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悪役に目を付けられてるのでヒーロー求む!

 突然の国王の訃報からひと月。喪が明けるのを待たずに、シジェス王国に新王が誕生した。

 希望でいっぱいの門出には、残念ながらならなかった。歴代随一と揶揄された小規模で地味な戴冠式の最中、重みに潰されそうになっているユノーを私は遠くから眺めることしかできなかった。

 緊張と不安と恐怖と。そんな感情でいっぱいになりながら会場を見渡したユノーは、それでも私や公女様と目が合うと微笑んでみせた。その後ろにはもう、取り巻きのひとりだっていやしないのに。

 しばらくは、王太后となった王妃が摂政となって政務に取り組むらしい。十年以上実務には直接携わっていなかったけれど、情報だけはせっせと溜め込んでいたのだと彼女は笑った。未熟な国王の母親だからという理由であっても、ずっと本当にやりたかったことに取り組めているのだから、文字通り目の回るような忙しさも、自分にとってはご褒美のようなものだと。

 公爵は拍子抜けするくらいあっさりと兵を退いた。警戒する私たちに、「元々、先王陛下亡き後、不忠者がおかしな真似をしでかさないようにと思ってのことですからな」と、白々しい建前を繰り返して。

 このまま大人しくしているのか、それともまたいつか牙を剥くのか。わからなくても今はただ様子を見るしかない。ユノーを殺そうとしたことも、それを庇った公女様を斬ったことも、未だに何の罪にも問えずにいる。断罪するには、リスクが大きすぎるのだ。

 何より、斬られた当人である公女様がこのことはなかったこと(・・・・・・)にするべきだと強く主張して譲らなかった。遂には「私が傷物になったと言いふらして、名誉を傷つけるおつもりですか」とまで脅されては、彼女に罪悪感を抱え続けるユノーに断ることなどできるはずもない。

 その後と言えるほど後のことでもないけれど、教会からは実父の死後間もなく王位に就いた新王に対する非難が寄せられた。宗教的な意味で大陸を支配しているつもりでいる教会は、いつだってその支配圏を俗世にも広げようと必死で、重箱の隅を楊枝でほじくるように粗探しに躍起になっている。このまま王位の正当性にまで疑問を表明しようとするのではと恐々としている内に、間をおかず表面化した帝国内の帝位争いの拡大によって、貴族たちだけでなく教会関係者までもが謀略の餌食になるに至り、辺境の王国、しかも王位交代時に何か重大な混乱をきたしたわけでもない王国のささやかな不道徳は棚上げされ、やがて時の経過とともに不問に処されることになった。

 留学(・・)に訪れていたサディラの公女は、帝位争いの余波が母国サディラにも及んだことで、当初予定していた滞在期間を延長するようにと母国から通達があり、それをシジェス側も承諾した。今も、彼女は客人という身分ではあるものの、シジェスの王族に施されるものと同等の教育を受けながら、大過なく日々を穏やかに過ごしているという。

 また、国王の訃報を聞き即座に王都に馳せ参じたガル公爵はそのまま王宮に乗り込みメデルゼルク公爵と対面。すわ全面対決かと誰もが肝を冷やす中、僅か十分にも満たない短い会談を終えた後、家督を息子に譲り引退することを宣言すると、養女であった前王妃の遺品を全て持ち帰り、王都にあるガル公爵邸に新たな墓を建て、静かに老いと向き合っているという。噂では、騙し騙し動かしていた体も、もうほとんど自力で動かせなくなっているのだそうだ。それでも、妻と養女の墓参りだけは毎日欠かさず通っているらしい。

 ひとつの時代が終わり、この国は新しく動き始めている。今はまだ遠い帝位争いの余波を被らないよう、最近はひと際外交部が忙しい。国の内外を出入りするものは人であろうが物であろうが以前よりも厳しく取り締まられるようになり、既に商人たちからは苦情と嘆願書が届き始めている。亡命を希望する帝国貴族からの密書も増えてきたらしい。泥船が沈む前に脱出しようと、皆必死だとフラウルージュが手紙で笑っていた。

