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Poule mouillée

大通りから小路へと入る角がある。Solitaireへ行きたいのなら、この角を入ってしまうのが一番の近道だ。しかし、そこへ馬車は入れない。どんなに歩きたくなくても、そこは我慢しなければ。

今、石畳の上を走ってきた馬車もその角の前で止まった。

降りてきたのは一人の成人女性。髪は団子状にひとつにまとめ、足首まで隠れるマントを羽織っている。その下、ちょうど彼女の胸の辺りは不自然に膨れており、何かが入っているのは明確だ。

小路へと口を開けたその場所へ踏み込む前に少し周囲を見渡した彼女は、滑り込むようにその奥へ消えた。


「いらっしゃいませ」


柱時計を拭いていた店主はドアベルの音で振り返った。

ベルの鳴り方は人によって違う。乱暴に開けられた騒々しい音、おそるおそる開けられた弱弱しい音、今日の音は開けて閉めただけ、なんとも無駄のない音だった。

見たことのない女性の顔に店主は愛想よく微笑む。対して女性はというと、きりりとした涼しげな目元を細める様子もなく、どうも。と軽く頭を下げただけだ。


「こちらのオーナーさんでしょうか?」

「えぇそうです。初めまして」

「初めまして。こちらでは物を引き取ってくださるとか」

「そうです。何かお持ちいただけたのですか?」

「1つだけですが・・・問題ないでしょうか?」


なんとも淡々と話す女性だ。背筋はまっすぐに伸びて、言葉はハキハキとしている。他の物に気をとられて視線を動かすそぶりもない。

どこかの上流家庭のメイドか家庭教師であることは一目瞭然だった。

布巾を置いて、少し身なりを整えた店主が、もちろんです、と答えると少しだけ安堵した様子が見えた。

本来なら奥の部屋へ通して査定を行う。だが彼女は早々に事を済ませたいのか、その場でマントの下からそれを取り出した。


「これを、引き取ってください」


彼女がマントの下で大事に抱えてきた物、それは一体のビスクドールだった。

美しく波打った金髪に青い瞳。赤いベルベット地のドレスにヘッドドレス。黒いストラップシューズは艶々と磨かれ、大切にされてきたことがよくわかる。


「ずいぶん高価な物とお見受けします。よろしいのですか?」

「えぇ、かまいません」

「それでは、買い取らせていただきます。代金をお持ちしますので、少々お待ちください」

「いえ、それは結構です」


その言葉に、店主は中途半端な微笑を残したまま動きを止めた。

買い取って欲しいと物を持ってくる客は何人もいた。そんな高値で買い取ってくれるのかと驚く客もいれば、もっと値をつけられないかとごねる客もいる。だが、代金はいらないと言う客は初めてだった。


