黒薙姉弟妹
「本当に黒薙様と白薙様の妹様なんですね。髪色と目が似ています」
「一応、正真正銘のね。兄さんも悪い人だ。こんな可愛い女の子を従者にしちゃうなんて」
「う、うるさいな。雛菊」
悪態をつくけど、雛菊は気にした様子はない。
黒永は苦笑いしている。
姉さんと同じく、俺が怒っていないことをよくわかっているのだ。
そこは流石に妹だった。
雛菊は姉さんと俺の妹だ。
歳は一つ下の十七歳。
もちろん、黒薙流を受け継ぐ一人だ。
腰には俺たちとは違うけど、黒い竹刀を差している。
「別に悪く言ってるわけじゃない。黒永たちから話は聞いたし。姉さんとの関係もね」
「黒希、余計なこと話さないでよ」
「なんでボクなのっ!」
「話すとしたら、お前か黒破くらいしかいない」
「あっ、ひどい黒薙様! そんな簡単にお熱い関係を洩らすわけないじゃない」
「今洩らしたことを自覚できないんじゃ、俺はいつまで経っても信用しないよ。黒破」
わざとだろうか。いや、黒破に裏はない。
純粋に言葉が洩れたに決まっている──なお悪いわ。
この場にいる、龐統と雛菊以外とは愛し合ったことがあるのだから、雛菊に対してなにか罪悪感がある。
「羨ましいか? 雛菊」
「姉さんも黙っててよ」
「それはね。私も兄さんのこと、好きだし」
「雛菊も答えなくていいから」
疲れてため息が出てしまう。
なんで堂々とそんなことを言えるのだろう。
姉妹はこういうことをわりとさらっと言う。
俺は無理。恥ずかしくて顔が真っ赤になる。
「黒薙様の返しが追い付かなくて、黒薙様が疲れてるよ。黒永」
「一人で姉妹、黒希と黒破の四人を相手にしているのです。疲れるのも当たり前です、黒慰」
なら助けろ、二人とも。
がっくりと肩を落として、それでも上がったばかりの太陽の方に歩く。
まだ砂漠は続きそうだ。
今はまだ涼しいからいいけど、陽がもっと上がればすぐに熱くなる。
砂漠はすぐに熱を持つけど、熱が奪われるのも早い。
涼州がなぜ涼州と呼ばれるのかというと、寒涼だからだ。
夜は薄着だと肌寒いくらいだ。
それも、長安までの辛抱だ。
馬岱に別れを告げて西涼を出たのは三日ほど前だ。
馬岱は悲しそうな顔をしたけど、また会うと約束して後ろ髪を引かれながらも旅立った。
会う機会は必ずあるだろう。
「あのあの、妹さんの名前はなんて言うんですか?」
ずっと疑問だったらしい、龐統が俺の袖を引いてきた。
どうするか悩んでいた。
龐統には、親戚に預けられた妹とだけ言っておいた。
俺、姉さんが本当はこの世界の人間ではないということは、ここにいる配下四人と盧植くらいしか知らない。
それはつまり、妹である雛菊も例外じゃないことも承知だろう。
俺たち姉弟妹は未来の日本の出自だ。
姓は黒薙(くろなぎ)。名は、姉さんは雛美(ひなみ)、俺は雛斗(ひなと)、妹は雛菊(ひなぎく)といった。
この世では四文字の名前は言いにくいから、二文字に合わせて名を真名にすることにした。
姉さんの謙遜から俺が黒薙、対局する白を入れた白薙を姉さんが名乗ることにした。
一応、雛菊もこの世界のことについて知識を
入れていたらしい。
勝手に真名を呼んだら斬られるかもだし、そうしていて当たり前か。
雛菊も頭が回る。
名前も、これまで曖昧にして名乗らなかったらしい。
「兄さんが黒薙、姉さんが白薙、私は青薙(あおなぎ)だ」
「青薙さん、ですか」
雛菊の口から咄嗟に出た名前を龐統は呟く。
(どういうこと? 雛菊)
(兄さんは黒で黒龍、姉さんは白で白龍。なら、私は青で青龍でしょ。これで三色の龍になるよ)
(それはどうなのだ……)
俺、雛菊、姉さんで身を寄せ合って耳打ちする。
変なところで名付けが閃くなぁ。変な方向に。
だって龍って、カッコつけみたいで。
まあでも、雛菊がそれで良ければそれでいいんだけどさ。
龐統はまだ名前をぶつぶつと呟いている。
「よろしくね、みんな」
自己紹介を終えて、黒永たちも改めて名乗るのに笑みが浮かぶ。
予想はしていた。
俺に、姉さんがこの世界に来て、妹の雛菊もここに来ているのではないかと。
「会えてよかったな。雛斗。この世界にいるか、元の世界にいるのかわからないよりは、こうして目の前にわかった方が安心する」
姉さんが耳打ちするのに俺は頷いた。
しかし、俺たち姉弟妹の置かれてる状況は不思議だ。
俺たちはこの世界でいう未来の人間で、その俺たちが何故か過去であるこの世界に来て、男であるはずの曹操や関羽、呂布などはみんな女の子。
三国時代とは別世界なのかと思ってしまう世界だ。
時代とは違うのか、『三国志』という物語に取り込まれたのか。
胡蝶の夢という話もあるし、夢なのかもしれない。
そもそも、なんで武将が女の子なのか。
なんで俺たちが選ばれてここに来てしまったのか。
考え出したら、きりがない。
「まあ、今は。みんなに危険が及ばず、楽しければいいよ」
歩きながら雛菊と喋るみんなを先導して前へ進む。
隣の姉さんは、こう思っている俺をよく思ってはいないだろう。
姉さんはこの世界に来たことを達観している。
というか、もう受け入れている。
それは俺も、同じだと思う。
だからこの世界の状況に目が行って、民たちの気の毒さが嫌でも入ってしまう。
それも同じだけど、俺は平穏に暮らしたいと思う人間だった。
まだ、これから俺がどうするか決めてないなと思い出して、小さく息を吐いて頭に被る黒いフードを深く下げた。




