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恋姫無双~黒龍の旅~  作者: forbidden
第四章.黒薙流の継承者
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新参には負けたくない

「あまり気に病まないでよ、黒慰」


この甲板からだと少し遠い水面をじっと見ている華奢な背中に言った。

黒慰は微動だにしない。

あの軍議からだろう、仕方ないのかもしれない。


時刻は早朝だ。

烏林から陸口に移動した際に使った船は偵察や敵船に切り込むためのもので長い移動には向かないため、他に借りた中型船を主に使って移動を始めた。

既に長沙まであと百里(約四十キロ)に迫っている。

流石に長沙付近で上陸すると隙を突かれかねないから、二十里(約八キロ)程離れたところで船を付けることにしていた。

帰りは流れに乗って夏口まで、そしてそこから遡上して襄陽に戻る。

洞庭湖は流れはほとんどないけど、長江に出れば水流はある。

下りなら一日に百五十里(約六十キロ)は楽に進めるだろう。

自分が求める騎馬隊の行軍速度並みだ。

兵糧は普通に持つだろう。


「陸に慣れ過ぎてるんだよ。水軍なんて今まで見たこともなかったし。俺と姉さんだって長江を使うのは考え付かなかった」


黒慰の隣に水面を見る。

薄暗いけど、水面には僅かに俺と黒慰の影が見えた。


「考え付かなかったのは黒薙様の軍師として、失格です。ボクは黒薙様のお役に立ちたいのに」


船の手すりに腕を組んで、それに口元をうずめているから声がくぐもっている。

やっぱりそうだった。

龐統に負けた、というか、長沙に着く策を思い付かなかったのが黒慰は悔しいのだ。

龐統より自分が俺と長くいたのに、という自負もあるのかな。

おまけに、黒慰も認めるほど龐統の知識は豊富だった。

こういう可愛いところもあるんだよね。


「十分。これまでに、俺は黒慰に何度も助けられてるよ。そんなに気負う必要ないよ」


黒慰の頭を撫でる。

紫の長い髪は柔らかく、さらさらしていた。


「これからも俺を助けてよ。俺は黒慰がいてくれないとこの先、生きてないかもしれないんだから」


「黒薙様が死ぬなんて」


黒慰の手が手すりに寄りかかる俺の袖を掴む。


「だから、そんなに悩まないでよ。悩み過ぎても良策は思い付かないよ」


それに、黒慰と龐統で互いを補っていけばいいと思っていた。

龐統は控えめとはいえ、仲良くしようとしている。

それを黒慰は、どこか拒絶しているところがある。

昔からの性分だから仕方ないけど、他人と交わる良い機会でもある。


「たまには龐統と伊籍殿とも話してみなよ。俺や姉さん、黒永たちだけっていう訳にもいかないんだからさ」


「──その時は、黒薙様も一緒に」


俺の言いたいことがよくわかったらしい。

黒慰は言葉から意図を組み取ることができる娘だ。


「慣れるまで一緒に話してあげるから。ね?」


黒慰の顔を覗きこもうとすると、顔を腕に伏せた。

苦笑して黒慰の頭を軽く叩いてから、そこを後にして伊籍たちのいる船室に入った。

入れ替わりに黒永が毛布を持って甲板に出た。

黒慰を慰めに行ったのだろう。

俺と姉さんを抜いて、洛陽配属当初からいたから、黒慰とは最も長い付き合いだ。


「配下をよく見る者ほど、名士は多いものです」


卓の地図を見ていたらしい伊籍が顔を上げる。

優しい笑みを浮かべている。


「私には欠けるものがあります。それを補ってくれるのが、浪人になった私に付いてきてくれる皆なのです。それが名士などと」


「そのようなことは。英雄の素質がお有りなのです。私もそのような方に仕えたかったものです」


頬が痒くなって、指で掻いた。

伊籍こそ名士だと思う。

もう若くない劉表の下、蔡瑁に顎で指示されても従うほどの忠臣だ。


「明日には辿り着けましょう。そこで長沙城や敵の付け入る隙を観察すればよいでしょう」


伊籍が続けて言った。

俺が恥ずかしがってるのをわかって、気付かないふりをしているのだろう。

龐統は船に慣れていないのか、黒慰たちのいる方とは違う方で外に涼みに行っている。

姉さんはこの船、黒希と黒破は他の中型船でそれぞれ指揮を取っている。


「できれば時をかけたくないものです」


「戦に関しては黒薙殿にお任せするしかありません」


伊籍のような臣は見ているといい気分になった。

こういう忠臣は好きだった。

ただ、知謀に長けたり武勇に長けたり、あれこれ能力に秀でているよりは凡庸でも忠臣の方が余程良いと思っていた。


「兎にも角にも、また黒破殿にご迷惑をおかけせぬよう必死に付いていきます」


伊籍と龐統は武勇に秀でた黒破に任せていた。

前線で大槍を振るうことが一番その武勇を発揮するんだけど、二人を守るには本隊にいてもらうしかない。

本隊は黒永や黒慰もいる。

代わりに前線は俺と姉さんがいればいい。


「伊籍殿がいることは、荊州兵には大将を仰いでいるのと同じなのです。お辛いでしょうが、耐えていただきたい」


俺たちは所詮、伊籍に雇われた食客なのだ。

大将は伊籍には変わりない。

どこぞの者とも知れぬ俺たちに指図されるのも、伊籍がいてこそだ。


「わかっております。黒薙殿、何度も申しますが、よろしくお願い致します」


「勿論です。私たちにお任せを」


それに右拳で左の掌を合わせて拝礼する。

到着は明日だ。

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