し振り返った。


「大きな声や音を出すより、花の一輪でもくれたほうが効果的だと思うよ」

「そんなもんでなびかねぇくせに」


笑顔の店主に憎憎しげにをそう言って、彼は店を後にした。


店主が1人になると、徐々にくすくすと笑い声が聞こえ始めた。

それは窓際のトルソーからか、テーブル上のビスクドールか、それとも他のどこからか。


「何?本当に知らなかったんだよ」


どこへともなく投げた言葉は行き場もなく溶けていった。




コンコン、翌日の午後になろうかという時だった。店の扉をノックする小さな音に店主が気づく。

はい、とゆっくりそれを開け、尋ね人を確認した店主はにっこりと笑った。

栗色の髪にカチューシャをつけた幼い少女が1人。パン屋とは反対隣にある花屋の一人娘だ。後ろ手に何かを隠し持って、恥ずかしそうにはにかんでいる。


「こんにちは、シャルロッテお嬢様。1人で来たの?」

「こんにちは。あのね、おとどけものでーす」

「おとどけもの?」


勢い良く店主に差し出したもの、それは一輪の桃色をしたチューリップだった。

まだ固く口を閉じている花と満開の笑顔の少女を見比べ、私に?と改めて確認する。少女は大きく頷いて、なおもぐいとチューリップを差し出してきた。


「ありがとう。えっと、誰からかな?」

「えぇとねぇ、おまわりさん!」


え、と一瞬丸くした目を、そっか、と呟きながら細める。


「ありがとう」


誰へともなく呟いたその言葉は、晴れやかな空に溶けていくようだった。



【狼】

閑話休題パート2みたいな…。

ラーレとローランは仲悪いです

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