予感の正体
ふと、目が覚めた。
眠気はあったけど、それでも寝目覚めにしては意識ははっきりしていて頭も回っている。
少しぽーっとして、窓を見るとまだ夜明けも間もない頃だとわかると温かい布団にくるまった。
でも、姉さんの香りを感じてやめた。
起きたら姉に甘えて寝ている自分をからかうだろうし、二度寝しようにもなぜか目が冴えてしまっている。
姉さんの寝顔を見つめて、やっぱり起きることにした。
起こさないように寝台から降り、身支度をする。
いつもは姉さんに起こされてるから、何か新鮮な感じがした。
昨日より予感が強くなっている。
それがはっきりとわかった。
直感という点では、俺は姉さんより敏感らしい。
言葉では表せないものを、体のどこかで感じ取るのだ。
「……ぅん。雛斗?」
しばらく椅子に座って空をぽーっと見つめていると、姉さんのか細い声が聞こえた。
「おはよ、みぃ姉」
「おはよ……珍しい。早起きだな」
姉さんは寝ぼけ眼に、でもすぐに布団から起き上がる。
すぐに目をそらした。
昨夜は愛し合っただけに、姉さんの白い小袖は乱れてはだけ欠けていた。
目のやり場に困る。
「む。もう服を来ているのか」
「早起きしても、何をするかなと思っても何もすることなかったし」
鍛練しようにも他人様の城でやることではないと思う。
外に出るのもはばかられた。
「もっといちゃいちゃしたかったが」
「十分したでしょ。服を着なさい」
仕方ないと不満そうに鼻を鳴らして、姉さんは寝台を降りて服を着始めた。
背を向けるけど、服の擦れる音が聴こえるのも何かドキドキする。
「なあ、雛斗。感じるか? って、私が感じて雛斗が感じないのはおかしいか」
「なんだろうね、この予感は。悪いこととは思えないような感じがするけど」
「雛斗がそう言うのなら、大丈夫だろうな」
「曖昧なものなのに、そこまで買われてもなぁ。確証はないんだよ?」
「これまで雛斗が言った予感が外れたことはなかった。信ずるに値すると思うがな」
すぐに着替え終えた姉さんが俺の正面に座る。
櫛で髪をすいている。
人の身だしなみを整える姿って、なんか見入ってしまう。
姉さんの長い黒髪はさらさらして綺麗だからなおさら。
いつだったか同室になった黒慰は見られたくなかったらしく、俺を部屋から追い出したりしてた。
こういうところは女の子だな、と思う。
またしばらくして、朝食を案内する侍女が来た。
すでにみんな支度していたようで、配下と龐統も部屋を出ていた。
「龐統、よく眠れた?」
昨夜、龐統は黒慰と黒希の部屋で寝た。
少しでも配下、特に黒慰と言葉を交わせればと思っていた。
「はい。旅中の贅沢というものなのですね」
「長く旅をすると、どうしてもそうなるね。
日々の普通の生活、これが贅沢に思えるのも旅の醍醐味だと思うよ」
龐統と話すときは、口調を和らげようと思った。
こちらから仲良くする努力をしていかないと、たぶん龐統は隔たりを感じるだけだろう。
でも、真名はまだ預けるほどではないと思っていた。
そのときはいつか必ずくるだろう。
「黒慰さんは計算が凄い速いんですね。物事の統計をまとめたりするのが得意そうです」
「計算だけじゃなくて数値化するのもね。ま、好きなだけだけど」
聞く限り龐統と黒慰はそれなりに話したらしい。
後で同室だった黒希と本人たちにも聞くけど、ちょっとほっとした。
人見知りの黒慰には、もっと人と関わって欲しかった。
朝食は馬岱に誘われた。
三日しかいないとわかって、少しでも俺たちと話したいらしい。
そう思うと本当に申し訳なく思う。
全部、馬岱の好意なのだ。
「馬岱様。馬岱様の知り合いだという旅人が訪ねてきました」
朝食中、そんな報告が来た。
「誰だろ。黒薙さん、ちょっとゴメンね」
「お構いなく」
馬岱が出ていき、朝食を終えてしばらくすると二人の声が聞こえてきた。
声からすると馬岱と誰からしい。
聞いたことのある声だと思った。
「おまたせっ。黒薙さん」
馬岱の元気そうな声が聞こえた。
それにちょっとほっとして馬岱に返事しようと振り返ると、頭が真っ白になった。
さらさらした長い黒髪を後頭部で一つに結いて流し、右眼に黒い眼帯を付けた少女。
隣の姉さんも唖然としている。
「菊……」
恐る恐る呟くと、その少女は微笑んだ。
「ようやく会えた。兄さん」
その交わした言葉で、場がしんと静まり返った。




