賊掃討作戦3
「流石に見張りは置いているか」
小声で呟く。
曲がり角越しに数人の気配を感じ取る。
この先が牢屋だ。
六、七人くらいか。
その中の一人だけ、どこか気に欠けただらしない気配を感じる。
ということは、残りの怯えた気配の数人は娘の言っていた五人の捕虜か。
見張りの賊は一人か。
「あまりうるさくさせたくない。増援が来るかもしれん」
まずは見張りの賊を無力化して、牢屋の鍵を拝借しないと。
「──ならさ」
黒希がにやりと笑い、俺に近づく。
気配を察知するのに神経を使っていた俺は、それを気に留めなかった。
いきなり黒希が俺の胸元を掴んで、服を脱がしにかかった。
「ちょっ、黒希なにをむぐっ」
驚いて小声で言うのに黒希が口を塞いでくる。
それを見ている黒永と娘は頬を赤く染めている。
それに気づいた俺も恥ずかしくなってくる。
見るなっ! 助けろっ!
「あん? 誰かいるのか?」
俺の声で見張りが気づいたらしい。
黒希はささっと俺の小袖を脱がして上半身を裸にさせると、曲がり角に俺を寄せてちょっと肩を覗かせる。
「うほっ」
賊の気持ち悪い声が聞こえ、こちらに寄ってくるのがわかった。
その気配が曲がり角に達した時、黒希の腕を振りきって賊の胸ぐらを掴んで引き寄せる。
前に体重を乗せ、その勢いのまま賊の鳩尾に拳をのめり込ませた。
「ぐえっ」
蛙が踏み潰されたような声を出して、賊は痛みに気を失って崩れ落ちた。
「……黒希~」
他に賊の気配がないことを確認して、小袖を着直しながら恨みがましく黒希を呼ぶ。
「いやぁ。こんなに上手くいくとは思ってなかったよ」
しかし黒希は笑っている。
黒永と娘はまだ俺の着替えを見ている。
赤くなるほど恥ずかしいなら見るな!
「こんな色仕掛け、俺じゃなくて黒希か黒永がやればよかっただろう」
「嫌です。私の身体を見ていいのは黒薙様だけです」
「ボクもやだよ。それに、いいもの見せてもらったしぃ。綺麗な体してるよねぇ」
黒永に続けた黒希がにやにやしながら俺の着替えを見つめる。
ピンッ。
「きゃうっ!」
そのおでこ目掛けてでこぴんしてやる。
黒い上着を羽織る。
「後で黒永にきつく、お仕置きしてもらわないとな」
「ひどいよ黒薙様! 何事もなく見張りを倒せたのに。それに痣になったらどうしてくれるのっ」
黒希がわめくのを無視して倒れている賊の腰から鍵を探り当てる。
まったく、あんな嬉しくて恥ずかしいことをよく言えるね。
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「本当にあったな。たまには星の言うことを信用してもよいな」
「ほう、それはどういうことかな?」
愛紗の言い様に口を尖らせる。
まだ夕陽の沈まないうちに、洞窟の前に辿り着いた。
荷車を奪われたところからそれほど離れていない。
しかし森の深い、木々に覆われているために見つけづらい。
賊もよいところを見つけたものだ。
「んじゃ、さっさと退治してお金をたっくさんもらうのだ!」
鈴々が張り切っている。
まだまだ子供だな。
庄屋の話では村から連れ去られた娘もいるという。
それに気を配りながら戦うとなると、思い切り暴れられないだろう。
それを指摘することはせず、洞窟に入る。
入口付近に明かりはなかった。
洞窟の中から明かりが見えれば、そこが賊の拠点と割れてしまうかもしれない、それを警戒しているのだろう。
しばらく進むと、流石に小さな篝火が左右に乱雑に突き立つのが見えてきた。
奥から賊のものだろう、男が怒鳴り散らす声が聞こえてくる。
「見つかったか?」
「まさか。入口からここまで、人の気配は感じられなかった」
愛紗に言う。
賊に気配を消せるほど力量のある者がいるとは思えない。
