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恋姫無双~黒龍の旅~  作者: forbidden
第二章.奸雄
13/36

裁決

特に鞘と刀には支障はなかった。

柄、鍔、鞘、刀身まで全てが漆黒。

ところどころに金の装飾が映えるけど、それでも漆黒が主とするのを阻害しない。

鞘の金色の金具が補強となり、それだけでも武器になり得る。

刀は鍔が金色、打刀(うちがたな)のそれはどこか飾りの刀のように美しい。

それでも、この刀には随分世話になっている。

たぶん、死ぬまで世話になり続けるだろう。


「黒薙殿、先程は助かった」


夏候淵が幕を開けて入ってきた。

刀を鞘に納めて席を立つ。

黒永と黒希も立ち上がる。


「いえ。私がいなくとも、夏候惇殿と夏候淵殿がいれば、あの場は収められたでしょう」


夏候淵が手で抑えるのに頭を下げてから座る。

布と柱で建てられた簡易な幕舎だ。

この幕舎は曹操の率いる軍の陣屋の中にあり、曹操のいる幕舎から少し離れたところに建てられていた。

既に外は陽が沈んで暗く、そこかしこに篝火が燃やされている。


「一宿一飯の恩もありますし。それに、曹操様は国や民にとってはなくてはならないお方。それを守るのは当然のこと。ですので、お気になさらず」


「本当なら黒薙殿より先に、私たちが前に出なければならなかった。本当に感謝している」


「恩を返したかったのです。ところで、馬超殿の件ですが」


あの後、馬超は捕らえられてここから離れた幕舎に、檻に放り込まれた。

明日には処断が下されるだろう。


「うむ。その件については、今、曹操様が馬超の友人と言う者と話し合っている。黒薙殿に礼を言いたいと、曹操様が言われた。私はそのために来た」


「しかし、話し合いの席に私が入ってしまうのは。それに直々に言われるのは恐れ多い」


「それもそうかもしれぬが、曹操様がそう言われるのだ。同行者のお二方には、ここでお待ちいただくことになってしまうが」


夏候淵が俺と卓につく黒永と黒希をちらりと見る。


「お気になさらず。私一人が参りましょう」


「なら、ついてきて欲しい」


俺が立ち上がるのに夏候淵が頷く。

二人が警戒心を持っていて、そこから俺の配下だと読むのは造作もない。

配下なら、主一人で別所に向かうのを気にするはずだ。

夏候淵はそれを気にかけているのだろう。


黒永と黒希に振り返り、目配せすると二人は目で返事した。

夏候淵が先立って幕舎を出るのを、刀を腰に差してから追った。

打刀は刃を上に向けて腰に差す。

短刀に近い、脇差しもそうだ。

比較的大きい太刀と呼ばれるものは、刃を下に向ける。


外はやはり暗く、遠くなると兵の姿も見えにくい。

曹操の兵は青色を基調とした鎧を装備しているから、なおさらだ。


「華琳様。連れて参りました」


「入りなさい」


「失礼致します」


すぐに曹操の返事がきて、夏候淵と共に少し大きめの幕舎に入った。

見覚えのある後ろ姿があった。

艶やかな黒髪の女性だ。


「もしや、関羽殿では?」


名前を呼ばれて振り返る。

やはり、関羽だった。


「黒薙殿? なぜ、ここに?」


俺の姿を見て、関羽が目を見開く。


「少し所用を片付けて、帰りの中途に寄った次第に」


「知り合いかしら?」


「旅の者同士、面識があります。張飛殿を見たので、もしや、とは思いましたが」


奥に卓につく曹操に頭を下げてから言う。


「張飛と会ったのか。翠──馬超だが、彼女と一緒にいたのは聞いている」


「その時、馬超と対峙したのは黒薙よ」


「なんと!」


一度は曹操に向いた顔がまたこちらに向く。


「曹操様をいきなり襲った馬超殿を、私が抑えただけだ。その時、張飛殿が馬超殿を止めた。張飛殿は?」


「今は趙雲と宿に待ってもらっている」


「話を戻すわ」


しばらく関羽との会話が切れるのを待って、曹操が言う。

いつの間にか、夏候淵が夏候惇と同じく曹操の左右についている。


「まずは、黒薙。私の危機を救ってくれたこと。それに感謝するわ」


