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恋姫無双~黒龍の旅~  作者: forbidden
第五章.望むもの
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小覇王

「なるほど。話に信憑性がある。朝廷の腐敗は使者として赴いた時にも窺えた」


とても不思議な男だ。見た瞬間は綺麗な女だと思ったが。

周瑜は一息ついて改めて黒薙を見た。

端正な顔立ちにさらさらした長い黒髪、線の細さを感じるところなんかは本当に美少女のようだ。

宮城の中にある館に連れ、接客する一室に入った。

身元がはっきりしないうちは宮城の中を知られる訳にはいかない。

普通なら連れてもこないが、この男はそういうことはしないだろう。


「しかし、証明する者がいればよかったが」


「知人は少ないですし、仕方ありませんね。一応、盧植門下生で水鏡先生と面識はありますが」


「それは凄いな」


まあ、証明にはならないが。

司馬徽は学識で有名だ。

盧植は学識というより、人格者というべきか。

どちらもよい方で有名な人物だ。


「見た時から只者ではないと思った。だからこそ、正体が誰かわからないと野放しにできない」


「私がそれほどの人間とは思いませんが」


「そんなことはない。誠意のある目だとも思うのだがな……まあ、私は疑り深い性格なのだ。許せ」


苦笑いしてみせると黒薙も肩を竦めた。

本当はこの男が間者だとは、もう疑ってはいなかった。

質問攻めにしてそれはあらかた済んでいる。

しかし、万一のことがあると警戒している。

こういうところは雪蓮と性格が反対なところだろう。


「客人として招かれたと思ってくつろいでくれ」


「旅仲間に夕餉までには宿に戻る、と言ってしまっているのですが」


「それはすまないことをした。しかしな……」


手放すに惜しい男だと思う。

間者と疑っておいてなんだと思うが、この男はそう感じさせる何かがある。

見識は広いようだし、雪蓮のような鋭さを感じる。

大抵、この鋭さはなにかしらの能力にずば抜けて優れている。

鋭い故に、安易に触れると怪我をするかもしれないが。


「周瑜様。お茶のおかわりをご用意しました」


「入れ」


私の返事を受けて、可愛らしい女の子がお盆に椀を二つ載せて部屋に入ってきた。


「すまない、小喬」


「いえいえ、お気になさらず」


小喬と呼ばれた少女はにこりと笑みを返して、黒薙にも頭を下げてから部屋を出た。


「二喬を知らないのか? 黒薙殿」


「存じ上げませんが」


大陸では知らぬ者はいないと言われるほどの美少女、大喬・小喬の姉妹のことだ。

それを知らないのか。


「世の情勢にはそれなりに通じていますが、そういうものには疎いのかもしれません」


それを言うと黒薙はなにか感心したように唸った。

わかるような気もした。

黒薙は情勢を見る目はあるが『黒髪の山賊狩り』という豪腕無比の豪傑がいることや、変わり物の仮面を付けた『華蝶仮面』なる変態が現れたことなどは知らないらしい。

流浪好きのただの旅人とは、とても思えない。

旅とはそういう面白さを求めてするものではないか。

いや、黒薙が言うには朝廷に失望したからなのだから、黒薙にとっての旅はそういうものなのかもしれない。


「女に興味がないのか?」


「苦手ですかね。多くは私を女扱いして“からかい”ますし」


なるほど、どこか隔たりを感じるのはこのためか。

しかし惹き付けるものがある。

それに女扱いするのも、本当に美少女っぽいから仕方ないと思う。


「宿の場所さえ教えてくれれば使いは出すぞ」


「そうですね。そうしていただけるとありがたいです。聡明なお役人様とこうして話す機会はそうそうありませんし」


黒薙に苦笑いした。

今の役人の、特に朝廷の腐敗は一度その職に関わってみると嫌でも目に入る。

黒薙の言う宿に使いを出してからしばらく話を続けていると、扉の外から小喬が声をかけてきた。


「孫策様がお呼びです。ゆっくり話をしたいそうですが」


「そうか。ふむ、なら黒薙を紹介しよう」


「私が何者かしれないというのに、よろしいのですか?」


「そうだと言うなら黒薙の仲間のいる宿を私に教えるか? その宿なら私も知っている、本当にある。それにお前の瞳は嘘を付いていない。もう疑いはしないさ」


「宮城の屋上で待っているとのことです」


困ったような顔をしたが、小喬に部屋の後片付けを任せて構わず連れて館から出た。

黒薙を紹介したところで、悪いことはないだろう。

むしろ、喜ぶか。

黒薙の良さを雪蓮も認めるだろうし。


宮城に入り、よく二人でのんびり話す屋上へ向かう。

まだ夕暮れには早い。

宮城の傍には小高い山があり、雪蓮や部下たちが狩りをする。

そう遠くないところに海も川もある。

建業は地水の幸に恵まれた地だと思う。


「すまない、遅れた」


「いいのよ。その娘は?」


私と同い年の女性が椅子から立ち、こちらに歩み寄る。

長い桃色の髪を揺らし、美しい蒼色の瞳の目は優しい。少し褐色肌なのは親の遺伝だ。外側を見れば美しい女性だが、中身は燃える炎をたぎらせている。

この人こそ、建業周囲の地を瞬く間に制圧した孫策伯符その人だ。


「可愛い娘じゃない。小喬がいるくせに、まだ愛人が欲しいの?」