 そして、私は。



               *



 隼が持って来た手紙を受け取って、代わりの手紙を足に括りつける。

 がつがつと生肉を貪っていた隼は、満足したのか自慢の翼を整え始めた。

 嘴の赤が羽根に付いてしまう前に、ちょっとお待ちよと布で嘴を拭う。嫌がるように頭を左右に振られたが、せっかく綺麗な翼を持っているのだ。汚してしまうのはなんだか勿体ない。

 ひとしきり水も飲んで休息した後、隼は再び飛び立っていった。

 青空に沈んでいくその姿を見送りながら、私は新しい手紙を広げる。そこに並んでいるのは手紙の送り主からは想像もつかない、とても美しい手跡の文字たちだった。

「初めて見た時にも思ったけれど、ここまで来るといっそ詐欺よね、詐欺」

 思わずそう呟くと、お茶の準備をしていたマグダが器用に片眉を上げてみせる。

「それは、ご自分が丸い癖字しか書けない負け惜しみですか、姫様?」

「だって、字は書き手の心を映し出すって言うのに、フラウルージュの字がこんなに綺麗だなんて。なんだかズルい」

「だから、それが負け惜しみでしょうに」

 仕方のない人だと、マグダが苦笑する。その雰囲気は驚くほど柔らかい。

 ――王宮を出た私に、マグダは当然のように付き従った。「家族」だからと、そう言って。

(どのくらい嬉しかったか、きっとマグダは知らないんだろうなあ。……私も言ってないし)

 今も昔も。無条件で寄り添ってくれたのはマグダだけだった。その存在にどれだけ救われていたことか。気恥ずかしくて一度も言えていないけれど、いつかきっと、はっきり言葉にして感謝しようと、今ではそう思えている。

 国王になったユノーの補佐をしようにも、私は未熟な異母弟に輪をかけて未熟な、世間知らずの王女だったもので。いっそのこと、どさくさに紛れて王国をぐるりと回って見てきてはどうだと、提案してくれたのは他でもないユノー自身だった。

『何かを選ぶには、姉上にはあまりにも情報が少なすぎるように思えるのです』

 その上で、自分を助けてくれるなら嬉しい。だけど、そうじゃない選択があっても良いのではないかと。一時は王位を押し付けようとした罪滅ぼしだと頬をかきながら、ユノーは私を送り出してくれた。

 だけど知っている。私が今こうして旅していることは、本当はユノー自身がやりたかったことなのだと。国王でも王太子でも、ましてや王子でもない、ただのユノー・シジェスの夢が旅人だったことを、誰が忘れても私だけは忘れてはいけないのだ。それが、私のユノーへの罪滅ぼし。

 お忍びで国内の各地を巡るのに、お付きはマグダとエリザのたった二人。どこで命を落としてもおかしくない危険な旅だけれど、今日までなんとか無事に生きている。野宿だってもう慣れた。

 初めて目にした王宮の外は綺麗なものばかりじゃなかったけれど、感じた憤りも悲しさも、全部覚えておこうと思う。ユノーが、私が、投げ出そうとしたもの、その全てを。

 宿の扉がノックされる。こちらが返事をするより先に開いた扉の向こうで、エリザが困った笑みで花束を抱えていた。

「参った。もう見つかったみたいだ」

 きりりとマグダの眉が吊り上がる。明確な怒気の気配に、私はさっと視線を逸らした。

「エリザ。貴女、『今回はちゃんとまいた』って、そう自信満々に言ってたじゃないの」

「そのはずなんだけどなあ。いやあ、流石メデルゼルク公爵。子飼いの密偵が優秀過ぎて困るね」

「『困るね』じゃありませんわ! ああもう、そんな花、さっさと処分しておしまいなさいな!」

「だけどね、花には罪はないだろう。ねえ、姫様」

「え? あ、ああ、そうねえ」

 ぎろり、と何故だかマグダに睨まれる。やめてほしい、濡れ衣だ。

 今日のは真っ白な霞草。毎回思うのだけれど、公爵が贈ってくる花はどうしてこう、定番からちょっと外れたチョイスばかりなんだろうか。芸術家の感性はよくわからない。わからなくても全然困らないので、ちょっとどこかで頭をぶつけて記憶喪失にでもなってくれないだろうか。主に私に関する記憶中心に。