「御代は良いのです。ただ引き取ってさえいただければ」


そう言いながら、彼女はその人形を近くのテーブルの上に置いた。挙句の果てには、それでは。と一言残して帰ろうとする。


「いえ、お待ちください。これでは買取ったことになりません」

「あなたのおっしゃるとおり、これはそれなりに高価な物。それを無償で手に入れることは、あなたにとって都合の悪いことですか?」

「えぇ、そうです」


今度は女性が驚く番だ。目を少しだけ見開いて、なぜです?と問う。


「きちんと御代をお支払いしていない物に、私は責任をもてません。きちんと自分の店の物に責任を持てなければ、商いをするべきではないのです」


私は未熟なのです、ご理解ください。と頭さえ下げる店主に女性はふぅ、と浅く息を吐いた。


「わかりました」


その短い言葉に店主は、ありがとうございます。と微笑む。女性も少し笑った気がした。

そしてそのやりとりを、赤いドレスのビスクドールは黙って見つめていた。


形式上の取引に大金は不要、と店主が提示した金額を固辞しようとする彼女だが、店主も退かなかった。

何度かのやり取りの後、やっとのこと適正な金銭を握らせることに成功した店主は、満面の笑みで、ありがとうございました。と女性を見送る。

石畳を踏む音が次第に遠くなり、店主の耳には届かなくなった頃、新入りを振り返った店主は目を丸くした。


「あれ?」


テーブルの上に彼女がいない。ベルベットの赤が鎮座していたはずのスペースには何もない空間が広がり、店主の戸惑いにも知らん顔をしているようだ。

まさか落ちたかとその下を覗き込んでみたが、やはりいない。あの重厚な赤を見落とすはずもない。

まずいことになった、と顔をしかめる店主に人形の消えた先を教えてくれる者は誰もいなかった。



「あの!人形が・・・っ」


血相を変えた女性が店に駆け込んできたのは翌日の朝のことだった。息を切らし、少し顔色の悪い彼女の腕にはあの人形が澄ました顔で抱えられている。

店主は彼女が来ることをわかっていた様子で動揺する素振りもなく、申し訳ございません。と頭を下げた。


「目を離してしまいました。お詫び申し上げます」

「・・・いえ、いいえ・・・大丈夫、大丈夫です」


店主の様子に冷静になったのか、女性は大きく息を吐き、乱れた髪を耳にかける。昨日の冷静沈着な様子からがらりと変わり、その仕草は血の通った人間らしさを垣間見せた。

だが次の瞬間には、頭の先から棒を差し込んだように背筋を伸ばす。彼女が生きてきた環境の賜物だろうか。

みっともない所をお見せいたしました。と前置いて、店主に人形を差し出す。


「どうぞ。よろしくお願いいたします」

「ありがとうございます。ご足労をおかけいたしました」


そう言いながら躊躇することなく人形を受け取った店主を彼女はじっと見つめる。

澄まし顔の人形。顔色一つ変えず、それをしっかりと腕に抱く店主。お互いに何事もなかったかのような雰囲気に、たまらず言葉が突いて出た。


「怖くないのですか?」


え?と視線を向けられて、初めて自分が問うたことに気づいたのだろうか。彼女は指先を自分の唇に当てた。


「・・・その、気味が悪いと思われるかと思いましたので。引き取りも拒否されるかと」

「いえ、そんなことはいたしませんよ。よくあることです」

「よくある、のですか」