「お前こそ、この人が欲しいんじゃないのか?」


「あら、私は大喬と貴女一筋よ」


「一本ではないではないか」


苦笑いして振り向くと、黒薙は無表情で雪蓮を見ていた。

どこか憮然としている気がする。

女扱いされたのだから、当たり前か。

ちなみに雪蓮とは孫策の真名だ。

私、周瑜と孫策は義兄弟の契りを結んでいる。


「それに、この人は男だぞ」


「うっそ! こんなに可愛いのに」


「それが嫌みたいだが。紹介しよう、この地を治める孫策様だ。伯符、この人は黒薙。旅の者だ」


二人を合わせると、先の表情から一変して二人とも鋭い眼差しをした。

私を抜いてお互いに目を見合って動かない。

少しして、黒薙が頬を緩めた。


「姓を黒、名を薙、黒薙と申します。お会いできて光栄です、孫策様」


「──私が孫策よ。あなたみたいな人が、まだこの世にいたのね」


意味深に言って、孫策はほくそ笑んだ。

久しく見なかった楽しげな笑みだ。


「冥琳、いいのを見つけたじゃない」


「別に黒薙は仕官をしにきたわけではないぞ」


「あれっ。そうなの?」


「旅をしています。その中途に、ここに寄らせていただきました」


雪蓮が口を尖らせた。

そう露骨に不満そうにしなくとも──まあ、欲しがるのもわからないでもない。

他の者はわからないかもしれないが、私や雪蓮から見て、どう見ても黒薙は非凡である。


「ま、いいわ。実はあなたと同じく旅をしてる子たちが、そこの山で狩りをしてるのよ。冥琳とお話しするところだったけど、あの子たちとは違う、あなたの旅のお話しを聞きたいわ」


「なにも面白い話はできませんが」


「あなたのことを知りたいだけよ。別に面白くなくたっていいわ」


やはり、黒薙を気に入ったようだ。

私は黒薙に席を勧める。

少し躊躇したが再度勧めると頭を下げてから、私たちが座るのを待って着席した。

朝廷に仕えていたからから、行儀・礼儀の良さは備えていた。茶の飲み方も綺麗だった。

黒薙の旅はのんびりしていた。しかし賊の討伐、騎馬での遠征、その必要があれば官軍の手を払うことさえする。

黒薙の生き方というか、信念がその旅に表れている。

義の道を辿っているのだ。そしてその代わりに戦う以外の旅はゆったりしている。


「ふぅん。面白くないって言った割りに、なかなか面白いわよ」


「それなら、ようございました」


しかし黒薙の表情は変化に乏しい。

私たちに対して、少し頑なな気がする。


「伯符、そろそろ」


「……そうね。黒薙、楽しい話をありがとね」


私が言うと雪蓮は頷いた。


「いえ、楽しんでいただけたのならよかったです」


少し笑みを浮かべて黒薙は言った。

街で見た第一印象から、だいぶ変わったように思う。

最初は無表情だったというのに。

まあ、雪蓮と話せばそうかもしれない。馬は合うらしいし。

しかし、初対面なら清いと思うほどの、下品さを感じない笑みだ。


「もう、お前を疑う必要はないな。送りを出そう」


「よろしいのですか? 私が、本当は誰とも知らないのでは?」


今度は打って変わって悪戯っぽい笑み。

慣れてくれば、こうした表情も見せるのか。

不意にやられて息が詰まるような、そんな表情をする。

これまで見てきた男で、こういうことになることはなかった。


「間者だというなら、相応の覚悟が必要だが?」


こちらも笑みで返すのに、黒薙は苦笑いした。


「そこまで馬鹿な間者はいませんよ。間者でもありませんし──お話しできて、光栄です。孫策様、周瑜様」


ふっと笑みが消えて、私たちを見据えて頭を下げた。

やはり、手元に置いておきたい。

雪蓮もそう思っているだろう。

しかし、今はそんなことしている場合ではない。

計画では今日、しかももうそうなってもいいくらいの時間なのだ。


「こっちも、いい人に会えて嬉しいわ。何か困ったことがあれば、書簡でも送ってちょうだい。高価な紙でも使わないと、たぶん私まで届かないでしょうけど」


安い竹簡などでは悪戯で書簡を送ったのだろうと判断されて、雪蓮まで上がらない可能性がある。

まあ、こちらから部下に言い含めておけば黒薙の名前が出れば届くだろうが。

呼んでおいた送りの兵がこちらに敬礼した。

確か、呂蒙と言ったか。


「この者の送りを頼む。場所は城門からそれほど離れていない、赤い屋根の宿だ」


「御意」


「何から何まで、ありがとうございます。孫策様、お気をつけて」


雪蓮の目が鋭くなった。

私も内心、どきっとした。


「では、失礼します」


黒薙はまた頭を下げ、呂蒙も拱手するのに雪蓮が頷くと二人は下がった。


「……雪蓮。黒薙は」


「……どうかしら。でも、殺気を感じたのかもしれないわね。見たところ、相当腕は立つわ。関羽や張飛などと、同等というところかしら」


「まあ、彼のことは覚えておこう」


「そうね。敵になるにしろ、味方になるにしろ」


雪蓮がそう言うということは、黒薙はこれから来るであろう乱世に立とうとしていると読んでいるのか。

となると、黒薙はとても厄介な勢力となるだろう。

宮城から出て歩いていく黒薙を上から眺める。

夕暮れなる前の明るい陽射しを浴びる背中は、こちらに振り返ることは、一度もなかった。

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