騒ぎはだんだんと近づいてきた。
三人がそれぞれ得物を構える。
しばらくして、奥から十人に満たないくらいの娘たちが走ってくるのが見えた。
連れ去られた娘たちだろう。
その先頭を走る黒髪に黒いゆったりとした珍しい服と、黒尽くめの少女──いや、少年を見て目を見開いた。
少年もこちらに気付いて驚く。
「村の娘たち!?」
愛紗が先に訊く。
「貴女たちは?」
黒の少年は息を乱した様子もなく訊く。
目を細めて、右手が右腰の反り返った剣に添えられている。
体中から発せられている覇気は鋭い。
「村の庄屋殿に賊の討伐を依頼された者だ」
愛紗もその覇気を感じ取っているのだろう、目を鋭くしている。
そして真意だと覇気で表している。
「──加勢に感謝する。後ろの娘たちが村の娘だ。六人いる」
その覇気を感じ取ったのか、少年は後ろに怯える娘たちに手短に話して道脇に避けた。
娘たちの後ろに、少年と同じ剣を腰に差した少女が二人いる。
その二人は奥の声に警戒している。
「鈴々、一先ず娘たちを洞窟の外へ連れていってくれ」
「またこの役なのだ? 鈴々は暴れ足りないのだ」
「では、庄屋殿が討伐を頼んだ武芸者というのは」
娘たちの処置は愛紗たちに任せ、私は少年に向く。
「私たちだ。貴女たちが来たということは、やはり庄屋殿は不安を感じて貴女たちを派遣したと見える」
「それで荷車の米袋を裂いて、目印にしたのか」
「あまり目立つ印だと気付かれる可能性があった。よく気付いてくださった」
荷車の盗まれた場所に落ちていた米粒は森の中を進み、この洞窟まで繋がっていた。
私たちも同じやり方で賊の拠点を暴いた。
この少年は三人では心許ない、と考える庄屋を見越している。
一歩先を読んでいるのだ。
「それでは、娘たちをよろしく頼み申す」
賊の声も近い。
少年はこちらに背を向ける。
「待てっ。まさか三人で賊の相手をしようと言うのか?」
渋々引き受けた鈴々が娘たちを連れ立ったのだろう、愛紗がきつい口調で訊く。
「無論、そのつもりだ。元はと言えば、我ら三人が討伐を引き受けた」
少年は振り返らずに言った。
既に殺気を洞窟の奥に向けている。
それが背中からでもわかった。
「無謀過ぎる! 相手は何人いるのかわからぬのだぞ!」
「百人余」
いきなり出た数字に愛紗はわからなくて、口をつぐんだ。
やはり少年は振り返らない。
「その程度の数、私たちなら斬れる。この狭い通路なら囲まれずに済む。ただ前方から来る敵を斬ればよい」
無謀に見える。
しかし、この少年はちゃんと算段を立てている。
それに、この少年から放たれる覇気が負けるとは思えなかった。
「しかし」
それでも愛紗は食い下がる。
万一のことを考えているのだろう。
自分と私なら、と考えているのがわかった。
「なら、そこで見ているとよい。危うくなった時、その時はお助け願う。しかし、それまでは手出しは無用」
私はこの少年の腕前を測るによいと思っているが、愛紗はそうでもない。
と、少年の前にいた茶髪の少女が袖を振った。
何かが煌(きら)めき、洞窟の奥に消えた。
短剣。
辛うじてそれが見えた。
人が倒れる音が聞こえた。
少年が二人の少女の前に立つ。
「飯店で見た時の私は、そんなに頼りなかったかな」
そう聞こえ、やはり、と私は確信した。
賊が姿を現し、少年に殺到する。
少年が右腰の反り返った剣の柄に左手をかける。
一閃。
いつの間にか、少年の手には細く、薄い剣が握られていて、抜刀して剣を振っていた。
辛うじて抜刀した瞬間が見えたが、ほとんど見えなかった。
少し遅れて殺到する賊の先頭数人の腹が斬られ、倒れ込む。
後ろにいた賊は何が起こったかわからないで、困惑している。
隣の愛紗も目を見開いている。
「愛紗、これなら心配はなさそうだ」