「えぇ。よくあります」


そうですか、と複雑な表情を見せる彼女に店主が笑顔を向ける。


「怖くはありません。が、どうして勝手に逃げ出してしまうのか・・・うかがいたいとは思います」


そうでしょうね、と彼女は当然だとばかりに頷いて少し考える様子を見せた。

店主を見つめる目は、打ち明けることへのリスクを計算しているように見える。


「・・・他言無用で、引き取りも拒否されないのであれば」

「承知いたしました」


そのあまりにもさっぱりとした様子に好感を持ったのか、実は、と話し始めた彼女を手で制す。

時計を見ればまだ通りの店も半分も開いていないような時間だ。


「お時間、ありますか?よろしければ、奥へどうぞ」



奥へと通された彼女の背筋は、座っていても美しく伸びている。出された紅茶を一口飲み、美味しい、と漏らした声を恥じるように唇を押さえた。

その向かいに店主。人形は店主がどこからか出してきた椅子に座らされ、2人のちょうど真ん中にいる。全員が揃った所で、彼女は改めて話を始めた。


「その人形は、私がお仕えしているお嬢様の物なのです」


店主の見立てどおり、彼女は上流家庭のメイドであった。なるほど、と店主は頷いて人形を見る。

今度は逃げ出さず、澄まし顔のままで留まるようだ。


「小さい頃にお父様にいただいた物だとか。ですがもう、お嬢様は人形遊びをするようなお歳ではございません」


ふぅ、とため息をついて彼女も人形を見る。


「ご親戚の方に引き取っていただいても、捨ててみても、いつの間にかお嬢様のお部屋に戻っていて・・・屋敷の者はみな、怖がってしまって」

「それで、こちらに?」

「大通りの店に買い取らせて騒ぎになれば、名前に傷がつきます。それに、こちらのお店なら大丈夫ではないかと、奥様のお友達にうかがったもので」


店主の脳裏に常連老婦人の顔が浮かぶ。だが、彼女に確認したところで誰に聞いたのかは言わないだろう。そうですか、と微笑んでいたほうが賢い。


「ところで、そのお嬢様にお越しいただくことはできないでしょうか?」


は?と彼女の目が丸くなる。だが、なぜです?と問う頃には怪訝そうに顔をしかめてしまっていた。

お気を悪くしたならすみません、と苦笑しつつ店主は人形を見る。きちんと、まだそこにいた。


「理由もなく動き回る子はいないのです。みんな何かしら理由があって逃げ出したり、存在を示そうとしたり。この子も例外ではないと思います」

「・・・そういうものですか」

「信じて頂けるのであれば。なかなか、ご理解を得られないことはわかっています」


非科学的なことを理解されづらいのは百も承知。店主も何度か嫌な目を見てきた。

だが幸運なことに、彼女もその“非科学的なこと”に悩んでここへ来たわけだ。今更信じるも何もないだろう。


「持ち主であるお嬢様から、直接この子に話していただきたいのです。もちろん、それが無理であっても責任を持ってここに留めます」

「・・・わかりました。ですが、お嬢様はお忙しいので・・・難しいかもしれませんが」


そして彼女は店を後にした。出された紅茶への礼もかかさずに。

見送りに出た店主は、彼女は大通りへの角を曲がった所を見届けて中に戻った。さて、いなかったらどう詫びようか、と苦笑しながら人形だけを残した部屋に戻ると、そこにはふくれっ面の少女がいた。


