賊掃討作戦2
通路をしばらく走り続け、賊が追ってくる気配をまったく感じなくなると抱えていた少女を下ろした。
「あ、ありがとうございます! 助かりました」
肩を震わせながら少女が頭を下げる。
人が死ぬのを目の前で見たんだから、怯えるのも仕方ない。
「我らは彼の賊を討伐しに来たのだ。捕らわれた貴女を助けるのは当然だ。それに、礼ならこちらに言われよ。真っ先に飛び出したのは黒希だ」
それを抑えるように笑みを浮かべて、できるだけ刺激しない声色で言う。
「は、はい。ありがとうございます」
戸惑ったけど、少しホッとしたらしく、素直に黒希に頭を下げる。
黒希は苦笑いをして、浮かない顔をする。
「進むぞ。ここに安全な場所などない」
普段の声に戻してはや歩きに進む。
体力は温存しておきたい。
走らずとも賊から離れているから、はや歩きで移動には十分だろう。
戦いの中に娘を連れていく訳にはいかない。
まずは娘を逃がすか。
「黒薙様。ごめんなさい」
「…………」
黒希が俺の背中に謝るのを黙って聞く。
少女は何かわからなくて困惑しているけど、黒永も黙って歩いている。
「勝手に動いて、算段を狂わせちゃったし。手間がかかることしちゃった」
いつもの明るい黒希に似合わない、しょんぼりした声だ。
仕方のないことだ。
黒希がああしてカッとなることは滅多にない。
憤りを抑えられないのはまだ子供だからだろうし、それに怒っても仕方ない理由がある。
「私もそうした。それは覚えているだろう?」
立ち止まって後ろを振り向く。
黒希が顔を上げる。
まだ眉は下がったままだ。
ちょっと鼻で笑って黒希の頭をぽんぽん叩く。
「そんな私がお前を怒るのは矛盾している。だから怒らない。それに、俺はそういう黒希は悪くないと思う」
人を真っ先に助けるような人が、悪い訳がない。
黒希が唇を引き締めて頷く。
何をすべきかわかっている。
再び通路の先を歩き始める。
「賊の討伐の前に、その娘を逃がす。出口を探すぞ」
「「御意に」」
「あの、ちょっといいですか?」
二人の返事の後に村の娘が遠慮がちに口を挟んだ。
「何かな?」
歩みを止めずに訊く。
「私の他に捕まっている人たちが」
「……骨が折れる」
すぐに立ち止まってため息をついた。
「人数はどのくらいだ?」
「娘たちです。私を含めて六人だったと思います」
「黒薙様」
黒希の強い目がこちらを見つめてくる。
それにちょっと頬を上げて頷く。
「その捕まっている娘たちはどこに?」
───────────────────────
「しかし、星。賊の拠点など、そう簡単に見つかるものか?」
愛紗が後ろから訊いてくる。
それに振り向かず、山道を進む。
もう夕陽が山を照らして眩しい。
鄴を出て数日、大きくもない村を少し出たところだ。
後ろには愛紗と鈴々がそれぞれ得物を担いでついてきている。
その村の庄屋殿に賊の話を聞いた。
なんでも最近、村近くのこの山を通る旅人や商人を襲い、時には村まで来て悪事を働いている賊がいるという。
既に依頼している武芸者が向かったが、三人だけで心許ない。
そこで私たちにも依頼された、という訳だ。
「村人の話ではこの辺りで荷車を奪われたというが」
目印のやや大きな木を見て、そこらの地面を見渡す。
「なにも手掛かりがないのだろう? こんなしらみ潰しなやり方で見つかると思っているのか?」
「私たちより先に依頼を受けた武芸者が、そんなやり方をしたと思うか?」
ふと小さな何かを見つけ、しゃがみ込む。
鈴々が隣に寄ってくる。
「何かあったのだ?」
「──愛紗、彼らは私たちと同じやり方で、それよりも賢(さか)しいことをしている」
「は?」
愛紗が後ろで首を傾げるのに、地面に落ちていたそれを手の平に乗せて見せてやる。
少し土が混じった数粒の米が手の平にあった。