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恋姫無双~黒龍の旅~  作者: forbidden
第五章.望むもの
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子供

「俺は、立たない。みんなと静かに暮らしたい」


はっきりそう言った。

卓を囲むみんなは、黙して俺を見つめている。

ただ、姉さんと雛菊だけは目を瞑っている。

盧植先生の私塾に泊まって二日目だ。

朝食を済ませて、茶を飲んでいた。

今朝は晴れていて、遠駆けでもすれば気持ちが良さそうだ。

今は夏で、馬上の風が恋しくもある。


「黒薙様の決めたことなら、私に異論はありません」


「黒永、俺は意見を言ってるだけだよ。まだ決めたという訳ではない。ここではっきりと俺の意志を伝えたいと思っただけだよ」


雛里を見ると、こちらをじっと見つめていた。


「……そうか。やはり、揺るがないか」


「兄さんには、みんなを助けられる力があるのに」


「姉さん、雛菊。みんなを傷付けたくないんだよ。俺が立つって決めたらみんな付いてくるでしょ?」


「当たり前です。ボクたちは黒薙様に生涯付いていくって決めてるんですから」


「黒慰だってこう言ってる。今後、この世は朝廷の圧政に乱れる。戦だって起きるはず。戦乱にみんなを巻き込みたくないんだよ」


「雛斗の言いたいことはわかった」


不意に姉さんの目が鋭くなった。

思わず戦慄する。


「そこまで言うなら、民たちを捨てる覚悟を見せてみろ」


「白薙様っ!?」


「なにを」


黒永や黒破などが驚くのに、姉さんは構わず席を立つ。


「捨てる……?」


「そういうことだ。私たちをとって、民たちを見捨てるのだ」


いくら姉さんでも、言い方にむかついた。


「人は図星を言われると癪に障るものだぞ」


「姉さん」


「私の見る目も落ちたものだな。雛斗ならこれから起こる大乱を収めることもできると思ったが、見間違いのようだな」


「姉さんっ!」


今までにあまり経験のない怒声をあげた。

場はしんと静まり返っている。


「そこまで怒るのなら、私と刀を交えろ。己の意見を貫き通してみせろ。雛菊、お前も加われ。お前も雛斗に失望しただろう」


「……わかった」


「二人とも……いいよ。俺は負けない。黒永、止めないでね。大丈夫、殺し合いをするわけじゃない」


立ち上がりかけた黒永に言って、姉妹に先立って私塾を出た。

茶色の土が広がっていて、広場になっている。

少し遠くを見ると畑も見えた。

外はやはり明るく、今から決闘を行うというのに憎らしい。



「あ、ちょっと雛斗くん!」


「大丈夫です、盧植先生。私塾に被害が及ばないようにしますから」


斬刀“黒影”を右腰に差し込む。

姉さんも雛菊も、それぞれ得物を抜いている。

太刀と呼ばれる比較的大振りの黒い刀・舞刀“黒風”と、体の半分ほどの黒い竹刀・破刀“黒竹”。


「他に被害がいかないよう、黒薙流は使わないようにしよう。雛斗、“黒閃”は使うなよ」


「わかったよ」


だったら納刀しているわけにはいかない。

“黒閃”は居合い斬り、抜刀斬りだ。

“黒影”を抜く。

打刀の黒い刀身が朝日に、鈍い光を照り返す。


「いくぞ」


一言だけで、それ以外前触れもなく姉さんが突撃してきた。

雛菊も続く。

姉さんが横に逸れて、後ろにいた雛菊が上段振り下ろしてくる。

姉さんが避けたのとは逆の方に跳ぶ。

雛菊は俺と姉さんを超える怪力を持つ。

普通に受け止めていれば硬直してしまい、隙を作る。

雛菊を狙わず、避けたところを仕掛けてきた姉さんの刀を受け流す。


返す刀も流し、雛菊も加わる前に大きく後ろにさがり、刀を両手で構えて一気に踏み込んだ。

大きく横に振った刀は二人に防がれ、二人の間をすり抜けて振り返ってまた構える。

わずかに硬直している雛菊に足を踏み出すが、姉さんが振り返り迎撃しようとしているのを見て、雛菊ではなく姉さんの前を横切って跳んで流れるように刀を振った。

急な対象変更の攻撃は虚を突いたようで、刀で受けた姉さんはわずかによろけた。


そのまま姉さんの横に距離を取り、返す刃で再び姉さんに跳ぶ。

しかし、姉さんは左腰の鞘を左手に逆手で抜き取って俺に振ってきた。

峰打ちにしていた刀を弾いて防がれ、姉さんの横を通り過ぎる。

姉さんを狙い過ぎると、雛菊に動く時間を作る。

やはり、通り過ぎたところに雛菊が待ち構えていた。

雛菊は今度は振りかぶらずに、両手で竹刀を構えて俺の攻撃を待っている。


雛菊は怪力で攻撃力こそ高いが、大振りな攻撃が目立つ。

姉さんは気を使うのが得意だから、闘気を使っての攻撃で隙を作って叩き込む。

俺は速さに自身がある。一発の決定力も大きいと思う。体全体を使って斬り込むからだ。その代わり、打たれ弱い。まともに相手の攻撃を受けると硬直して隙だらけになる。

だから受け流すか、避けるのだ。

こうして動き回れば体の芯を狙いにくくもある。

