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侍女の御作法

※注意

・お気に入りユーザーover500記念企画特別幕間

・王女の侍女マグダ視点三人称形式

・王女視点より当社比五割増しでアダルティ(残酷+エロスな意味で)&ダーク



以上のことを踏まえ、大丈夫だという方のみ閲覧ください。

 夜明け前。まだぼんやりと霞む頭をなんとか動かして、マグダは寝台から体を起こした。

 掛け布が滑り自身の肌が見えたところで、はて今隣にいる男はいったい誰だったろうかと昨夜の記憶を探る。

 男にしては薄い胸板とひょろりとした腕を見れば武官でないことは確実だ。ならば文官か。両手の指の数ほどいるマグダの情報源(・・・)の中で、肌を許した相手とすれば限られる。ようやく二人に絞り込んだところで、掛け布がずれたことで寒気でも覚えたのか、男が僅かに呻いて寝返りを打った。

 ここまで気配に疎く無防備ならばあちらの方か。マグダは冷静に考え、身支度を整えて部屋を出た。

 窓から見える空は朝焼けすら遠い。この分なら、離宮で眠る王女には気づかれずに戻ることができるだろう。

 以前は王女の乳母でもある母には見咎められたものだが、その母親自身今の自分と似たようなことを繰り返していたのだ。説得力など皆無に等しく、苦言の内容も自分が不手際を犯して王女の不利になるような真似をしていないかと探るためのものだった。こちらもまた、王女に知られるわけにはいかないことだ。

 マグダにとって母親という人間は常にそういう人で、肉親というよりも仕事場の上司という感覚の方が強い。畏れ多くも主君である王女の方がよほど身近に感じていたほどだ。

 同い年の姉妹。そのような感覚を持っていたことを、マグダは否定しない。

 幼い頃の王女はひどく内気な少女だった。周りを囲む大人たちは誰も一定以上近づかない。乳母という、一番身近であるはずの存在でさえ、徹底して臣下としての姿勢を崩さなかった。

 多分、母は生真面目な人間だったのだろうとマグダは思う。不器用なまでに厳しくて、死後遺された手記からしか、どれだけ王女を娘同然に愛していたか窺えないほどに。

 マグダはそれがひどく腹立たしくて、幼さ故の気安さで、姉を振りまわす妹のように王女の手を引き、あちこち遊びに連れだしていた。

(あの頃は、何も知らなかった)

 ひと月に一度訪れれば良い方の貴婦人が、王女を産んだ母親だということも知らず。公式な披露目が済むまでは後宮から出ることが許されないという決まりも、時には無視して。

 潜り込んだ騎士団の演習場で当時の騎士団長に首根っこを引っ掴まれたり、書庫の番人と呼ばれる老人に捕まって半日以上も延々と話を聞かされたり。

 その度に乳母である母にこっぴどく叱られもしたが、それでもマグダは王女を連れだすことをやめなかった。

 叱られた後にお互い顔を見合わせて、ふにゃりと情けなく眉を下げた表情に小さく笑って。そんななんでもないやり取りに王女が救われたように息を吐くから、マグダはやめることができなかったのだ。

 次はどこに行こう。どうすれば王女は笑ってくれるだろう。毎日考えるのはそんなことで、幼い恋心のような愛情と忠誠を王女に抱いていた。

 気がついたのは、王女の母の葬儀の席だった。

 黒衣に身を包んだ王女は同色のヴェールを被り葬儀に臨んだ。マグダも同様に黒を纏い、脇に控える。それまでは、王女が王族の一員として振舞わなければならない時は、マグダはまだ幼いからと追いやられていた。

 だから知らなかったのだ。王女を取り巻く、想像以上に危うい状況を。

 王女本人の前では控えられる口も、誰の側仕えかもわからない少女の前では幾分緩む。憚られることのない辛辣な噂と同情に見せかけた下世話な勘繰り。マグダは愕然と立ち竦んだ。

 何よりも、ただひたすらに背筋を伸ばし前を向く王女の背中が、泣きたいほどに寂しくて。

 だからマグダが代わりに泣いた。みっともなくわんわんと大声を上げて。王妃の死が悲しかったわけではない。マグダの母は本来の主人でもある王妃の死に思うところは様々にあったようだが、マグダが泣いたのは王女のせいだった。

 どうして泣かないの。そう詰った記憶もおぼろげにある。終始困ったように眉を下げてどうにか宥めようとする彼女に、散々わけのわからないことを言い募って困らせた。

 それでも彼女が、泣かなかったから。

 姉になろう。マグダはその日決心した。我儘で振り回して息抜きをさせる妹ではなく、降りかかる火の粉を代わりに受け、振り払うことのできる強い庇護者、絶対の味方に。

 マグダにとって王女は仕えるべき主人というよりももっと家族に近い相手だったから、命じられていなくとも彼女のために利すると思えば何だってやってきた。王女がそれを知れば咎められると知っていたから、あくまでもひっそりと、彼女に知られないようにしてではあるが。

