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恋姫無双~黒龍の旅~  作者: forbidden
第三章.安寧を求めて
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出奔

「黒薙様の統率力を百として……」


居間で刀を布で磨いていたら、黒慰のぶつぶつ言う声が聞こえた。

黒慰は床の書簡を眺めながら、何かやっていた。

昼もまだの、窓の格子から射す朝日が眩しい。

あくびが出そうなくらい、まだ少し眠い。

居間には俺と黒慰の他に姉さんがいる。


ちょっと高い声だから、ぶつぶつ言ってても聞こえやすいんだよね。

鞘に納めて、興味を惹かれてこちらに背を向ける黒慰に近づく。


「百の兵を操って一千の兵を損害少なくして潰走させられるか。とすると黒永の統率力はどのくらいか……」


「数値化できるの? それ」


苦笑いしながら黒慰の後ろから書簡を覗き込む。

華奢な肩に手を置くとびくっと震えた。


「うわっ!? き、急に触るなっ!」


黒慰が顔を赤くして振り返る。

敬語まで忘れて、そんなに驚くことかな。


「あっ、す、すいませんっ」


「いや。でも、このくらいの気配は察してもらわないと」


「黒薙様じゃないんだから……」


落ち着こうと息を吐いて、再び書簡に向く。


「完璧な数値にできる訳じゃないですよ。人の力なんてあらゆる状況に左右されるものだし」


「わかってるならいいけど。でも、戦に出る訳じゃないんだから、その分析は今、必要ないでしょ」


「ボクはこういう分析が好きですからね」


黒慰に苦笑する。

こういうところは軍師に向いていると思う。


「雛斗~、刀ばっかりじゃなくて、お姉さんの相手をしろ~」


床にごろごろ寝転がる姉さんが、さも暇そうに言った。


「旅の間、世話になり続けたから。これまでより丹念に磨いてるんだから」


黒い刀を上げて見せる。

打刀のそれは体の半分くらいはあるだろうか。

腰に下げるにしてはやや長いけど、黒薙には振りやすい。

斬刀『黒影(くろかげ)』という。

厨二臭甚だしいけど、それは打った人に言って欲しい。


「あと、服はだけかけてるからごろごろするのはやめてよ」


そちらを見たけど、すぐに黒慰の方に目を戻す。

大きい胸が小袖から零れそうな姿の姉さんなんて、見ていたらからかわれるだけだ。


「おっと、これは失敬。だがな、これは雛斗に見せるためにやっているのであって……」


「俺の統率の数値、高くない? 黒永は九十はある気がするけど」


「黒薙様の統率力はこんなものですよ。実際はもっと高いとボクは思ってますけど」


姉さんの誘いを無視して黒慰と話し込む。

ちなみに黒破は土木工事に向かい、黒永と黒希は懐かしい洛陽を散策に行った。

だから家には居間にいるこの三人だけだ。


「む……」


それが気に入らないらしい姉さんが這い寄ってくる。

ちょっかいを出してくるだろうけど、無視した。


「ふぅ~」


「ひゃうっ!?」


思わず背中がぞくぞくして変な声が出てしまった。


「ふむ、耳に息を吹き掛けただけだというのに。可愛い声をあげるな、雛斗」


言われて顔が火照ってくる。

違和感を感じる耳を塞ぐ。

黒慰が驚いた顔でこちらを見てくる。

見ないでよっ。恥ずかしいからっ。


「恥じ入っている雛斗、ああ、可愛い……」


「可愛いって言うな!」


恍惚の表情で言う姉さんに言う。

惨めだよ。

ため息をつく。

やっぱり、姉さんは相変わらずだ。

俺を苛めるのが好きなのだ。

苛められても、俺は姉さんを嫌いにはなれないのだけど。


「ああ、そうだ。気になることがあったのだ、雛斗」


満足げに微笑んでいた姉さんが思い出したのか、言った。

またからかうかもわからないから、無視して黒慰に続きを促して拗ねてみる。


「どうも、この家の周りをうろつく者がいるようなのだ。今朝からだが」


黒慰の書簡から目を離して振り返る。

既に、姉さんの顔から悪戯っぽい笑みが消えていた。


「何人?」


「見たところ、一人だ。街の住人に混じっている。おそらく、今もいる」


黒慰もこちらを振り返り、見上げてくる。


「姉さん、俺は今朝から嫌な予感がちょっとあった。まるで監視されてる感じが、まだ消えてない」


「洛陽の、雛斗に恨みを持つ役人の手先か」


「恨みを持つようなことを、していないとは言い切れないね」


苦笑いする。

快く思わない者の方が、洛陽の役人には多いだろう。


「手を打ちますか?」


「街中だよ。騒ぎは避けたい。それはたぶん、あっちも同じなはず」


黒慰に言う。

住人が騒ぎ出したら、その中に混じって逃げられる──くらいのことは考えるだろう。

もし、役人の手先なら、だ。


「仕掛けてくるなら、夜中だろう」


「俺もそう思う。思ったより、早く引っ越すことになりそうだね」


「やれやれ、引っ越し先も決まってはいないというのに」


それにまた苦笑した。

慌ただしい出発になりそうだ。

でも、いい機かもしれない。


「黒永と黒希が戻ってくる前に出よう。大人数で出ると怪しまれる。俺は狙われるかもしれないから、裏から一人で出るよ」


「戻ってからでは、家を出るのに人数が多くて目立ちますし。黒永と黒希が何度も家から出たらおかしいですからね。その方がいいと思います。黒永と黒希は家を出てからすぐに探し出しましょう」


黒慰を見ると、頷いてきた。

どこに向かうか、次に考えるのはそれだった。


南はまだ、旅してはいなかった

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