雛菊を『力』、姉さんを『技』とするなら、俺は『速』だろう。

と言っても、力や闘気は他の者たちと比べても俺を含めた三人とも余程上である。

雛菊も自身の弱点がわかってるから振りかぶらずに受けて返す、と型を変えた。

先の姉さんの後に続いた攻撃は、姉さんの攻撃をしやすくするための起点作りだったのだろう。


正面に構える雛菊に突っ込み、竹刀の攻撃範囲に入った瞬間に踏み込み、頭を地面すれすれになるまで屈めて体を低くして雛菊の脇を抜けた。

そのまま倒れ込まないように、思い切り踏み込む。

雛菊は反応して剣道の要領で素早く竹刀を繰り出すが、体の中心に構えていた竹刀には地面すれすれを行く俺には攻撃は遠過ぎて届かなかった。

くぐり抜けてすぐにまた踏み出し、雛菊の背中を横にまた踏み出す。

雛菊ががくりと膝をついた。

脇腹を狙って瞬時に峰打ちしたのだ。


「ゴメン雛菊」


短く言ってから、雛菊の倒れた先から現れた姉さんの太刀を迎え打つ。

斬撃の速さはこちらが上だけど、威力は姉さんの方が上。

単純な腕力は負ける。

斬撃に斬撃で返すのは得策ではない。

やっぱり、自分の利点を活かすのみ。


打ち合いもそこそこに、まともに受けて後ろによろめいたのに太刀を振り上げる姉さんの脇に向けて、よろめいた反動を得て勢いよく踏み出す。

しかし、頭がのけ反って思わず目をつぶって、でも横に跳んだ。

額に激痛。

何が起こったのか確かめる前に、背中がぞわりとするのに従って後ろに跳ぶ。

斬撃の風圧が顔に当たる。

姉さんは既に目の前に立っていた。

下段から斬り上げたらしく、刀振り上げた状態だ。

左手には白い鞘が──あれか。

脇を通り抜けようとするのを読んで、その瞬間に右脇を抜けようとしたのを鞘で進路を遮ったのか。

痛みに視界が滲むけど、刀を構えて備える。

拭こうとしたら、隙で斬られる。

目を瞬かせ、涙が頬を伝うに任せる。


「お前は、甘えん坊だ」


斬り上げた刀を下ろして、横一文字にくる。

受け流すには難しい、やむなくまともに斬撃を受ける。


「救いを求める手から目を背けて」


返す刃で斬り上げるのを一歩退いて避けるけど、続ける突きに対応しきれず、なんとか刀で受ける。

力加減を間違えれば突きの重心がずれて刀を抜けて、体に達する。

突きに対応するのは、しかも幅の狭い刀で受けるのはとても難しい。


「易きに流れようとしている」


重心のずれに合わせてわずかに力を変える。

ぎちぎちと細かい金属音に耳を傾けず、姉さんの太刀と手の震えを見つめる。


「お姉ちゃんは、そんな子に育てた覚えはないぞ!」


怒声とともに太刀が退かれ、斬り上げられる。

そのまま受けようとしたけど力負けして刀が弾かれ、体が無防備になる。

咄嗟に右脇の鞘を抜いたけど、それをすり抜けて姉さんの拳が脇腹を打った。

激痛が走り、たまらず膝をついた。

脇腹を抱えてうずくまりそうになるのを、姉さんに抱き止められる。


「……もう、刀を置け」


さっきの怒声とは真逆の、優しいか細い声が耳もとに聴こえる。

しかし、痛みに耐えてて左手は解けそうにない。

姉さんと膝をついて、左手に柔らかい手が優しく揉みほぐしてくれる。

いつの間にか、視界の端に姉さんの“黒風”は地に横たわっていた。


「姉さん……重いんだよ。肩にのしかかる、仲間と民の命が。それを失う覚悟が、俺には、できそうにないんだよ」


ようやく左手から力が抜け始めたところで、声が漏れた。

口で言うと想像してしまう。仲間たちが俺の周りに倒れる光景が。

冷えたように、肩が震えてくる。

視界がまた、じわりと滲む。額の痛みでも、脇腹の痛みでもない。恐怖からの、抑えようもない感情が体から溢れてくる。


「みぃ姉。もう、どうしたらいいか、わからないよ。胸の中がめちゃくちゃだよ、みぃ姉……」


左手から“黒影”がこぼれ落ち、かしゃんと軽い金属音が耳に響く。

腕でみぃ姉を抱きたいけど、脇腹の痛みと震えに耐えるのに必死で自身の体を掻き抱く。

みぃ姉の手が、背中に回る。

ぎゅっと痛いほど体を締められるけど、その方がみぃ姉の存在を強く感じられる。


「雛斗、すまない。そこまで思い悩んでいたとはお姉ちゃん、知らなかった。雛斗は、もう精神的に大人だと思っていた。まだ、子供だな」


「……子供は行き過ぎ」


「ふふっ。まだまだ、お姉ちゃんがいないと駄目か。──雛斗、しばらくはゆっくり過ごそう。まだ戦乱に入ると決まった訳じゃないし、時期焦燥だったかもしれない」


「みぃ姉……ゴメン。ゴメンナサイ」


「謝らなくていい。雛斗は、よく我慢した。いい子だ」


後頭部に何かがあたる。

みぃ姉の手だ。

それが上から下へゆっくり撫でられる。

氷が溶けて、温まるように体の震えが収まっていく。

その代わりもっと涙が出てきて、みぃ姉の胸に顔を埋めた。

きくも、いつの間にか側にきて頭を撫でてくれる。


俺はまだ、子供だった。

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