 初めて殺したのは王女の飲む紅茶に毒を入れようとしていた年下の侍女。初めて肌を許した相手は母が持っていた情報源(・・・)の内のひとり。

 王宮内での色恋沙汰も謀略も日々掃いて捨てるほど湧いているので、マグダの行いだけを取り上げて追求するような輩はいない。今も、入室してきたマグダを一瞥した不寝番の侍女の視線に咎める色は一切なく、むしろ愉快な余興を見たとでも言いたげだった。

「お盛んなことね、マグダ」

「貴女もね」

 首筋の跡を指摘してやれば、ただの虫さされよと白々しい答えが返る。それでも、耳に上った朱は隠せていないので意味はないのだが。

「お相手はあの男の手先ではないわよね」

「手先、と言うよりは、本人かしら」

「もっとタチが悪いわ」

 睨むマグダに、同僚は肩をすくめる。

「ねえマグダ。私、王女様を心から敬愛しているの」

「そうでしょうね」

 明確な後ろ盾のない王女に未だ仕え続けているのだ。ある程度信頼しているからこそ、マグダも彼女に不寝番を任せている。

 だが、この侍女とマグダは決定的に分かり合えないことがあった。

「私、王女様には幸せになってほしいの」

「それがあの男の犬と通じることと、どう繋がるのよ」

「わからない?」

 そんなはずはないでしょうと、微笑む彼女は子を慈しむ母のような慈愛に満ちている。マグダはこれ見よがしに眉をしかめた。

「メデルゼルク公は本当に王女様を愛しているの。いっそ恐ろしいくらいに」

「姫様はあの男を拒絶しているわ」

「でも、他に誰かを選んでいるわけでもないでしょう?」

 その通りだ。そして、だからこそ王女は苦しい立場に置かれている。

 公爵は王宮で明確な官職にこそ就いていないものの、名目上は王の相談役ということになっている。広さだけはある特筆して豊かではない、土地整備の問題も考えればむしろ貧しい部類に入る領地を十年足らずで第二の王都と謳われるほど発展させた手腕を買われたのだ。

 先の王は戦好きの内政下手で知られており、その遺産は風通しの良くなった国庫。芸術の庇護や統治者としての手腕が評価される一方で、謀略など不穏な噂の耐えない公爵にすら頼らざるを得ないほど、国の財政は逼迫している。

 実際、上手くやっているものだとマグダは思う。徐々に持ち直しつつあるとはいえ、それはあくまでも公爵がいてこその結果に過ぎない。強くなり過ぎた公爵の影響を削ぐために彼を除けば、財政は再び火の車となるだろう。それがわかっているから、公爵をよく思わない者たちもあまり積極的に彼を排除することができないでいる。

 たとえば公爵が王位を望めば、明日にでも玉座の主は入れ替わってしまうかもしれない。或いは、王国の中の国と謳われる所領を国土として、公爵が新たな王を名乗るかもしれない。そんな危惧を誰もが抱えている中で、公爵は王女に求婚したのだ。

「公爵家に王族の血が混じるのは危うい。陛下もそう考えたから王太子とサディラ公女の婚姻を急いだんでしょう」

 愛だなどと。マグダは鼻で笑ってしまう。それほどあの男に似合わない言葉があるだろうか。

「姫様は誰も選ばなくていいの。だからずっと離宮(ここ)に引き籠っているんじゃない」

「それじゃあ嫁き遅れになってしまうわ」

「それの何がいけないの?」

「何って」

 続く言葉を見つけられないでいる同僚に、マグダは目を細める。

 持参金もロクに用意できない貧乏貴族ならばともかく、仮にも一国の王女が未婚のままで構わないというのは間違いなく異常な考え方である。それに驚いているだけならば構わないが、動揺に揺れる瞳に混じる期待や嫉妬、生々しい女としての感情をマグダが見逃すことはなかった。

 一瞬で彼女の脳裏に様々な情報が駆け巡る。目の前にいる同僚が上手に覆い隠しているつもりでいる真意を探るために。

「貴女、確か姫様に仕え始めたのは三年前からだったわね」

 言いながら、マグダは一歩、同僚に歩み寄る。

「え、ええ。そうね。そのくらいだったかしら」

「残念だわ」

 悲鳴は上がらなかった。喉を突いた一撃が声帯を断絶したのだ。

 二撃目で今度は心臓を貫いて、そのままの流れで死体を担ぎ上げる。もちろん、喉と心臓にナイフを刺したまま。

「本当に、残念」

 ――公爵に随分と入れ上げている侍女がいるそうですよ。マグダの耳元でそう囁いたのはつい先ほどまで寝台を共にしていた男だった。

 具体的な名前を言われたわけではない。王女付きの侍女の幾人かに公爵やその手先が手を出していることは把握していた。そうでなければ仮にも後宮にいる王女に毎日花やら手紙を贈り付けられるわけもなく、王女の傍に公爵側の人間が複数貼りついていることなど端からわかっていたことだ。