 意外なことに、王宮を出た後も公爵は私を無理矢理どうこうすることはなかった。どうやらユノーや王太后との間で何かやり取りがあったらしいけど、詳しく知らなくてもいいと詳細は教えてもらっていない。それでも、この旅の間は公爵が無理強いしてくることはないから安心していいというユノーの言葉は、とりあえず今のところ守られている。

 「元々長期戦のつもりですので」と当の公爵本人から言われた時は、四十過ぎがなにを悠長な、信憑性に欠ける、と思っていたのだけれど、嫌な可能性を今手にしているフラウルージュの手紙が突き付けてくる。古い血族と呼ばれる血筋の人間は、代々老化も遅ければ寿命も長いらしい。個人差もあるけれど、大体他の人間の一・五倍から二倍長く生きるのだとか。そういえば王太后も年齢の割に随分若々しいし、かく言う私自身、ここ数年外見に変化がほぼないような……いや、深く考えるのはやめよう。とりあえずこの旅が続く限り公爵が強硬手段に出て来ることは(多分)ない。今はそれで十分じゃあないか。

 沸々と公爵への怒りをたぎらせるマグダと、それをなんとか宥めようとするエリザという混沌とした室内から視線をそらし。ついでにフラウルージュの手紙からも目をそらすために窓から通りを眺めていると、ふとひとつの人影に視線が止まった。

 この季節、この地方では南方にある砂漠地帯からの風が砂を運んでくるせいで、行きかう人たちは皆砂避けのフードを被っている。こうして上の方から見ると中々面白い光景なのだけれど、だからこそ、同じような恰好の人々がいるだけなのに、そのひとりに注意が向いたのが不思議だった。

 なんでだろうと首を傾げようとしたところで、その人影もまた私を見つめていたことにぎくりとする。フードの下から覗いていた口元が緩められ、ばさりとフードを落としたところで驚愕のあまりガタガタと音を立てて椅子から転げ落ちてしまった。

「姫様!?」

「敵襲ですか、姫!」

 パッと二人が駆け寄って来る。ちょっと待ってエリザ。どうして貴女はいつもいつも、戦闘がありそうになるとそんなに楽しそうに声を弾ませるの、ってそうじゃなくって……!

「め、メデルゼルク公爵……!?」

「はあ!?」

 私の声が、聞こえたはずがない。だってここは宿の三階で、向こうは十メートルは離れた道路の上。この辺りでは珍しい、ガラスを嵌めた窓だって、閉め切っている今はほとんど物音を外に伝えはしないだろう。

 そのはず、なのに。図ったようなタイミングで公爵は笑い、優雅に一礼してみせる。

「くっそ、裏をかいて公爵領に近づいたつもりだったけど、だからって本人が出て来るか、普通!」

「何ですって……? エリザ、貴女、それはいったいどういうことなのかしら」

「あ」

 ぎろん、とマグダがエリザをにらむ。しまった、と口を押えたエリザは、睨み上げるマグダを見て、私を見て、へら、と笑った。

「人間、誰しも間違うことってあると思いませんか、姫」

「多分、それで誤魔化されてくれるほどマグダも甘くはないと思うわよ……」

 ついでに言うと、私もそれじゃあ誤魔化されてあげられないからね。

 公爵は完全に今私たちがいる宿屋に向けて歩いていた。あの距離だ。そう間を置かずに訪ねて来るだろう。逃げ出そうにも、つい先ほど宿に着いて荷を解いたばかりでは、流石にそんな元気も体力も残っていない。

 エリザはいそいそと剣を用意しているし、マグダも一度外した暗器をせっせとまた装備し直している。どうやら迎え撃つ気満々らしい。どうして私の周囲はこんなに血の気が多い人間ばかりが集まるのだろうか。……私が言えたことじゃないけれど。

「ああもう、本当に、ヒーローでも募集しようかしら」

 見出しは何にしよう。やっぱり、いつだかマグダと話したように、『悪役に目を付けられてるので、ヒーロー求む!』とかかなあ。





 そんな私が、後世、「姿なき旅する王女」として、色んな伝説やおとぎ話のモデルになってしまうなんてこと、当然ながらその時の私は考えもしていなかったのである。


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