「勿体なきお言葉。曹操様には恩がありました故。なくとも、曹操様をお守りすることは当然のことです」


「けれど、いつから私が曹操であると?」


そういえば、馬超と対峙する時に咄嗟に名前を言って、それから名前を普通に言っている。

曹操と信じて疑っていなかったからか、気づかなかった。


「お会いした最初から、曹操様だろうと思い込んで疑いませんでした。それだけにございます」


「……まあ、いいわ、恩賞を後で授けましょう。今は馬超の処断について、関羽と話し合わなければならないの」


小さく笑みを浮かべたのがわかったけど、すぐにさっきの厳しい表情に戻った。

恩賞なんて別にいらないんだけど。


「馬超が意味なく、曹操様を襲ったとは思えません。何かの間違いでは?」


関羽が取り成すけど、それを防いだ俺がいる。

間違いと言うには、見苦し過ぎた。


「間違いとは申せませんが。馬超殿との対峙で、私は彼女が嘘を言っているようには思えなかったのですが」


「なんのことかしら?」


「父──馬騰の仇、と」


曹操の目が細められ、こちらを射抜いてきた。

金縛りにでもあったかのように、体が固まった。

指一本動かせない。

それを跳ね返すように、腹に力を込めてじっと曹操の目を見つめた。

やがて、曹操が満足気に目を閉じた。

数秒しかそうしていないはずなのに、俺には長く感じられた。


「そうだとしても。馬超は私を殺そうとしたわ。彼女の処断は免れぬことよ」


曹操は太守だ。

身分は高い。

その命を狙ったのだから、罪は重いものになる。


「それに、私が馬騰殿を殺したという確証はあるのかしら?」


「──ありませぬな」


ちょっと考えて言った。


「黒薙殿」


「関羽殿。私は所詮、馬超殿と対峙した。そこで父の敵と聞いた。それだけなのだ。真意まではわからない」


しかし、馬超の槍から漂う氣に乱れはなかった。

嘘をついているようではない。


「わかったなら、もうよいわ。後は好きにしなさい」


「はい。関羽殿、また後ほど。では、失礼します」


頭を下げてから、幕舎を出た。

外に出ると緊張していたのだと、よくわかる。

火照った肌に夜風が心地よい。

曹操と話せたらいい、と思っていたけど気が変わった。

曹操は今は関羽に関心があるようだし。

歩き始めた。

好きにしろと言われのだ。

だから、好きにやる。

目的の幕舎が見えた。

入口に二人、衛兵が立っていた。


「黒薙殿」


どうしようか考えていたところ、後ろから声をかけられた。


「夏候淵殿ではございませんか。どうされましたか?」


「いや、曹操様から馬超の様子を見に行くよう承ったのだ。その理由がよくわかった」


「困っていたところです。助かります」


「礼なら、曹操様に言うのだな」


「まこと、人の心をよくお読みになります」


俺が馬超に会おうとするだろう、と読んだのか。

内心、舌を巻くけど、今はそれがありがたい。


二言、三言衛兵と話した夏候淵について幕舎に入る。

木でできた頑丈そうな檻に馬超はいた。


「健勝そうだな、馬超」


「ふん」


夏候淵を確認した馬超は鼻を鳴らして横を向いた。


「黒薙殿。私の仕事は終わった。後は好きにするといい」


「用を終えましたら、元の幕舎に戻ります。それで、よろしいでしょうか?」


「うむ。では、私はこれで失礼する。衛兵には言い置いておいた、心配するな」


「ありがとうございます」


幕舎から夏候淵が出るのを見送ってから、馬超に振り返った。


「お前、曹操の部下なのか?」


馬超が身を乗り出す。

檻に入っているというのに、まるで狼のように今にも食いついてきそうだ。


「まさか。ただの旅の武芸者と言ったでしょう」


座れればよかったけど、なにもないから、仕方なくしゃがんで馬超と目線を合わせた。

替えのない服を、極力汚したくない。


「曹操の部下と、 親しげに話してたくせに」


「何故、私と親しげにするか、私にもわからぬ。まあ、私のことはいい。明日には陳留を立つつもりだしな。私が知りたいのは、曹操様が本当に貴女のお父上を死に追いやったのか、だ」