 マグダが自身の「女」という性別を利用しているように、相手が「男」を利用してくるのは当たり前。一般的には肌を許した者には愛着が湧くと言われているのだから、古今東西、手堅く手っ取り早い情報収集手段のひとつだろう。

 もちろん、純粋に結婚相手を探しに王宮に出仕している者たちもいる。田舎の領地に引き籠っているだけでは良縁はなかなか望めないのだから妥当なところだ。

 いずれにせよ、互いにどういう思惑でいるかなど関係なく、一々咎めだてするのは無意味である。まして監視しようだなどと。王女のことを最優先にするマグダにとって、当の王女本人に害がなければどうでも良いことなのである。

『手先、というよりは、本人かしら』

 首筋に残された痕を揶揄したマグダに、今やもの言わぬ体となった女が答えた言葉を思い出す。失笑を堪えるのに苦労したなと。

「そんなはずがないとわかっていて、嘘を吐くなんて」

 なんて愚かで、なんて哀れな女だろう。

 王女に求婚して以来、公爵が誰とも男女の仲になっていないことはあまりにも有名な話である。複数いた愛人全てと一度に手を切ったおかげで嫉妬の矛先が王女に向きその対処に追われた経験を持つマグダにとって、それは最早噂ではなく真実だ。複数の情報源(・・・)からも確認済みである上に、今もまだ見当違いな嫉妬と憎悪を向けて来る女がいるくらいなのだから。どこぞの妖艶な未亡人や王都一の高級娼婦、公爵につれなく袖にされた女たちの例を挙げればキリがない。同時にそれらは、公爵によって破滅させられた女たちの名前でもある。

 一度ならず情を交わした相手でも結果は同じだった。放置されている女たちとの違いは「王女を害そうとしたか否か」。死を与えられた者などむしろ温情をかけられたようなもので、ほとんどの女がそれぞれ死んだ方がマシな境遇まで堕とされ、今も這い上がることを許されずにいる。

 だから、いっそ見事なほど王女以外の「女」に対し興味を失った公爵が、いくら手駒にするためとはいえ王女以外の女と関係を持つなど有り得ないのだ。

 部屋を血で汚す前に、マグダは死体を片づけた。担当の女騎士も受け渡された死体の顔を見てやはりと嘆息したところから察するに、彼女の公爵への執着は彼女らにも警戒されていたのだろう。

「また新しい侍女を入れるのですか?」

「当分はいいわ。背後を洗っている時間も、教育している暇もないもの」

「では、こちらから交代で手伝いを出しましょう」

「侍女を減らして騎士を増やすの? 姫様にはなんて説明しようかしら」

「マグダ殿のお好きなように」

 そもそも、王女は顔見知りの侍女がいなくなったことに気がつくだろうか。

 侍女が幾らか消えたところで、自分をとうとう見限ったのかと勝手に納得して理由すら尋ねないかもしれない。生母の死後から今の王妃が立つまでの僅かな期間で半数以上の侍女たちが側を離れて行った時のこともある。今回もそれと同じだと、勘違いしてくれると良いのだが。

 そこまで考えて、マグダは自嘲した。都合の良い妄想だ。王女はそれほど薄情な人間ではないのに。

 再び王女の寝室に繋がる部屋に戻り、白んでゆく空を見る。

 後数刻もしない内にマグダは王女を起こし、身支度を整えさせなければならない。昨夜は色々と考えるのが嫌になって早々に寝台に潜り込み、「続きは明日考える、絶対にだ」と謎の宣言をしていたのだから。その後「だから今日は寝る。もういやだ」と続いたわけだが、そうやって自分の許容量以上のことを抱えるとすぐに睡眠に走るところは幼い頃からまったく変わっていない、愛すべき短所である。

(敬愛する主、愛しい妹、たったひとりの私の家族)

 王妃は最近体調が芳しくないと聞く。

 けしてこちら側とは言えない相手とはいえ、あちらはあちらの思惑から公爵が王女に近づくのを牽制していた相手だ。王太子が未だ妃を迎えていない以上、後宮において絶大な王妃の影響力が揺らぎかけている。これでもし王妃が倒れ、崩御などということになればどうなるか。王女に残された時間はあまりにも少ない。

(それでも私は、貴女が望むなら)

 何だってしよう。泥を被り、手を血で汚し、それらすべてを綺麗に隠して素知らぬ顔で傍にあろう。命すら、王女のためなら笑って捨てられる。

 だからどうか。ねえ、お願いだから。

(せめて私の前でだけは、無理して前を向かないで)

 寂しい背中は、もう見たくないから。





つまりマグダさんはヤンデレ(家族愛)

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