2話
「おはよう、リオン」
「おはよう」
そっぽを向いたリオンから返ってくる挨拶。あたしの願いも虚しく、彼女は昨日のことを引きずったままらしい。今までに無いほどの機嫌の悪さ。どうにかしようにも理由が分からないからなぁ……。
「リオン。何かあるならはっきり言ってくれよ」
「いやよ。……そういう手も、あるにはあるけど」
手? 何のことだかさっぱりだ。
頬杖をついて、ふぅとため息を吐く。憂鬱そうな表情でリオンは窓の外を眺め始めた。
「……私、柚結里ちゃんを尊敬しちゃうわ」
「はぁ?」
何がどうなればそういう考えに行き着く?
「そういえば今日、お昼から雨なのよね。確か雷も鳴るとか」
いきなり話が変わったのは気になるが。か、雷、鳴るのか……。
「部活の予定ちょうど無くて良かった……」
実はすごく苦手だ。雷は。
「去年の今頃降った時は、停電して大変だったわね」
「お、思い出させないで…」
思い出すだけで泣きそう。あれは怖かった。すごく怖かった。
「生徒会室だからまだ良かったものの。るるったら大泣きするんだもん」
「やめて!」
うー。
「ね、リオン、今日の放課後は一緒に生徒会室にいよう……?」
絶対一人でいるなんて嫌だ!
リオンしかあたしのことちゃんと分かってる人いないし。他の奴には見られたくないし。
「別にいいけど?」
「ありがとう……」
機嫌悪かったんじゃないのか? 何でそんなに嬉しそうなんだよ。
相変わらず頬杖をついて窓の外を眺めているが、さっきまでと違って微笑みが浮かんでいる。最近のリオンは今まで以上によく分からんな。元々変わり者(あたしが思っているだけかも知れんが)だけどな。まあ今に始まったことではないわけだし、いずれ何とかなるか。
「で、るる。彼女とか作らないの? あれだけ告白されてるのに、いい子はいないわけ?」
そこで今日初めて、リオンとあたしは目を合わせた。で、ってなんだよ。全然話変わってるぞ。しかしまあ、確かにはっきりさせるべき事柄だとは思ってる。一年の時から何度も告白を受けていた。この学校ではよくあることだ。それをあたしは今まで全て断ってきた。半端な気持ちで付き合ったりするものではないし、あたしには恋というものがまだ分からない。でも、分かろうとしたのだ。その手の小説や漫画を読んではみたものの、やはり彼女が欲しいとは思わない。何故話に出てきた少女たちがあんな感情を抱き、行動をするのか。それもさっぱり分からなかった。あたしを好きになってくれた子たちはみんないい子だ。彼女たちが傷つくのを見るのは、あたしも胸が痛む。でも、どうしても、恋心とやらには発展しないらしい。
「誰か教えてくれればいいんだけどな。恋って何だ? 彼女が出来るってそんなにいいことか?」
リオンは面倒見の良いことから下級生に人気がある。彼女もそれなりに告白だってされているはず。さっき彼女が言った言葉。そっくりそのまま返したい。
「そうねぇ。何かって言われるとよく分からないけど、やっぱりいいものよ」
と、言うことは。
「リオンは知ってるのか」
「まあね。あっちは気づいてないから片想いだけど」
「ふぅん」
いつでもあたしの一歩先を歩いている彼女だから、特に驚くことは無かった。世話焼きのリオンのことだから、きっと手のかかる可愛い女の子が相手だろう。でも、そんな人がいるのにいつも放課後生徒会室にいるのか? 一緒にいる時間って大切なものなんだろう。どの本にもそう書いてあったはず。まさか、遠慮してるのか? 親友だから、きっとそれは無いと思う。言いたいことは何でも言う間柄だし遠慮なんてするわけがない。けど、
「リオン。遠慮してるわけじゃないよな? 何か用事があるなら断っていいんだぞ。リオンがいないなら……姉さんが、いる」
「何でそんなことを?」
「好きな人がいるなら、ちゃんと2人の時間を取らないと……。一緒の時間も大切…なんだろ?」
一瞬、リオンが顔を苦しそうに歪めたのをあたしは見逃さなかった。
「そうね。でも別に用事なんて無いのよ。大丈夫」
「なら、いいけど……」
そこまで話したところで、予鈴が鳴った。お礼を言ってから、席に戻る。今にも泣きそうで、消え入りそうな声で「バカ」という言葉が聞こえた。気のせいかな。
振り返ると、また頬杖をついて窓の外を眺めるリオンの姿があった。