曹操の目を見るに、どうもなにかを伝えたがっていたような気がした。

それが気になって調べようと思ったのだ。


「嘘な訳」


「別に貴女の言葉を疑う訳ではない。貴女の槍は、嘘をついてはいなかった」


馬超がちょっと口をつぐんだ。


「武芸というものは、その人の心をよく表す。性格、真偽、体調、様々なものを、な。馬超殿の槍からは、揺るぎは見られなかった」


「……父上と、同じことを」


思い出すように間を置いてから、馬超が言う。

もう、興奮した様子は見られない。


「私が曹操の部下かもしれぬ、と疑うようだから話す。私は元役人だ。まあ、上手くいかなくて辞職したが」


「それで旅をしてるのか」


「そうだな。今は洛陽に戻るところだ。家はまだ、洛陽にあるのでな。その中途に、陳留に寄ったのだ」


「……わかった。信じる」


しばらく、俺の目をじっと見つめていた馬超が頷く。

それに頬が緩んだ。

途端に、馬超の頬が赤くなったけど、なんでだろう。


「ありがとう。話を戻すが、馬騰殿を殺したのが曹操様だと、どうして知った?」


「う、噂だよ。人伝(ひとづて)にそう回ってきた」


「目の前に見た訳ではないのか?」


「父上が何進の宴会の誘いに応じて、洛陽に向かった。あたしは涼州に残ったんだ。その宴会には、曹操も同席したんだけど、その時に謀殺したって」


信憑性に欠ける。

もし、本当にそうだとしても、曹操に利益があったのか。

その前に、曹操がなんの非もない馬騰を殺すとは思えない。

何進の宴会なら俺にも多少、身に覚えがある。

前は何進の賊曹掾だった。

当たり前だけど、俺自身が招かれることはなかったけど。


「宴会の席か──わかった。もういい」


ちょっと考えて、立ち上がった。


「もう行くのか?」


「曹操様から恩賞を貰えるそうだ。まあ、貰うつもりはないが」


「旅の途中なんだろ。貰っとけばいいと思うけどな」


「私に捕らえられたというのに、おかしなことを言う」


苦笑いしてから、幕舎の入口に向かう。


「なあ。あたしが死んだら、父上の敵はもう討たなくていいって一族に伝えてくれないか? 涼州の馬岱って奴に言えばいいから」


出る前に、背中にそう言われた。

背中を向けたまま、頭だけ振り返る。


「案外、死ななくて済むかもしれぬぞ」


「まさか。あたしはすぐに処断されるよ」


「まあ、馬超殿が死んだらな。しかし、自分のみで仇討ちを終えようとするか。見上げた心構えだな」


「それとお前の名前、教えてくれよ。死ぬ前にさ」


「よいでしょう。姓を黒、名を薙。黒薙という」


「黒薙、か。お前と会えてよかったよ」


「私も、馬超殿と会えてよかった。まあ、関羽殿に期待しなさいな」


眉をひそめた馬超に笑みを投げてから、幕を抜けた。


「話は終わったか」


「夏候淵殿。曹操様の元に戻っていなかったのですか?」


幕舎を出ると、夏候淵が待っていた。


「黒薙殿が気になってな」


「私など、気にされるほどの輩ではありませぬ。まあ、さておき──夏候淵殿にお訊きしたいことがあります」


「うむ。なんでも訊くがよい」


最初からそのつもりだったのか。

こちらに送った、曹操の底が知れなかった。


「ありがとうございます。以前、何進様の宴会に、曹操様と馬騰殿が招かれたのはご存知でしょうか?」


「うむ。姉者、夏候惇と私は曹操様の供をした」


「その時、何かあったのではないですか? 例えば、曹操様と馬騰殿が宴会の席で何かを競い合ったとか」


夏候淵が目を見開く。

当たったか。


「まったく、その通りだ。何進様が曹操様に、武芸の腕を見たいと言われてな。その時、馬騰殿が相手に指名されたのだ」


「曹操様のことです。お断りしたのではないですか?」


「ああ。馬騰殿はその時、かなり酔っていた。立ち上がったらふらつくほどにな。全て、曹操様から聞いた話だが」


大体、解けた。

やはり、曹操は懐が深い。


「なるほど。よくわかりました。私などにお話しいただき、ありがとうございます」


「なんだ。謎解きはしてもらえないのか」


夏候淵が笑みを浮かべる。

それに笑みを返した。


「したところで、意味はありませぬ。それに、私が何かわかった訳がないでしょう」


「わかった、と申したではないか」


「そうでしたね。私が話すより、適任がおりましょう。馬超殿からは、お別れの言葉をいただいてきましたので、次に会う時は檻の外になりましょうし」


「まるで、これからどうなるか、わかったような口振りだ」


「ですから、わかりました、と申しました。では、失礼致します」


一礼して、頷くのを確認してから背を向けた。

次に会うのは、どこになるか。

背を向けた時から、そのことを考えていた。

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