「ほんっと失礼!人のことを呪いの人形みたいに!」

「勝手に動き回ったりするからでしょ」


金色の巻き髪にベルベットの赤いドレス。せっかく磨かれた靴で机の脚をコンコンと蹴り続けている。

おてんば娘とは、まさに彼女のことか。

ふんっと店主から顔を背ける彼女を見たら、あのメイドはきっと顔をしかめるだろう。


「なぜ、お嬢様の所へ戻るのか教えてくれる?」

「だって、私はあの子の人形なのよ?!それなのに、ちっとも自分で処分しようとしないんだもの!」


持ち主の“お嬢様”のことが憎い・恋しい故のことではないらしい。

お嬢様の姪っ子に渡されたときは手が涎まみれで嫌だった。孤児院に寄付された時はもみくちゃにされて散々だった。語りたい不満は有り余っているようだ。


「ぜーんぶあのメイドにやらせてさ!あの意気地なし!!」


あーぁ!と大声を出して、テーブルの上にだらしなく両腕を伸ばす。

でも、もういいわ、と呟いた声は、心底何かを諦めきったように聞こえた。


「あの子が自分で捨てるまで戻ってやるって意地になっていたけど、もういいわ」

「その方がこちらとしてもありがたいね」

「・・・あなた、どうして私と話せるわけ?」

「細かいことはいいと思わない?」


変なの、と呟いて少女は深く深くため息をついた。


彼女は本当にどこにも行かなかった。ここは日焼けする、ここは湿っぽいと散々注文をつけた結果、用意されたのは彼女が最初に置かれた小さなテーブルの上だった。

時折自分を振り返る店主に、ちゃんといるわよ。と不機嫌そうに言っては外の様子を伺う毎日。

誰を待っているのか、野暮なことは店主の胸にしまった。


「あの・・・こんにちは」


それは人形がやってきてから一週間ほど経った頃だった。

不安そうなベルの音と共にやってきたのは、金色の髪を持つ二十歳も迎えていないであろう一人の少女。店内に目を走らせ、人形を見た瞬間、あっと小さく声を上げた。


「いらっしゃいませ。人形の持ち主の、お嬢様ですか?」

「え、あ、はい!引き取ってくださったそうで、ありがとうございます」


メイドがあまりにも凜としていたからだろうか、令嬢の言動はどこか幼く見える。

一人で街に来たことがないのだろうか、緊張した面持ちの彼女を店主は人形と共に店の奥へと案内した。


「呼びつけたようになってしまい、申し訳ありません」

「いえ、そんな。こちらこそ来るのが遅くなってしまって・・・。少し、バタバタしているものですから」


出された紅茶を飲みながら、令嬢は人形に目をやる。メイドが来たときと同じように椅子を用意され、店主と令嬢の間に鎮座している。


「・・・今度は逃げずに、ちゃんと居るのですね」

「あぁ・・・ここにいると決めたそうです」

「えっと、この子がそう言ったのですか?」

「えぇ。あなたがご自分で処分しようとなさらないので、意地になっていたとかで。ですが、もういいのだそうですよ」


店主の言葉に思い当たる節があったのだろうか、令嬢の顔色がサッと変わった。

それもこの子が?と問う彼女に店主は、はい、と笑顔で答える。


「ところで、なぜこの人形が不要になったのですか?お父様からの贈り物だとか」

「あ・・・その、私、結婚することになりまして・・・」

「そうですか。おめでとうございます」

「ありがとうございます。それで、本当はこの子も連れて行くつもりだったのですが・・・」


令嬢の表情が曇り、申し訳なさそうに、一瞬人形に視線を投げた。


「お母様が、“いつまでもお人形を抱えているだなんて恥ずかしいから、小さな子に差し上げなさい”と」


それが人形の異変を知るきっかけになったのだ。

メイドを介して姪に譲ってはみたが、その日の夕方には自分の部屋の前にいたこと。見つけたメイド達が大騒ぎしてしまい、人に譲るはずが、みなが必死になって処分しようとし始めたこと。

