黒希の奇策
「もう少し詳細な地図はないのですか?」
「残念ながら商業用のこの地図が一番正確かと」
黒永の言葉に庄屋が困り果てたように頭を下げる。
三人でため息をつく。
昼過ぎの庄屋の屋敷にいた。
来賓用の部屋なのか、小綺麗な卓に椅子が用意されている。
鄴を出て、つまりは袁紹主催の武芸大会を終えて、それから出発して数日経つ。
大会の決勝は馬超、そして張飛という少女だった。
二人の武勇は凄まじいもので、どちらが勝つか息を飲むものだった。
うん。だった──お腹の虫が二人鳴ったところまではね。
そういえば、大会は昼をまたいでやっていたんだから、決勝の二人がお腹を減らすのは仕方ない。
それで笑いが起こってどうなるか、と思っていたところに袁紹が馬超と張飛を優勝として大会を終えた。
二人とも配下に加えようという魂胆だろう。
まあ、確かに優れた武勇を持っているから欲しいのは分かるけど、ちょっと卑怯臭い気がする。
まあ、そんなこと今は関係ないし、俺にも関係ない。
話を戻して、俺たちは出発してから数日してこの村に着いた。
それほど大きくもない村だ。
そして一泊して翌日、庄屋から屋敷に招待されたのだ。
なぜ、庄屋の屋敷に招待されているのか。
「軍用の地図があれば賊の拠点など、楽に絞り込めたのだが」
「官軍しか持ってないでしょ。そんな詳細な地図、軍事にしか利用のしようもないんだからさ」
「賊ごとき、と言いたいところですが拠点が掴めなければ叩きようがありませんね」
俺の呟きに黒希が肩を竦めて、黒永もそれに頷く。
庄屋は俺たちに賊の討伐を依頼してきた。
到着してから一泊した翌朝、俺たちが朝食をとっていたところに庄屋の従者らしい男がやって来た。
賊が現れて行商の荷車や旅人を襲い、最近は村までやって来て荒らし回っているという。
役所にも掛け合ってみたが、袁紹の影響下であり、大きくもない村で相手にしてもらえなかったらしい。
やっぱり信用ならないね。
そこで武芸者が来たと聞いて、駄目元で俺たちに泣きついてきたという訳だ。
「失礼だなぁ。黒薙様は強いよ」と黒希と黒永は憤慨していたが、俺は苦笑いして引き受けた。
村とは無関係とはいえ、俺は無慈悲な人間になりたくないし、最近刀を使う機会がなくって物足りなかった。
「拠点を探るか」
「釣りますか?」
「そうするしかあるまい」
「釣り、ですか?」
俺と黒永のやり取りに、庄屋が首を傾げる。
「こっちから賊の拠点を探すのは、流石に骨が折れるでしょ? だったら囮を使って、誘い出した賊の帰りを追うなり、跡を辿るなり何なりした方が楽に暴き出せる。だから、釣り」
「簡単な荷車を用意して奪らせ、それを追うのはどうでしょうか?」
「後を追うとしたら、途中で見失うのが怖いな。下手したら尾行しているのが見つかる可能性もある」
黒希が説明する間に地図を見つつ、黒永と策を練る。
見張らしの良いところに少しでも賊が通るとしたら、追うのも難しい。
だからといって離れて尾行したら見失う可能性もある。
どうしたものかな──。
「だったらさ、餌になるのがいいんじゃない?」
黒希がにやりと笑って言った。
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……暑い。
場所が場所なのもあるけど、別の意味でもものすごく熱い。
背中と前、両方から熱と柔らかいもの、そして特有の甘い香りが鼻を痺れさせる。
「あんっ。黒薙様ぁ。黒永もいるし、こんなところで」
「ちょっ、お二人共何をされているのですかっ」
「俺はなにもしてないっ」
黒希のちょっといけない声に頭のすぐ後ろからの黒永の小声が諌めるのに、こちらも小声で返す。
あの話し合いから翌朝。
がたごとと揺れる暗い狭い中は三人の体温でむわむわと蒸し暑い。
ここは木箱の中だ。
本当は細長い何かを入れる予定だったのだろう、本来なら人を入れるための箱ではない。
昼過ぎの山を進む、村人数人が押す荷車。
その荷物の中の一つに、俺たちの入る箱がある。
そんな中になんで俺たち三人が肩身を狭くして入っているのか。
当然、黒希の案が採用されたからだ。
賊の餌、ここでは荷車だ。
その荷車の中の一つに紛れ込み、わざと賊に奪わせて賊の拠点に入り込もうという作戦だ。
荷車を運ぶ村人は賊が来たらすぐに逃げる算段になってて、危険があるのは俺たち三人だけ。
良い作戦だとは思うけど……。
「なんで俺が真ん中なのさ。俺が端に寄れば変なことにならずに済んだのに」
その箱に三人が入る訳だけど、なぜか俺が黒永と黒希の間に挟まって収まることになっていた。
二人はなんか話し合ってたけど。
前とか後ろとか。
ちなみにこうも狭いから三人とも仰向けや俯せではなく、体を横にして箱に入っている。
「え~。折角、黒薙様とくっつける機会なんだから。黒永だって断固前を譲らなかったし」
「ちょっ、黒希っ。そんなこと言わなくていいのですっ」
「くっつかなくていいから。静かにしててよ」
というか、さっきから前ってなんなのさ。
「ええ、言ってたじゃん。黒薙様の正面になれば、あわよくば黒薙様の唇を」
「そっそんなこと!」
「っ~~~~~!!」
背中に密着する黒永の大きな声で、耳がきーんと鳴る。
両手で塞ごうにも片手は刀を持ち、もう片方は黒希の体のどこかに挟まれてて動かしようがない。
肩が強張って上がるだけだ。
「あっ、黒薙様っ。申し訳ありませんっ」
「い、いいから。静かにしててよ」
慌てて謝る黒永に言ってから頭を振って耳鳴りを解こうとする。
解けないけど。
「はぅっ。黒薙様、どうかな? ボクの胸、成長した?」
「そんなの覚えてられないよっ。それに、女の子なら普通に嫌がってよっ」
(……やめてくれよ、本当)
荷車を運んでいる村人に申し訳ない。