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恋姫無双~黒龍の旅~  作者: forbidden
第一章.黒の一行
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洛陽の三人

雛斗はいつ帰ってくるか。

ふと、思い浮かんで指を止めた。

ということは、そろそろ戻ろうと考えているのだろうか。

だとしたら、これほど嬉しいことはない。

洛陽の街中にある家で、午後の陽射しが照らす小さな庭。

それを囲む壁の向こうから、街の喧騒が聞こえてくる。

それが琴の美しい音を邪魔して気分が悪かった。

今はそれが嘘のように、心は期待に膨らんでいる。


喧騒もあってすぐに琴を片付け始める。

二人に除け者にされて、家ではすることといったら鍛練するか、書物を読むか、詩を詠むか、琴を弾くか。

鍛練は毎朝している、今朝終えた。

書物は全て読んでしまった、元々それほどの量はなかった。

詩は好まない、作っても聞かせる相手が二人しかいない。

一人はともかく、もう一人は詩などこれっぽちも興味がない。

鍛練と琴しかやることがないのだ。


琴を片付け終えると、また暇になった。

こういう時は大抵、昼寝をしてしまう。

今、私以外にこの家には誰もいない。

私が留守番する他ない。

といっても、それが毎日だから本当につまらない日々を送っている。

まったく、私も雛斗と行きたかったというのに、二人のためにいて欲しいなどと言うから……。


「ただいま戻りました」


と、聞き慣れた、しかし今は懐かしいような気がする声がぼうっとしていた私の耳に入った。

すぐに居室に入ってくる。


「待ちくたびれたぞ、黒慰。詰まらなくて詰まらなくて、死にそうだったのだぞ」


床に座ったまま笑みを浮かべるのに、黒慰は苦笑する。

癖が少しあるあほ毛がちょんっと跳ねた紫の長髪、赤い瞳の目は少し鋭いがぱっちりしている。

黒い小袖に黒い上着を羽織り、藍色の袴を履いたゆったりした和装をしている。

手には書物が数冊抱えられている。

黒慰という少女だ。


「しかし、帰ってくるのが早いな」


「部屋を貸してくださる屋敷の主が、用事があるとか。屋敷で宴でもやるのでは?」


黒慰は洛陽の子供たちに計算を教えていた。

元は雛斗が黒慰たちに学問を教えた。

雛斗は主に軍学を学んだが、その他の学問についてはそれほど問題はなかった。

足りなかったところは私が教えればよかった。


「黒破は?」


「今日は土木工事の手伝いとか。もう終盤の工事なので、それほど遅くはならないでしょう」


「ただいまっ」


噂をすれば、と黒慰がまた苦笑いする。

黒慰の後ろから少し背の低い少女が現れた。


「なんだ黒慰、早いじゃないか」


「屋敷の主が用事だってさ」


黒破に手短に話す。

薄い金髪の長髪を後頭部で結わいて尻尾のように流している。

目は大きく、髪色と同じ瞳は強気な感じを受ける。

袖を肩まで捲った白い小袖に、赤い袴を履いている。

華奢な体で、腕は細い。

彼女は黒破という。

力仕事をしているのを聞いて首を傾げるだろうが、こう見えて私たちの中では一番の剛力を持っている。


「二人ともおかえり。早く帰ってきてくれると、私の暇潰しになって嬉しい」


「しかし、既になにか嬉しそうですが」


「うむ。雛斗が帰ってくる。そんな予感がしたのだ、黒慰」


「黒薙様が?」


黒破の目が輝く。

私より二つくらい下の少女だ。

まだ感情を隠しきれてない。

というか、隠そうとしない。

裏表のない、真っ直ぐな娘なのだ。


「予感だがな。そう思い始めるということは、雛斗もそろそろこちらに戻ろうと考えているだろうさ」


不思議と雛斗の考えることがよくわかった。

姉さんには敵わないよ、と笑う雛斗が懐かしい。


「よい主は見つかったのでしょうか?」


黒慰が書物を脇に置いて前に座る。

黒破も黒慰の横に座る。


「さあて、私の見たところそれらしい人は──曹操、孫策くらいなものか」


「袁紹とか袁術は?」


「信用ならないな。黒破とて、そんな者の下で働くのは本望ではなかろう?」


「ボクは黒薙様か白薙様が、どこかに拠って立てばよいと思うのですが」


「私にそのような資格はないよ、黒慰。雛斗もそう考えているだろう」


私はともかく、雛斗は上に立つ資格は十分にあるだろうに、野心がまったくないためか、その気はない。


「しかし、今の世には黒薙様や白薙様のような方が、正に必要なのです。民の安寧を考えられりゅっ」


「噛んだな」


「噛んだねぇ」


黒慰が堅い口調で喋っていて詰まり、すかさず私と黒破が指摘する。


「か、考えられる者がこの世には少なすぎます!」


頬を真っ赤に染めて早口に言うのに私と黒破はにやにやする。

黒慰はこういうところがあるから可愛らしい。


「私たちが立ったところで、一部の民にしかその安寧は与えられないさ」


「天下を取れば?」


「滅多に口にするものではないぞ、黒破。まあ、私にも雛斗にもそのような気はさらさらないからよいが」


「欲がないですね。まあ、そのような白薙様と黒薙様だから、ボクはお慕いしているのですが」


まだ頬が赤い黒慰の言葉に苦笑いする。

欲がない、と言われれば、確かに欲はないのだろう。

私と雛斗は、平穏に暮らせればよいのだ。

少なくとも、私はそう思っているし、雛斗もそう考えているだろう。


「まあ、よい。雛斗たちを迎えられる準備をしておいてくれ。といっても、大した迎えもできないだろうが」


「黒薙様も、そのような贅沢をするなら貯金をしろと言いますからね」


それに私と黒破は苦笑した。

まったくその通りにしか言わないだろう。

雛斗が主を見つけようが見つけまいが、私にはどうでもよい。

雛斗に会えれば、それだけで私はいいのだ。


腰までとどく癖のない黒髪、鋭い目の瞳は漆黒で深い湖のように澄んでいる。

この歳にしては発育のいい体つきをしていて、背丈は少し背の低い男子くらい。

白い小袖にやはりゆったりとした黒い上着を羽織って、灰色の袴を履いている。


紹介が遅れた。

姓を白、名を薙、白薙と言う。

よろしく頼んでおこうか。

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