まるで人形への言い訳のように言葉を並べる令嬢に対し、人形は他人事のように澄ましているように見えた。


「なるほど。ところで、1つ伺ってもよろしいですか?」

「え、はい。どうぞ」

「お話を伺っている限り、人形を何とかしようとしているのはあなたではなく、周囲の人間達だけです。

あなたは、どうしてご自分で動かなかったのですか?」


えっと、と令嬢は言葉を詰まらせた。

店主は微笑んだまま、しかし答えられずにいる彼女を逃がしてやることはしなかった。


「“手放したい”と“手放さなければならない”は違います。あなたが“手放したい”のか、周囲の人間たちが“手放さなければならない”と決めたのか」


どちらでしょうか、と店主が見つめる。

リスか何か、小動物のように縮こまっている令嬢を見たら、あのメイドはどんな顔をするだろうか。

きっと店主の前に立ちふさがり、きつく睨みつけるのであろう。

ひゅ、と彼女の口から乾ききった息が漏れた。


「手放したい、です」


小さな小さな声。この小さな店の中でなければ聞き取れなかったであろう。

その口ぶりは教会での懺悔のような、自身の言葉をひどく恐れているような、そんな声だった。


「私…、大人になりたい、のです。母のような、今までずっと一緒にいてくれたメイド達のような…」

「人形を手放せば、大人になれるのですか?」

「……きっかけに、なればいいと思っています。“お嬢様”ではなくて、あの…“夫人”に変わるきっかに…」


なれるのだろうか、こんなにも弱弱しい彼女に。

だがその弱弱しい彼女が考えに考えて、決めたことなのだろう。

それを“浅はかな”と笑うようなことは店主はしない。


「彼女は、あなたがご自分で決着をつけることを望んでいました。しかし適わず、諦めました。

知らなかったとはいえ、最後まで責任を持つのがあなたの役割です」


優しい声で責められていると感じたのか、令嬢の瞳がだんだんと潤んできたように見える。


「どうしてご自分で動かなかったのですか?結婚のご準備でそれどころではなかった?」

「それもあります、けど・・・」


スン、と小さく鼻をすすった音がした。


「・・・うしろめたくて・・・」

「うしろめたい?」

「父から貰ってから、親友のように扱ってきたのです。私、人見知りがあって・・・子どものころは本当にこの子が一番の友達でした」


いつの間にか人形の頭が少し前に傾いて、まるで俯いて聞いているように見える。


「それなのに、私の勝手で手放すのがうしろめたくて・・・人任せにしてしまいました」


ごめんなさい、と令嬢は店主に頭を下げた。

しかし、弁解するのも謝罪するのも相手が店主では何の意味も無い。


「それをそのまま、彼女に伝えてもらえませんか?」


え?と、彼女が人形を見る。

相変わらずツンと澄まして見えるその表情と店主の微笑を、令嬢は戸惑った様子で何度も見比べた。


「自分がなぜ手放されてしまったのかわからないままの物達はたくさんいます。ですが彼女は幸運なことに、持ち主ときちんと別れる機会を得られた。彼女がもう二度と戻らなくて済むように、どうかお別れを」


そのためにお越しいただいたのです、と店主は人形を抱き上げて令嬢と向かい合うようにテーブルの上に座らせた。

しばらくの間、彼女はもじもじと戸惑っていたが、店主が微笑みを崩さず待っていると、あの、と人形に話し始めた。


「あの・・・私ね、結婚するの」


もちろん、人形は返事などしない。ふぅん、とでも言いたげな顔で令嬢を見つめているだけだ。

だからね、と彼女が鼻をすする。


「もう一緒にいられないの、ごめんなさい。逃げてばっかりでごめんなさい」


素直に、深く深く頭を下げる令嬢の姿は、人形の目にはどう映ったのだろうか。



「ご足労頂いてありがとうございました」

「そんな、こちらこそ色々とありがとうございます。その子のこと、よろしくお願いします」


身なりを軽く整えながら令嬢は少し頭を下げた。店主の腕に抱かれた人形に向ける視線はどこか名残惜しそうだ。

おまかせください、と店主が微笑めば安心しきった様子で目を細める。

いつまでも続きそうな名残惜しい空気を振り切るように、それでは、とドアノブを掴んだ瞬間、令嬢は初めての声を聞いた。


「ねぇ」


どこかぶっきらぼうな、その反面とても愛らしい少女の呼びかけ。それは空耳などとは思えず、令嬢はピタリと動きを止めた。


「振り向かないで」


自分の動きをけん制する声に、令嬢は振り返りそうになった体をグッと引きとめた。

ありえないこととは思いながらも、その声が誰のものなのか彼女には確信があった。そして、初めて聞く声だというのに、そしてその持ち主は話すことなどできないはずなのに、微塵の恐怖も感じなかったのだ。


「あなたの人任せでメソメソウジウジした所、大っ嫌いだわ」

「・・・うん、ごめんなさい」


うんざりしたようなため息まじりの声に、令嬢は小さな声で答える。


「もっとしゃんとしなさいよ。奥様になるんだから」

「そうね、ごめん」

「あと、あの大きい欠伸やめなさいよね。みっともない」

「うん、気をつける」

「あと、絶対に幸せになりなさいよね」


衝動的に振り返りそうになった背中はそれを堪えるようにかすかに震え、わずかに天を見上げた頭からはスン、と鼻をすすった音がした。


「・・・うん、ありがとう」


鼻声で、さよならを言い残し令嬢は店を後にした。

まるで場を壊さないようとしているように、チリンチリンと小さく鳴ったドアベルがすっかり黙ってしまっても、残された2人はしばらく黙ったままだった。


「・・・ほんと、頼りないんだから」

「そう?大丈夫だよ」

「あなたに何がわかるって言うわけ?それに、どうして私の声があの子に聞こえるのよ」

「ここはそういう店だからだよ」

「・・・意味がわからないわ。ほんとに変な店」


悪態をつく彼女から、ズッと鼻をすする音が聞こえたが、店主は聞こえないふりをした。


金色の巻き髪にベルベット生地の赤いドレス。黒く磨かれた靴を履いたビスクドールは、今日も店の片隅でただただ静かに座っている。

【意気地無し】

内気な女の子と勝ち気な女の子

そんな組み合わせ好きです

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